第25話 執着
……忙しいんだよ! 邪魔すんなっ!
脳内で罵倒を浴びせかけるが、カル=シ・オラスは動じた風でもなく普通に返答した。
――そう言うな。本来ならば貴様如きに知恵や力を貸すなどあり得んのだが、今回は特別だ。
――我を裏切り、我を陥れた者に群れの雌を奪われるなど、赦すわけにはいかんからな。
カル=シ・オラスを裏切り、陥れた者……?
どうやらカル=シ・オラスはリリン=リ・リやシュタイン=デ・ルモントと繋がりがある存在のようだった。
たしかに、言われてみれば名前の響きなんかはかなり似ている気がする。
仲間だったのか、それとも敵だったのか。
何も分からないが、怒っているということだけははっきりと伝わってきた。
――上書きしろ。
……は?
――雌を組み伏せ、蹂躙し、己のものである印を刻み、眷属とするのだ。
カル=シ・オラスの言葉とともに思い出すのは、瑠璃華さんが眷属になった時のことだ。
あの時は瑠璃華さんが飲んでくれたことで、『一定以上の体液を摂取させる』という条件をクリアしたのだ。
――別に口からである必要はない。
――身体の中に思う存分、ぶちまけてやればよかろう。
……そんなことできるわけないだろッ!?
――ならば殺すか? 貴様が慕い、貴様を想っている雌を、自身の手に掛けられるのか?
……ほかに方法が、
――ない。貴様が引導を渡さねば、リリン=リ・リの眷属として使い潰されることになるであろうな。
あまりにも唐突で理不尽な二択に唇を噛み締める。
だが、僕には迷っている暇すらなかった。
「ねぇルゥくん。お姉ちゃんのところに戻っておいで。今なら許してあげるから。特別に瑠璃華も眷属にしてもらえるよう、ご主人様にお願いしてあげる。瑠璃華と一緒なら、戻って来てくれるよね? それとももうお姉ちゃんには飽きちゃった? お姉ちゃんのこと嫌いになっちゃった? 家族だと思ってたのは私だけでルゥくんはもっと別の子が良いなって思ったからもうお姉ちゃんなんて要らなくなっちゃったの?」
津波のような言葉。
支離滅裂な、感情をそのまま口にしたような言葉にはしかし、熱と圧があった。
狂おしいほどに僕を――家族を求め、それを阻む全てを排除するという覚悟が。
「じゃあ、瑠璃華を殺さなきゃ。瑠璃華がいなくなればルゥくんの一番はお姉ちゃんに戻るもんね? ルゥくんは悲しむかもしれないけど、ちゃんとお姉ちゃんが癒してあげるから大丈夫だよ。どんなことがあってもお姉ちゃんはずっとルゥくんのそばに居るから。だからルゥくんはそこで見てて。気にしなくて良いんだよ、誑かした瑠璃華が悪いんだから。すぐに殺して――」
暴走する天塚さんの横で、リリン=リ・リが笑った。
快楽を受け止めるかのように身を捩り、びくん、と軽く震わせながら天塚さんを見つめる。
「眷属にして良かったわぁ♡ 抑え込んだ感情の匂いがすごかったものねぇ……嫉妬と恋慕が隠し味になった情欲なんて、本当に最高……それだけで軽くイっちゃったじゃないのぉ」
だ・け・ど、とスタッカートを付けて言葉を区切ったリリン=リ・リが、尻尾で天塚さんの首にきゅるりと巻き付いた。僕が爪で切り裂いたはずだが、回復して再び生えたらしい。
尻尾は天塚さんを締め付けている感じではないが、ティアラ状に浮かび上がった眷属の印が輝きを増す。同時にぶつぶつと喋り続けていた天塚さんがおとなしくなった。
「あのワンコは私に傷をつけたの。だから絶対に殺すわ……折角だから、あなたに譲ってあげる♡ どんな感情を見せてくれるか、楽しみにしてるわよぉ♡」
悪趣味な宣言とともに、眷属の印が眩い輝きを放った。
「あっ、ぐぅっ……!」
悲鳴を上げる天塚さんの耳元で、真っ赤な唇が囁く。
「あのワンコはあなたを捨てたの。暇潰しには良かったけど、あなたなんかよりずーっと大切なものがあるから、もう要らないんだって」
「そんな、こ、と……」
