第19話 複雑な家庭
本日1話目です。
「……絶対に声出しちゃダメだからね、アーヴァイン・ケントゥス・ルシフェル三世」
「くぅん」
絶望的な名前を付けられた僕は、瑠璃華さんの家に来ていた。
というのも、粗相した瑠璃華さんは散々恥ずかしがったり泣いたりと挙動不審を極めたんだけども、最終的には「わんこが粗相して」と誤魔化すことにしたらしいのだ。
人とすれ違う度に、わざわざ聞こえる声で「もー、おしっこかけてくるとか本当に最悪! 帰ったら躾だからね!」とアピールまでする始末である。
人間に戻ったら戻ったで色々問題があるけれど、この姿でも問題が生まれてしまいそうな気がした。
いや、こっちは完全に冤罪なんだけども。
そんなわけでおもらし冤罪を掛けられた僕は、逃げる隙もなく瑠璃華さんの家に入ることとなった。
道中では犬アピールをされたが、今は瑠璃華さんの上着にぐるっと巻かれ、隠されるようにして抱き上げられていた。
眼前に広がるのは瑠璃華さんが自分で言っていた通り、とんでもない豪邸である。
ただし和風の。
呼びにくくて瑠璃華さん、と呼んでいるけれども、確か苗字はムーンスペルだったはずだし、瑠璃華さん自身もハーフとかクォーターみたいな見た目をしているので、てっきり洋風のお屋敷だと思っていたのだ。
だが、実際に眼前にあるのは瓦付きの白塀でぐるっと取り囲まれた純和風家屋。表札は月詠となっている。
……月詠だからムーンスペル……?
翻訳と言えばそうなんだろうけどなんでわざわざ翻訳を、と考える間もなく瑠璃華さんは中へと足を踏み入れた。足元は玉砂利が敷き詰められ、天然石の足場が母屋へと続いている。
どこかの神社仏閣や、観光地の武家屋敷みたいな静謐な空間である。
開け放たれた玄関には竜虎の描かれた屏風で目隠しがされており、やくざの家と言われても納得してしまいそうな威圧感があった。
ここに本当に入るの……?
呆けてしまったけれど、僕の鼻は人の気配を捉えていた。
屏風の奥から現れたのは二十歳そこそこの男。プロレスラーみたいな体格をした、二十歳くらいの男だ。
ジェルか何かでオールバックに固め、前髪を一筋だけ前に垂らした髪型に、絶滅寸前まで細く整えた眉。浅黒く焼けた肌に金色の厳ついチェーンネックレスも合わせてホスト崩れかヤのつく職業にみえるが、子供ほどもあるハンマーを担いでいるということは覚醒者なのだろう。
男は瑠璃華を見つけるなり顔をしかめた。
「そんなところで何をしている、瑠璃華。目障りだ」
「……申し訳ありません、お兄様」
深々と頭を下げた瑠璃華さん。
……このホスト崩れが兄?
