第8話 チーズケーキと、エルフの少年
見知らぬ天井、暗い視界。確かキャストさんの魔力で「眠り」に落ちて……。
スマホを探そうと枕元に手を伸ばす。いや、スマホなんて無いや……ん……? 手に何かが当たったような気がする。冷静にもう一度手を伸ばす。――!? 動いてる!? てか僕の手を掴みに来た!!
焦って上体を起こそうと力を込める。
――ガンッ!!
「痛っ……!!」
上体を起こそうとすると「天井」が額に当たった。いや、正確には「天井だと思っていた物」が。
「お目覚めですね」
キャストさんの声がする。
キャストさんが僕の頭の上に浮かべていた板をどかしながら、板の横から顔を出して話しかけてくる。やっと状況が掴めた。となるとこの「枕」は――。やはり「膝」である。
キャストさんが、膝枕しながら浮かべた板の上で作業をしていたようだ。寝起きに触れたのはキャストさんの「手」だった。とりあえずツッコミしていいかな? なんで膝枕なんだよ!!!
「キャストさん、何故膝枕してるんですか?」
「仕事が残っていたからです」
「理由になってない……!」
「お目覚めのキスは?」
「しなくて良いです!!」
とりあえず上体を起こすと……フリージアさんが不適な笑みを浮かべながら例の「カメラ」を持っている。――あんたの入れ知恵か。
「……フリージアさん」
「いやぁ、キャスト様積極的ですね〜、一体誰にそんな事教わったんでしょう?」
「もうちょい心込めてもらえません? あとカメラ仕舞いましょうか?」
ちょっとフリージアさんお転婆すぎない? フリージアさんの言うことを聞くキャストさんもキャストさんだけど……。
「今日はどうされますか?」
背中からキャストさんの澄ました声が聞こえてくる。
「確かに何も考えて無いですね……」
「あ! でしたら行きたいお店があったんですよ!」
フリージアさんが何やらテンション高めに主張してきた。行きたいお店?
「す……すごい……! 賑やかだね!」
「この辺はお店がたくさんあるからね〜」
馬車に揺られること数時間、フリージアさんの急な提案で僕たちは今日、隣国「パーシェ」に来ていた。「馬車」と呼んではいるが、馬とは少し違う魔物らしい。
かなりスピードが出る上に馬車の安定感がとても高い。この世界にいわゆる「車」が無いのは、単なる技術力不足ではなさそうだ。
「ここは食の分野で有名だから、ケーキ以外にも色々試すのがおすすめだよ。…………てかルカ? そのふく――」「さあ皆さんそろそろ着きますよ!」
当然のようについてきたロズが解説してくれる。フリージアさんがめちゃくちゃロズの言葉を遮ってるけど。てか一国の王女が護衛もつけずに他国に来るのは些か不安な気がするが、認識阻害の魔法を使っているし、キャストさんとフリージアさんもいるし大丈夫だろう。
ちなみにフリージアさんも認識阻害魔法を使っているようだ。キャストさんに関してはそもそも下界に降りた事が無いから大丈夫らしい。
馬車の中でフリージアさんから行きたいお店の情報を聞いていた。どうやら新作のケーキらしい。ケーキのためだけに国境を跨ぐのはどうかと思うが、ロズに話したらノリノリだったので勢いでその日のうちに来てしまった。
「ん? ねぇ、ロズ、あの大きな建物は?」
「あれは『ギルド』だよ。この世界でも一二を争うぐらい大きいから後で寄ってみよっか」
「おぉ! あれが……!!」
王城などには到底敵わないが、それでも背中を反らせるほどの大きな建物と、それが「ギルド」である事実に心を躍らせていた。後で来るのが楽しみだ。
「到着致しました」
馬車を運転していたスズさんが木造のお洒落な喫茶店の前で声をかけてくれる。突然の出国にも関わらず、わざわざスズさんが手綱を握ってくれたのだ。感謝しかない。
「すみませんスズさん、ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず」
スズさんを含めて乗っていた全員が馬車から降りる。馬車の置き場はどうするかと言うと……
「――――(聞き取れない)」
キャストさんが馬車に手をかざしそう唱えると、吸い込まれるように馬車が消えていった。「ストレージ」という収納の魔法らしいが、普通はあんな大きさの物は収納できないそうだ。流石魔法の神様。
ロズがめちゃくちゃ目を輝かせながらキャストさんの魔法を見ている。そういえばロズはキャストさんの信者……というか「ファン」だったな。
「さ、流石です! キャスト様!」
「ありがとうございます」
「――では、行きましょう!」
フリージアさんが待ちきれないといった感じに先行して行く。やっぱりフリージアさんテンション高いなぁ。よほど甘党なのだろうか。てか食事が必要ない神様でもスイーツとか食べるんだな。いわば「嗜好品」って感じなのかな?
