第29話 ローパー
「……結界術の子なら、どこかに隠れてるわよ。まだ無事なら、ね」
「ッ!? 瑠璃華さんに何をした!?」
「魔力が足りなかったから、眷属化して、魔力を根こそぎにしただけよぉ……私を地上に引きずり出したのもあの子だし、自業自得よねぇ」
……さっきまでの聖奈さんと同じ状態か。
瑠璃華さんは結界の中で倒れているのかもしれない。一刻も早く見つけ出さないと……!
「ウフフフフ……私みたいな良い女を放ってどこかに行こうっていうのかしら」
「退け」
「あなたには顔を傷つけられたお返しもしなきゃならないのよねぇ」
「退けと言った」
「惨めったらしく殺してあげる♡」
リリン=リ・リがぱちんと指を鳴らす。
それが合図となって、ゾンビのように辺りを徘徊していた門下生たちが、一斉に僕たちへと視線を向けた。
・――ワースケベ形態へと移行します。
・――ワースケベ形態への移行に失敗しました。
・――個体名:大上刀夜の魔力が大幅に低下しています。
両腕に体毛が生えて爪がギシギシと伸びるが、それだけだった。
クソっ、思った以上に魔力がないっ!
飛びかかってくる門下生たちを飛んで避ける。
「わぁぁっ!?」
「きゃっ!?」
不完全な状態でも【ジョブ】の補正は効いているらしく、思いがけず大ジャンプとなってしまった。二階建ての母屋の屋根を超える勢いだったので、瓦を弾き飛ばしながら着地する。
「ご、ごめん!」
思わず謝罪の言葉を口にするが、聖奈さんはなぜかにんまりしていた。
「大丈夫。私、これでもS級探索者なんだから」
僕をなだめるようにぎゅっと抱き着いた後、白い翼を羽ばたかせて飛び上がる。
「ルゥくんの敵なら、私の敵だよ。さっさとやっつけちゃお――瑠璃華にも話付けないといけないし」
「うん……えっ?」
「ルゥくんは私のなんだから……私はルゥくんのだから、もしルゥくんがどうしてもっていうなら、拒否はできないけど……《《順番》》だけでも決めないとね」
「えっ!?」
僕の応答など待たずに飛び出した聖奈さんが、操られた人々に腕を振るった。
「女……オンナぁぁぁっ!」
「美人……良い女……っ!」
「ヤらせろぉぉぉっ!」
ゾンビというにはあまりにも下劣で俗物的な叫びをあげた人々に希少な聖属性の魔力が迸り、冗談みたいに吹き飛んでいく。
「残念でした~♪ 私はルゥくん専用で~す!」
「せ、専用って……」
「……嫌?」
「………………全然嫌じゃないです」
上目遣いに訊ねられれば、答えなんて決まっているようなものである。欲望のままに特濃生絞りな魔力を注ぎ込んだからか、聖奈さんの身体からは後光のように魔力が滲み出ていた。
聖奈さんだけでもゾンビなんて一人残らずぶちのめしてしまいそうである。
とはいえ、僕だって見ているだけのつもりはない。
――群れの雌を守れ。
……やかましいんだよっ! 言われなくても!!
群れがどうとか、雌がどうとか関係ない。
カル=シ・オラスの思惑だの美学だのも知ったこっちゃない。
何かのスキルを使っているらしく、わらわらと屋根へと上ってきた男どもに拳を構える。
「聖奈さんにエロい視線向けてんじゃねぇっ!」
聖奈さんに瑠璃華さん。
ただでさえ二人の少女に飼われることで上がっていた僕のレベルだが、さっき聖奈さんを抱いたことでさらに爆上がりしていた。
ただのジャンプで家屋の二階に届いてしまうほどなのだ。
三メートル近い距離がある中で拳を振り抜く。
――轟ッッッ!
