第1話 天然な神様、失う欲求
「土下座」。それは日本国における最大級の謝罪方法である。正座を行なった上で頭を最低位まで下げるという行為は最早芸術だと呼べるだろう。
目を覚ますと、僕「ルカ」は見知らぬ場所で椅子に座っていた。いつこんな所に来たのだろうか……? そもそも寝たという記憶が無い。部屋は全体的に白を基調としており、「神殿」などに似た雰囲気を感じるものの、それにしては開放感がある。だが鳥のさえずりはおろか、風すら感じない。装飾品はささやかな花だけで、外の景色は無い。と言うか空中に在るかのようだ。
一体何がどうなってるんだ――
「目が覚められましたか」
目の前に白い服を着た女性が佇んでいた。真っ直ぐな白髪で、腰まで届くほど長い。近寄り難い雰囲気を発している。
それにしても肌が白い。良く言えば「色白美人」悪く言えば「青ざめて」いる。彼女は右膝から床につけ、正座した。体調悪いのかな?
「本当に申し訳ございません。私の不始末です。」
そう言うと彼女は突然土下座した。
あまりに唐突すぎて少しキョトンとしてしまった。
「え、あの、急にどうされました? それにここは、貴方は一体?――」
「申し訳ありませんが、詳しい説明は今は時間が無いので出来ません。私はキャストと申し、ここ天界で中級神を務めております。地球で亡くなられた貴方を別の世界に送る作業をしておりました」
キャストさん? が土下座の体制のまま話している。
中級神? 亡くなった? よく状況が掴めない。というかいつまで土下座してるんだろうかこの人は。
「想定外の事象が起こり、貴方の食欲、睡眠欲、性欲、いわゆる『三大欲求』と一部の記憶が消えてしまいました」
「…………え?」
三大欲求? 記憶? キョトンとするしかない台詞をとりあえず聞く。
「どのような処罰でも受けるつもりです。なんでしたら貴方の世界の『ハラキリ』をする許可を上級神様に頂いて参りますが……?」
「え、急に!? あの、詳しい話をお尋ねしても……?」
「いえ、あの……あ!――」
突然僕の周りが物凄い光を放ちだした。すんごい眩しい。
「もう時間がありません! 貴方の行く世界に神殿があります! そこで――」
意識が遠のく。本当に僕は別世界に送られるのだろうか? それともこれは夢なのだろうか? 眠くないのに目は閉じ、意識を手放す。
眩しい陽光に再び目を覚ますと、僕は森の中で木に身体を預けていた。先ほどからはうって変わり、鳥のさえずりや葉と葉の擦れる音が響く、穏やかな森だ。
またもや知らない場所に来てしまった。キャストさんは……夢だったのだろうか……?
突然知らない部屋に居ると思えば神様と名乗る人に会った。かと思えば、「お前は死んで、更に欲求が消えた挙句異世界に行く」と言われたのだ。夢だと思った方が自然である。
自らに今のは夢だと言い聞かせ、一息つく。
手探りで自分のポケットに手を突っ込む。
――スマホが、無い。え? 失くした? 落としたとしてもそもそもどうやってここに来たのかも覚えていない。
とりあえず、街を探そう。というか森を抜けよう。
とは言ったものの、無闇に歩いても意味がないと思い、途中から川の下流へと辿って歩いたのだが、森は想像以上に広い。
歩き回ってもなかなか森から出られない。どれぐらい歩いたのだろうか。中学高校と帰宅部を貫き通してきた隠キャにはキツい。
脚が悲鳴を上げつつも歩いていると、ようやく建物らしき影を見つけた。胸を撫で下ろす。とりあえず人は居そうだ。重い身体に鞭を入れ、建物へと向かう。
中世ヨーロッパ風とも言えなくは無い街並みで、電線が一本もない街にも不思議と街灯は整列されている。色とりどりの建物群にも、何故か落ち着いた雰囲気があり綺麗な街だ。街の中心には大きな城のような建物があり、まさに異世界に来てしまったという感じだ。海外に旅行したらこんな感じなのかな?
とりあえず人を探そう。そう思い、ある程度幅がある道を歩く事にした。しかし、この通りに人が見当たらない。明らかに雰囲気がおかしいが、その辺の家に駆け込む勇気も無いので、とりあえず人がいそうな中心の城に向かって歩く事にした。
「だ……誰か……!」
不自然なほど人が居ない大通りを歩いていると、なにやら平和では無さそうな女性の声が聞こえてきた。どうやら路地裏から聞こえるようだ。
あまり治安が良く無いのだろうか? とりあえず放って置けないので声の方へ向かう。
「どうかしましたか!?」
「!? 何故人が!?」
「ここは私に任せろ、お前たちはその女を――」
そこではフード付きの黒いマントを被った、明らかに怪しい三人組が水色のショートヘアの女の子を取り押さえている。マントの奴らは何やら長い杖を持っている。痛い人なのかな? とりあえず女性を助けないと。
「あの、その人を……え?」
「――――!(聞き取れない)」
やっぱり痛い人だった〜! どうしよう、なんか呪文みたいなの唱えたと思ったら右手に持った杖をこっちに突き出してきた。
てかあの杖凄いな、先めっちゃ光ってる。LED付けてるのかな? クオリティ高いな。
突然の行動にポカンとしていると、突然杖の光が強くなった。
「え!?」
水色の球が飛んで来たかと思えば、とても住宅街で慣らされているとは思えないような爆発と共に球が四散した。身体が吹き飛び、壁に打ちつけられる。
さっきまで踏んでいた地面が正面から倒れてくる。まずい、今後頭部を打った上に顔まで怪我する……!
