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第9話 仲良く喧嘩する間柄


 私立・聖凛学院(せいりんがくいん)高校。

 ヨーロッパを思わせる装飾がなされた鉄柵(てつさく)の正門に、レンガと漆喰(しっくい)製のレトロ調な壁でぐるりと取り囲まれた敷地。

 明治期に開かれた女学校時代から続く名門校である。


 門の横には守衛室があり、中で待機するのは学校が直接雇用した強力な覚醒者。

 偏差値は七〇越えで、運動部も文化部も全国レベル。数多くの著名人を輩出する、文武両道を地で行く《《共学の》》お嬢様高校……らしい。


 共学のお嬢様校という言葉に思わず耳を疑ったけれど、天塚さんの言い間違えなんかではなかった。


「……数年前から共学に切り替えたんだけど、なかなか女子校というイメージが抜けないみたいで、男性の合格者が出ないんだよねぇ」


 受験者そのものはいるらしいけれど、そもそも難関校なので合格しないんだとか。

 結果として、今年度も男子はゼロ。共学のお嬢様校という謎の肩書は守られることとなったわけだ。


 敷地をてくてくと歩く天塚さんに抱きかかえられ、僕は聖凛の敷地を見学していた。


 石畳の通路に、手入れが行き届いた芝生や植え込み。春休みではあるが、活動する生徒たちの姿も心なしか輝いて見えた。小学校から公立オンリーの僕からすると、未知の世界だ。


 ……なんか、そこはかとなく良い匂いも(ただよ)っている気がする……。


 すんすんと鼻を鳴らすが、感じるのは僕を胸に抱いた天塚さんの香りだけ。さすがに空気から違うとは思えないけれど、そのくらい雰囲気が違った。


「こんにちは、天塚さん……お休みなのにどうしたの?」


 ジャージ姿の女性に呼び止められ、天塚さんが振り返る。生徒というにはやや年上なので、おそらくは教員だろう。


「こんにちは、先生。新年度予算の会議があるので」

「……それ、来週よ?」

「えっ!?」


 驚く天塚さんを見て、先生はくすくす笑った。


「天塚さんでもそういうミスをするのね」

「すみません……」

「ううん、むしろ安心したわ。いっつも頑張りすぎってくらい頑張ってるものね」

「ありがとうございます」


 遠く、グラウンドからほかの生徒に呼ばれて先生が軽く手をあげる。


「ごめんなさい。今日は部活の指導があるから」

「あっ、いえ、教えてくださってありがとうございました」


 ぺこりと頭をさげた天塚さんは、小走りに去っていく先生の後ろ姿を見送った。遠くから聞こえる管弦(かんげん)の音色や、スポーツ系の部が発する掛け声が聞こえる中、天塚さんがぽつりと呟く。


「んー、いきなりやることなくなっちゃった……どうしよっか」


 んん、と小さく唸った天塚さんは、近くに設置されていたベンチに座り、隣に僕を置いた。


「配信……はさすがに突発すぎるし、今から家に帰ってルゥくんとデートするのも、時間が半端だよね?」


 (たず)ねるように視線を向けられたけれど、返答などできるはずもない。


「……お家に帰ってお姉ちゃんとお風呂とかベッドでまた遊ぶ?」

「わふっ!?」

「あっ、ルゥくん用の首輪とかドッグフードを見にいくのも良いかも。ルゥくんもお洒落(しゃれ)したいだろうし、首輪はサイズ違いとかデザイン違いがあっても良いもんね♡」

「わふぅっ!?!?」


 ドッグフード!?

 犬飼ったことないからイメージだけど、なんか茶色のカリカリのやつだよね!?

 僕、あれを食べさせられるの!?


 危機感を覚えた僕の横、天塚さんはスマホを取り出して近くのペットショップを検索し始める。


 ……こ、このままだと僕は天塚さんに首輪をつけられ、ドッグフードを食べさせられながら生きていくことになる。


 そんなのペットじゃないかっ!

 ……いや現状も食べ物以外はさほど変わらないけども!


 どうやって茶色のカリカリを回避するか悩む僕だけれど、結論から言えばそんな必要はなかった。


「天塚聖奈っ!」


 どこか(とが)めるような口調の少女が、天塚さんに突撃してきたからだ。


「あっ、瑠璃華(るりか)。お休みなのにどうしたの?」

「ふっ、決まっているでしょう? いくつかの部活がこの瑠璃華・ムーンスペル様の力を借りたいって泣きついてきたから、仕方なく手伝ってあげたのよ!」


 溢れんばかりの自信と不敵な笑みを湛えた少女は、陽光を束ねたような金髪をハーフツインテールにした少女だった。髪も染めてる感じじゃないし、名前からしてもハーフだろうか。

