第15話 持つべきものは友?
家に帰ってからが大変だった。
数日ぶりに人の姿に戻り、泥のように眠った僕だけれど、最後に僕という《《人間》》が確認されたのはダンジョンに入った時である。JDAからは行方不明扱いされていたし、海外に赴任中の両親からは鬼電の嵐。
あと少し……数十分ほど僕からの連絡が遅ければ、手配したチャーター機が南米から離陸、緊急帰国するところだったらしい。
スマホはダンジョンで失ったので、インテリアと化していた家電で何とか両親とJDAに連絡を入れ、平謝りした。
『ダンジョンで落としたスマホをスライムに壊され、ショックで不貞寝していた。カメラとか配信とかはショックすぎていつ壊れたか覚えてない』
ものすごく苦しい言い訳だったけれど、僕の無事を喜ぶ両親は許してくれた上にスマホを買い替えるお金まで送金してくれた。
JDAの職員からは入退場の記録がないことを不審がられたけれど、特にダンジョン内で犯罪と思しき事件があった訳でもないので、何かの疑いがかかることだけは避けられた。
……とまぁ、忙しくしていたんだけれど、却ってそれが良かった。
ふと気を抜くと、僕の脳裏に天塚さんの姿が蘇ってしまうのだ。
たった数日。
されど数日。
彼女と過ごした濃密な――濃密すぎる日々が僕の目に焼き付いていたし、耳にも鼻にも口にも焼き付いていた。
……お陰でここ数日はティッシュの減りが尋常じゃない。
これも【ワースケベ】のせいである。
きっとおそらく多分メイビー。決して僕がお猿さんな訳ではないと思いたい。
何はともあれ、《《ほんのちょっぴり》》性欲が暴走しがちにはなったけれど、僕は今まで通りの日常に戻ってきた。
覚醒前との違いは、もう天塚さんには近づかない、と決めたことだけだ。
配信も見ない。
調べたりもしない。
僕が彼女に執着してしまえば、次に【ワースケベ】が暴走した時に、彼女をつけ狙わないとも限らない。
だから彼女を傷つける確率を少しでも下げるために距離を取る。
――そう、決めた。
天塚さんに近づかないと決めた僕だけれど、他の人だって暴走に巻き込むわけにはいかない。
なので特性を知るためにも【ワースケベ】について調べ始めた。
何となく予想していたんだけれど、【ワースケベ】なんてジョブはどこにも情報がなかった。
JDAの公式データベースだけでなく、覚醒者の交流サイトやネット掲示板まで漁ったもののヒットはゼロ。
さらに言えば、何らかの意思を持った天の声――謎の男のものが聞こえた、という話も全く見つからなかった。
ちなみに人の言葉を喋るサキュバスも、シュタイン=デ・ルモントなんて奴も、ローパーなんてモンスターも、何一つ手掛かり無し。
僕が危ないクスリでもキメて幻覚を見てたんじゃないか、と思うほどに何にもなかった。
……一応、サキュバスに関してはもしかしたら見落としている可能性もあるけどね。
なにしろ、薄い本が死ぬほど検索にヒットするのだ。
結構頑張ったんだけど……ティッシュの減りが……!
唯一、収穫があったのはレベルアップについての記事だ。
「本当は覚醒者全員にレベルがあるけど、特殊なジョブかスキルがないと、わざわざ確認できないのではないか」
そんな意見とともに【ゲーマー】というジョブでレベルアップが確認された、という『月間深部探索』の記事が貼り付けられていた。
つまるところ、僕の場合はレベルアップが〝聞こえる〟だけで、他の人にもレベルそのものはあるんじゃないかって話だ。なんでえっち人間だと聞こえるんだよ、とは思うけれど、そもそも狼になるのだってスケベは関係ないし、それを調べてる最中なのでどうしようもない。
送り狼とかそういうのじゃないよね……?
