第7話 悪戯好きな神様
脱衣所を出て、ロズに文句を言いたかったがそそくさと自室に戻る。途中で数人のメイドさんとすれ違ったが、当然のように挨拶してくれた。触れないでくれているのか、違和感を持たれていないのかは分からない。いやきっと皆さん優しいんだな、きっとそうだ。
自室に入るとキャストさんとフリージアさんが居た。僕の姿を見てフリージアさんは少し目を見開いていたが、キャストさんは澄ました顔でこちらを見ている。
「お疲れ様です、ルカ様」
「はい、お疲れ様です、キャストさん」
「……あの、ルカさん? そちらの服は……?」
フリージアさんが訊いてくれたので、詳しい経緯を話す。
「……つまり、その姿は今しか見られないという事ですね」
「……え?」
フリージアさんが空間から何かを取り出す。……なんだろうあれ? いわゆる「マジックボックス」ってやつかな? そしてフリージアさんが持ってるのは一体……?
「フリージアさん、それ何ですか?」
「……まあ、何だって良いじゃないですか。ああ、ルカさん、もう少しお顔を上げてください」
「フリージア、後で私にもそのデータを」
「任せてください、キャスト様!」
……何故顔を上がる必要が? 「データ」って何だよ……。というか、キャストさんはあれが何なのか分かっているみたいだ。キャストさんに訊いてみよう。
「キャストさん、フリージアさんの持ってるあれは何ですか?」
「『映像記録用魔道具』、地球で言うところの『カメラ』です」
?!?? いやフリージアさん何撮ってんの!? これではお婿に……いやそれはどうでもいいが、男としての矜持が……!!!
「え!? ちょ、フリージアさん、やめて下さい!」
「……そ、そんな……! まだ座った姿勢を撮ってないのに……!」
「要らないでしょ! そんなの……!!」
ひとまず辞めてはくれたようだ。
フリージアさんってもしかして凄くお茶目なのか……?
「……ところで、キャストさんたちはなぜここに?」
「私たちもここに住むからです」
「…………ん?」
「私たちもここに住みます」
「それは色々と問題があるのでは……?」
「そうでしょうか?」
だめだこの人。さっきので信頼が歪みかけているが、比較的真面目そうなフリージアさんにも訊いてみよう。
「……フリージアさん」
「私ども神に睡眠は必要ありませんからね」
「なるほど、そうですか」
そうですか、貴方もそちら側でしたか。いや、そんな気はしてたけどね? だってずっと何らかの作業しながらこっちに顔だけ向けて話してるもん。同時作業ができるのは凄いけど、あまりにこの部屋に馴染みすぎている。もはやフリージアさんの部屋だ。神様ってみんなこんな感じなの……?
もうなんかこの人たち引く気が無さそうだ。問題しか無い気がするが、幸い部屋もかなり広いし、間違えが起こる可能性も無い。今から更に二部屋借りるのは流石に申し訳ないので、この問題に関しては後々何とかしよう。頑張れ、未来の自分。
「という事でルカ様、これからどうなさいますか?」
「何が『という事で』なのか分かりませんが、とりあえず自分でお金を稼ぎたいですね」
「今すぐは厳しいです。『ギルド』と呼ばれる団体があるにはありますが、少々危険です。魔物の生息地が主な仕事場ですから」
(ほんとにギルドと呼ばれる物があるのか……。流石異世界。)
「少しは戦えないと話にならないって事ですね」
「はい。採取や配達の仕事専門なら無くても何とかなるかもしれませんが、森はかなり危険ですから」
「ですよね……。……僕、魔法は使えますかね……?」
やはり異世界といえば魔法だろう。そんな魔法を使えるか否かは死活問題だ。
「使えるとは思いますが、数年はかかります。本来、魔力は幼い頃から馴染ませるものです。ですが、転移した人間にはその期間がありません。その為、既に成人した異世界の人間が直ぐに魔法が使える事はありません」
「……そ、そうなんですか……」
……ショックだ、非常に。仕方のないことではあるのだが……。……まあ、コツコツ頑張るしか無いか……。
「安心して下さい、なんたって魔法神であるこの私が教えるのです。魔力の操作程度ならすぐにできるようにしてみせます」
「おぉ……! よろしくお願いします!」
そうだった。この人一応神様だった、しかも魔法を司るタイプの。キャストさんがちょっとドヤ顔してる、なんかかわいい。
あれ? フリージアさんがなぜか作業をやめてこっちを見ている。何かあったのかな……?
