怒りを消す薬
2045年のある時、新薬が開発された。アンガノンと言うその薬はなんでも飲めば怒りの感情が湧きにくくなると言う。そんなニュースをスマホでチラッと見た瞬間、私は少し嫌な感じがした。言葉では説明できない、得たいの知れない不快感。しかし、そんな気持ちとは裏腹にその新薬は10 年以上治験や検査を経てもう既にドラッグストアで来週から発売される予定らしい。
「まさか、誰彼構わず売ったりしないよね?」
その、まさかだった。その新薬は、誰でも手に取れる場所に置かれることになった。薬剤師を介さずに意図も簡単に渡される新薬に、不快感を感じた。
薬が販売された後は見た目には何事も起きなかった。一瞬だけニュースで話題になったが、回りの人を見る限りでは、その薬がチラッと話題に上ったが、次の瞬間に当たり障りのない雑談へと会話がそれていき、新薬のインパクトは大それたもの、とはならなかった。
けれども、社会が変貌するわずかな兆しが徐々に見いだされた。新薬が発売されてから一週間後のこと。自転車を歩道で漕いでいた学生らしき人物が前から来る人を轢いてしまった。学生はすぐさま自転車から降り、轢いてしまった人の無事を確認しようとしたが、轢かれた人が顔を上げた瞬間、学生は思わずのけ反った。というのも、轢かれた人は額から血を流しながら満面の笑みで「いいよ。大したことないから」と、唖然とした学生を尻目に立ち去っていったからだ。
激怒してもおかしくない状況で、にこやかでいれる人がどのくらいいるだろうか? 私はその光景を見てすぐさまその新薬の事を思い出しはしなかったが、後知恵で考えてみても自転車に轢かれた人はあの新薬を飲んでいたのだ。
しかし、これは後から起きることに比べれば些細な事でしかなかった。もっと怒るべき状況の中、誰もその事に口を挟まず、喜色満面でいたのだから。恐るべき優しい世界が、到達しようとしていた。
私は昔から薬剤アレルギー体質で、今もそれは変わりない。どんなに風邪をこじらせても薬を飲めば体長悪化してしまうため、幼い頃はよく両親を心配させていた。そのせいか、母親は私が成長してあまり体長を崩さなくなっても過干渉な過保護親のままだった。私としても、体長を崩さないに越したことはないが、遊びに行く時に親に連絡しなくてはいけないとなると、さすがにうんざりした。
「ただ遊びに行くだけなんだから、心配しないでよ」
「親は子供の心配をするものよ。道香の事を心配して当然なの」
私の体調が心配だからと、社会人になる時に一人暮らしをさせてくれないと知ったときには、丸一週間母親と口を聞かなかった。のびのびと自由気ままに暮らすということが、私とはどれほど無縁なのかと思い知らされたときだった。
私が今働いている会社からの帰りはいつも徒歩だ。家から近い職場で働くように言われた私は都会で働くことを諦めた。母いわく、いつ会社で気分が悪くなってもおかしくないから近場で働くように、と言うことだった。やりたい仕事が近くにない、と言おうとしたが、母にとっては私のやりたいことより身の安全の方が最優先事項らしい。
(仕事くらい私がやりたいのをやらせてよ……)
今の仕事についてからはや10年、品物の検品作業という地味で退屈な作業も、今では慣れてきた。AIに仕事が奪われていく中で、検品作業だけは何故かAIに奪われず今まで残り続けた。品物の細かな違いを人口知能は見落としてしまうようだ。何の面白味もない仕事だが、慣れてしまった今となっては惰性で続けていた。体としては身の安全を守られているかもしれないが、精神的には絶不調まっしぐらだ。
(お母さんにとって私は何なんだろ……)
黙々と作業をこなしていると、罵声が聞こえてきた。どうやら、新人が何やらミスを犯したらしい。作業に支障を来さない程度に顔を上げ、怒鳴り声がした方を見ると、何故か新人は笑顔で上司の怒鳴り声を聞いていた。
「おい! 笑わずに真剣に話を聞かんか! その笑顔を引っ込めろ!」