そんな僕の心配は全く間に合わず、顔から落ちる。
「……痛ぁ……くない? え? どゆこと?」
あんな事になったのに全然平気みたいで怪我一つない。体育で柔道やったお陰かな? いや、全く受け身取れなかったか。
打ちつけたせいで頭が少しクラクラするが、問題なさそうだ。
「――!?」
さっきの黒マントの痛い人が慄いたような感情を見せる。
「え、え〜と……とりあえずその女性を離してあげては貰えませんかね?」
地面に突っ伏しながらローブの人達に告げる。
「く、クソ、撤退だお前ら!」
「は……はい!」
「あの、王女は……?」
「そんなの置いてけ! 殺されるぞ!」
(いや、僕そんな殺生とか出来ないんですけど……てか今「王女」って言った? 気のせい?)
三人組は凄い速度で逃げていった。ひとまず一件落着……かな? すると取り押さえられていた女の子が物珍しそうにこちらを見ている。綺麗な所作で取り繕ってはいるが、目からはまだ動揺が伺える。
地面を舐めるようなだらしないポーズから身体を起こし、声をかけてみる。
「あの、大丈夫ですか?」
「は、はい……助けて頂きありがとうございます。貴方こそ大丈夫でしたか?」
「え? あ、はい。僕はなんとも」
「す、凄いですね。あの者が放った魔法は、生身で受けるにはかなり強い魔法ですが、お強いのですね」
今「魔法」って言った? 聞き間違い、かな? 実際何が起こったか全く分からなかったけど、身体はなんともないから大丈夫だろう。なんともない理由も分からないけど。
「いや、喧嘩すらした事が無いのですが……と、そんな事より何があったのですか……?」
「そんな事……? ……まあ、いいですか。実は私はこの国の第二王女、ロズでございます。隠蔽魔法で姿を隠して街に来たのですが、敵対する魔法師に見つかってしまい、あとはご覧になられた通り。と言う訳です。」
「……え? 第二王女……!? え、あの、御無礼を……」
「いえ、気にしないでください。私は助けて頂いたのです。敬語も不要ですよ」
「りょ、了解……じゃあ、ロズさん……? ロズさんも敬語は要らないよ」
「うん、『ロズ』でいいよ。ところで君は?」
……どうしよう、自分の事を訊かれてしまった。取り繕って「通りすがっただけ」って言うのもなぁ……まあ、ここは正直に……。
「あ、僕は『ルカ』って言って……行くあてもお金も無くて困ってたところなんだけど……」
「りょーかい、ルカ! 立ち話も難だから歩きながら話そっか。とりあえずボクの家に迎えるよ」
王女様の家……? まさか……。
「ロズの家」という単語に一抹の不安を覚えながら跪坐の姿勢から立ちあがろうとする。
「え、それってもしかしてあのしろ――」
突然意識が遠のく。貧血っぽい。
「え? ルカ? ルカ!?」
立ち上がった途端、気を失い顔から真っ直ぐ倒れた。思いの外疲れが溜まっていたのだろうか?
―――――――――――――――――――――――
「……あ」
二度あることは三度ある。今度は恐ろしく豪華なベッドで目を覚ました。もしかしてロズの家……いや、城かな?
側に居た、僕を診てくれていた医者の方に話を聞いて分かったことは、僕は貧血と疲労で倒れ、ロズがこの家まで運んで丸一日寝ていたとの事。ロズを助けた件に関して後で王様と謁見が必要だと言う事。
ついでにこの国の基本的な事についても教えてもらった。
名前はホルンといい、海に面するこの国では海産物が名物らしく、他国との関係も良好らしい。そもそもこの世界では戦争は滅多には起こらないとの事だ。それでも裏組織とやらは存在するようで、最近活動が活発になっているようだ。ロズの件もその一つだろう。その件はここの人達が対処するらしい。
そして一番驚いたのが、ここには魔法がある。
どうやら本当に異世界に来てしまったようだ。
???「どうも! 何故か常に白衣を着ている系の天才美少女ちゃんです! まあ、しばらく私は登場しませんが、ルカさんの転移について上からごちゃごちゃ言おうと思います! 今回の出来事ですが、やはりルカさんの耐久力が意味不明ですね……。これは後に語られますが、そこまで深い理由は無いのであしからず! では!」
後書きはこの美少女にでも任せます(たまに私も茶々入れに来ます)。私から最後に一言、本作品は欲が無いルカ、いわゆる「鈍感系主人公」いや、「無感系主人公」の異世界での奮闘及び恋愛話を書こうと思っています。
良ければ評価をお願いします!(これで最後の乞食です、ご安心を)