第11話 脱法はイケないことだけど、この場合はちょっと意味が違うのでセーフ
:うわっ オーガの首がすっ飛んだぞ
:ナーガって死ぬほど再生能力高いはずじゃないの?
:↑さすがに肉片からは再生できないだろ
:マグマタートルの甲羅って硬すぎて素材にしづらいって話では……?
:わうん サクッ ドンッ って何かのギャグか
:ユニコーンが全力で逃げ出すのおもろい
:走りすぎて口から泡出てるぞwww
:でも逃げながら無理やり聖奈を狙うのなwさすが処女厨w
:これにはルゥさんも激おこですわ
:「お姉ちゃんを守ってくれたんだ♡」てぇてぇ
:切り抜き不可避
:スクショ保存した
:おみみしあわせ
:犬になりたい人生だった
:犬じゃなくてルゥさんだろうが!
:さんをつけろデコ助ヤロウ!
:ルゥさんマジぱねーっすわ
:強いだけでなく聖奈の笑顔も引き出してくれる
:こう、抱き着いた時の無防備な感じがまた
:むぎゅっと潰れた感じがヤバい
:ぺぇに埋まりながらも澄ました顔で微動だにしないルゥさん……
:これは悟りを開いてますわ
:いや 意外とむっつりだったりするかもしれないぞ?
:このサイズのぺぇに反応しないムッツリとかいないだろ
:心の中で円周率唱えて我慢してるのかも πだけに
やかましいコメントに弄られつつも、僕たちはあっさりと三〇層に到達した。
ここは天塚さんが攻略中の階層で、出現するモンスターはソーンディアとバンシー。
ソーンディアは棘のような角の生えた鹿で、素早い突進と、棘角を急成長させて攻撃してくるモンスターだ。
「ルゥくんならそっちはどうにかなると思うんだけど、問題はバンシーよね……」
「くぅん?」
「バンシーは物理攻撃無効なの……ルゥくんって、魔法使えたりしないかな?」
:さすがに無茶振りで草
:ルゥさんなら使えそうなのがまた
:一応は犬って建前なのに聞くなよwww
:↑建前じゃないぞ、役所とJDAの公認だからな
:いうならば脱法犬
:脱 法 犬 w w w
:脱法犬は草
魔法、魔法かぁ……。
どうすれば良いのか分からないながらも念じてみる。
……と、僕の下腹部に何か熱のようなものを感じた。思わず視線を向けたけれど、別にエクスカリバーが戦闘態勢になっているわけじゃなかった。
えっちなアレじゃなくて、本当に何かの熱があるのだ。
これが魔素だろうか。
「わふっ……わふ?」
体内で渦巻く熱。前脚や牙なんかに移動させることはできるんだけど、そこからどうすれば良いか分からない。ふすふすと鼻を鳴らしながら頑張ってみるけれど、熱が体から出ていくことはなかった。
卵が先か鶏が先か、という話になってしまうけれど、魔法を使うためにはスキルが必要なのかもしれない。
「んー……無理そう、かな? ルゥくん天才だから、ちょっとがんばればできる気がするけど」
:ハードル爆上げで草
:キラキラおめめで見つめておるwww
:がんばれルゥさん! ルゥさんならできる!
:聖奈の期待を裏切るなんて真似しねぇよな!?
体内の熱を何とか放出しようと気張っていたところで、通路の奥から緑色の鹿が翔けてきた。
ソーンディアだ。
「わうんっ!」
実戦で試してみよう、と僕も鹿に向けて走る。
地を這う疾風のように肉薄すると、熱を溜めた前脚を振るう。
――ぱちゅん。
「ッ!?!?!?」
:わぁグロ
:三〇層もオーバーキルとかwww
:実はダンジョンボスとかそういう何かなんじゃねーの
:これ、下手すると聖奈より強くない……?