 端正(たんせい)な顔立ちはどこか幼さを感じさせる雰囲気で、天塚さんがモデルや女優系だとすれば、瑠璃華と呼ばれた少女はアイドルみたいな雰囲気だ。


「瑠璃華、頑張り屋さんだもんね」

「なにのほほんとしてるのよ! アンタに勝つためにこんなにも努力してるって言うのに……! そもそも負けてないけど!」


 天塚さんよりも頭一つ分小さい身長に、華奢(きゃしゃ)四肢(しし)。ちょっと(にら)んでるようにも見えるぱっちりとした瞳。

 ぱっと見れば中学生に見えてしまいそうな童顔にも関わらず、瑠璃華さんにはびっくりするくらいの熱というかエネルギーというか、そういうものが溢れていた。


「天塚聖奈、勝負よ! ダンジョンでどっちが大物を倒せるか競争しなさい!」


 ダンジョンで勝負って……この子も覚醒者なんだろうか。

 びしっと人差し指を突き付けて宣言する瑠璃華さんだけれど、当の天塚さんは苦笑を返した。


「配信かぁ……もうやらなくてもいいかなって思ってるんだよねぇ」

「ッ!? 何かあったの!? ストーカーとかガチ恋勢とか!? 困ってるなら相談に――」

「ううん。ルゥくんもいるから寂しくないし、無理にやらなくてもいいかなーって」

「駄目よ! まだ私が勝ってないでしょ! ……そもそも負けてないけど!」

「あはは……じゃあコラボ配信、する?」

「アンタの方が視聴者多いんだから、そんな売名みたいな真似できるわけないでしょ!」

「え~……じゃあ視聴者さんたちにも見せないのに競うの? なんで?」

「何でって……私がアンタに勝ってるって証明するためよ! もともと私の方が圧倒的に上なのは確定的に明らかだけど!」


 ……何か思うところがあるのか、それとも天塚さんと因縁でもあるのか。

 瑠璃華さんの表情は真剣そのもので、どこか追い詰められている気配すらした。


「ん~……瑠璃華の【ジョブ】は魔法特化だからパーティでこそ強いはずだし、私の【天使】はソロ向きだから、競うのもあんまり意味がない気がするんだけど」

「ふん。怖気(おじけ)づいたって訳? ……まさか具合悪いとか、どこか怪我したとかじゃないわよね?」

「あはは、怪我も病気もしてないから大丈夫だよ。心配してくれてありがと」

「だっ、誰が心配なんか! せっかく勝っても、言い訳されたら面白くないってだけよ!」


 唇を(とが)らせる瑠璃華さんだけれど、素直じゃないだけで悪い子ではなさそうだった。

 なんで勝負とか勝ち負けにこだわってるのかは分からないけども。

 やる気を()がれた、とばかりに瑠璃華さんは僕を挟んで天塚さんと逆端に座った。


「はぁ……このぬいぐるみは何?」


 天塚さんが止める間もなく、瑠璃華さんが僕を抱き上げる。着やせするタイプなのか、思ったよりも大きそうな感触に思わず身体が反応しそうになってしまう。


「わふっ!?」

「きゃあっ!?」


 動いた僕に驚いて瑠璃華さんが飛びあがった。

 しゅたっと着地して見上げると、ちょっと涙目になった瑠璃華さんがいた。


「ほほほっ、本物のわんこじゃない!? なんでこんなとこにいるのよ!」


 涙を誤魔化すように天塚さんに食って掛かる瑠璃華さん。正面に立ったとこでスカートに隠されていた太腿とパンツが僕に丸見えだ。


「ッ!?」


 あまりにも煽情的というか攻めすぎというか、大人らしいデザインのそれに思わず息が止まる。瑠璃華さんのイメージとはだいぶ違う気がするけれど、負けず嫌いというか、背伸びした感じだと思うとある意味納得ではある。


 ……いやまぁ、ローライズでスケスケの黒レースはさすがに背伸びしすぎだと思うけど。


「あはは……可愛いでしょ。連れてきちゃった」

「つ、連れてきちゃったじゃないわよ! 生徒会役員のアンタが率先して校則違反とか、ホント信じらんない!」

「でも、ペットを連れてきちゃダメって書いてないし」


 天塚さんの言葉に、瑠璃華さんの目じりが吊り上がる。


「あーもう! なんでこんなのに生徒会選挙で負けなきゃなんないのよ!」

「瑠璃華は選挙当日にインフルエンザで欠席してたわけだし、さすがにね?」

「選挙だけじゃないわ! アンタはSランクで私はBランク! 配信の登録者数だって私の方が少ないし、こないだの『月間深部探索』だって私よりアンタの方が写真大きかったでしょ!」


 ライバル視しているというか、コンプレックスを刺激されたというか……話を聞く限り、瑠璃華さんはあらゆる面で天塚さんに負けており、それが気に入らないようである。


 ちなみに『月間深部探索』はJDAが発刊している雑誌だ。人手が足りていないダンジョンを紹介したり、新開発された装備やら発見されたばかりのモンスターについて特集を組んだり、場合によってはモンスター素材で実験的な企画をしたりと結構面白い雑誌で、探索者じゃなくとも買う人が多いものだ。


 話の流れからすると読者モデルみたいに写真が載ったようだけれど、そのサイズで負けた、ということらしい。

 とはいえ、写真のサイズで競えるってことは瑠璃華さんも雑誌に載っているということだし、タイプが違うとはいえ、二人とも読モなんて目じゃないほどの美少女だ。

 雑誌に掲載された時点で誇っていいと思うんだけれど。


「あっ、見てくれたの? ありがと! 瑠璃華ちゃんも載ってたんだね!」

「ぐっ……! そうやって余裕でいられるのも今の内よ……! 見てなさい!」


 おそらく悪気はないんだろうけれど、天塚さんの言葉がバチバチに(あお)るような形になってしまい、瑠璃華さんはぷんすかしながら去っていった。

 見間違いでなければ、目の端には涙を浮かべていたような気もする。


 載っていたことすら気づいてないって、むしろ勝ち誇られるよりも残酷だよね……。


「どうしたんだろ。変なの」


 ……いや、あの……瑠璃華さんも癖強いって思ったけど、天塚さんも相当だからね!?

 僕の胸中のツッコミは、当然ながら天塚さんには届かなった。

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