第21話 聖奈
本日1話目です。
その日、僕は高級タルトの材料になる夢をみた。
エプロン姿の天塚さんに甘やかなシロップをたっぷりとかけられ、同じくエプロン姿の瑠璃華さんによってどこまでも沈み込むカスタードの上に載せられる。
「わぁ、美味しそー♡」
「ちょっと聖奈! 私のだからね!」
「えー? ルゥくんはお姉ちゃんに食べられたいんだよね?」
「聖奈はおクチでしてないんだから駄目!」
どこか楽しげに喧嘩する二人の台詞があまりにもあんまりだったこともあり、ここで夢だと気づいた。
いつの間にか裸エプロンになっていた二人が、前かがみになって僕に迫る。
「ねぇルゥくん。どっちに食べられたい?」
「当然、瑠璃華さまよね!? そうじゃないと許さないんだから!」
谷間を見せつけるような二人に迫られた僕はおっぱいに潰されてだんだん呼吸ができなくなり――
「わふぅ……?」
目を開けると、そこにはおっぱいがあった。否、おっぱいだけではない。身じろぎしようとして、温かく柔らかな感触がそこかしこにあることに気づいた。
「んっ……んぅ……」
瑠璃華さんの抱き枕にされているようだ。
気付いた瞬間に口の中に涎があふれ出すが、ぐっと牙を食いしばって我慢。さすがにここでまた欲望に負けるのはケダモノすぎる。
……いやまぁ、今更でしょって言われたら土下座するしかないんだけども。
天塚さんや瑠璃華さんに指摘されたらアツアツの鉄板の上で土下座まであるな。
「……おはよ」
どうしようか、と思っていたところで瑠璃華さんも目を開けた。
布団代わりのバスタオルをめくると、そこから現れるのは一糸まとわぬ姿の瑠璃華さんだ。
昨日の運動会は、犬組がリードしたまま休憩に突入。
水分補給しながらお布団に倒れ込んだ人組は敗走かと思われたが、まさかの挑発。
後半戦が勃発することになったのだ。
犬組リードです、人組頑張って――ああっと、ここで人組が根元まで思い切り口に――……っとやめよう、思い出すとまた我慢できなくなりそうだ。
瑠璃華さんが気絶して、総合優勝は犬組に決まったところで運動会は幕を閉じることになった。
……僕も限界だったので、大量のレベルアップ通知を聞きながら眠りに就いた、というわけである。
「……ご飯、どうしよ。犬って何食べるのかしら」
クローゼットから取り出した服を着たり、髪の毛を整えたりとテキパキ支度を済ませた瑠璃華さん。
自身にも使っていたヘアブラシを片手に僕の横に座ると、体毛をゆっくりと撫でつけていく。
「私に飼われるんだから、身なりはきちんとしなさい。そこら辺にマーキングしたり、うんちしたら許さないからね」
……昨日、ダンジョンにマーキングしたのはどこのどなたなのでしょうか。しかも僕のせいにしたし。
「う、うるさいわね! あれは悪かったと思ってるわよ! でも乙女の尊厳が――……ッ!?」
言葉が通じた。
その事実に僕と瑠璃華さんは顔を見合わせた。
何故、と思った瞬間、補足するように天の声が響く。
・――個体名:月詠瑠璃華の眷属化に成功しました。
・――眷属化に伴い、以下のスキルを付与します。
・――〈念話〉。
・――〈感度操作〉。
・――〈情動操作〉。
「っ!? 熱っ!?」
下腹部を抑えた瑠璃華さんが、自らの服をぺろんとめくる。
眩しい肌。くびれたウエスト。形のいいへそが露わになったけれど、僕の視線を奪ったのはもっと下だ。
下腹部――パンツのデザインによっては布で隠れてしまうような際どい位置に、ハートを意匠化したような模様が浮かんでいた。
「何……あっ、消えた」
瑠璃華さんの中に染み込むように消えたそれが何なのか、僕は本能的に理解してしまった。
あれは僕の眷属になった証。僕の体液を取り込み、僕に服従し、感度や情動の操作を可能とする経路。
早い話が、淫紋だった。
「?」
さすさすとお腹をこすりながら疑問符を浮かべる瑠璃華さんが、はっと我に返る。
「そんなことより会話! 今、アンタの言ってたことが分かった気がしたんだけど!?」
おそらくは淫紋もとい、眷属化の効果である〈念話〉によるものだ。そうアタリを付けた僕は、伝えるつもりで念じてみる。
『僕も瑠璃華さんと会話できてるってびっくりしてる』
「嘘……本当に分かる……アーヴァイン・ケントゥス・ルシフェル三世の声が分かる!」
『……あの、一応、僕には刀夜って名前があるんだけど』
言ってからしまった、と思ったけれどもう遅かった。
「とーや? ………………もしかして、聖奈のつけた名前?」
『あっ、いや、違う。天塚さんじゃない』
しどろもどろになる僕に、なぜか瑠璃華さんはにんまりと笑った。
「私は瑠璃華さんで、聖奈は天塚さん、ね」
どこか自慢げな笑みを浮かべた瑠璃華さんはわざとらしく困ったように肩をすくめる。
「はぁ~、動物って素直だから、どっちが飼い主に相応しいか、本能的にわかっちゃうのよね」
『えっ、いや、そういうのじゃなくて――』
否定しようとした僕の脳裏に浮かんだのは、縋るような瑠璃華さんの姿だった。
『今だけで良いから、私を選んで』
必死に懇願する姿が脳裏をよぎり、言葉が詰まる。
「ふふ~ん♪ まぁ、否定なんてできないもんね♡ そうだ、聖奈に自慢しないと!」
『あっ、ちょっと!』
僕の制止も聞かずに瑠璃華さんがスマホを弄り始める。
十中八九、天塚さんに連絡を取るつもりだろう。何とか阻止しようとしたが、僕が何かをする前に瑠璃華さんの顔が凍り付いた。
「……え……?」
食い入るように画面を見つめ、何度も何度もスマホを操作する。
小さく震える指を見れば、何かとてつもないことが起きたのはすぐに理解できた。
『どうしたの?』
「聖奈が……アンタの飼い主が、ダンジョンで行方不明になったらしいわ」
『っ!?』
「配信に映っていた最後の映像は、覚醒者と思しき女性に襲撃されたところだって」
瑠璃華さんが見せてくれた画面には、酷く乱れた映像の切り抜きが貼られていた。おそらくは天塚さんが配信していた動画から取ってきたものだろう。
何かのスキルか、それともモンスターの一部なのか、胸辺りをひものようなものでぐるぐる巻きにされた天塚さん。ネットニュースのものらしいそれは、センセーショナルな文言で天塚さんが行方不明になったことを告げていた。
その数日前には天塚さんが配信休止を宣言していたことを根拠にして、色々と妄想を掻きたてるような推測が羅列されている。
配信休止の理由は『いなくなった飼い犬を探すため』らしい。
……僕のせいだ。
ちゃんとお別れを言わず、僕が天塚さんから逃げたから、心配して探そうとしてくれたんだ。
『覚醒者の女性の身元について、JDAと警察は連携して捜査を進めている』
そんな結びの言葉とともに表示された切り抜きを見て、思わず呟く。
『……違う』
「? 何が違うの」
『……コイツは覚醒者なんかじゃないッ! モンスターだ!』
切り抜きの端、不鮮明ながらも不敵な笑みを浮かべていたのは、間違いなく僕が初日に遭遇したサキュバスだった。
夜にもう1話投稿します。