「ちょっとぐらい構わないじゃないですか。怒らないでくださいよぉ。ホンのちょっとしたミスですよ? あ、そうだ。工場長もあの薬飲んだらどうですかぁ? 怒りが湧きにくく……」
「あのな、お前には反省が足りないと言ってるんだ! お前がしでかした失敗を、反省しろって言ってるんだ!」
よく見てみると、新人が持っている品物に少し傷が入っている。どうやら新人が誤って傷をつけたようだ。
(あれじゃ、怒るのも無理ないな。確かに怒りすぎかもしれないけど)
確かに怒りすぎることは精神衛生上良くない。でも、だからと言って間違いを指摘せず放置しておくのも考えものだ。私は目の前の品物をよく観察してコンベアに戻した。
(それにしてもあの新人、よくあの薬が飲めたな……)
会社からの帰り、またしてもとんでもない光景を目にしてしまった。
「アンドロイドに人権を! 人類の傲慢を許すな!」
デカデカとしたプラカードを持った無機質感たっぷりのアンドロイドがデモ行進していた。それも一人ではなく、何百人も。今までデモを見たことがなかった私は、その異質さに呆気に取られてしまった。彼らはただ静かに歩いているだけなのだが、周りを歩いていた人は顔を背けて立ち去っていった。
「な、何なの? あれ……」
これだけだったなら、アンドロイド達が人権を求めている行為だと受け止めただけだろう。しかし、目を背ける人が沢山いる中で、拍手する人がいた。その年配の女性はにこやかな笑みを浮かべながら、アンドロイド達に拍手を送っていた。
「あなた達は偉いっ。感心したわ……」
その老女は感激の涙まで浮かべている。半ば呆れながらも、私はその人の横を通りすぎようとした……。
「ちょっと! あなたも、彼らに拍手しなさいよ! アンドロイドに人権がなくて良いと思っているの!」
どうやら、厄介な人に絡まれてしまったようだ。この人はあの新薬アンガノンをまだ飲んでいないせいか、怒りを表している。しかし、老女はアンドロイドは持ち主の思考を反映していることを知らないらしく、アンドロイドの独立心の現れだと見ていた。
「私、忙しいんで。では」
この人の魂胆がどうあれあまり関り合いたくない。それに人が何を考えようが、他人に迷惑をかけない限りは自由だ。押し付けられるいわれはない。それに、プラカードに書かれている文字を見ただけでも分かる。アンドロイドにデモ行進させた人達?は他者の人権を軽視している。「人類」という、主語の大きさを見れば一目瞭然だ。
「その人類の中には、私みたいな人もいるんですがね……」
私自身の自尊心の低さを見たら到底人類が皆傲慢だとは言えないだろう。老女が食い止めようとするのにも関わらず私は歩く速度を速めた。
しかし、事はそれだけでは済まされなかった。アンドロイドの行進が、まさか人類の安息を脅かすことになろうとは。その舞台裏には、確かにあの新薬、アンガノンの存在があった。
その頃、国会ではアンドロイド人権法が可決された。私が知らないだけでアンドロイドによるデモは国内の至るところで頻発していたのだ。そして、アンドロイド人権法に基づき、アンドロイドにも参政権が与えられることになった。今の国の技術ではアンドロイドは意思を持つ段階に到っていない。にも関わらず、アンドロイドに参政権が与えられたのは異常とも言えるべき事態だった。静かな時限爆弾が、国内に投下された時だった。
休日は今ではもう絶滅危惧種と化した図書館で借りた紙の本を読んでいる。アプリで本をダウンロードすることはできるのだが、その中身の大半はAIが書いたものばかりなので極力読まないようにしていた。だからか、私は他の人と話が噛み合わず、白い目で見られる。そのせいか私は母親以外の人とあまり会話しない。母親に他の人と会話しろとうるさく言われてしまうが、興味のない雑談に合わせる方が無理な相談だ。
時折図書館に出向くが、衰退していく紙の本を率先して読む人はおらず、図書館はいつも閑散としていた。その煽りを食らってか、書店どころか図書館までもが数を減らしていた。私が読みたい哲学や科学書は少ない上に、居場所であり安息の場である図書館までもが少なくなるのは侘しさを増長させた。
