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第17話 天塚聖奈

聖奈視点です。


「聖奈、逃げなさいっ!」


 暗い洞窟を照らすのは燃え盛るパパの車の残骸(ざんがい)

 そのそばではママもぐったりと倒れている。足がおかしな方向に曲がったパパは、お腹から内臓をぶら下げながら私に叫んでいた。


 ああ、夢だ、とすぐに気付いた。


 パパは頭から血を流していただけで無事だったし、このタイミングではまだママは無事だったもの。


 家族そろって楽しいお出かけだったはずの日常が、道路に出現したダンジョンに取り込まれて一瞬で崩壊した日。


 パパとママが死んで、私が覚醒者になった日。


 これまでに何度も。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返されてきた悪夢が今日もまた、私を苛むためにやってきた。


「聖奈ぁ……逃げなさいって言っただろ? パパを見捨てて、ママを(おとり)にして」


 違う。

 ママは私を守ってくれたんだ。

 モンスターに襲われたときに、私を突き飛ばして、代わりに――


「痛いわぁ……ママの身体、モンスターに(かじ)られてバラバラになっちゃった……全部聖奈のせいだわ」


 夢の中のパパとママが、今日も私をなじる。


「何で聖奈だけが無事なの?」

「パパもママも死んじゃったのになぁ」

「聖奈のせいで」

「聖奈がお出かけしたいなんて言うから」

「聖奈がどんくさかったから」

「聖奈が悪い子だったから」


 パパもママもこんなことは言わない。

 そう分かっているのに、じわりと涙があふれた。


「お前を理解してくれる人なんていない」

「お前を好きになってくれる人なんていない」

「いるとしたら」

「そいつはきっと不幸になる」

「お前のせいで死ぬ」

「お前が関わったせいで」


 呪詛のような言葉に、身をかがめて耳を塞ぐ。

 それでも声は止まらなかった。罵倒。怨嗟。呪詛。いつの間にか、声は両親のものから、親戚のものに変わっていた。


「背中から翼なんて、人間じゃないじゃないか! 気持ち悪い!」

「覚醒者は力が強くなるっていうし、ウチの子はまだちっちゃいからなぁ」


 脱出するときに覚醒した――してしまった私は、見世物か、そうでなければ腫物扱いだった。


 良い子にします。

 なんでもやります。


 何がいけなかったのかを理解できなかった当時の私は、そう言って必死に頭を下げた。


 生きて、と。

 パパとママにそう言われたから、何としてでも生きなきゃ、と思ったのだ。

 それでも誰一人として私のことを引き取ろうとは言ってくれず、中には無遠慮にぱしゃぱしゃと写真を撮る者までいる始末だった。

 それを注意して、守ってくれる両親はもういない。


「ペットにストレスがかかるんだろう? 碌に付き合いもなかった親戚より、猫ちゃんの方がずっと大切だよ」

「成人までにいくらかかると思ってるんだ……他人の子なんて面倒見切れないよ」


 親戚にことごとく拒否された私は、児童養護施設に入れられることになった。

 愛犬――ブランだけは引き取ってもらえたけれど、それが限界だったのだ。


 私が覚醒者だったせいもあって、他の子とは別の場所で、元探索者の女性によって育てられることになったのだけれど、良くも悪くも私には興味がない人間だった。


 おそらくは養育に、と振り込まれるお金が目当てだったんだろう。


 最初の内はただ無視される程度だったけれど、やがて最低限のお金だけ置いて家を空けるようになった。

 コンビニやスーパーでご飯やお菓子を買って、ただ家の中にいるだけの日々が続いた。そんな生活も、保護者役の女性が帰ってこなくなったことで崩壊することになったのだけれど。