僕の爪が当たった瞬間、ソーンディアは水風船みたいに弾け飛んだ。肉片どころか、染みしか残っていない有様である。
魔法かどうかは怪しいけれど、どうやら魔素を集めると単純に攻撃力が上がるようだった。
どうよ、と背後を振り返ると、天塚さんはスマホを取り出してパシャパシャしていた。
「ルゥくんかっこよすぎる……♡」
憧れのアイドルに道端で遭遇しました、くらいの勢いで撮影しまくってご満悦である。
「ッ!」
その背後に、ゆらりと何かが揺らめいた。
「やっぱりルゥくんって最高にかっこいいし可愛い……待ち受けにしちゃおーっと♡ あっ、配信の待機画面もルゥくんにしちゃう!?」
天塚さんは気づいていないが、背後の揺らめきは、ホラー映画にでも出てきそうな雰囲気の女性だった。鬱血したかのように青い肌と、襤褸布みたいなワンピース。
そこからわずかに覗く足首はまるで幽霊のように透けていた。
――バンシーだッ!
僕が気づくのと同時、伸び放題の髪の毛がゆらりと揺れて、そこから覗く瞳が真っ赤に輝いた。
僕は全力で駆け出していた。ダンジョンの地面が僕の脚力に耐え切れず、細かな飛沫となって爆散する。その代わりに僕の身体は砲弾みたいな速度で飛び出し、スマホを構えた天塚さんのところまでひとっ飛びである。
「ぐるぅぅぁぁぁッ!」
「きゃあっ!? 何っ!?」
バンシーは物理無効、と思い出した時には、咆哮とともに前脚を思い切り振り抜いていた。
本来ならば意味を為さないはずの攻撃にはしかし、ぬるりと液体を通り抜けるような感触があった。
バンシーの青白い体に筋が入り、そのままバラバラに千切れて消える。
「あっ、えっ……?」
「わふっ!?」
効いた!?
魔素を纏えば物理無効の相手にも攻撃が届く、ということだろうか。
どういうことなのか考察する僕の眼前、バンシーに不意打ちされて固まっていた天塚さんは、目に涙を浮かべながら呆然と呟く。
「ルゥくん……すごい……すごいよっ! さすがルゥくん!」
何がさすがなのかは分からないけれど、天塚さんの表情がみるみる明るくなっていく。
固く結んだ蕾が花開くような表情の変化に、思わず見とれてしまう。
「ルゥくんありがとーっ! お姉ちゃんを守ってくれたんだね……はぁ、大好きっ♡」
ぎゅっと抱きつかれ、毛に顔を埋めるようにぐりぐりと押し付けられる。
くすぐったいような感覚に身を捩りたくなるけれど、魔素が体を駆け巡っている状態でそんなことをしたら洒落にならないのでぐっと我慢だ。
:……バンシーって物理無効だったよな?
:ルゥさんの前では物理無効とか意味ないよ
:何でもありだなこのわんこ
:さすがルゥさんマジぱねーっすわ
:物理無効にも何らかの抜け穴が……?
:脱 法 犬 !
:おいやめろ今職場なんだよ!!!!
:脱法というかもはやコレ無法だろ
:ルゥさんは何者にも縛れない
:マジな話、JDAに報告した方がいいのでは……?
:なんて言うんだよw
:【召喚士】とか【テイマー】みたいなもんだし良いんじゃない?
:うーん、全然違う気もするけど
:【召喚士】も【テイマー】も本人の戦闘能力がほぼゼロだからな
:そもそも召喚は魔力ドカ食いするから四六時中は呼べない
:テイマーだってパーティとかの力借りて倒さないとテイムできんし
:テイムしてもここまで言うこと聞いてくれないよな。大まかなのだけ
:その点、聖奈は自分も戦えるわけだし、ルゥさんは賢い。もはやチートよな
僕の強さについて考察やら分析を始める一方で、コメント欄に苦言も書き込まれた。
:ルゥさんが可愛いのは分かるけど、さすがに危機感なさすぎでは
:ここ三〇層だぞ
:バンシーは攻撃力高くないし即死ってことはないだろうけど、さすがに危なすぎる
「うっ……それは、はい……ごめんなさい」
:ルゥさんが大好きなのは良いけど、ダンジョン内では気を付けような
:聖奈が怪我する配信なんて見たくないよ
「……うん、そうだね」
僕にしがみついていた聖奈は居住まいを正してカメラに向き直ると、深々と頭を下げた。
さらりと揺れた髪からシャンプーの香りが広がって僕の理性を直撃するけれど、天塚さんは真剣な表情をしていた。
「心配かけてごめん。ちょっと浮かれすぎてた」
ふぅ、と深呼吸を一つ。
「ここからはきちんと気を付けて活動するね」
:ちゃんと謝れるの偉い
:普段から気を付けてるの分かってるから大丈夫
「ありがと。一応、進んできたところまでのクリアリングはしてるしスキルでも警戒してるから、不意打ちは滅多にないはずなんだけどね」
あのバンシーはどこから出たんだろ、と呟く天塚さん。
確かにそうだ。僕の嗅覚でもモンスターの接近は引っ掛からなかった。初見ならぬ初嗅であっても、イヌ科の嗅覚で何かの接近を見逃すなんてことはないはずである。
:物理無効ってことはダンジョンの壁とかも透過するんじゃない?