かつてリリン=リ・リが僕に放った風魔法に負けずとも劣らない風圧が、男を吹き飛ばした。
リリン=リ・リのは魔法で、僕のは純粋な物理だが、少なくとも同じことができるレベルにまで到達していたのだ。
「……使えないわね……魔力も薄くてサイアク!」
「んほぉぉぉっ! もっと……もっと踏んでぐべぇっ!?」
ごろごろと転がってきた男を足蹴にして受け止めたリリン=リ・リは、気持ち悪いおねだりに対して鳩尾を踏み抜くことで黙らせて、僕を睨みつけた。
「……あなたの魔力を貰うわ」
「お断りだ」
「ふん。一度でも私を味わえば、そんな女、顔も名前も忘れちゃうわよ」
「忘れるわけないだろ。お前なんて絶対にお断りだ」
「ふふっ……四肢をもいで芋虫みたいになった後でも同じことが言えるか確かめてあげるわ」
僕が吹き飛ばした奴からも、聖奈さんが倒した奴からもすごい勢いで魔力が抜けていく。
「あっ、はぅぅ……うぐっ!?」
「ぐっ、がぁっ……苦しい……っ!」
「助けっ……があぁぁぁっ!?」
限界を超えて搾り取っているのか、恍惚に染まっていた男たちはすぐに苦しみ出した。それでもリリン=リ・リは止まらず、男たちはげっそりと痩せこけ、髪が抜け落ちたり白髪になっていく。
カサカサのミイラみたいになった男どもの眼から、命の輝きが消える。
――生命ごと喰らいつくしたか。
惨い死に方だ。
「……俺に……俺を使ってください……!」
死屍累々の中、瑠璃華のお兄さんが他の男たちを踏みつけながらリリン=リ・リの足元に向かっていき、必死の形相で縋りついた。
「ふぅん……でもアタシ、短小包茎な早漏くんなんて要らないのよねぇ」
「お、おれはこいつらとは違う!」
命乞いのためなのか、それとも正気を失ったままなのかは分からないが、近くでまだ呻いている男を蹴り飛ばして懇願した。
どちらにせよ、吐き気がするような光景だった。
「まぁ、そこまで言うならチャンスをあげるわ。アタシも地上じゃ辛いし……うまくヤれたら、ご褒美に使ってあげるから、しっかりね♡」
「おっ、うほぉっ……ありがっ、とう、ございますっ」
耳元で囁き、ズボンの上からでも分かるほどに膨らんだ股間をなぞりあげるリリン=リ・リ。
それだけで達したのか、お兄さんはビクビクと身体を震わせ、頬を染めながらうっとりしていた。
……吐き気がするような光景だった。
瑠璃華さんに酷いことを言ってたのもあるし、今すぐにでもぶちのめしてやろうと思ったが、僕が動く暇もなく唐突な変化が訪れた。
《《みぢり、》》
と嫌な音が響いたのだ。おおよそ人体から聞こえてくるとは思えない音に続き、お兄さんの身体が膨らんでいく。
何かの冗談みたいにぱんぱんに膨れ上がった四肢がはじけ飛び、そこから赤ちゃんの手首ほどもありそうな触手がうぞうぞと生えてきた。
「あぁぁ……力が溢れる……へはっ、ひはははっ! できる、今なら何でも出来るぞぉ!」
自分に何が起きているのか理解していないのか、お兄さん――否、元お兄さんは歓喜の声をあげた。
四肢だけではなく胴体も触手へと置き換わり、頭以外に人間の面影がなくなる。誰がどう見ても、完全にモンスターのシルエットである。
そこかしこからぬめぬめと粘液を滴らせた姿は、
「……ローパー?」
「んふっ♡ 今の方がずぅっと素敵よ♡ 子宮がうずいちゃう♡」
「あはぁ……最高の気分だァ……今なら何でもデキる……っ!」
ローパーの触手が、足元で呻いていた男たちへと向かう。
「やめろ、何を――!?」
止める暇などなかった。
口、鼻、耳、目……ありとあらゆる穴に、触手が突っ込まれる。
眼窩を押し込まれ、ぶちゅり、と水っぽい音が響く。耳を塞ぎたくなるような絶叫があがるが、その口すらも触手に塞がれてしまう。ローパーは悲鳴すらも快感になっているかのように恍惚とした表情を浮かべていた。
「気ン持ちいいいぃぃぃぃぃぃぃっ!」
言葉とともに紫色の液体が触手の先端からどびゅどびゅと噴き出した。
体内に触手を突っ込まれていた男たちが煙をあげながら溶け、絶命していく。
「……なんてことを……仲間じゃないのかっ!?」
「俺の役に立たないクソなんて知らねぇなぁ……ははっ、安心しろ。テメェは殺してやっからるよ……リリン=リ・リさまに恥をかかせた罰だ。テメェのちんこを引き抜いて臓物がぐちゃぐちゃになるまで犯してやる」
男女すらお構いなしかよ……!