「では早速始めましょう。私の手を取って下さい。今から魔力を流します。まずはそれに慣れる練習です」
「あ、はい」
キャストさんの手を取る。その瞬間、手から何かが入ってくる感覚があり…………そのまま気絶した。
「おや?」
「いや、『おや?』じゃないですよ……。あんな量の魔力を突然流したら『他の』魔力に慣れていないルカさんは意識失うに決まってるじゃ無いですか」
「……なるほど」
「はぁ……。とりあえずルカさん起こしますね」
――フリージアがルカに目覚めの魔法をかける。
「……あれ? 僕気失ってしてました……?」
「はい、キャスト様がテキトーに魔力を流したので」
「いや、テキトーでは……」
「あれを『テキトー』と呼ばずして何と呼ぶんですか?」
「うっ…………」
なんだかキャストさんが叱られている。この二人って上司と部下の関係だよね? どっちが上司だっけ?
「ま、まあ、キャストさんも悪気があった訳では無いですから……」
「ルカ様……!」
叱られてるキャストさんが可哀想だったのでフォローを入れる事にした。キャストさんが凄く嬉しそうだ。
実際、教えて貰っているのは僕の方だ。文句を言う筋合いは無い。
「……ルカさん、あまりこの方を甘やかさないで下さい」
「あはは……」
「…………。……では、私が魔力を送ります。御手をお願いします」
「……え? フリージアさん、お仕事は大丈夫なんですか?」
「あれはキャスト様が片付けます」
「……ふ、フリージア? 私、今から仕事……?」
「人間向きの魔力の微調整ができないんですから、仕方ありませんよね?」
「うぅ……」
「神界ではあんなに仕事バカだったのに『うぅ……』じゃないですよ」
キャストさんが凄くしょんぼりしている。「仕事バカ」ではあるけど仕事が嫌いなのかな? ちょっと矛盾してるような気がするけど……。
「キャストさんってそんなに仕事熱心だったんですか?」
「ええ、もはや『感情が無い』レベルで仕事しかしてませんでした。周りからは『仕事神』なんて呼ばれてましたよ」
フリージアさんに魔力らしき物を送って貰いながら二人で話をする。キャストさんは渋々仕事をしている。
フリージアさんから送られてくる魔力はキャストさんのそれとは違い、なんだか温かい。人によっても魔力の違いがあるのかな?
「キャストさんの魔力よりも温かいですね?」
「……分かるんですか? 凄いですね、その通りです。私の魔力は『治癒』に特化した魔力ですから、温かく感じるのでしょうね、ですが、普通は違いなんて分かりませんよ?」
そのままフリージアさんと雑談をしながら魔力操作の練習をする。フリージアさんは話してみるととても気さくで、初めのお堅いイメージは大分柔らかくなっていた。ただ、少しお茶目な所がある。まあ、それもフリージアさんの魅力なのだろうが。
「ルカさん、そろそろお休みになった方が良いのでは?」
「それはそうなんですが眠気が……」
いつの間にか時間も深夜と呼べる程になっており、僕は寝る事になった。とは言えども、「睡魔」が居ないなか、どうやって寝れば良いのだろうか?
「眠らせる魔法とか無いんですか?」
「あるにはありますが、あれは効果時間が決まっていますから、使い勝手が悪いんですよね。身体にも悪いですし」
「なるほど……」
「何か良い案は…………あ、先ほどの気絶を使えば良いのでは……?」
「先ほどのって……キャストさんの魔力ですか……。……気絶って、身体に悪影響とかありそうですけど……」
「まあ、多少はあるでしょうが、睡眠魔法よりはマシですし、私が治します。魔力に慣れる特訓にもなりますからね。」――ガタッ
「任せてください」
フリージアさんの急な提案に困惑していると、キャストさんが突然立ち上がって口を開いた。え、僕まだ了承してないんだけど!?
そんな僕の動揺を気にもせず、キャストさんがこちらに向かってズンズン歩いてくる。僕の前で立ち止まったかと思えば……突然抱きついてきた。その瞬間、キャストさんの魔力が流れ込んでくる。そのまま意識が遠くなる……無事『眠れそう』だが……抱きつく必要ありま……した……?
ルカを大事そうに抱えるキャストにフリージアが話しかける。
「抱きつく必要ありました?」
「フリージアばかりずるいです」
「そんな理由ですか……」
キャストがルカをベッドに横たわらせると、フリージアが口を開く。
「……それにしてもルカさん、明らかに魔力多いですよね」
「そうなんですか? あの姫の十数倍はあるかとは思いますが」
「いや、あのお姫様を基準にしたらだめですよ? あの子は人間としては化け物の類ですから」
「流石はルカ様です」
「ええ、使えないのが勿体ないぐらいですね」
こうして無事睡眠方法が確立された。「睡眠」ではなく「気絶」ではあるが。
あくまで「欲」が無いだけなので、寝ようと思えば普通に眠れる事に気がつくのは、まだ少し先。
???「なんかルカさん、いい感じに言い包められてましたけどどう考えてもフリージアさんの説明は謎ですよね。まあ、素直なのは良いことです」
美少女さん、なんか説明適当になってない?
???「それっぽく説明するの難しいんですよ! 私は天才ではあれど、文豪では無いんですからね!!」