「……キャンピングカーで暮らしたいな。そしたら一人になれるのに」
大型免許どころか、普通の免許書さえ母親の過保護さのおかげで取らせてくれなかったため、それは単なる取らぬ狸の皮算用だと言うことは重々承知している。これは、単なる希望だ。
長いこと出張していた義明は仕事が終わりようやく日本の地を踏んだ。しかし、社会の変貌ぶりに絶句した。横断歩道でアンドロイド達が大勢でデモ行進しているのを、道端で沢山の人々が笑顔を向けている。
「人類の伝統は争いの元だから、破壊せよ!」
過激な文言が書かれているプラカードをアンドロイド達が掲げて行進しているのに、それを眺めている人々は、それをあたかも良いことであるかのように拍手喝采までしていた。
「な、何なんだよ。あれ人間じゃ、ないよな?」
義明が日本を旅立つ3年前は、アンドロイドは喋りこそすれ、動きはしなかった。しかし、今目の前で行進しているアンドロイド達は確かに自らの足で歩いていた。
三年程日本から離れた生活を送っていた義明は自分自身がまるで異星人のような感覚を覚えた。アンドロイドの過激発言を許容する社会に迷い込むとは、悪夢以外の何者でもない。しかし、義明は知らなかった。アンドロイドの行進を笑顔で見守っている人たちにある共通点があることを。興奮抑制剤、アンガノンを服用していたことを、彼はまだ知る由はなかった。
しかしアンガノンには、ある副作用があることを、佐東道香も、谷野義明もこの時はまだ知らなかった。
その友人に出会ったのは実に12年ぶりだったと思う。社会人になってから次第に疎遠になり、連絡もしなくなったが、久しぶりに街中へ出かけに行ったときに再会した。北中美保は、私を見るなり笑顔を全開にして手を振った。
「久しぶり! 道香じゃんっ。元気してた?」
「あぁ、うん。まあまあね」
学生時代の時でさえあまり話すような中ではなかったため、彼女のあまりの親しげな様子に一瞬警戒心を抱かせた。何かしら嫌な頼み事をしようという魂胆じゃなかろうか。面倒事は嫌いなんだけど……。しかし、彼女は私のそんな猜疑心など吹き飛ばすかのように開けっ広げな笑顔をまた見せた。
「私たちが通ってた高校の同窓会今年も開くんだって。昨日ハガキが来てさ。11月11日午前10時に学校近くの体育館で開催するんだけど、来れる?」
何だ。そんなことか……。私の卒業した高校が、度々同窓会を開くことは知っていた。が、私は人の集まる場所が苦手だ。今回も断ろうか、と思案した時だった。
「今回の同窓会はなんと、アンドロイドが講師として話しに来てくれるんだって! どんなこと話してくれるんだろうね?」
アンドロイド。その言葉を聞いた瞬間私は冷たい水を浴びせられたような気分になった。
「え、あ、アンドロイドって、持ち主の思考を反映しているのは知ってるでしょ? そのアンドロイドって、誰のなの?」
そういった瞬間、美保が悲しい顔つきをした。しまった、と思った時には彼女は涙声になっていた。
「道香はアンドロイド人権法が成立したことぐらい知ってるでしょ? 今回講師に来るアンドロイドは志田聖二という人のパートナーだけど、決して所有物じゃないの。間違わないでよねっ」
志田聖二。聞いたことのない名前だ。しかし、美保は志田聖二と言う人の名前を言う時、とろけるような表情をした。
「ねえ、その志田聖二って、誰なの?」
「知らないの? 今動画で人気のインフルエンサーなんだよ。アンドロイドと人間の共生を語っているの! 人間の傲慢を治せば、幸せな未来が来るんだって! すごいと思わない?」
一気に気分が冷めていった。美保も、以前出会ったあの老女と同じではないか。
「悪いけど、今度も同窓会には行かない。行くなら美保だけで行ってよ」
またこれだ。呼び止める美保の声を無視して私は帰路に着いた。アンドロイドに過激発言させてまで、人間の人権を貶めようとする志田聖二とは何者か? その人の動画は見る気にもならないが、調べてみる価値はありそうだ。
