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夕映えの窓  作者: こまの柚里


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 黙々と歩いていると、いつもはなんとも思わない刺繍師の家までの道のりが、やけに長く感じられる。同行者とおしゃべりしていれば、すぐに着いてしまうはずなのに……。

 レマはため息をつくと、視線をそっと斜め後方に走らせた。


 ディークリートは、レマから少し下がった位置を歩いている。道順を知らないから自然にそうなるのだろう。

 どこかぼんやりと前を見やって、こちらと会話する気はまったくないようだ。


 ブランゼルス様の血を引く子。マドリーン様の腹違いの弟。それなら見た目がいいのもうなずける──。

 レマはふとそんなことを考え、声をかけてみたくなったが、実行には移さなかった。


 ある程度歩いたところで石畳からそれると、ふたりは舗装されていない道に入った。

 ここからしばらくは、踏み固められた土の道だ。樹木が多くなり、葉擦れの音が少年少女を包み込む。

 あちらこちらで目をひくのは、秋を迎えて赤く色づいたサンザシの実だった。


 サンザシの実は胸の病の薬になるし、樹木は雷除けや魔除けの力があると言われている。

 春に咲く小さな白い花も可憐なので、ローデルク家の庭園にもたくさん植えられていた。


 レマは庭園の風景を思い出し、そこからの連想で、たたずんでいたマドリーンの姿を思い起こした。

 すると、あのとき聞いた言葉の数々もよみがえり、なんだか無性に腹立たしい気分になってきた。

 どうして、ディーなんかと一緒に歩かなきゃいけないんだろう。憧れのマドリーン様を泣かせたディーなんかと……。


 そう、あのときマドリーンは泣いていた。

 降りしきる雨が髪も顔も濡らしていたから、涙が見えたわけではない。けれど、日頃からバンシーの涙を見ていたレマにははっきりとわかった。

 差し出した傘を受け取らなかった理由が、涙をかくしたかったからだと言うことさえも、察していた。

 だから……。だからあのとき、マドリーンはあんなに美しく見えたのだ。


 と、かつての情景に浸っていたレマの耳に、ふいに現在の少年の声が聞こえてきた。 

「けっこう遠いんだな。あとどれくらい?」

 レマは無視こそしなかったものの、思わずつっけんどんな調子で言い返した。

「まだまだ先よ。嫌ならあんただけ帰ってもいいわ」

 ディーが、むっとしたように言い返す。

「そんなことできるわけないだろ。見届けるように言われてるし、このへんは民家も全然なさそうだ。女の子ひとりで通るなんて……」 


 レマは足を止めると、彼のほうに向き直った。

「女女って言わないで。女だってちゃんと強くなれる。マドリーン様も、もちろんあたしもよ」

 言い切ると、もう彼のほうを見ず勢いよく歩きはじめる。

 会話は終わり、ふたりはふたたび押し黙ったまま木立の道を通り抜けた。

 そして長い坂道をくだり、また石畳に出て、やっと刺繍師の家までたどり着いた。



 刺繍師は白髪混じりのおだやかな女性で、にこにことレマたちを出迎えてくれた。

 見慣れない少年が来たことには目を丸くしていたが、深くは訊かず、ふたりに椅子と菓子をすすめる。

 皿の上には、干して甘みが濃くなったサンザシの実とビスケット。

 少年少女がほっとしながらそれを食べている間に、刺繍した衣類を手提げ袋に入れてくれた。


 レマはこの刺繍師と親しかったし、刺繍された品を見るのも好きだった。

 品物を受け取ってお菓子を食べれば、あとは帰るだけなのだが、ここに来るとつい長居をしてしまう。

 今日も、作業台に置かれていた制作途中の膝掛けが、彼女の目を引き寄せた。

 

 色とりどりの草花が描かれていて素敵だが、刺繍なので手描きとちがって立体的に見える。糸で細かく埋めた部分はつややかだし、針に糸を巻きつけてから刺した部分は、ちょこんと飛び出してかわいらしい。

