第2話 気さくな王とその娘
医者の方が「ロズ様を呼んでくる」と部屋を去り、僕は一人で物思いに耽っていた。
まずは自分についてだ。自分の名前は思い出せるし、『日本』で大学の受験勉強に追われていたという記憶もある。彼女も……いや、晩年独り身だったわ。
こんな事は思い出せるのに、自分がこの世界に来た経緯が分からない。急に転移されられたとか、はたまた死んでしまったとか、そんな記憶が一切無い。
……となると、やはり気になるのは夢(?)で会ったあの神様「キャスト」さんの発言だ。実際、異世界に来てる訳だ、彼女の言葉の信憑性がかなり上がっている。彼女曰く僕は死んでしまい、三大欲求と記憶が消えたと……。ん? 記憶ってどの記憶だろ……?
無い記憶を「思い出せる」訳もなく、ひとまずこの件は隅に置く。
「あ、やっと起きたね、大丈夫? なんともない?」
ロズが心配そうに声を掛けてくれる。
「うん、なんともないよ。けどあんまり力が入らなくて……」
「治癒魔法をかけたとはいえ、丸一日寝てたからね。来て、もうすぐお昼ご飯だから」
え? 丸一日寝てたのか……熟睡じゃないか。
「……あ、うん、ありがとう……」
丸二日何も食べていないのに食欲が湧かない。キャストさんの夢も些か現実味を帯びてきたが、流石に信じがたい。
それからロズと一緒にご飯を頂いた。だが、食欲が無い状態で食べるのがこんなにきついとは思わなかった。当然身体は食べ物を欲しているだろうが、頭がそれを望まない。味を感じるだけ不幸中の幸いといったところかな?
……と、それより、数人のメイドさんっぽい人たちに囲まれてるってのもあって、微妙に気まずい。まあ、食卓に知らない人が居ればそれも仕方ないけど。
そんな気まずさを初めに壊しにかかったのはロズだった。
「急に倒れたって事は、やっぱりあの魔法かなり効いてた?」
「いや、あれはあんまり……。ただ、その前に森でひたすら歩いてたし、それ以前の記憶もあんまり無いからこれといった原因が分かんないね」
「記憶が無い……?」
それを細かく訊かれてしまうと、自分でも分からない。何時、何の記憶が無いのか、その辺があやふや過ぎる。
「どっちかと言うと『覚えてない』かな」
「ん〜?」
ロズが凄く不思議そうな顔をしている。まあ、それも仕方ない。だってどう聞いても怪しさしか無いから。
とりあえずの情報として、元居た世界の事を話した。キャストさんの事以外は。まだ流石に「神様に会って話した」なんて事は半信半疑だから。
「別の世界から? ……ほんとに?」
「僕も嘘だと信じたい」
「あ、いや、疑ってる訳じゃなくて、なんとなくそうなんじゃないかなぁとは思ってたよ」
「……え?」
正直ここまであっさり受け入れられるとは思っていなかった。そんなに分かりやすかったのか……。もしかして浮いてる、僕?