ネットで志田聖二という人の事を調べた時には午後10時を過ぎていた。ネットの記事はAIが書いた文章ばかりだったが、やはり、と言うべきか肯定的なものが多かった。そこで気になる記事を見つけた。彼は薬剤師をする傍ら動画配信をやっており、アンガノンの開発にも携わっていたようだ。
「人の怒りを抑制するアンガノン、か。アンドロイドの過激発言と何か関わりがあるのかな?」
そこで志田聖二とアンドロイドの関わりをネットで調べてみた。が、彼がアンドロイドは一人しか所有しておらず、アンドロイドのデモ行進に関わる記述は一言も見つけることは出来なかった。
「AIが書いてるんだし、あからさまに不都合なこと書くわけないか……」
調べ終わったときには深夜の12時を過ぎていた。自分の部屋で調べているとはいえ、母親がこれを知ったら夜更かしを止めなさいと言うに決まっていた。
「これで止めておく、べきじゃないか。あんな過激発言をアンドロイドにさせているわけだし」
元来干渉されることを好まない私は、アンドロイドのデモ行進をそのままにすれば、安息の避難場が奪われると直感した。これは、何としてでも止めなければならない。
アンガノンが発売されてから1ヶ月後、周囲の人達の態度が変化した。皆不気味なほどに顔に笑顔を張り付けている。どんな嫌なことが起きても決して怒らず、笑顔を崩さなかった。あまりにも皆が笑顔なので顔を背けたくなるくらいだ。そして、ついに母親までもがアンガノンを飲んでしまった。常に笑顔を浮かべているその顔を見ただけで、私の心の奥が冷える思いがした。
「道香が薬アレルギーじゃなかったらアンガノン飲めるのに、残念ねぇ。でも、道香が怒ったところ見たことないから、それは安心ね」
アンガノンという薬にどんな副作用があるのか疑問を持たないのだろうか。こっそりアンガノンの箱を見てみたが、副作用として発熱があげられるだけで、その他には何の記載もなかった。成分表も見てみたが、馴染みのない成分ばかりで何の作用があるのか、全くの未知数だった。
「効果は一錠で約半年。依存性はありませんって書いてある。……。嘘臭い」
「そんなこと言わないの。志田聖二っていう有名な薬剤師が作った薬なんだから、腕は確かなはずよ」
笑顔を見せたまま、私をたしなめる母親。不気味すぎてこっちは笑えないんですけど。一体どんな薬物を盛り込めばこんな笑顔を続けていられるのだろうか。気味が悪い。
明らかに怒らなくなった人達は、まるで問題があっても目を閉じた瞬間消えていくと思っているかのようだ。野放しになった山積みになっていく問題は、確かに些細なものが多かった。それでも、塵も積もれば山となると言うことわざの通りに、なんとかなる精神でなかったことにされた問題がいつしか関係のなかった人にまで牙を向くようになる。志田聖二と言う人はアンガノンという薬を作ってまで何がしたいのだろう? 考えても答えは出ず、解決の糸口は深い闇に包まれたままだ。
朝食にシナモントーストを頬張り薄いコーヒーでパンを流し込込んだあと、私は出かける準備をし始めた。今日は休日だからいつもの図書館で答えになりそうな本を探すつもりだった。
「図書館に行くなら来るまで送ってあげるわよ」
「え、でも……」
夏には気温が40度まで上がったせいもあり、9月になっても車で送ってもらっていた。しかし、今は気温は落ち着いている。30分くらいかけて歩くことくらいどうと言うことはない。けれども、母親はここぞとばかりに車で送っていくと言いはった。
「何時なんどき何が起きてもおかしくないから、道香を送っていきたいのよ」
「……分かった」
歩いている最中にアンドロイドのデモ行進にまた出くわさないとも限らない。車に乗ってしまえば、アンドロイドの人混みで動けなくなると言うことはなくなるだろう。
移動中、やはりアンドロイドがデモ行進をしていた。「人類は己の愚かさを認めよ! 人類の傲慢を許すな!」。
私は窓から顔を反らしたが、母親は私の意に反して車を停めるとアンドロイド達に手を振った。
