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第1話 ダンジョンに入ったからってそうそううまくはいかないよね


「えっと、初めまして。大上刀夜(おおがみとうや)です。これから初のダンジョンアタックを始めます」


 ちょっとしたホールみたいな広さの洞窟。ぼんやりとした明かりが天井から降り注ぐそこで、僕はカメラに向けて自己紹介をして――さっそくカメラの電源を切りたい衝動に駆られていた。


 どうせカメラに映っているのはどこにでもいるような高校二年生の男子だ。

 イケメンでもなければ特殊な才能もない。運動も勉強もそこそこだし、モブとかナードとかエキストラとか通行人Bとか、そんな肩書が似合うような存在である。


 自己紹介をしたところで興味を持ってくれる人がいるとは到底思えなかった。


 ……ここが《《ダンジョン》》でなければカメラなんてぶん投げてしまうところである。


 そう、僕は十数年前に突如として世界各地に現れた意図不明構造物いとふめいこうぞうぶつ……いわゆるダンジョンに足を踏み入れていた。

 誰が、どうやって、何のために作られたのか、まったく分からないそれは、山や海などの大自然のみならず、ビルの一角や地下鉄の途中など、ありとあらゆるところに存在した。


 研究によると、確認されているだけで全世界に四〇〇〇以上ものダンジョンがあり、その全てが一夜にして現れたというのだから驚きである。


「……はぁ、やめよ。とりあえず電源が入ってりゃそれで良い……んだよな」


 何故か電波が通じるダンジョン内では、情報収集やら事故・事件の防止だとかでリアルタイムの配信が義務付けられている。


 とはいえ、それを一般に公開するかどうかは一任されているので、僕はさっそく配信モードを非公開に切り替えた。事件や事故に備えてJDA――日本ダンジョン庁がいつでも見られるようになっていれば問題ないはずだ。


「配信とか、性に合わなすぎる……」


 そもそも僕は目立つのが好きじゃない。

 命の危険がある場所に好き好んで立ち入りたいと思えるほど勇猛でもないし、自分の能力を過信してもいない。

 じゃあ何故わざわざ講習を受けてまで探索者登録をしたのかと言えば、理由は一つ。


 ――モテたいからだ。


 ()えそうな心を奮い立たせるためにスマホを見れば、そこにはセンセーショナルに煽り立てるネットの記事が表示された。

『人気アイドル・RENAに熱愛発覚!? お相手は実力派の探索配信者か』

 清純派アイドルとして売り出していた僕の推しと、ヤンキーみたいな男のツーショットがデカデカと表示されていた。

 記事によれば、相手の男は探索をしながら配信を行う有名人らしく、ネット上で男のことを調べれば、良くも悪くも多くの噂を見つけることができた。


 ……できてしまった。


 噂によれば、男は配信を観ている女の子を引っ掛けまくり、ヤリたい放題にしている最低野郎とのことである。

 遊ばれて捨てられたという噂や、女の子を搔き集めてハーレムみたいな飲み会を目撃したという情報もあった。


 ショックだった。


 僕が好きなのは清楚な女の子だ。

 無知で何も知らない子も良いし、経験はなくとも興味津々、というのも捨てがたい。

 みんな違ってみんな良い、というのが僕の座右の銘だが、例外が一つ。


 ……ビッチ死すべし慈悲はない、である。


 もしかしたら、RENAも先日までは清楚だったのかもしれないが、ヤ〇チンに引っ掛けられた時点でノーセンキューである。


 さらに言えば、憧れの推しの相手が全然、まったく、これっぽっちもカッコよくないヤンキーという事実もまた僕を打ちのめした。


 一七歳童貞は激怒した。必ず、かの邪知暴虐な配信者を除かねばならぬと決意した。一七歳童貞はモテ方が分からぬ。


 どうするか悩んでいた僕の耳元で、配信者はモテるぞ、と友達に囁かれた。そして気づいたらダンジョン講習への申し込みを済ませ、今に至る、というわけだ。


「早まった、よなぁ……」


 現代日本ではおおよそありえないであろう、命懸けの仕事に足を踏み入れたことを後悔するが、講習やレンタルに掛かった費用を回収するためにも手ぶらでは帰れなかった。

 それに、勝算がゼロって訳でもない。


「……良い【ジョブ】にさえ覚醒すれば、ワンチャンある……!」


 ダンジョン内は、法も常識も通用しない。

 講習で言われたその言葉は警句でもあるが、ド直球にそのまま真実を伝えているだけでもある。その最たる例が【ジョブ】である。


 ダンジョンで活動している人の中には、常識外れの身体能力や、科学を嘲笑うかのような不思議な力に覚醒する人がいるのだ。

例えば【重戦士】ならば、華奢な女性でも一〇〇kgを超える鉄塊みたいな剣を振り回せるようになる。【魔術師】ともなると空中に燃え盛る火球や氷の矢を生み出して放つことができるようになる。


