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第10話 自分だけ別ゲーをやっている可能性に気づいたけど、有利なら別にいいかも


 僕たちは夕方になって、ダンジョンにやってきた。


 家に帰った後は二人で〝遊び〟たそうにしていた天塚さんだけれど、学校内で天塚さんのファンだと言う後輩ちゃんに出会ってしまい、話の流れで配信をすることになってしまったのだ。


 いくら流されまくりで舐めまくりの僕でも、さすがに毎日朝晩というのが良くないのは分かるのでほっとしていたところだ……残念なんて思ってないぞ。ちょっとしか。


「きゅぅぅん……」

「さすがに九回は多かったかなぁ……でもまだまだ元気そうだったし……」


 お出かけ前のお風呂、と言われて連れ込まれた先。僕はがっつりしっかり絞られた。


 《《そっち》》系の経験がまったくない天塚さんは加減とか常識とかそういうのが分からず、ビクビクと()ねる僕の反応をみてにっこり。

 パブロフよろしく、お姉ちゃんとお風呂=気持ちいいと()り込むべくすべすべなお手々でご奉仕してくれたわけだ……。


 初回からずっと疑っていたけれど、【ワースケベ】はやはりえっちなことに特化したジョブだ。

 九回出してもまだ元気、というのも驚異的な回数だと思うけれど、欲望に関してもかなり引っ張られている節がある。


 初回、身体が勝手に動いて天塚さんをぺろぺろしてしまったことに始まり、その後も我慢できずにぺろぺろしてしまったのも【ワースケベ】のせいだろう。昨日だって、絞られまくってぐったり系だったにもかかわらず居てもたってもいられなくなってしまったのだ。


 変な声に操られたのは初回だけだったけれど、それでも意識は(にご)るし気づいたら止めるわけにはいかない状態になってしまっている。


 餓死(がし)寸前の人に食べ物を差し出すと、我を忘れてがっつくように。

 あるいは二日も三日も徹夜をした人が、歩きながら気絶するように。

 僕の身体は天塚さんにがっついてしまっていた。


 ちなみに昨日はというか昨日もというか、天塚さんは敏感な体質らしくて結構な回数だったと思う。がっつきすぎてカウントできてないけど。


「男の子って出したらスッキリするって聞くし、ダンジョン内では探索と戦闘に集中できると思ったんだけどなぁ……ごめんねルゥくん」

「くぅん」


 連続九回は薄い本でしか見たことのない回数である。

 試したことがないから無理とは言い切れないけれど、九回目でも濃いのがドプッと出るのは異常な気がするし、出した後も臨戦(りんせん)体制のままになってるのもおかしいだろう。


 古今東西、事後の男は賢者になるものだというのに、そんな気配はかけらもなかったのだ。


 ……早いところ【ワースケベ】の特性をしっかり把握しないと、取り返しのつかないことをしでかしてしまいそうである。


「とりあえず二〇層まで行こっか。お姉ちゃんが手伝ってあげるから、キラーマンティスで戦闘の練習しようねー」


 もうすでに取り返しのつかないことをされちゃった人が、仔犬な僕を抱きかかえたまますたすたとダンジョンを進んでいく。


 いやでもきっかけは僕かもしれないけど、天塚さんに特別な才能があった可能性もあるし!

 だってすごく楽しそうに絞ってたし!

 言動とか細かな仕草とか、僕の理性を殺しに来てるんじゃないかってレベルでえっちだし!


 才能! 圧倒的才能が開花してるだけで僕は無罪!

 いや、無罪じゃないかもしれないけれども情状酌量の余地はあると思います!