 いろいろな刺しかたの組み合わせが楽しくて、レマはじっくりとそれに見入った。

 そして、同行者の存在を思い出したのは、三枚目の膝掛けを鑑賞し終えたときだった。


 はっとして見まわしてみると、少年の姿がどこにもない。あわてたレマに、刺繍師が笑いながら教えてくれた。

「最初は真剣に見ていたけど、さっき出て行ったわよ。庭にいるんじゃないかしら」

 男の子だから飽きちゃったのね、との言葉に、思わずレマも同意する。お礼と挨拶をすませると、大急ぎで家の外に出た。



 ディーは庭ではなく、道端の木に寄りかかって待っていた。

 遅れてきた少女を見やり、いらいらした声をかけてくる。

「遅い。日が暮れちゃうだろ」

「ご、ごめんなさい」

「帰り道のことも考えろよ」

 言い捨てると、彼はくるりと背を向けて歩き出した。大股でどんどん歩いていく様子は不機嫌そのものだった。

 

 行くときは長い下り坂だった道は、帰りには当然長い上り坂となる。片側は木立で、もう片側は草の生い茂る斜面だ。

 小走りで彼を追うレマは、はずむ呼吸とは逆に気持ちが沈んでいくのを感じた。

 そんなに怒らなくてもいいじゃない。早く出たいなら、声をかけてくれればよかったのに。

 そう言いたかったが、夕暮れにさしかかっているのもたしかだったので、ぐっとこらえた。


 そのとき彼女は、彼が手提げ袋をふたつとも持っていることに気がついた。ひとつを右手にぶらさげ、もうひとつを肩にかけているが、両方ともショールやケープが入って大きくふくらんでいる。

 半分は自分が持つべきだと思ったレマは、追いつくと右手の手提げを受け取ろうとした。

「あたしが持つわ」

 だがディーの返事はそっけなかった。

「いいよ、重いから」

「だから持つのよ。貸して」

「いいって。それより早く歩けよ」


 もう……! レマの中で、抑えていた怒りがいきなりはじけた。

 なんでこう、いちいち突っかかるようなことを言うんだろう。せっかくきれいな刺繍を見て楽しかったのに、台無しだ。

 もう二度とこの子とは出掛けたりしない。一緒に歩きたくもない。

 今度おつかいを頼まれても、絶対に断るんだから!

「持つって言ってるでしょ。貸してってば!」


 叫びながら手提げをつかみ、彼の手からもぎとった。そして飛び跳ねるように彼から離れたのだが、その瞬間にあっと思った。

 足元がない。いや、あるにはあるが想像した場所ではない。

 傾斜している側に飛びのいてしまったのだ。


 気づいたときにはすでに遅く、よろけたレマは盛大に斜面で転んだ。

 つかんだ手提げが手から離れて、前方に飛んでいくのが見える。それを追うように自分の身体が倒れ込み、肩や背中に地面がぶつかる。

 丸太のように転げ落ちていきながら、意識がいともあっさり吹き飛んだ。



「……マ。レマ」

 ──最初に感じたのは、やってしまったという思いだった。

 うわあ、恥ずかしい。炎の使い手をめざしているっていうのに、なんてみっともない……。

「レマ、目をあけて」

 恥ずかしいからあけたくないわ。でも……いい声。それに、はじめて名前を呼んでくれた──。

「レマ!」


 レマは目をあけた。あけたとたん、まさしく目と鼻の先にディーの顔があるのをみつけて、ひどく驚いた。

 彼は真っ青だった。

 覆いかぶさるようにレマに近づき、取り乱した様子で彼女を見下ろしている。

 

 動揺したレマは、ディーを押しのける勢いで上半身を起こした。

 掌をすりむいているし背中も少し痛かったが、たいしたことはなさそうだ。打ち身のショックというよりは、驚きのあまり気を失ってしまっただけだろう。

 すぐ脇に地面から突き出した岩があり、どうやらこれが回転を止めてくれたようだった。傾斜も上よりはゆるやかになっていたが、岩がなければもっと転がっていたにちがいない。

 

