セルリアン・ブルーは石職人
「イヤなヤツじゃん」
放たれた遠慮のない言葉に、チャコールは苦笑いになる。
「いや、レモンはすごいんだよ、しっかりしてて」
「本当にすごくてしっかりしてるヤツならもっと言葉選べるだろ」
吐き捨てる少年。深い青色の、肩まである髪を無造作に後ろで括っている。群青色の目は微動だにせず、手元の乳白虹石を見つめている。
セルリアン・ブルー。一層に居を構える、石職人の少年だ。
チャコールはカーマインとレモンと別れた後、販売用の鉱石を売りに出してから、ここ、洞窟の一層「萌葱の層」の一角にある工房に来ていた。
カーマインに一つもらった、乳白虹石を自分用に加工してもらうためだ。
工房の主。チャコールより二歳年下の少年、セルリアン・ブルー。一年前にふらっと現れ、ここに住みついたらしい。探索で名をあげるでもなく、店を出すわけでもなく、ひたすら石をいじっている変わり者。村ではそんなうわさがささやかれた。
チャコールはここを贔屓にしており、売り物にならないものや気に入った鉱石をこうして持ち込み、細工を頼むことがしばしばある。そして細工中には、日頃のことや探索中の話などをしゃべるのだった。
今日、四層に落ちた話をしても、セルリアンは「ふうん」と大した興味も持たない様子だった。しかし、その後レモンに怒られた話をすると、
「もうその女と行くのやめたら?」
セルリアンの声に不機嫌な色が混じった。
「うん、まあねえ、あたしがついてっても迷惑なだけだしねえ」
チャコールはしかたなく笑う。
「迷惑なのはその女の方だろ」セルリアンはため息をつく。「怒ってるのも自分の都合でしょ。自分がいいようにやりたいってだけじゃん。チャコールが気にすることじゃないよ」
ぶっきらぼうだけど、優しいとこもあるんだよな、とチャコールは、少年の横顔を見る。そして手元の乳白虹石に視線を移し、
「わあ……」
思わず感嘆の声を上げた。
セルリアンの手元の鉱石は、いつのまにか流体のように形を変えていた。美しい虹色の筋が、乳白色の表面を流れる。
「……お前は鳥がいいかな。羽を広げてみて」
小さな優しい声で、セルリアンが手元の鉱石にささやく。
ヒュアアン……
不思議な音と共に、乳白虹石は輝いて、ふわっと形を変え――
羽を広げて飛び立とうとする、水鳥の姿になった。
「……よし」
セルリアンはひたいの汗をぬぐう。終わった合図だ。
「すごい、すごい、すごいよセル!!」
チャコールは歓声を上げ、拍手した。
「別に……乳白虹石は、柔らかくて、こちらに応えてくれやすいから」
セルリアンは仏頂面を変えずに答える。
「それでもすごいよ……お礼、足りるかな」
チャコールはおずおずと、お代がわりに持ってきた小さな鉱石たちを差し出す。セルリアンは一瞥し、一つの赤い石をつまみあげ、「これで十分」と言った。
「え、いやいや足りないよ」
チャコールは慌てる。セルリアンは金銭感覚に無頓着なところがあるのだ。そもそもお金は受け取ってくれないし。
「いや、ちょうど紅玉切らしてたし」
セルリアンは譲らない。
「じゃあ……はい」
チャコールはあわてて手持ちの中からあと数個、紅玉をつかみ出し、無理やりセルリアンの手に押しつけた。
「いいって……」セルリアンは眉をひそめる。「それより、その剣を見せてよ」
「あ、そうだ」
チャコールは、抱えていた大剣を、セルリアンにひょいと渡す。セルリアンはそれを受け取り、
「重!!」
ずしっとその身体が沈んだ。
「え、こ、これを五層から抱えてきたわけ?」
セルリアンは、珍しく驚いた声を出す。チャコールは「てへへ」と笑う。そして身を乗り出し、
「ね、何でできてると思う、その剣?」
ワクワクする気持ちを抑えきれずに聞いた。
「……うーん……」
セルリアンは剣を撫で、難しい顔でつぶやく。「見たことないな……色合いは大理石にも似ているが、もっと表面が柔らかい……」
しばらく無言で剣を撫で続ける。
チャコールは黙って待つ。こういう時に話しかけても無駄だ。
「……声が聞こえない」
セルリアンは、そっと手を離し、つぶやいた。
「声……」
チャコールは復唱する。セルリアンはよく、石の声が聞こえると言う。それが聞こえないということは、
「え、この剣、石や鉱石じゃないの?」
「わからない」セルリアンは首をひねる。「石ではある、と思うけど……こんなの、初めてだ」
「セルリアンでも初めてなの……」
チャコールは驚く。セルリアンはこれまで、石については知らないことはないというくらいに、石に精通していると思っていた。
「……ね、これ、どんな鞘が合うと思う?」
チャコールの言葉にセルリアンは目を丸くする。
「チャコール……これ、持ち運ぶつもりなの?ていうか、これで戦うの?こんな重いの」
「おまかせあれ」チャコールは胸を張る。「力には自信があるのだよ」
「……まあ、チャコールがいいならいいけど」
セルリアンはそう言って、手際よく、奥から出してきた白スイギュウの皮を加工して、大きな剣がおさまる鞘をこしらえてくれた。ご丁寧に、背中に背負うための紐まで付いている。
「ありがとう」
チャコールは鍾乳石を差し出し、
「だからいいって」
セルリアンは撥ねつける。
「いやいや……」と食い下がるチャコールに、
「そのかわり、その剣時々見せに来てよ、磨いてあげるから」
セルリアンは言った。