:↑それはない
:さすがにそんなに無法な階層だったらソロで活動できないだろw
:無法が許されるのはルゥさんのみ
:ルゥさんに夢中になりすぎてた説あるな
「ん~……そんなはずは……ないとも言い切れないか。とりあえず気を付けるね!」
:でもルゥさんとじゃれてる聖奈も可愛いんだよな
:まぁじゃれるだけならお家でもできるし
:ダンジョンでコレってことは家だともうべったりなのではw
「あ、あははは……確かに家だとダンジョンより《《仲良し》》かも♡」
「わふぅっ!?」
僕の背中を軽く撫でながら告げる天塚さんだけど、当事者である僕だけは〝仲良し〟の具体的な内容を知っているので思わず動揺してしまう。
いや、まぁその、仲良しと言えば仲良しなんですけれども……!
「さて、それじゃあルゥくんとお家で仲良しするためにもダンジョンでは頑張りますか!」
気を取り直しての探索再開は、順調そのものだった。
天塚さんは僕が活躍する度に褒めちぎってくれるけれど、先ほどよりも理性的というか、ちゃんと周囲を警戒していたし、そもそも不意打ちを喰らうこと自体ゼロだった。
ソーンディアにしろバンシーにしろ、僕は一撃。
天塚さんは一撃とまではいかないものの、攻撃を受けたりすることはなく安定して撃破していた。
「ふぅ……そろそろおしまいにしよっかな」
:楽しかった
:帰り道も気を付けてね!
:↑【天使】を襲える変質者とかSランクの覚醒者でも上位だけだろw
:そもそもルゥさんがいる時点で安心だわ
:変質者はただの違法 ルゥさんは人智を越えた脱法 どっちが強いかは分かるな?
:送り狼ならぬ守り狼か
「ふふっ、そうね。ルゥくんはお姉ちゃんのこと守ってくれるもんね~」
期待するような視線を向けられ、思わずドキリとしてしまう。
天塚さんが嫌いなわけじゃない。むしろ天塚さんのことを考えるだけで心がざわついてしまうくらい意識している。
……単純かもしれないけれど、こんなかわいい女の子に笑顔を向けられれば普通はそうなる。
さらに言えば、そんな女の子の裸を見てしまったのだ。
生まれて初めて見た女性の裸。芸術と見紛うほどの美しい肢体を味わい、手でもシてもらい、一緒にお風呂に入ったりお布団に入ったりすれば、もはや天塚さんのことしか考えられなくなるのも致し方のないことだろう。
だけど、それと同時に罪悪感もある。
無邪気……というとちょっと違うかもしれないけれど、天塚さんは僕を犬系モンスターだと思っている。
この状況になったのは偶然だけれど、流されるままに状況を利用して、無防備な姿や見てはいけないところを見たり、あるいは舐め回したりとやりたい放題にしているのは間違いない。
もしも僕が人間だと知ったら、彼女はどう思うだろうか。
……やはりタイミングを窺って天塚さんから離れるべきなのかもしれないな。
来た道を辿りながらそんなことを考えていると、不意に足元が輝いた。
赤黒い魔力の輝きは地面に複雑な模様を刻んでいる。
「あっ、えっ!? 嘘!?」
――転移罠の魔法陣。
往路では反応しなかったのか、あるいはそもそも存在しなかったのか。唐突に発動したそれに虚を突かれた。
「転移っ!? ルゥくん!」
慌てて天塚さんを魔法陣の外へと押し出したそうとしたんだけれど、逆に天塚さんは僕に抱き着いてしまう。
――間に合わないっ!
カッと視界を塗り潰すような輝きとともに、僕たちは転移した。