 ディーは身体を引いたが、その目はレマに吸い寄せられたままで、まばたきひとつしなかった。

 そして、相手が大丈夫そうであることを確かめると、ふるえる声で呟いた。

「よ……よかった、生きてて」


 次の瞬間、レマは今度こそ仰天した。

 大きく見開かれたディーの瞳から、大粒の涙がポロポロこぼれ落ちたのだ。

「よかった。死んじゃったかと思った……」

「だ、大丈夫よ。大丈夫だから泣かないで」

 動揺のために同じく声をふるわせながら、レマがなんとか応じる。

 するとディーは、彼女の言葉を否定するために次の行動に出た。

「泣いてない!」

 ひとこと叫ぶと、地面に顔を突っ伏してしまったのである。そして、その姿勢のままうめくように続けた。

「気をつけろよ。人間なんてすぐ死んじゃうんだ」


 顔を見られたくないのだろうが、そんな姿勢ですすり泣かれると、非常に気の毒に見えてくる。どうしていいかわからず、レマは浮かんだ言葉を絞り出した。

「おおげさね。こんなとこから落ちたくらいで死んだりしないわ」

 適切な言葉とは思えない……けれど、ほかに言うことがみつからない。

 案の定、ディーは同意しなかった。

 いきなり顔を上げると、叱るように声を強めた。

「そんなことわかんないだろ。甘いんだよ、あんたは」


 涙にぬれた藍色の瞳が、レマをにらみつけてくる。

 それから、泣き顔を見られたことに気づいたらしく、ぱっと伏せた姿勢に戻り、声だけで叱責を続けた。


「あんたは知らないだろうけど、人なんて簡単に死ぬんだ。カイルだってリュシラだって、あっというまに死んじまった。昼には戻ってくるって言ってたのに。山菜をたくさん取ってくるから、みんなで食べようって言ってたのに。ふたりとも、朝は楽しそうに笑ってた。としはとってたけど、まだまだ元気で……それなのに」


 出てきた名前はレマにとって初耳だったが、誰をさしているかは想像がついた。魔物に殺されてしまったという育ての親のことを言っているのだろう。

「でも……でも魔物は強いから……仕方ない……」

 ああ、適切じゃない。全然ふさわしくない。

 だけど、なんて言えばいいのかわからない。


「だから!」

 ディーがふたたび顔を上げ、流れる涙をぬぐいもせずに少女に教える。

「わかってないって言ってる。わかってたら使い手になりたいなんて言うはずない。マドリーンだってそうだ。わかってないから主座になりたいなんて言えるんだ。男に較べて身体は小さいし力も弱いし、なのにわざわざ危ない道を選ぶなんて」


 ディーの中で、何かの堰が切れてしまったようだった。胸の内に抑え込んでいた感情が、噴き出して止められなくなったらしい。

 またも突っ伏しながら、涙声で言葉を続ける。

「魔物ってのは、すごくすごく強いんだ。あのブランでさえ、魔物と闘って死んじゃったじゃないか。誰よりも強いはずのブランが……」

「………」

「勝手に産ませたくせに、勝手に死にやがって。勝手に──」


 レマは、頭が真っ白になる思いで少年をみつめていた。

 そして彼の言うとおり、自分が何ひとつわかっていなかったことを痛感した。

 ただ痛感した内容は、ディーが訴えていることとは少しちがう。

 レマが感じ取ったのは、自分がディークリートという少年をまるでわかっていなかったこと。

 そして、真の悲しみがどんなものかを、まるでわかっていなかったこと──そういうことだったのだ。


「ごめんね。泣かないで」

 そう話しかけるレマの菫色の瞳からも、涙があふれた。

 草の生い茂る斜面で、少年と少女はそれぞれの気持ちの赴くままに、しばらくの間、そうして涙に暮れていた。


 けれど、やがてそれぞれの涙が落ち着いてきたころ──。

 ふと顔を上げたレマは、視界に馴染みのある人影が入り込んでいることに気がついた。

 少し離れた場所に、バンシーがたたずんで泣いている。

 だが、声は上げていない。声を出さない泣き女を見るのははじめてだった。


 いままでは、泣き声が聞こえて振り向くと姿も見えるという順序だったのだが……。

 レマはぼんやりと不思議に思ったが、ふっと別の可能性に気がついた。

 バンシーはいままでも、こうやって時おり、静かに泣いていたのかもしれない。ただ声を出していないから、自分が気づかなかっただけなのかもしれない……。

 

