第6話 お風呂に入ろう
入浴の際の順序にあまりこだわりは無いが、他人の家なので身体を一通り洗ってから湯船に入る。少し熱く感じるが、慣れれば最高だ。こうして大浴場に浸かるのは何年振りだろうか。最近は受験勉強の影響でシャワーで済ませる事が多かったため、より心地良い。
大抵こういう場面だとヒロインが浴場に入って来て……みたいな展開がテンプレだが、僕はそもそも欲が無いから期待すらできない。それはそれで悲しいな。
そんなしょうもない事を考えていると、脱衣所から音が聞こえた。
そんなお決まり展開あんの!?
そんな事になるとは思わず腰に巻くタオルを手にしていない。
脱衣所から服を脱ぐ音が聞こえ、躊躇いもせず浴場に入ってくる――
「お、入ってるねぇ」
――聞こえてきたのは……渋い声だった。アルさんだ。欲が無いのに少し残念なのは男の性か。
「あ、アルさん。お疲れ様です」
「上手く取り繕ってはいるが、落胆を隠しきれてないぞ。大体ここは男湯だし」
「そ、そうでしたね」
それはそうだ。テンパって忘れていたがここは男湯だった。そんなラッキー展開が起こるはずは無かった。
「だが私が脱衣所に入ろうとしたら、白い髪の女の子が入ろうとしてたぞ。こっちに来てまだ二日だと言うのにルカくんは流石だねぇ」
「一体何の話をしてるんですか……」
何やってんだあの女神……。
身体を流しているアルさんに白髪の女の子がキャストさんである事と、再度迷惑をかけることを謝罪しておいた。
「神々が御二方もね……。元々ルカくんの恋人だと言うだけで突っぱねる理由は無かったが……」
「ちょ、ちょっと待って下さい、キャストさんは恋人じゃ無いですって」
「え? 冗談だろ?」
アルさんがニヤニヤしながら湯船に入ってくる。明らかに揶揄われている。まったく、この人は……。
「……一体僕を何だと思ってるんですか……」
「まあ、この話は後にしておいて……。ルカくん、改めてロズを救ってくれてありがとう」
「いえ、偶々通りかかっただけですから。気にしないで下さい」
「相変わらず謙虚だね。それともう一つ、ロズの『友人』になってくれてありがとう」
「……え? 『友人』ですか?」
「ああ、ロズは身分に加えて秀でた才能があったからね、昔から同年代の子から距離を置かれていたんだよ。まあ、その距離だけなら友人が皆無ということも無かったんだろうが……実はロズは、私の娘では無いんだ」
「……と言いますと?」
「正確に言えば『養子』だ。一般市民の養子なら大した問題では無いんだが、貴族の、それも王のとなると世間からの目が厳しいんだ……」
アルさんは少し物悲しそうに語る。ロズの事を本当の娘のように慕っているのだろう。
「なるほど、それで友人が……」
「ああ、その通りだ。ロズが4歳の頃に私が養子として迎えたんだが、その立場から交友関係には常に『畏怖』や『遠慮』、『嫉妬』が挟まっていた。仕方の無い事ではあるんだが、私はそれがロズに申し訳無くてな……。だからルカくんには感謝しているんだよ」
王の養子、確かに一般人からは純粋な身分の高さから敬われたり、羨望の目を向けられる事もあれば、嫉妬心の対象になることもあるだろう。ロズが「カレット」として街に降りるのも、「王女」という立場から解放される唯一の機会だったのかもしれない。
「娘想いの良いお父さんじゃないですか」
「ふふ、そうかい? ありがとう。これからもロズを頼むよ」
「ええ、もちろんです」
ロズとはお互いに「命の恩人」みたいになってはいるが、明らかに僕が貰いすぎだ。そんな事で恩返しになるならお安い御用だ。
浴場に少しの沈黙が訪れた後、アルさんが口を開いた。
「しかしねルカくん、君も気を付けたほうが良いぞ」
「?」
「君はあまり認識していないようだが、この世界では神は『絶対』だ。そんな神と関わりがあると言うだけで、その者は圧倒的な優良物件だ」
「……まあそれはそうですね」
言われてみればそのとおりだ。色仕掛けには引っかからないとしても、気を付けるべきだろう。
暫くアルさんと話してのぼせかけてたので、アルさんに続いて上がる事にした。
タオルで身体を粗方拭き、脱衣所に上がる。さて、ロズが用意してくれた服は……あれかな?
先程まで浴場に居たのは僕とアルさんだけだったので、アルさんが着替えている場所以外にある着替えが僕のだろう。
そう考え、出入り口近くの着替えの入った籠に向かう。
「あれ、その着替えはルカくんのかい?」
「ええ、着替えが無いのでロズに着てない服を借りました」
「……なるほど、それでか……」
「……?」
アルさんの言葉に疑問を持ちながらも着替えようと用意してくれた服を持ち上げた時、アルさんの言葉の真意を理解した。
ロズが用意してくれた服は、明らかに女の子の服だった……。
肩ぐらいまで開きそうな程広い襟ぐりと、首にかけるための紐があり、しかもなんか袖がフリフリしてる白い長袖。いわゆる「名前知らない女の子が着るやつ」だ。そしてズボンは灰色のショートパンツだった。下は比較的マシ……か? いや、マシじゃないアウトだ。
ひとまずアルさんに助けを求めてみる。
「ど、どうしましょう?」
「……それを着るしか無いんじゃないか? 私の服は大き過ぎるだろうし、他に男は私専属の執事が数人しかいないからな。長男は既に自分の城を持っていて、もうここにはいないし」
「そ、そんな……」
とはいえ、今まで自分が着ていた服は二日着ていた訳だし、上着は最初のゴタゴタでボロボロだったので着れる状況に無い。
ロズに言われた時に気付くべきだった。ボーイッシュな服が好きなロズが、持っていても着ない服、つまり、女の子の着るかわいい服だ。だがもう遅い。
このまま裸あるいはバスタオル一枚で出ようものならメイドさん達の冷やかな目に耐えられない。――僕は渋々この服を着る事にした……。
「似合ってるじゃないか。少なくとも見た目は違和感は無いぞ」
「捉えようによっては悪口ですよ、それ」
中性寄りの顔のせいもあってか、違和感があまり無かった。違和感の無い自分がなんだか情けない。この服で外に出るのは絶対にごめんだ、絶対に。絶対だ。いやフラグとかじゃなくて。
???「王様はかなりルカさんを買っているようですね。この根拠は2人の神様なのか、はたまたルカさんの人柄なのか!?」