第23話 月詠さん家に大作戦
ダンジョン内を疾走し、どんどん深部へと向かいながらもふと思った。
『そういえば瑠璃華さんの【ジョブ】って何なの?』
サキュバスは僕が戦うつもりだけれど、瑠璃華さんが自衛できるかどうかで取れる戦術がずいぶん変わる気がしたのだ。
「私のジョブは【魔女術士】よ」
『魔女術士……? 魔女じゃなくて?』
「魔女よりもさらに後衛寄りというか、非戦闘職寄りというか……魔女よりも全体的に性能が低い代わりに、呪術や魔法が籠ったアイテムを作成したりできる【ジョブ】よ」
瑠璃華さんはやや不満そうだが、魔女との一番の違いは本来ならば覚醒者本人にしか扱えないはずの【スキル】が、アイテム化することで他者でも発動できるようになる点だという。
発動に必要なコストも呪具が肩代わりするため、魔力消費もなし。
「私は聖奈を倒さないといけないからダンジョンに潜ってるけど、【魔女術士】は地上で探索者相手に商売をしてる人の方がずっと多いわね」
ちなみに、アイテムは使い切りの上に効果もそれほど高いわけではないらしく、最前線で使えるものではない。それでも魔力が切れた時や遭難した時にお守り代わりとして買われることが多いとのことである。
「どっちかと言えば、専用呪具を用意して【魔女】でも発動できないような儀式系の大魔法を使えるってのが強み……になると思ってるんだけどね」
引っ掛かる物言いに首をかしげる。
『うまくいってないの?』
「とにかく時間がかかりすぎるのよ。呪具を配置して図形を……ってとーや、図形って分かる?」
『四角とか星とかでしょ?』
何を当たり前のことを、と思ったけれど、全然当たり前じゃなかった。
何せ、今の僕は義務教育どころか幼稚園や保育園なんて存在しないはずの種族なのだから。
「……犬(仮)なのに賢いのね」
あ、あああっ、危ない……ッ!
こんな雑談から正体バレとか本当に勘弁してください!
『い、今のかっこかりってどうやって発音したのかな?』
「(仮)」
『……すげぇ』
無理やり話題を変えると、瑠璃華さんもあっさり乗ってくれた。
特に大きな引っ掛かりを覚えるでもなく、瑠璃華さんが【魔女術士】の説明に戻る。
「まぁ良いわ。五芒星をベースに、もっと複雑で難しい図形を作るのにとにかく時間がかかるのよ。実戦じゃ使い物にならないのが現状ね」
『そ、そうなんだ……』
いつか天塚さんが評価した通り、確かに瑠璃華さんはパーティ向きなのかも。
そんなことを考えながら何度目かの階段を下りたところで、不吉なものが目に留まった。
慌ててブレーキをかけると、背中の瑠璃華さんが慣性に引っ張られてすっ飛びそうになる。
僕の体毛をぎゅと握りしめて耐えていたいけれど、ぺしぺしと抗議の平手が飛んでくる。
『……瑠璃華さん』
「なによ」
安全装置なしのジェットコースターに振り回されて御機嫌斜めの瑠璃華さん。今から僕の提案によってさらに不機嫌になることを考えると気が重いのだが、やみくもに探すよりも可能性が高いモノが前にあるのだから使わない手はないだろう。
『転移魔法陣、飛び込んでいい?』
「……ハァ?」
『だから、転移魔法陣』
そう、僕が見つけたのは出来立てホヤホヤ……つい数秒前までは絶対になかったはずの転移魔法陣だ。
天塚さんと一緒に巻き込まれたときのことが脳裏を過る。
おそらく、この魔法陣に飛び込んだら前回と似たような場所にたどり着くだろう。多くの転移魔法陣を起動していたローパーや、それを操る怪人シュタイン=デ・ルモントの元へ。
それはつまり、いろんな場所とつながった場所でもある。
シュタインやローパーにその気がなくとも、天塚さんの匂いがする魔法陣を探して飛び込めば近づけるはずである。
「転移魔法陣って、ダンジョンの罠よね?」
『そうだね』
「どこに繋がってるのよ」
『わかんない……けど、もしかしたら天塚さんを見つけやすくなるかも』