かけられた言葉に、瑠璃華さんの表情を考えると、兄妹なんて風には見えないが。
「妾腹の癖に馴れ馴れしく俺を兄と呼ぶなッ!」
「……申し訳ありません」
「月詠の敷居を跨がせるだけでも家格が落ちる……親父の遺言さえなければすぐにでもどこかの物好きに売り払ってやるってのに」
売り払う。
人間相手の会話で出てくることなどあり得ない言葉に耳を疑ってしまうが、当の瑠璃華さんは、ぐっと唇をかみしめて堪えていた。
「まぁ、お前みたいな貧相な身体の女、よほどの物好きしか買わないだろうがな……お前の母親みたいに、男を誑し込める身体だったら俺が《《使って》》やっても良かったが」
「……はい、すみません……!」
瑠璃華さんは目に涙を溜め、僕のことを抱きしめて震えていた。痛みを感じるほど強い抱きしめ方は、そのまま瑠璃華さんの怒りと屈辱を現していた。
「なんだ? 何か文句があるのか?」
「……いえ、ございません」
「そうだよな。俺の温情でお前の母親は生きてるんだから」
「……はい」
「礼はどうした?」
嬲るような男の問いかけに、瑠璃華さんは膝を突き、僕を置くと額を地面につけた。
土下座だ。
「……母と私に温情をくださりありがとうございます、理人様」
「ふん。目障りだからさっさと消えろ」
理人とやらの姿が完全に見えなくなるまで、瑠璃華さんは地面に頭をつけていた。
***
「……みっともない所見せちゃって、ごめんね」
母屋の横を回り込むように進んでいった僕たちがたどり着いたのは、離れの裏側に隠されるように建てられた家だった。
こちらも和風ではあるが、かなり小さく、造りも簡素な気がする。
母屋が貴族の家ならば離れが普通サイズ。そしてこちらは物置と言われても仕方ないほどのサイズである。
先ほどの理人の言動も合わせて、瑠璃華さんがどんな扱いを受けているかが容易に想像できた。
「……ただいま。汚れちゃったから一緒にお風呂入ろうね」
迷わずそこに足を踏み入れた瑠璃華は、玄関を施錠してすぐに服を脱ぎ出す。
「わふっ!?」
「すぐお風呂にしてあげるから我慢なさい」
汚れたショーツまでもを脱ぐと、一糸まとわぬ姿になってしまった。
透けるような眩しい肌に、均整の取れたプロポーション。胸はサラシで潰していたらしく、結構立派なサイズだった。さすがに天塚さんほどではないけれど、平均よりは大きく見える。
何よりも、白磁のような肌に桜色の小さな膨らみが芸術的である。
きゅっとくびれた腰に、微かに水の痕が残る太腿。
そして、どこがとは言わないが、瑠璃華さんは摩擦レスというか、つるつるというか、何もなかった。
「……何が貧相な体よ、変態クソ馬鹿男」
サラシが窮屈だったのか、大きく伸びをした瑠璃華さんが悪態をつく。もしかしてサラシを巻いてたのは理人にいやらしいことをされないように、だろうか。
「私に力さえあれば、ぶちのめしてやるのに……さ、行くわよ」
「わふっ!?」
「こら、暴れないの!」
思わず見とれていたところを捕まってしまい、何とか逃げようとしたが時すでに遅し。
ワンルームみたいな部屋を横切って、小さなお風呂に連れ込まれてしまった。内開きの扉が閉まってしまえば、仔犬な僕に脱出する術などあるはずもない。
ざぁ、とシャワーが出て、もうもうと湯気が立ち上っていく。
身体を流した瑠璃華さんが所在なさげにしていた僕を膝の上に乗せる。
濡れたままだったせいで冷えた身体に、温もりが染み込んでいくようだった。
「……月詠の家はね、古くからある陰陽師の家系なんだって」
「わぅ?」
「呼び方は違うんだけど、ダンジョンが現れる前から魔力のこととかを知ってて、魔力を使って悪いことをする人たちを捕まえたり、閉じ込めておく仕事をしてて――……それは今も続いてるんだ」
頭からシャワーを被りながら、瑠璃華さんが俯く。
「ママは冤罪で閉じ込められちゃってて、会えないの……パパが生きてた頃――私が生まれる前はそうじゃなかったらしいんだけどね」
作り笑いの残骸みたいなものを浮かべた瑠璃華さんの目じりに、光るものが浮かぶ。
「聖奈をやっつけたらママと一緒に暮らしてもいいって理人が言ってたの……だから私は聖奈に勝たなきゃいけないんだ」
……なるほど。
それが勝ち負けにこだわっていた理由なのか。
でも、どうして天塚さんを倒せなんて命じたんだ……?
僕の疑問が通じた訳じゃないんだろうけど、その理由はすぐに分かった。
「婚約を申し込んだのにフラれたんだって。恥かかされたとか言ってたけど、自分の顔と性格を顧みろって話よね。聖奈の趣味がまともで良かったわ」
「わふ」
「さて、そろそろ洗いましょ」
そして首を傾げた。
「……わんこってブラシで洗うのかしら」
夜にもう1話投稿します。