「ルカの魔力の流れがかなり歪だったからね」
「……そんなに?」
「まあ、分かる人なら分かるって感じ? 気付ける人はかなり少ないとは思うよ」
「ほへ〜」
「歪」という言葉が気掛かりだったが、まあ目立ちはしなさそうで安心だ。
「でも会話は問題無いんだね」
「そうだね、別の世界から来る人たちは何故かこっちの言葉を話せるんだよ。不思議だよねぇ」
「……あ、そういえば、この国には神殿ってあるの?」
「神殿? 急だね、まあ、あるけどね。大きい神殿には下級神様が駐在されてるから、運が良ければ神様にも会えるよ。ルカの服も買わないといけないから、そのついでに寄ってみよっか」
キャストさんが別れ際に「神殿に来て」と言ってたので、夢の真偽を確かめるためにも一度足を運ぶ事にした。
「神様が人間界に降りてくる事があるのか……」
「大きな神殿だと結構普通の事だよ? けどその前に、父さんが会いたがってるから食べ終わったら直ぐ行くよ!」
「……忘れてた……」
いや、礼儀作法とか分かんないんだけど!? てかこの服で良いのか!? どうしよう不敬罪とかで取り押さえられたら……。一瞬で異世界生活終わっちゃう。
悩んでいるうちに既に部屋の前である。せめて礼儀作法だけでも確認したかったものだ。
「父さん、ルカ連れてきたよ〜!」
「お〜、入っていいぞ」
高そうな絵画がいくつか飾られた、質素ながらに素敵な部屋に入る。肩身が狭い。
「君が例のルカくんか。私はホルン王国が王『アルヴェール』だ。『アル』で構わない。娘を助けてくれて、本当にありがとう」
想像していた「王様」よりかなり普通の人という雰囲気の男性が深々とお辞儀をしている。もっとこう、「服を何枚も羽織ってアクセサリ!」みたいな王様を想像していたので、少し拍子抜けしている。
あれ? 王様がお辞儀……? 僕、頭高くない……?
「え……あ、頭を上げて下さい、アル様。そんな大した事はしていませんから」
自分の頭も下げながら月並みの言葉を使う。
「大した事だよ! うちの娘が力負けする相手を退けるなんて、そうそうできる事じゃないよ!」
「え、ロズ……ロズさんってそんなにお強いんですか……?」
「あぁ! 強いとも! なんてったって中等魔法学院で名だたる魔法士の子息たちをボコボコに……」
「ちょっと! 父さん!! その話はやめてって言ってるでしょ!?」
ロズが顔を赤くしながら抗議する。よほど恥ずかしい記憶なのかな?
「ははは、分かった分かった……分かったからその魔法を構築するのをやめてくれないか……? 頼む、父さんが悪かったから……!」
一体何やってるんだこの親子は。一応この国の王様とその娘なんだよね……? 威厳とか色々どこにやったの? まあ、堅苦しいよりは余程マシだけど。
後始末が終わったようだ。御二方は随分仲が良いようだ。今も王様であるアル様がロズの横で正座しておられる。親子の仲が良いことは素晴らしい事だ、うん。
正座した状態でアルさんが話しかけてくる。なんだろう、凄く気まずい。一応僕も頭下げた方が良いのかな?
「ところでルカくん。君の事情は既に聞いているよ。別の世界からやって来て早々災難だったね。君さえ良ければ、この家に住まないかい? 個室を用意するよ。あ、あと私に『様』は必要ないよ」
「いや、そんなアルさんの御手を煩わせるような事は……」
「何を言っているんだ、娘の恩人をみすみす手ぶらで帰らせるほど、私は甘くは無いよ。それに、もちろん無償と言う訳では無い。あのような事件が起こったのだ、娘の護衛を頼みたい。この条件で飲んではくれぬか? そもそも行くあてが無くて困っているのだろう?」
正直、もの凄く助かる。見ず知らずの世界で1人彷徨うのに比べたら天と地の差だ。
「う……そう言う事でしたら……」
「よし、これからよろしくなルカくん! なんなら私のことは『父さん』と呼んでくれて構わないぞ! 誰がとは言わんが独り身だしな!」
……悪寒を感じた。ロズだ。身の危険を感じたので、直ぐに失礼する事にした。別にアルさんを見捨てる訳ではない。決して。断じて。
「で、では僕はここで失礼致します……」
「ま、待ってくれルカくん……! ロ、ロズ……落ち着いてくれ……あれはほんの冗談じゃないか……」
(すみません、巻き込まれたくはないので……)
親子水入らずの「話し合い」が終わるまで、食堂で待つ事にした。
……ほんとに威厳無いな、あの人……。
???「気さくなお父さんと、当たりの強い娘。まさに仲良し家族って感じですね。」