「何をしてるの? 道香も手を振りなさい。アンドロイドが人間から独立しようとしているのだから」
お母さんは何時からアンドロイドの独立を支持するようになったんだろう。薬を飲む前はそんなことは言わなかったはずなのに……。嫌気がさして私はお母さんの指図に従わなかった。私がこれに対してどう思っているのか、お母さんは関心がないのだろうか。
「それよりも、はやく図書館に行ってよ。青信号になってるじゃない」
その後空気が重く感じたのは、多分気のせいではないだろう。
いつもより静かで人気のない図書館は、気味の悪い笑顔を張り付けた司書がいること以外はいたって普通、のはずだった。しかし、本棚を見て目を見開いてしまった。科学書から哲学書、果ては普段見向きもしない料理本に到るまで、本が置き換えられていた。その全てがアンドロイド関連でよく見ると著者は志田聖二で占めていた。中には志田聖二とは別人の著書もあったが、中身を見てみると参考文献に志田聖二の本が紹介されている。注意深く見てみても、やはり志田聖二に関係していない本はあまりないに等しかった。チラッと児童書も見てみたが、アンドロイドに関する絵本しか並んでいなかった。一週間前は普通の本しか並んでいなかったはずなのに。私は意を決して司書に聞いてみることにした。
「あのすみませんが、ここには普通の本はないんですか?」
「普通とおっしゃいますと? ここにあるのはどれも素晴らしい本ですよ」
聞き方がマズかったかもしれない。しかし、他にどんな方法があるのか、どうにも見当がつかない。が、聞き方を変えよう。
「あの、志田聖二と言う人と関係していない本はないんですか?」
「何を言ってるんでしょうか? この図書館は先週から志田聖二様が購入したんですよ。だから彼に関係していない本なんてありません」
一週間前。谷野義明は知らない国に迷い込んだような感覚をまだ拭いきれずにいた。日常化するアンドロイドのデモ行進。それに声援を送る人達。それにもまして変わったことは、常に笑顔を絶やさない人が増えたことだ。端から見ただけではただの無害な人に見えるが、口を開けば人間憎悪のような言葉が飛び出してくる。人間はアンドロイドの奴隷になれば良いは、まだましな方だ。酷くすると人類が築き上げてきた文化にまで難癖をつけ始める。出会う人のほとんどがそんな有り様なので、義明はまた本気で日本を出ようとまで考えた。
「この国は狂ってしまった。何が原因なんだ?」
アンガノンの存在を知らない義明はその薬が及ぼす影響について考えたわけではない。が、明らかに誰かが悪巧みをしているとしか思えなかった。町の至る所に貼られた広告までもが、人間よりアンドロイドを称賛していた。
「人間はアンドロイドの僕になれば幸せになれる」
しかし、これは悪夢としては本の序の口な方だった。
速くも薬の危険性に気付いた人は他国に移住したまま戻ってこなかった。しかし、国を出ることが出きたのはごく少数に過ぎなかった。薬に不信感を抱いたある老人が飲むことを拒否した時、介護していた人が薬を食べ物に混入させて食べさせようとした事があった。味がいつもより変なことに疑問を抱いた老人は薬を混ぜられたことに気付き、介護人の作った料理を食べずに餓死した事件が発覚した。だが、これに関してニュースは薬の味の改善を要求しただけだった。世間があまりにもアンガノンに対して肯定的になりすぎた結果、人の死さえ軽視するようになってしまったかのようだ。私のように薬剤アレルギー体質でもない限り、薬を飲まないと異常とされてしまう空気には辟易した。けれども、あの薬には怒りにくくなる以外に、アンドロイドに対して寛容になり、人間を蔑む副作用があるのではないかと次第に思うようになった。薬を飲んだ人のアンドロイド称賛はあまりにも度を越えている。今にもその考えがマグマのように膨れ上がり、人間が築き上げた物を破壊しないことを願うばかりだ。しかし、その懸念は思ったよりも速く実現することになった。