 ダンジョン内での活躍はもちろんだが、中には【猫獣人】や【兎獣人】のような種族系の【ジョブ】に覚醒し、ケモ耳アイドルとして活動している者もいる。

 つまり、【ジョブ】には夢と希望がいっぱい詰まっているのだ。


 閑話休題(そんなわけで)


 強くてかっこいい【ジョブ】に覚醒すべく、僕もダンジョンに来たわけだ。

 ちなみに覚醒する【ジョブ】はランダム。本人の適性や願望が大きく関わっているとも言われているが、条件なんかは全く分かっていない。

 つまりモブでナードな僕でも、かっこよくてモテモテなジョブに覚醒できる可能性もあるのだ。


 覚醒する時には男とも女ともつかない謎の声――通称・天の声が脳内に響くらしいので、とにかく耳を澄ませて活動していくしかない。


「ぴぎぃ」


 決意した僕の耳朶に、耳障りな鳴き声が響いた。僕は急いで貸与されたベストの胸にカメラを固定すると、これまた貸与品の棍棒を握りしめる。


 鳴き声のする方へと視線を向けると、そこにはブルーハワイみたいな色合いのデロデロな何かがいた。


 スライム。


 ダンジョン内で発見された、今までの生態系や生物分類には当てはまらない新種の生命体――いわゆるモンスターである。


 体内に石みたいなものがふよふよと浮いているものの、見た目は浜に打ち上げられたクラゲで、ダンジョン内最弱のモンスターとして名高い存在だ。


 ナメクジみたいな移動速度で、攻撃方法は酸性の体液で生き物を包むだけなので、僕みたいに、覚醒してない探索者の狙い目ナンバーワンである。


「やるぞ……!」


 年に何件か、飛び散った体液で軽い火傷をする探索者がいる程度の雑魚モンスターだけれど、僕の心臓はバクバクと脈打っていた。

 命を懸けて戦う。

 生き物の命を奪う。

 そう考えるだけで、足がすくんだ。


「うぁぁぁぁぁぁっ!」


 迷いを振り切るように、思い切り声をあげながら棍棒を思い切り振り下ろした。


 ――ぱちゅん。


 水風船が弾けるような音とともにスライムの体液が飛び散り、体内に浮かんでいた石がコロリと地面に転がる。

 魔核と呼ばれるそれはモンスターの心臓みたいなもので、一応売れるので拾っておく。

 まぁ強いモンスターならともかく、スライムのじゃジュース代くらいにしかならないだろうけども。


「……倒せるな」


 感慨もないくらいあっさりとスライムをやっつけた。

 手汗でぬれた棍棒の柄をぬぐい、深呼吸する。


 ……もしかして、僕って探索者の才能とかあったり……?


 脳裏に浮かぶのは強力なモンスターをバリバリ倒して、いろんな女の子に告白される自分の姿だ。超一流の探索者ともなれば、プロアスリートと同じくらい稼ぐし、知名度も鰻登りだ。


 きっとRENAみたいな芸能人にも認知されたり、ファンです抱いてください、なんて言われちゃうかもしれない。

 完璧な未来予想図に頬がゆるむ。

 だが、問題も一つ。

 ……肝心の【ジョブ】には覚醒していないのだ。


「……今日中に覚醒まではしたいな」


 どんな【ジョブ】であっても、基本的に覚醒前よりも弱くなることはない。

 自分の【ジョブ】さえ分かれば、後はネットで有効な戦法とか訓練方法を調べられるはずである。


 わくわくしながら探索すること約二時間。

 JDAが無料公開してくれている地図アプリを開きながらダンジョン内を歩き回った僕は、合計で二〇体以上ものスライムを倒していた。


 にも関わらず、一向に覚醒する気配はない。


「……そろそろ帰るか……? いや、でももうちょっとだけ……」


 ふらふらと彷徨(さまよ)っていると、変な道に出た。


「んんん?」


 地図アプリと見比べてみるが、本来ならばにただの壁になっているはずの部分がぽっかりと口を開けているのだ。


 地図の見間違いかと思って何度も確認するが、間違いなくここは壁のはずである。


 地図を作った人のミスかとも思ったけれど、JDAの地図はかなり精度が高い。複数の探索者に依頼し、撮影した動画とAIを併用して地図を作っている関係で、少しでもズレたりおかしな点があると空白として表示されるはずなのだ。


「ダンジョンの地形が変わった……?」


 そんな話は聞いたことがなかった。

 通路の奥は曲がりくねっていて、奥までは見通せない。


「初ダンジョンで、未発見の通路……」


 ……もしかしたら、謎の巻物とかアイテムがあって、特別な【ジョブ】に覚醒出来たりするんじゃかろうか。


 何の根拠もない妄想だけど、物語の主人公のような特別な出来事があるんじゃないか、と期待してしまう。


 英雄的な活躍を夢見た僕は、小さく唸りながらも結局は進んでみることにした。

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