「あなたを好きだった頃のワンコはもうどこにもいないのよ。苦しいわよね? 寂しいわよね? どうしよっか。諦めて忘れてみる? それとも遠くで幸せを願うのかしら。あなたのことなんて、すぐに忘れられちゃうでしょうけど」
「ルゥ、くん……やだ……忘れ、ない、で……!」
眷属にされた影響なのか、それとも他のスキルが作用しているのか、熱に浮かされたような天塚さんの眼に、涙が浮かぶ。
これ以上好き勝手させたくない。
そう思って突撃をしかけるが、リリン=リ・リはあっさりとそれを回避。反撃代わりに、天塚さんへとさらに囁き続けていた。
「じゃあ刻みつけないと。世界にも、あなた自身にも、あのワンコにも……忘れられない傷をつけてあげるのよ」
「……き、ず……?」
「そうよ。毛皮をズタズタにして、骨を砕き、はらわたを引きずり出してあげるの」
「……し、ん……じゃう……」
「あのワンコを殺せば、もう裏切られることも、捨てられることもないわ。あなたがあのワンコを独占できるのよ」
「……どく、せ、ん……?」
「そうよ。あなただけのものにしたくない?」
「あ、あああ」
天塚さんの口から、意味を為さない言葉が漏れる。
「あああああああっ」
肺を絞るような声は、魂が慟哭しているかのようだった。
「あああああああああああああああああああああああっ!」
パニックでも起こしたかのように、天塚さんはめちゃくちゃに暴れ出した。聖属性の付与された攻撃があちこちに撒き散らされる。主人であるはずのリリン=リ・リにまでそれが及んだことで、首に巻き付いていた尻尾が外れる。
崩れ落ちた天塚さんは、そのまま地面で丸くなり、泣きじゃくっていた。
「いやだよぉ……ひとりに、しないで……ルゥくん、ルゥくん……傷つけたくないの……逃げて……寂しいよぉ」
幼子のように丸くなり、僕を呼ぶ彼女。支離滅裂な言葉だが、天塚さんはこんな状況ですら僕を守ろうとしていた。
少しでも気持ちを落ち着けるため、天塚さんに駆け寄ろうした僕を追い越すように、魔力が迸った。魔力が天塚さんの眷属印に直撃する。
「……未調整とはいえ、私に牙を剥くような眷属は要らないわ――〈発情飢餓〉」
幽鬼のような表情のサキュバスが、天塚さんを睨んでいた。その頬には、一筋の傷跡がある。
どうやらメチャクチャに暴れた天塚さんがつけたものらしい。
「ふふっ……罰としてその犬とまぐわい続けなさい。体力の続く限り――体力がなくなっても」
何をした、なんて訊ねるまでもなかった。
天塚さんの身体から、濃密な香りがした。
「はぁっ……はぁっ……なに、これぇ……っ!」
「魔力欠乏よ。もっとも、私の力で全ての渇望が性欲に変換されてるけどね♡」
天塚さんは顔を真っ赤にして、身悶えしていた。鼻腔を満たす香りは、彼女が発情していることをハッキリと示していた。僕自身も本能を刺激され、涎が勝手にあふれてくる。
「ふふっ……我慢しすぎると発狂するわよ? 一度手を出せば、どちらかが腹上死するまで止まらなくなっちゃうけど♡」
悪趣味な奴である。
「るぅくん、たすけて……切ないのぉ……っ!」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべたリリン=リ・リの眼前、天塚さんが自らの衣服に手を掛けた。
今すぐにでもリリン=リ・リをぶちのめしてやりたいが、天塚さんをこのまま放っておくこともできない。
リリン=リ・リの言葉が真実ならば、天塚さんを放置すれば発狂してしまう。
かといって、ここで欲望のままに天塚さんを貪れば、リリン=リ・リの思う壺だろう。
「るぅくん……♡」
天塚さんに抱き着かれると同時。
ぱきり、
と何かをへし折るような音が響き、足元に巨大な魔法陣が展開された。
「転移魔法ッ!? いったいだれが――」
リリン=リ・リが焦りを見せるが、もう魔法陣は発動している。
「聖奈っ! しっかりしなさい!」
視界が光に包まれ、僕は――否、僕たちは、一瞬で地上に転移した。