店内に入ると、色とりどりのホールケーキや、いわば「プリン」のようなスイーツがショーケースに並べられている。お店の雰囲気はまさに「お菓子屋さん」って感じで、なんだか落ち着く。こういう所は地球に似てるんだよなあ。
とりあえず僕はチーズケーキと紅茶を頼んでみたが、肝心のフリージアさんは凄まじい量を注文している。さっきの「ストレージ」で保管して持って帰るらしい。
「誰が払うか」で多少揉めていたが、結局ロズが払う事になりそうだ。その話し合いに参加すらできない無一文居候野郎こと僕は座れる場所を探していた。
テーブル席は満席で、窓に面したカウンターが既に端に1人男の子が座っていたが、丁度5席空いていたのでそこを取っておくことにした。キャストさんに僕のチーズケーキたちを任せて隣に座る許可を取りに行く。
「あの……」と切り出す前に思わず固まってしまった。
(え、この子、耳長い……! 可愛い!)
突然のいわゆる「エルフ」との遭遇に思わず女子高生みたいなテンションになってしまった。てかやっぱりエルフいるのか。
そんなしょーもない事を考えていると、僕の存在に気付いたようでスッと目が合ってしまった。少し驚いた様子だ。
「あ、すみません。テーブル席が埋まってて……お隣いいですか?」
「え? はい、大丈夫ですよ」
その子は気分が悪いのか、声の調子が悪いような気がする。前に置いたケーキにもあまり手をつけていない。突然知らない人から「体調大丈夫?」と声をかけられるのは嫌かも知れないので、それ以上会話はせずに隣に座る。
……ってあれ……? 5席も空いてるのにわざわざ隣に座るのってめっちゃ変じゃない……?
キャストさんたちが来るまで少し気まずい時間を過ごす。「あくまで複数人で来てますよ」感を出すために4人の方を確認すると、店員さんが必死に箱詰めしている。なんか可哀想になってきたな。
そんな事を考えながら眺めていた時、隣から皿の音が響いてきたので振り返ると、エルフの子がフォークを取りこぼしたみたいだ。やっぱりどこか様子がおかしいと思い、流石に心配で声をかける。
「あ、あの……大丈夫?」
「い、いえ! 大丈夫です……!」
「何かあったら言ってね? あっちに治癒魔法に長けた人がいるから」
「あ、ありがとうございます……!」
やはりどこか落ち着きがない。可能性は低いと思うが、僕が隣に座った事が要因かもしれないので念の為これ以上の僕から話しかけるのははやめておこう。
「エルフ」という異世界といえばランキング上位の存在とこれ以上関われないのは残念だ。大人しくチーズケーキを持っていよう。こういう暇な時間にスマホが無いのは辛いなぁ……。
「あ、あの、ここにはよく来られるんですか……?」
会話が終了したかに思われたエルフの子が話しかけてくれる。初対面なのになんて優しいんだ……。天使か? いや、エルフだ。っと、そんなしょうもない事考えてないで答えないと。
「いや、今回が初めてだね」
「でしたらチーズケーキはいい選択ですよ。私のおすすめです」
「そりゃ楽しみだね」
よく見るとこの子の前にも食べかけのチーズケーキとストレートの紅茶が置いてある。なるほど、チーズケーキ同士と言う訳か。その上紅茶まで一緒とは……話合いそうだな。
そういえばこの子、紅茶に砂糖入れないのかな? セルフサービスの砂糖の入れ物が見当たらない。以外と大人なのかな? ……そういえばエルフってゲームとかの設定だと長寿だよね? あれ、もしかしてこの子……年上の可能性ある? まずい、初手からタメ口で話してしまった……。一応確認しておくか……。
「今更なんだけど、タメ口で大丈夫だった……?」
「はい、大丈夫ですよ」
「君もタメ口で大丈夫だけど……?」
「あ〜……いえ、こっちの方が慣れてますから」
「そうなの? まあ、なにはともあれ、初めて同性の友達ができて嬉しいよ。僕はルカ、よろしくね」
「は、はい、よろしくお願いします