プロローグ
新作に興味を持ってくださり、ありがとうございます!
学園を舞台にした、王子と令嬢の可愛くて楽しい両想い話です。
毎日19時頃に更新します。
もしよかったらお気に入りや評価、感想など、応援してくださると嬉しいです(*ᴗˬᴗ)⁾⁾ぺこり
世界は、未知と不可解に満ちている。
「パメラさんったら、王太子殿下と目も合わせてもらえなくて、可哀想」
交友のある令嬢から、茶会に招かれた日。
廊下の向こうから声が聞こえて、私は足を止めた。
「悪い噂も流れていますからね。婚約を解消する話も持ち上がっているようですよ」
「あら。気に入らない令嬢をいじめたという噂ね。知ってるわ!」
「知ってる? 美容成分のあるお花と毒花を間違えて髪を痛めたって話」
友人たちの鈴を転がすような声が部屋から漏れている。
私は思わず自分の薄い桃色の髪を撫でた。
毒の花は、彼女たちからの贈り物だ。
毒だと気づいて蜜を塗らなかったから、私の髪は無事だ。その事実を主張しても、「言いがかりを付けた」と言われてしまう――それが私の置かれた立場だ。
どうしてこうなったんだろう?
理由はわかる。
私の婚約者アトレイン殿下は、このアストリニア王国の第一王子だ。
『完璧な王太子殿下』の異名を持つ、令嬢たちの憧れである。
伯爵令嬢である私が殿下の婚約者に選ばれてから、友人たちは私の陰口を叩くようになったのだ。
ショックだった。
現実を認めたくなかった。
最初は、友人たちの悪意を気のせいだと思いたくて気付かないふりをした。そうしているうちに、彼女たちの気が済んでくれたら良いと思った。
けれど、悪意はエスカレートしていった。
「この指輪をパメラさんの荷物に入れて、盗まれたことにしようと思うの」
「楽しそう! わたくしが証人になるわ」
どうして……?
中に踏み込んでいって対峙する勇気はなく、私はそのまま彼女たちに背を向けて帰った。
けれど、それが気に入らなかったのか、彼女たちは陰口をグループ外の他人に積極的に広めるようになった。
悪い噂は、広まりやすい。
私の両親もすぐに噂を知った。
しかも、二人とも私の言い分を聞いてくれない。
「パメラ。お父様の目を見なさい。友人をいじめたのは本当かい。王太子殿下の婚約者になったからと言って、神様にでもなった気でいるのか」
「お父様、違います。私はいじめられている側なんです。信じてください」
「言い訳をするのはやめなさい、みっともない」
お母様は泣いていた。
「もう言い返すのはやめて」と言われて、私は何も言えなくなった。
――もういい、みんな、信じたいことを勝手に信じているといいわ。
誤解されたまま半年が過ぎ、二月――双子月。
私は同世代の貴族の子女が通うマジカリア王立学園の入学試験の日を迎えた。
運悪く風邪気味で頭が重いけど、試験を受けようとしていた、その時。
私の人生を変える出会いが訪れた。
教壇の上から受験者を監督する、長身の男性教授だ。
「試験監督を務めるシグフィード・ネクロセフだ」
刃のように鋭く、冷ややかで、気品を帯びた美しい声だった。
なんて素敵なお声なのだろう……!
私は吸い寄せられるように顔を上げた。
顔を上げた先には、美麗な大人の紳士が佇んでいた。
隙なく着込んだ夜色の紳士服は禁欲的な印象で、すらりとした体格によく似合っている。
板を背中に入れているみたいに姿勢が良い。
漆黒の艶髪はオールバックで、真面目で清潔だ。
黒曜石めいた瞳は、切れ長で怜悧……。
私の『推し』だ。
ふと、そんな思いが胸に湧く。
ん?
推しってなんだっけ……?
自分の心に疑問を抱いた直後、私は『病弱でずっと入院生活を送っていた前世』を思い出した。
「えっ……? 私、前世で読んでいた小説『天才魔法師コレットのマジカリア王立学園攻略記!』に出てくる悪役令嬢キャラのパメラだ……?」
「そこ、私語は慎みなさい」
悪役の末路は当然、破滅のみ。
……そんな人生、嫌!
ショックで眩暈がする。
座っているのも辛い。前世でもよくあった感覚だ。私はふらりと床に倒れ込んだ。誰かの悲鳴が聞こえる。
「きゃあっ、パメラ様がお倒れになったわ!」
パメラ様。
そうだ、私は悪役令嬢のパメラ様なんだ。
目の前が真っ暗になる。
前世の記憶が洪水のように頭の中にあふれて、情報の海に溺れそうになる。
私のことを悪役キャラだと思う私は、誰?
私は何者? ――私はパメラよ。
だって、ずっとパメラとして生きてきたじゃない……私は私よ……?
混乱する私の耳に、『推し』の低音が近距離で響いた。
「どうした? 大丈夫か。しっかりしなさい」
「すごいイケボ……」
イケボってなんだっけ?
美声のことよ。
――自問自答が止まらない。
ふわりと浮き上がるように、頼もしい大人紳士の腕に包まれる。温かな治癒魔法を全身で感じて、気分が少し楽になった。
私の推しは魔法使い……この世界の職業名だと『魔法師』だ。
ま、まさか、この治癒魔法は?
私は薄く目を開けた。
「……っ」
すると、そこには至近距離で私の顔を覗き込む超絶美形のアラサー紳士、シグフィード・ネクロセフ教授のご尊顔があった。
おおおおおおおっ……!
「お、お、お……お顔が、綺麗ですね……!」
「ふむ。熱があるようだな」
お、推しが私に話しかけてきた!
香水が鼻腔をくすぐる。
推しの匂いだ。
上品で控えめ。深い森の奥のように神秘的で心を惹きつける香りは、彼のイメージ通り。
氷のように理知的な瞳の奥には、かすかな疲労や孤独が見える。
「……お、お顔が美しすぎて……こんなに近い距離……いい匂いがします……」
両手を合わせて拝んでしまう。
これ、現実? 尊い。鼻血出そう。
「パメラ・タロットハート伯爵令嬢。会話は可能か? 私の指が何本見える?」
「そういえば、教授も悪役だったよね……」
「会話困難。意識が混濁している様子だ。医務室へ運ぶことにする」
「悪役なのに治癒魔法が得意で素敵なのよ……」
麗しの推しにお姫様抱っこしてもらって、心配されながら運ばれる幸せなシチュエーション。
何これ、ご褒美? ありがとう。
歓喜でいっぱいになる私の頭の中で、前世と今世が溶け合っていく。
ああ〜、私、わかっちゃった。
アトレイン殿下は、主人公と結ばれる運命だったんだ。
私は悪役だったんだ。
なんだか納得しちゃった。
「破滅を回避したい……悪役仲間の推しも救って差し上げたい……」
「急患だ。生徒が一名倒れた。発熱あり。呼吸は安定している。朦朧としており、意味のわからない譫言を垂れ流しているのが心配だ。診てくれ」
診断結果は知恵熱だった。
なんか恥ずかしい。
後日、自宅療養して元気になった私のもとに、入学試験の結果が届いた。
私は原作の小説の通り、圧倒的に低い成績で最下位入学となった。
試験を受けてないもの。0点だよ。