思わずドン引きするが、次の一言で僕の心は再び沸騰した。
「もちろん聖奈もぶち犯してやるぜぇ!」
聖奈さんに手を出す。
何があっても許せないその言葉に、僕の中で何かが燃え上がった。
カル=シ・オラスのせいなのか、もともと僕の中にあったものなのかは知らない。どっちだろうと関係ない。
ただ一つはっきりしているのは、こいつを野放しにしてはおけないということだ。聖奈さんに危害を加えようとするならば、僕はどんな手を使ってでもこいつをぶちのめす。
ぐつぐつと煮立った僕の怒りが、体内で渦巻いた。
「いきなさい、ローパーちゃぁん♡」
「はァいっ!」
異形の怪物がリリン=リ・リの命に従ってあちこちに触手を伸ばす。てらてらと粘液でぬめる触手が僕に、そして聖奈さんに殺到する。
「汚い触手を」
みしみしと身体が鳴る。
「聖奈さんに」
爪が伸びる。
牙が生える。
「向けてんじゃねぇッ!」
振るった爪が触手を切り飛ばす。
「ッぎャぁぁアァぁぁぁァァァぁぁァァ!!」
耳障りな悲鳴を上げたローパーに追撃を仕掛ける。
魔力が圧倒的に不足しているせいで、爪が伸びて犬歯がやや長くなった程度のかなり中途半端な形態だ。それでも、聖奈さんと通じ合った想いに支えられた力はあっさりとローパーを退けられる。
「俺のっ! 俺のちんこがぁぁぁッ!?」
爪とはいえ、汚物を触らされた怒りと、そんなものを聖奈さんに向けた怒り。
ただでさえ熱く燃え上がっていた僕の感情はもはやマグマのようだった。
「殺す……殺してやるぜ……! ザーメンを肺の中に流し込んでどろどろに溶かしながら溺死させてやらぁっ!」
傷口から新しく触手が生える。
「がぁぁぁぁぁぁぁッ!」
僕の口から漏れ出るのはもはや言葉ですらない。自らの感情をそのまま表現した咆哮である。
・――ジョブ名【ワースケベ】のスキル〈咆哮〉が発動します。
・――種族名:変異ローパーに状態異常:畏怖が付与されます。
空気をびりびりと震わせるそれにローパーの触手が硬直する。
同時、飛び出した僕は視認すら難しい速度でローパーの周辺を駆け抜ける。振るった爪は一切の抵抗を許さずにローパーを切り裂いていく。
「ひゃはハハハハハッ! 無駄だッ! いくラでも再生シてやるぜェ!」
傷口から新しい触手が生えようとするが、関係ない。
「俺ハ死ナねぇ! 死ねねェ! 聖奈を抱き潰シテ、瑠璃華ヲ犯して犯シテオカシテ、俺のちんこで世界にセカイの世界ヲ満たしてセックスを――」
下種な欲望を口走るローパー。元々の品性なのか、それともリリン=リ・リに改造された結果なのかは分からないが、再生に応じて声はくぐもっていき、顔は崩れ、言葉は支離滅裂になっていた。
最後に一瞬。
触手に飲み込まれる直前、人間の顔が泣いているように見えた。
「安心しろよ」
何故だか分からないけれど、求められているように感じた。
死という救いを。
「死ぬまで殺してやる」