たぶん、シュタイン=デ・ルモントのいたところだろうけど、触手のところ、と言ったら拒否されそうなので適当に流す。
「……飛び込んだ方が聖奈が見つけやすいって考えてるのよね?」
『うん』
「ならさっさと飛び込みなさい」
迷いのない――それどころか命令形の言葉に思わず苦笑しながらも、僕は転移魔法陣へと身を躍らせた。
一瞬の浮遊感とめまい。不快な感覚に顔をしかめながらも眼を開けると、そこは予想通りというか、予想外というか、ローパーが天井からぶら下がった空間だった。
「っ!?」
『静かに! 敵に見つかる!』
驚いた瑠璃華さんを制止し、辺りを探る。ローパーの触手があちこちで転移魔法陣を起動している関係で視認は最悪。あちこちに魔力の反応もあってどこに誰がいるかなんてわかるはずもない状態である。
それはお互い様なので、僕たちが天塚さんやシュタイン、そしてサキュバスを見つけられないのと同様に、向こうも僕たちを見つけられないはずである。
だとすれば、鼻が利く分だけ僕の方が有利だ。
身を低くした僕は大きく深呼吸をした。鼻腔いっぱいに吸い込んだ空気が、この空間の情報を伝えてくれる。
鼻を衝くようなローパーの体液。モンスターの体臭。涎みたいな嫌な匂いだけではなく、鉄錆みたいな血液も混ざっている。青臭い匂いが混ざっているのは虫系モンスターや植物系モンスターもいる証拠だろう。
「ちょっと、とーや」
囁き声で話しかけられるが、今は返答している余裕すらない。
塗り潰すようにぶちまけられた多数の匂いの中から、天塚さんの匂いを探さなくてはいけないのだ。
頭がおかしくなりそうな量の匂いを必死にかぎ分ける。
……シュタインがいるな。
状況が悪化した、と顔をしかめた瞬間、懐かしい匂いの残滓を感じた。
甘く、しかしどこか爽やかな香り。瑞々しく華やかな桃のような匂いに、自然と涎が垂れてくる。
いた。
天塚さんだ。
それも、手掛かりや痕跡ではなく、間違いなく本人がいる。
深呼吸を繰り返して天塚さんの位置や状態を探っていく。汗は掻いているみたいだけれど、怪我はなさそうだ。
ほっと胸をなでおろしたのも束の間。
『……最悪だ』
「どうしたのよ」
『天塚さんのすぐそばに、サキュバスがいる』
戦うしかないか、と思ったところで背中をぺしぺしと叩かれる。
「今からとっておきの魔法陣を見せるわ。その通りに動きなさい」
『サキュバスは本当に普通じゃないんだ。倒すことを考えるよりも、天塚さんを保護して離脱した方が――』
「大丈夫よ。私が発動するのは《《転移魔法》》だから」
『ッ!?』
想像もしていなかった魔法に息を呑む。
「配置さえできれば発動は一瞬。瞬きする間に私の家の庭に移動してるわ」
自信満々に断言された。
「私の家は古い陰陽の家系だから弟子や分家筋も含め、それなりの人数がいるわ。それに、お兄様もいるはず」
『みんなで力を合わせれば――』
「はぁ? 何言ってんのよ」
『えっ?』
「聖奈を拾ったら私たちは逃げるに決まってるでしょ。転移魔法についてはバレてないし、原因不明のまま押し付けられるわ」
『えっと、その……?』
「運が良ければあのクソ馬鹿変態男に手傷を負わせてくれるかもしれないし。脳筋でナルシで俺様だけど、ああ見えて本当に強いのよ……はぁ、相打ちになってくれたりしないかしら」
とんでもないことを言い出した瑠璃華さんだけれど、確かにあの理人とかいう男の言動は酷かった。
たった一度見ていただけの僕ですらそう思うのだ。日常的に罵詈雑言を浴びせられ、お母さんを冤罪で閉じ込められている瑠璃華さんがこうなるのも仕方ないのかもしれない。
『本当にバレない?』
「転移した瞬間を直接見られなければ、絶対にバレないわ。何度か実験したけど、転移魔法を発動したことにすら気づいてなかったもの」
『分かった』




