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勇者のいない勇者譚 ーー魔王と少女の物語ーー  作者: 春日七草
第一章 はじまりの青 〜二年前 チャコール・グレイ〜
4/5

セルリアン・ブルーは石職人

「イヤなヤツじゃん」

 放たれた遠慮のない言葉に、チャコールは苦笑いになる。

「いや、レモンはすごいんだよ、しっかりしてて」

「本当にすごくてしっかりしてるヤツならもっと言葉選べるだろ」

 吐き捨てる少年。深い青色の、肩まである髪を無造作に後ろで括っている。群青色の目は微動だにせず、手元の乳白虹石を見つめている。

 セルリアン・ブルー。一層に居を構える、石職人の少年だ。

 

 チャコールはカーマインとレモンと別れた後、販売用の鉱石を売りに出してから、ここ、洞窟の一層「萌葱の層」の一角にある工房に来ていた。

 カーマインに一つもらった、乳白虹石を自分用に加工してもらうためだ。

 工房の主。チャコールより二歳年下の少年、セルリアン・ブルー。一年前にふらっと現れ、ここに住みついたらしい。探索で名をあげるでもなく、店を出すわけでもなく、ひたすら石をいじっている変わり者。村ではそんなうわさがささやかれた。

 チャコールはここを贔屓にしており、売り物にならないものや気に入った鉱石をこうして持ち込み、細工を頼むことがしばしばある。そして細工中には、日頃のことや探索中の話などをしゃべるのだった。

 今日、四層に落ちた話をしても、セルリアンは「ふうん」と大した興味も持たない様子だった。しかし、その後レモンに怒られた話をすると、

「もうその女と行くのやめたら?」

 セルリアンの声に不機嫌な色が混じった。

「うん、まあねえ、あたしがついてっても迷惑なだけだしねえ」

 チャコールはしかたなく笑う。

「迷惑なのはその女の方だろ」セルリアンはため息をつく。「怒ってるのも自分の都合でしょ。自分がいいようにやりたいってだけじゃん。チャコールが気にすることじゃないよ」

 ぶっきらぼうだけど、優しいとこもあるんだよな、とチャコールは、少年の横顔を見る。そして手元の乳白虹石に視線を移し、

「わあ……」

 思わず感嘆の声を上げた。

 セルリアンの手元の鉱石は、いつのまにか流体のように形を変えていた。美しい虹色の筋が、乳白色の表面を流れる。

「……お前は鳥がいいかな。羽を広げてみて」

 小さな優しい声で、セルリアンが手元の鉱石にささやく。

 ヒュアアン……

 不思議な音と共に、乳白虹石は輝いて、ふわっと形を変え――

 羽を広げて飛び立とうとする、水鳥の姿になった。

「……よし」

 セルリアンはひたいの汗をぬぐう。終わった合図だ。

「すごい、すごい、すごいよセル!!」

 チャコールは歓声を上げ、拍手した。

「別に……乳白虹石は、柔らかくて、こちらに応えてくれやすいから」

 セルリアンは仏頂面を変えずに答える。

「それでもすごいよ……お礼、足りるかな」

 チャコールはおずおずと、お代がわりに持ってきた小さな鉱石たちを差し出す。セルリアンは一瞥し、一つの赤い石をつまみあげ、「これで十分」と言った。

「え、いやいや足りないよ」

 チャコールは慌てる。セルリアンは金銭感覚に無頓着なところがあるのだ。そもそもお金は受け取ってくれないし。

「いや、ちょうど紅玉切らしてたし」

 セルリアンは譲らない。

「じゃあ……はい」

 チャコールはあわてて手持ちの中からあと数個、紅玉をつかみ出し、無理やりセルリアンの手に押しつけた。

「いいって……」セルリアンは眉をひそめる。「それより、その剣を見せてよ」

「あ、そうだ」

 チャコールは、抱えていた大剣を、セルリアンにひょいと渡す。セルリアンはそれを受け取り、

「重!!」

 ずしっとその身体が沈んだ。

「え、こ、これを五層から抱えてきたわけ?」

 セルリアンは、珍しく驚いた声を出す。チャコールは「てへへ」と笑う。そして身を乗り出し、

「ね、何でできてると思う、その剣?」

 ワクワクする気持ちを抑えきれずに聞いた。

「……うーん……」

 セルリアンは剣を撫で、難しい顔でつぶやく。「見たことないな……色合いは大理石にも似ているが、もっと表面が柔らかい……」

 しばらく無言で剣を撫で続ける。

 チャコールは黙って待つ。こういう時に話しかけても無駄だ。

「……声が聞こえない」

 セルリアンは、そっと手を離し、つぶやいた。

「声……」

 チャコールは復唱する。セルリアンはよく、石の声が聞こえると言う。それが聞こえないということは、

「え、この剣、石や鉱石じゃないの?」

「わからない」セルリアンは首をひねる。「石ではある、と思うけど……こんなの、初めてだ」

「セルリアンでも初めてなの……」

 チャコールは驚く。セルリアンはこれまで、石については知らないことはないというくらいに、石に精通していると思っていた。

「……ね、これ、どんな鞘が合うと思う?」

 チャコールの言葉にセルリアンは目を丸くする。

「チャコール……これ、持ち運ぶつもりなの?ていうか、これで戦うの?こんな重いの」

「おまかせあれ」チャコールは胸を張る。「力には自信があるのだよ」

「……まあ、チャコールがいいならいいけど」

 セルリアンはそう言って、手際よく、奥から出してきた白スイギュウの皮を加工して、大きな剣がおさまる鞘をこしらえてくれた。ご丁寧に、背中に背負うための紐まで付いている。

「ありがとう」

 チャコールは鍾乳石を差し出し、

「だからいいって」

 セルリアンは撥ねつける。

「いやいや……」と食い下がるチャコールに、

「そのかわり、その剣時々見せに来てよ、磨いてあげるから」

 セルリアンは言った。

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