とまぁ、レベルアップに関しては分かったものの、肝心の【ワースケベ】に繋がるような情報はなかった。
となると、系列的に近いそうな人獣系のジョブから予想していくしかない。
――人獣。
二足歩行ながらも体毛や爪、牙といった獣の特徴を色濃く反映した【ジョブ】の総称である。
ものすごく混乱しやすいんだけれど、人獣と獣人は別のジョブである。
例えば猫人は猫耳と猫尻尾が生えた人間で、人猫は二足歩行の猫だ。
「人獣は身体能力に優れる反面、魔力効率が悪い、と」
「そうそう。獣人は体そのものが変化してっからどんなにヘロヘロになっても関係ないけど、人獣はそもそもが霊的な存在がどうのこうの、魂がどうのこうの、とか言われてて魔力で変身してるらしいんだよ」
……確かに、【ワースケベ】を調べるついでに調べた人狼でも、そんな説明があったな。
「だから魔力切れを起こせばただの人間に逆戻りって訳だ」
僕の部屋。イマイチ分からず困っていた僕に解説をしてくれているのは、幼稚園時代からの幼馴染である湊海成だ。
成績優秀で、がっつりオタク。もさっとした天パに眼鏡をかけた小太りで、ネットでエロいイラストを漁るのが趣味な男子……《《だった》》。
中学卒業までは。
今、僕の前にいる海成は身長二メートル近いシャチの姿をした人獣である。
どこにそんな行動力があったのか、中学卒業と同時にダンジョンに突撃して、あっさり覚醒してきたのだ。
【人鯱】。
それが海成の覚醒したジョブだ。
ちなみに、『覚醒者はモテるぞ』と僕を唆したのも海成である。
……シャチ姿が可愛いからと告白され、彼女ができたって言ってたもんな。
まぁ彼女のことは置いといて、身近に人獣の覚醒者がいたので、分からないことは聞いてしまえと呼び出したのである。
家が近いこともあって二つ返事でやってきた海成に色々質問しているんだが、急に海成が真剣な表情になった。
「で、何があったんだよ。言ってみ」
「な、なにもないよ……なんだよ突然」
「ダンジョンなんぞ興味なかった刀夜が突然『獣人とか人獣系のジョブについて知りたい』なんて言い出したんだ、何かあるのかって思うだろ?」
海成はエロいしお調子者だけど、頭はキレるし良いやつだ。
あっさりと見抜かれてしまったけれど、言葉に詰まる。天塚さんに迷惑をかけたくないので説明するわけにもいかなかった。
「まぁ言いたくないなら良いけど。どっちだ?」
「……どっち? 何が?」
「隠すなよ。おおかた、好きな女の子ができたんだろ? それが獣人か人獣のどっちかだったから俺に相談してきた、と。お前がケモ耳で血圧あがるタイプのフレンズでも、重度のケモナーだとしても差別なんかしないから安心しろよ」
「全然違うよ!?」
「はは、恥ずかしがるなよ。ほら、毛深いのとそうじゃないの、どっちが好きなのか言ってみろよ。俺の推理では、九四パーセントの確率でケモナーだと思ってるけどな」
ちなみにケモナーとはケモノに性的な興奮を覚える人たちのことだ。上級者になると二足歩行よりも四足歩行の方が良いとか、体毛がないのはNGとか言い出すらしい。
人の趣味は自由だけど、理解はできないというのが本音である。
「ちなみに、一応聞いてあげるけども……そう思った根拠は?」
「ほら、刀夜って昔からおっぱい好きだったし、ケモノってだいたいおっぱいが四つとか六つとかあるだろ? 二つよりお得じゃん」
「上級者すぎるだろ!? 何だそのメガ盛りはお得ですみたいな理論は!?」
「ははは、怒ったってことは図星だな! 真実はいつも一つ! いや、おっぱいはいつも六つ!」
「迷探偵すぎるわッ!」
突っ込んだ僕に、シャチが牙を剥きだした。
初見だとぎょっとするようなそれは、一応は笑顔らしい。
「良し、ようやく元気出てきたな」
「……海成?」