 配信が非公開モードのドローンカメラに向かって心の中で言い訳を重ねているとは知らず、天塚さんは御機嫌でダンジョンを進んでいく。僕の戦闘訓練を兼ねて、前回の続きである二〇層から配信を始めるつもりのようだった。


 抱っこされていることもあって、歩くだけでたゆんとした揺れが伝わってくる。なんとか臨戦態勢にならないよう、僕は心の中で必死に般若心経(はんにゃしんきょう)を唱えていた。


 ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてー。

 もみてーすいてーぺろぺろしてー。


 ……どうやら僕が悟りの境地に至るまでにはまだまだ時間がかかりそうである。


 ちなみに途中、モンスターが出てくることもあるけれども僕が何かせずとも鎧袖一触(がいしゅういっしょく)

 天塚さんは立ち止まることすらせずに倒していた。


***


 ダンジョン二〇層。初心者と中堅を分ける分水嶺(ぶんすいれい)と言われる階層にたどり着いた僕は、さっそくモンスターと対峙していた。


「何かあったらお姉ちゃんが助けてあげるから、頑張ってね!」

「わうん!」


 僕の眼前、ぎちぎちと(あご)を鳴らして威嚇(いあっく)する体長二メートル超過のカマキリは、キラーマンティスと呼ばれるモンスターだ。

 素早い動きと金属ですら切り裂くカマに、生半可な一撃だとダメージを与えられない外骨格(がいこっかく)

 覚醒者であっても簡単に命を落としかねない強敵である。


 実際、昨日の探索では、僕はコイツを一撃で倒すことができなかった。

 ……はずなのだけども。


「ぎちぎちぎちっ!」

「わふ」

「ぎちぎちぎちぎちぎちっ!」


 僕が一歩踏み出すと、キラーマンティスが一歩下がる。

 二歩踏み出すと、二歩下がる。


 威嚇しているつもりなのか、必死に顎を鳴らしながら下がるキラーマンティスは、昨日とは何か様子が違っている気がした。


:……なんか怖がってないか?

:キラーマンティスが? ありえないだろ

:このカマキリはマジでクレイジーだからな

:探索者どころかほかのモンスターにまで襲い掛かるやつだぞ?

:腕とか足をぶった切っても平気で攻撃してくるぞ

:上半身だけになっても戦闘をやめないキ〇ガイ

:仲間の死体をもぐもぐしながら襲ってくるクレイジーサイコパス

:モンスターだけど虫だし、痛覚ないんだろ

:痛覚どころか恐怖心もないと思う

:マジで頭を潰すまで油断できない


 コメント欄は盛り上がっているけれど、キラーマンティスは明らかに僕からじりじりと距離を取ろうとしていた。


 (らち)が明かないので突撃するか。

 深呼吸をすると、四肢を全部使って思いっきり飛び出す。


 ――ドンッッッ!


「わふ?」


 わっ、ヤバいッ! キラーマンティスを見失った!


:……は?

:……え

:……何が起きた?


 ……ってアレ? コメント読み上げがずいぶん遠くから聞こえる……天塚さんもなんか遠くにいるんだけど……?


 辺りを見回して、気付いた。

 天塚さんとドローンが遠くにいるんじゃない。

 思い切り踏み込んだ僕が、一瞬で離れたところまで移動したのだ。僕が立っていたであろう場所には蜘蛛の巣みたいな形のクレーターが出来ていた。


:早すぎでは……?

:なんか昨日と違いすぎないか?

:気軽にルゥくんとか呼んでごめんなさいルゥさん

:ルゥさんちょっと待っててください、今すぐ生タイプのドッグフード買ってきます!

:キラーマンティスisどこ?

:ルゥさんの体当たりで爆散(ばくさん)したよ


 よくよく見ると、キラーマンティス《《だったもの》》がそこかしこに落ちていた。

 もはや素材を回収することもできないくらいバラバラのボロボロになったそれは、僕の体当たりの威力がとんでもないものになっていることを物語っている。


 ……えっと……?


 何が起きたか分からず困惑していたのは僕だけではなかったようで、天塚さんが首をかしげていた。


「……ルゥくん、強くなってる……?」


 配信主の疑問に、コメント欄が沸く。


:間違いなく強くなってる

:昨日は一撃じゃ倒せなかったもんな

:一撃というか、オーバーキルすぎませんかね……?


