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第24話 眷属


 作戦は決まった。


 早く、でもバレないように魔法陣を作ってサキュバスごと天塚さんを救出。その後は天塚さんだけピックアップしてとんずら、サキュバスは瑠璃華さんの実家の人に押し付ける……我ながら酷い作戦である。


 唯一の救いは、サキュバスを巻き込んで良いのであれば、魔法陣を大きなサイズで展開できることである。至近距離で作業するとかだと難易度がエグいことになるけれど、取り囲むように大きく魔法陣を描くならばできないことはないだろう。


 視認性が最悪なこの空間ならば、気付かれずに魔法陣を()く、というのも不可能ではない……と思いたい。


『できる……か……?』

「やるのよ」


 言いながらスマホを見せられた。映し出されているのは、かなり複雑な図形だ。

 一筆書きで描けるように矢印で補助線が書き込まれているのは瑠璃華さん自身が研究していたということなのだろう。


 ……見ながらなら何とかなるか。


「とーやは図形をなぞるように動いて。呪具は私がやるから」

『分かった』


 身を低く、触手の茂みをくぐるように動き始める。

 ローパーは転移魔法陣を複数発動し続けているし、そのたびにモンスターが召喚されたり、またどこかに送られたりしている。


 気づかれるはずない、と言い聞かせながら動くが、背中から聞こえてくるぱき、と乾いた音がやけに大きく感じられた。


「無駄な実験なんてやめて、私のローパーちゃんをそろそろ返しなさいよぉ。新しい眷属を調教するのに使いたいんだけど」

「リリン=リ・リ……貴様が眷属を作っただと? 戦力が増えるならばともかく、どうせ肉欲(にくよく)を貪るだけだろう? その辺の棒でも拾って一人でシていたまえ」

「勝手に男だと思い込むなんて随分頭が固いのね。新しい眷属は女よ」

「ならば売女が増えるだけだろう」

「数式と学問にしか発情しないよりもずっと健全よ。あ、ごめんなさい。発情ってわかる? あなたには難しすぎる概念かしら」


 忘れもしないサキュバスの声と、応じるシュタイン=デ・ルモントの声。

 知り合いのようではあるけれど、とてもじゃないが仲が良いとは言えない応酬(おうしゅう)である。じり、と這うように進む。


「獣みたいな(あえ)ぎ声以外に皮肉を言う知能もあるのか。どうやら君を見くびっていたようだ」

「自分の眼が節穴だって自覚が出来たのは素晴らしいことね」

「おや、皮肉を言うことはできても、言われたとて理解する知能はなかったか。眷属にするならば肉欲を満たすためでなく、足りない頭を補佐してくれる者を選ぶべきだと忠告しよう。まぁ、貴様に使いこなせるレベルで、だが」

「それじゃあ、まだ未調整だけど私の眷属を見せてあげる……ついでに強さも味わわせてあげるから、どこかの馬鹿みたいに後悔しながら死になさい」

「ははは。だから貴様は馬鹿なのだ。《《奴》》は霊的な存在だ。まだどこぞを彷徨(さまよ)い、あるいは誰かに()りついていることだろうよ」


 (あざけ)るようなシュタインの言葉にサキュバス――リリン=リ・リからの応答はない。代わりに魔力が弾けた。

 同時に、心の奥底でずっと求め続けている匂いが一気に濃密になる。


「お呼びですか、リリン=リ・リ様」

「ッ!」

 天塚さんの声がした。思わずローパーの触手をかき分けて覗けば、そこには天塚さんがいた。

 ただし、純白だった翼はどす黒く染まり、瞳が赤く輝いている。

 おまけに、額の上に複雑な模様を作った魔力の模様も浮いていた。

 見た瞬間に理解した。ティアラのように輝くそれは、瑠璃華さんの下腹部に出たものと同種のもの――つまりは眷属の証だ。


 ……新しい眷属ってのは、天塚さんのことだったのか……!


 これじゃあ地上に転移したところで天塚さんを連れて逃げることができない。


 ……それでも地上に戻るべきか、と瑠璃華さんと相談しようとしたが、それは叶わなかった。


 リリン=リ・リを守るように前に出た天塚さんが、スキルをぶっ放したのだ。


 ――――――ッ!


 僕が知る天塚さんとは一線を画す、強力なスキルが周囲を襲った。

 まるで後衛の魔法職かと思うような一撃は周囲の触手を千切り、無作為に召喚されていたモンスターを巻き込み、隠れていた僕たちを吹き飛ばす。


「がぁっ!?」

「きゃぁぁっ!?」


 聖属性が付与された魔法に苦鳴をあげながらも耐える。レベルアップの恩恵か、僕は何とか踏ん張れたけれど背中の瑠璃華さんは思い切り吹き飛ばされてしまった。

 今すぐにでも拾いに行きたいが、そうもいかない。


 ――天塚さんと目が合ってしまったから。


「ルゥくんだ……♡」


 蕩けるような声で僕を見つめた天塚さんだけれど、後方に転がった瑠璃華さんの姿を見つけると同時に顔から表情が抜け落ちた。


「……何で瑠璃華がルゥくんと一緒にいるの? ねぇ、ルゥくん。なんで私のところからいなくなっちゃったの? 私を捨てて瑠璃華を選んだの? それとも瑠璃華がルゥくんを浚ったの? ねぇ、ルゥくん。私は要らないの? 私を求めてくれたんじゃないの? 瑠璃華の方が良いの? ねぇ、ねぇねぇねぇ」

 濁流のように言葉を紡ぎ続ける天塚さんの手に、魔力の光がともる。

 練り上げられていくのは殺意の塊ともいえるようなスキルだ。


 僕ですら危機感を覚えるようなそれは、瑠璃華さんに当たれば間違いなく致命傷になるだろう。


 巻き込み事故を避けるために、じり、と横にずれれば、瞳を赤く輝かせた天塚さんは僕に狙いを定めてくれた。

 だが、この場にいるのは天塚さんだけではない。


「あら、いつかのワンちゃんじゃない……ふふっ、私の美しい顔に傷をつけたこと、忘れてなくってよ?」


 リリン=リ・リが獰猛さを湛えた笑みを浮かべていた。

 想像できる限り、最悪の状況だ。


「ふむ……先日も主張したが、吾輩は頭脳労働担当でね。荒事は遠慮させてもらう」


 唯一の救いと言えば、シュタイン=デ・ルモントが早々に姿を消したことだが、天塚さんが敵に取り込まれてしまっている時点で僕たちの救出作戦は破綻している。


 おまけに相談する余裕もないし、救出したい天塚さん自身が敵になってしまっている。


 どうする。

 どうすれば良い。


 必死に考える僕の脳内に、不快げに鼻を鳴らす声が響いた。


 ――群れの雌を奪われるとは、情けない奴め。


 カル=シ・オラスだ。



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