 食べるものにすら困った私が思いついたのは、ダンジョンに潜ることだった。幸か不幸か、覚醒者だと分かった時にダンジョン講習を受けさせられて免許も渡されていたのだ。


 ブランに観てもらおう。ブランを元気づけるためなら頑張れる。


 そんな風に自分を鼓舞(こぶ)して始めた配信は、思った以上に(しょう)にあっていた。


 【天使】はとても珍しく、そして強いジョブだった。

 私はあっという間に食べるのに困らないだけの額を稼げるようになり、高校生になった。

 何人かの親戚が掌返しで優しくなったりもしたけれど、結局私はひとりでいることを選んだ。


 周囲は私を持ち上げ、【天使】に覚醒したことを羨んだけれど、私は覚醒なんてしたくなかった。


 そんなことよりも、パパとママと一緒に暮らしたかった。

 あたたかいご飯が食べたかった。

 一緒に買い物に行ったり、借りてきた映画を観たり、時々喧嘩をしながら当たり前の日々を暮らしたかった。


 寂しかったのだ。


 誰かに必要とされたい、と思った私は生徒会にも立候補したし、ダンジョンでの活動もしっかり配信として公開した。

 応援してくれる人もたくさんできたけれど、生徒会長になっても登録者が一〇〇万人をこえても満たされることはなかった。


 ――誰も私を見てない。必要としていない。


 漠然(ばくぜん)と、そんな感覚があった。

 きっと私がいなくなったら他の人を応援するだろうし、私じゃなくても困る事なんて何もないのだ。

 そう考えると、全てをメチャクチャにしてしまいたいほどに不快だった。みんなの大好きな〝天塚聖奈〟をぶち壊してしまえたら、どれほど気持ちいいだろうか。

 あるいは、パパとママを見捨てた罰を受けたかったのかもしれない。


 ルゥくんに出会ったのは、そんな時だった。


 ふかふかで、確かな命を感じさせる体温。小さく、でも力強い四肢。

 私がいなければすぐにでも死んでしまいそうなサイズなのに、元気いっぱいでびっくりするほど強い……犬。そう、犬だ。


 身体のサイズは変わるし、どう考えてもモンスターだけれど、私がルゥくんと一緒にいるためには犬ってことにした方が都合が良いのだ。


 最悪、ルゥくんに食べられても良いと思う。

 痛いのは嫌だし、自分から死ぬ勇気なんてないけれど、寝ている間にがぶっと食べられちゃうなら、もしかしたらそれほど痛い思いをせずにパパとママのところに行けるかもしれない。


 ……むしろ、ルゥくんが私を食べてくれるならば、全然知らないモンスターに殺されたり、この先何十年も独りぼっちで生き続けるより幸せなのかもしれない。


 そんなことを考えていたのだけれど、ルゥくんは別の意味で私のことを味わった。


 なんていうか、その……恥ずかしいところを舐めたり、吸ったりしてくるのだ。多分だけど、きっと誰にも言っちゃいけないようなことをされている。

 そう考えると、ただでさえルゥくんにペロペロされて火照った私の身体はさらに熱くなる。

 もし、これを誰かに見られたら。皆の大好きな〝天塚聖奈〟がぶち壊しになったら。


 そんなことを考えるたびに、ぞくぞくとしたものが背中を走り抜けた。


 ルゥくんは私がそんな願望を抱いているなんて知らず、一生懸命に私を求めてくれる。


 もしかしたら汗とか、その、汗じゃないやつとか……そういうのの味が好きなのかもしれないし、単純にミネラルとかを求めているのかもしれない。

 でも、調べた限りでは犬がそういうのを求めるとは書いてなかった。


 だから……ルゥくんは、私を求めてくれてる、と結論付けた。


 私を求めてくれているという事実に、周囲の期待を裏切っているという背徳感(はいとくかん)。そして、舐められることで与えられる快感も相まって、私はすぐにルゥくんに夢中になった。


 全部を捨てても。何もかもをぶち壊しても良い。そう思えるほどにルゥくんが大好きになった。


 ルゥくんが人の言葉を喋れたら。

 あるいは、ルゥくんが人だったら。

 そんな妄想が頭の中でむくむくと膨らんでいく。


 ルゥくんが人だったら、私の人生が社会的に終わってしまうかもしれない。でも。


「俺の言うことを聞かないなら、全部ばらすから」


 いっそのこと、そう言いながら私を束縛してくれないか、なんて妄想までしてしまうほどにルゥくんにのめり込んでいた。

 ルゥくんに支配されたい。もしくは、悪い子な私を罰してほしい。


 気が付くと、そんな風に考えてしまっていた。


 だから。


「……ルゥくん……寂しいよ……お姉ちゃんが絶対見つけてあげるから……独りにしないで……どこにいるの……?」


 ルゥくんがいなくなったと知り、私はすぐさまダンジョンに潜った。


 もう、孤独には耐えられそうになかった。

何話かあとに自主規制不可避なシーンが入りましたので、ノクターンに自主規制なし版も投稿始めました。

そちらも応援していただけると助かります。

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