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私は勇気を出して噂の話に踏み込んでみた。
「悪女だとか、王太子と不仲だとか、いろいろな噂があるんですよね。知ってます」
「うん。ボクもそう聞いてた。でも、違うんだね?」
セレスティンは身を乗り出して話を聞いてくれる。
「違うんだね?」――この一言を、今までどれだけ望んでいたことだろう。
窓の外の雨を見ると、雨粒が窓ガラスを伝って流れていく。
「私、王太子殿下に憧れているグループにいたんです。でも、婚約者に選ばれてからみんなが変わってしまいました。婚約が決まった翌週、友達が『パメラ様、もっとアトレイン殿下に釣り合うよう、華やかになるべきですわ』って、美容効果があると評判の美容花、フィオレンティアを贈ってきたんです」
あの日のことを思い出すと、胸が締め付けられる。
花の蜜をグラス一杯分の水に混ぜて髪や肌に付ける。そんな美容方法を勧められて、無邪気に感謝して。すぐに現実に気付いて青ざめた。
「お花はフィオレンティアによく似ていたけど、全く違う毒の花でした。使う前に気づいたから無事でしたけど」
「それ、酷いね……ボクはキミが不摂生で肌や髪が荒れたのを美容花フィオレンティアのせいにして怒ったとか、毒花を間違って摘んだ愚かな令嬢だとか聞いたよ」
「全部、嘘です」
否定すると、セレスティンはしっかりと目を合わせて頷いてくれた。
「ボク、噂を鵜呑みにしちゃってた。ごめん」
澄んだ水色の目には、疑いの色が一滴もない。
それに励まされて、言葉を続ける。
「そうやって、私が悪女だと仕立て上げられていったんです。どんなに否定しても、誰も信じてくれませんでした。両親も、使用人も……婚約者も」
原作通りならセレスティンにも婚約者がいる。
騎士になりたい彼女は、親に命じられた婚約を嫌がっているんだ。
「殿下とは、婚約が決まるまで話したこともなかったんです」
私は窓の外の雨を見つめた。
「婚約式の後、一度だけお茶会にお招きいただいて。でも、殿下は心ここにあらずで、私の目をほとんど見てくださらなくて、挨拶以外はまともに会話をしませんでした。入学試験の日もそうでした。噂は耳に入っていて、私が悪女だと思ってるはずです」
「うわあ、最悪だね」
「すでに大人たちの間では、婚約を白紙にする議題も出ているらしいです。だから――」
自分の結論は出ている。
ずっと誰かに、話したかったんだ――そんな自覚を胸に、私は笑顔を作った。
「このまま婚約が続いても、お互いに不幸なだけ。殿下にはもっとふさわしい方がいらっしゃるので、私は婚約を解消しようと思っているんです」
「パメラさんはもう傷ついてるじゃないか!」
セレスティンは拳を握りしめた。
セレスティンの水色の瞳が、もう警戒の色を宿していない。
「ボクが言えることじゃないかもしれないけど、キミの味方であるべき親や婚約者が信じてくれなかったのは酷いと思うよ。そんな環境でよく前向きに振る舞ってるね」
「ありがとう、セレスティンさん!」
わかってもらえた……!
喜ぶ私に、セレスティンは優しく微笑んでくれた。
「辛いことがあったのに好きなことを見つけて楽しめるパメラさんのこと、ボクは好感が持てるなって思ったよ」
「あっ、それは、はい。楽しんでいます!」
私は勢いよく頷いた。
「推しは光ですから! 推しがいれば、私、楽しく頑張れるんです!」
「あははっ、そっか、そっか!」
セレスティンは楽しそうに笑い、水色の瞳を細めて、右手を差し出してきた。
爪が綺麗に整えられていて、マメがある――日常的に剣を握っているのがわかる手だ。
「友達になろう、パメラさん」
「……! 私と友達になってくれるんですか、セレスティンさん?」
「呼び捨てで呼んでほしいな。ボクのこともセレスティンって呼んで。今日からは、意地悪な友達や婚約者からボクが守るよ」
その言葉に、胸が熱くなる。
私はセレスティンの手を、両手でぎゅっと握り返した。
「ありがとう、セレスティン! 守ってくれるのも嬉しいけど、私の話を聞いてくれて、友達になってくれるというのが本当に嬉しいわ!」
「推し活の話ももっと聞かせて。一緒にするよ」
「えっ……本当に?」
入寮初日。
私――推し活仲間ができました!




