チャコール・グレイは剣と出会う
「スライムだ!!」
カーマインの叫び声にチャコールは、剣を構えつつ振り向いた。
つらなる鍾乳石の向こうに、巨大な白い影がぬっと立ち上がる。
「乳白スライムよ。かなり大きいわ、気をつけて」
レモンが言う。チャコールの体に緊張が走る。
チャコール・グレイは17歳。
この島――群青ヶ島に住む少女だ。
ここは群青ヶ島にある巨大な洞窟、通称「青脈洞」。
中は深く縦穴になっており、何層かに別れている。
チャコールらはこの洞窟の三層、「乳白の層」にいた。
普段は二層「薄墨の層」で鉱石掘りをすることが多いのだが、今日は、島の外から留学生として来ている少女――レモン・イエローの案で、少し深くまで潜ることにしたのだ。
この洞窟は、層によって採れる鉱石が異なる。
「乳白の層」では、他国では禁止されている鍾乳石が、制限なく採れる。それに、運が良ければレアな「白夢晶」が見つかるかもしれない。
ただ――
深い層に潜るということは、それだけ、強い魔物に遭遇する可能性があるということだった。
「燃え上がれ!紅蓮斬!」
カーマインが叫ぶ。彼の剣が一瞬で赤い炎をまとう。そのまま乳白スライムに突っ込んでいく。
「深き光の奔流よ、我が掌に集え」
レモンが詠唱を始める。レモンの手の中に赤い光が灯り、みるみる杖をつたっていく。「炎と風の舞い、全てを一つに、ルミナ・フレア!」
杖の先から火球が飛び、乳白スライムに命中する。
――すごい。
チャコールは思わず見惚れてしまう。
――あたしだって!
「とりゃああああ!」
チャコールは剣を振りかぶって、隙ができた敵に飛び込んで行った。
「わっ!」
鍾乳石の床に足が滑る。
そのまま倒れ込むように転ぶ。剣を頭上に掲げたまま。
「チャコ、危ねえ!」
カーマインが叫ぶ。
チャコールの剣は、スライムの身体をとらえ――
鍾乳石の地面に振り下ろされ――
ガキン!と嫌な衝撃が腕から肩に響いた。
「……あ」
剣は真ん中で折れていた。
チャコールの全身から血の気が引く。
傷ついた乳白スライムはゆっくり向き直り、迫ってくる。
チャコールを飲み込もうと、ぬらっと身体を広げ――
「蒼天を裂き、深き光の奔流よ、我が掌に集い、虚空を貫け」
レモンが詠唱をはじめる。さっきより長い。さっきは詠唱を省略していたのだとチャコールは気づく。それにしてもとてつもない早口だ。
「炎と風の舞い、雷鳴の囁き、全てを一つに――ルミナ・フレア!!」
さっきより巨大な火球が立て続けにスライムを襲った。
強い衝撃が洞窟を、鍾乳洞を揺さぶる。
「あわわ……あっ!」
チャコールの体は地面を滑り、
「うわああーっ!!」
火球が空けた穴に吸い込まれるように落ちていった。
「チャコー!!」
カーマインの叫び声が響く。
あー、レモンが苦い顔で首を振ってる姿が目に浮かぶなあ、と、チャコールは落ちていく中、思った。
また怒られるかなあ……。
レモン・イエローはよく怒る。
「今の動くべきところだったわよね?」
「どうして余計なことしたの?」
まあ、たいてい、というかいつも、レモンが正しい。
頭が良くて、機敏に動けて、難しい詠唱魔法をたくさん知っている。レモン・イエローは本当に優秀な魔法学生だった。
レモンはカーマインにも時々怒る。カーマインが一人で突っ走った時などだ。でも、チャコールに怒ることの方が、圧倒的に多い。
チャコールが魔法を使えないからだろうか。
気の利いた動きができないからだろうか。
レモンが島に来る前は、時々カーマインとも洞窟を探検したが、基本は一人だった。レモンが来てから、カーマインがチャコールをよく誘うようになった。
一人より、みんなと探索した方が楽しい。
それに、レモンはチャコールの知らないことをたくさん知っている。鉱石の見分け方や、魔石の使い方など。
だから、チャコールは、レモンには感謝している。
「……いてて」
チャコールは、ゆっくり身を起こす。
チャコールが落ちたのは小さな池だった。四層――水縹の層には、小さな池や川がところどころにあり、ゆっくりと洞窟の奥に向かって流れている。
「……きれいだなぁ」
チャコールはしばしうっとりと、水面を眺める。水はほのかに発光し、美しい水色に輝いている。
「……あれ?」
チャコールは、その水の中に、何か白いものを見つけた。
「なんだろう……」
手を伸ばして触ってみる。硬く、大きく、長そうだ。
思い切って引っ張ってみる。
「ううん……しょっと!」
ずるっと抜けたそれを、チャコールはポカンとして見つめた。
「……剣……?」
それは白く淡く輝く、剣だった。
見たこともないほど美しく滑らかな、石製のずしりと重い、大剣だった。




