レモン・イエローは手厳しい
「剣……?」
チャコールは、その大剣をそっと撫でた。
ヒヤリと冷たく硬い、しかしどこかあたたかみを感じる感触。
不思議と手になじむ感覚。
「……重い……けどまあ、持てるな……」
チャコールは普段から筋トレを欠かさない。それに家事やらバイトやらで重いものを持つのには慣れている。チャコールの肩くらいまであるその大剣を、両手で抱えてみる。
「おーい、チャコー!無事かー?」
カーマインの声に見上げると、天井の穴からカーマインの赤い髪がのぞいている。
「あ、うーん!だいじょうぶー!」
大声で答える。蒼い洞窟内に声が反響する。
「今レモンが引き上げてくれるからー!」
「生命の蔓よ、ここに集え。その手を伸ばし、我が同胞を救いたまえ。ヘルミナル・ヘルバ」
レモンの詠唱が聞こえ、スルスルとツタが降りてきた。
チャコールは右手でしっかり大剣を抱え、左手でツルをつかむ。ツルはシュルシュルとチャコールの腰回りを包み、支える。そのままゆっくりと、天井の穴に向かってエレベーターのように上っていく。
「おおー……」
いつ見ても繊細ですごい魔法だ、とチャコールは感じ入る。カーマインはこういう繊細な魔法は苦手だし、何メートルも下の階層から初歩的な植物魔法で人間を傷つけることなく引き上げるなんて芸当、この島ではレモンくらいしかできないだろう。
「ありがとう!」
三層の鍾乳石の地面に足をつけてすぐに、チャコールはレモンにお礼を言った。
「別にいいのよ。ケガはない?」
レモンはそう言ってから、チラリとカーマインを見る。カーマインは、スライムが逃げ去った後の地面から、何かを一生懸命拾うことに夢中だ。
「チャコール」
レモンは厳しいまなざしで、まっすぐチャコールを見つめる。チャコールは姿勢を正す。
はじまった。心の隅で思う。少し気が滅入る。
「あなたはもう少し、慎重さを学びなさい。死ぬかもしれなかったのよ。正直さっきの局面は、あなたが飛び出していかなくても、わたしとカーマインで対処できた」
ぐうの音も出ない。そんなことはチャコールが一番わかっていた。自分はまた、余計なことをしたのだと。
わたしだってみんなの役に立ちたい。みんなと一緒に戦いたい。
その思いがこれまでどれだけ、まわりに迷惑をかけてきたか――
「あなたのしたことは全くの無駄だったのよ」
レモンはピシャリと言う。
「足を引っ張るくらいなら、何もしないでほしいんだけど」
これはレモンの口癖だ。チャコール相手限定の。
レモンは本当は、わたしには一緒に来てほしくないんだろうな。
いつもわたしを、うとましく思ってるんだろうな。
チャコールは、ぐっと唇を噛み、下を向く。と、抱えていた白い剣が視界に入った。
――うん。
無駄、ばっかりじゃ、なかったよね。
チャコールは笑顔を作り、顔を上げて、
「うん、わかった、ごめんなさい」
素直に――そう見えるように、素直な気持ちで謝った。
「おーい、見ろよこれー!こんなにたくさん、乳白虹石が採れたぞー!!」
カーマインがこちらに向かってきて、レモンは口をつぐみ、打って変わった美しい笑顔でカーマインの方を振り向いた。
「カーマイン、チャコールはケガなさそうよ」
「おー、よかったなチャコ……おおっ!?」
カーマインは目を丸くして、チャコールに駆け寄った。
正確には、チャコールの持つ大剣に駆け寄った。
「なんだこれ!?チャコ、これどうした!?」
「あ、なんかね、拾ったの」
「拾ったって……四層で?」
レモンは初めて大剣の存在に気づいたかのように、チャコールの持つ剣をまじまじと見つめる。「大きい……なんだろう、何でできているのかしら。こんな材質、見たことない……」
レモンの熱をこめた視線に、チャコールは知らず知らず緊張を覚える。
――わたしにはもったいないって思われないかな。
レモンは剣を使わないし、とりあげられはしないだろうが、チャコールは思わず、剣を持つ手に力を込めた。
――と。
「ん?なんか今、青く光った?」
カーマインが言う。
「え?」
チャコールは剣を見る。白い剣。拾った時そのままだ。
「気のせいかな……」
カーマインは頭をかく。
「ていうか、そんな重そうな剣、持てるの、チャコ?」
レモンはあきれたような口ぶりで言う。
「うん、楽勝だよ。見た目ほど重くないよ!」
チャコールは慌てて剣を持ち直す。
「まあ、いいわ。戻りましょう」
レモンは杖で地面に魔法陣を描く。黄色く淡く光る、円を重ねたような魔法陣。転移魔法の準備だ。
カーマインが魔法陣の中に踏み込む。チャコールも、剣をしっかり抱えて、魔法陣に足を踏み入れた。
「我らの存在を一つの座標に統合し――空間を跳ぶ。ユニオン・トランスフェロ」
足元が光に包まれる。
チャコールは目を閉じ、剣をぐっと抱きしめた。