「なんでこんなに強くなったんだろ」


:宿屋で寝たことでレベルアップしたとか

:↑ゲーム脳すぎだろw レベルなんてないぞ


 ゲーム脳すぎる、というツッコミにハッとさせられる。

 確かにレベルっていうのは、強さや難しさなどを数字で表す時に使われる《《ゲームの概念》》だ。

 現実にそんなものない、と言われれば納得ではある。


 ……でも、天塚さんとのあれこれが終わると、天の声が毎回のように『レベルアップしました』って宣言するんだけど。

 レベルがないなら、あれは一体何なんだろうか……。


:レベルはないけど、なんか強くなるヤツなかったっけ?

:スキル使いまくったりダンジョンで長く過ごすと強くなるっていうじゃん

:あー 魔素浸潤(まそしんじゅん)

:まもとひたうるおいな、分かる分かる

:俺も小さい頃よく魔素浸潤で遊んだわ

:よく焼くと美味いんだよな、魔素ひたうるおい


 ボケにボケを重ねるコメント欄に、天塚さんが小さく噴き出してツッコミをいれる。


「全然わかってないでしょ! 魔素浸潤ね。覚醒者の身体に魔素が馴染むと、強くなったり新しいスキルが使えるようになったりするって言われてるやつよ。おもちゃでも食べ物でもないから」


:まそ?

:マゾ?

:マゾは草


 魔素はダンジョンが現れるのと同時に観測されるようなった未知の粒子で、魔力の元だとかなんだとか言われてるやつだ。

 詳しい性質は分かっていないけれど、覚醒者の異常な身体能力の原因だったり、魔法系スキルを使うと何もないところから炎やら氷が出てくる理由じゃないか、と言われている。


:聖奈ちゃんがっょっょなのも、魔素が馴染んでるから

:【天使】が元から強いジョブなのもあるけども

:配信時間えげつないもんな

:中学からだっけ? 配信時間六〇〇〇時間越えは覚醒者の(かがみ)よな

:ひぇっ 毎日四時間以上……ってコト!?


「お休みの日もあるけど、生徒会に入る前は、基本的に毎日ずっと配信してたからね」


:これで減ったって言われてもなwww

:下手な専業配信者よりずっと多いのよ

:たすかる

:聖奈の配信だけが日々の生きがい

:配信ありがとう


 配信を喜ぶコメントに、天塚さんは天使のような笑みを浮かべた。


「ありがとね。楽しんでもらえるように頑張るよ~!」


 そのまま話は横道にそれ、雑談が盛り上がり始めた。天塚さんの方に戻った僕は、どうして急に強くなったのかを心の中で考え始める。


 魔素浸潤、というのもなくはないだろう。

 実際、天塚さんが強いのは【ジョブ】を過信せずに研鑽(けんさん)を積んでいるからだろうし。


 でも、昨日の今日でこんなに変化するなんてありえない。

 僕の身に、一体何が起きているのか……心当たりは一つ。

 言わずと知れた【ワースケベ】である。


 天の声は、天塚さんをぺろぺろしたり天塚さんに絞られたりと色々経験を積むと、必ずレベルアップを宣言してくる。レベルという概念があると思っていたのはそのせいだ。

 皆、僕と同じように宣言されるものだと思っていたのだ。


 ……天の声は間違いなくレベルアップと言っていた。


 えっちなことをしたお陰で強くなった、と考えればそれほどおかしくなはい……いや普通におかしいけれどね!?


 この調子で行けば、半年もしないうちに人類最強の一角になれるかもしれない。

 何しろ天塚さんがものすごく積極的だからね。


 人間だってバレたら社会的にも物理的にも死が待ってそうだし、そもそも魔狼の状態で人類って主張できるのかは怪しいところだけど。


 何はともあれ、強くなったことが分かったので再び階層移動。

 ダンジョンの最奥は分かっていないけれど、天塚さんが挑むこのダンジョンの最深記録は三四層。そして天塚さん自身の記録は三〇層である。各階層ごとに出てくるモンスターはある程度決まっているので、そいつを倒せるかどうかで階層の安全度を測るわけだ。

 僕が足手まといにならない範囲で、なるべく深いところを目指すことになった。

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