 泣き女はちらともレマのほうを見ず、ひたすら前方を眺めている。その視線を追いかけて、レマも何気なく首をめぐらせた。

 そのとたん。

 思いもかけない景色が目の前に広がり、彼女の視界をあざやかな色彩に染め上げた。

 だいだい色に熟れた夕陽が、たなびく雲の向こうに沈みゆくところだったのだ。


 西空が明るく輝き、薄く重なり合った雲が、光に縁取られて真珠色に燃えている。

 下方には刺繍師の家のある町並みがあり、こちらは暮れていく気配をたたえて、影を帯びて見える。

 みごとな夕焼けの風景だった。


「……ディー」 

 レマは、いまだに伏せたままの少年の肩にふれると、自分もはじめて名前を呼んだ。

「ディー、見て。すごくきれい」

 少年のくぐもった声が聞こえた。

「やだ。鼻の頭が真っ赤だから」

「平気よ。そんなのより、ずうっと赤いものがあるわ」


 ディーがのろのろと顔を上げ、身体を起こす。 

 そして背後を振り返り、先ほどのレマと同じく、息を呑んで目を見張った。

 さすがに異論は唱えなかった。これより赤いものなんて、たしかにないにちがいない。

 

 はじめて意見が合ったふたりは、斜面にすわりこんだまま、しばらく風景にみとれていた。

 それから、早く帰らなければ日が暮れてしまうと気づき、放り出したままの荷物に気づいて、やっと通常の動きに戻った。


 落ちてしまった斜面を登り、坂道を登って、暗い木立は大急ぎで通り過ぎる。でも、肩を並べて進んでいると、道のりはそれほど遠くも感じない。

 途中でディーがしゃべりはじめ、リュシラが刺繍師だったから、あの部屋に長くいるのがつらかったと打ち明けてくれた。


 レマもバンシーのことを打ち明けたが、この話題は少年の気分転換に役立ったようだ。

 そして、なんとか夜になる前に、ふたりはローデルク家まで帰ってきたのだった。



 それから二年経ち──。

 レマとディーは召喚の儀に臨み、ふたりとも魔法炎を受け取ることに成功した。

 バンシーがそれを境に完全に姿を消し、言い伝えが本当であることを証明したのは、喜ばしいことだった。


 ふたりはその後、使い手になるためのコレギウムに進み、一緒に学んだり鍛練を受けたりする。そして卒業するころには、おたがいがなくてはならない大切な人になっていた。

 

 レマとディーがはじめて出会ったのは、いつなのか。

 誰かにそう問われれば、ふたりは迷わず、夕映えの空が美しかったあの日、あのときだと答える。

 

 実際に出会ったのは、レマが剣術の稽古をしていたとき。あるいはもっと幼いころ、ローデルクの庭園のどこかで顔を合わせていたかもしれない。


 けれど、閉ざしていた心の窓をひらいて正面からみつめあった、あの瞬間がきっと、本当の出会いなのだ。


 



 


『出会いの窓は南の塔に』はいわば一目惚れの物語でしたが、ディーとレマはこんなふうでした。

想像以上に3話目が長くなりまして……少し2話目に移すとか、調節するかもしれません。



前日譚について。

実はあとひとつ、コレギウムの話が残っています。それを書けば、間が全部埋まる感じになるんですが……実はまったく煮詰めていないので、書くとなるとかなり手間取りそう。

そうすると、すでに2か月止まっている『光と闇』がさらに止まることに。一体どうすれば……。


と、悩みは深いですが、ディーとレマのお話をお届けできて本当にほっとしています。


お読みいただき、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
ディーの背景を多少なりとも知っている身として、最初のうちはどうしてもディーに肩入れしたくなってしまい、「レマ、わかってあげて!」みたいな、はらはらどきどきしてしまったのですけれど、とはいえレマの立場に…
やまだのぼる氏「涙を堪えようとする少年少女。それぞれに譲れないものを抱えて。大好きです。こまのさんの文章は本当に美しい」 ∀・)うん。これで僕もいい気がする。 ∀・)でゎ! ……と言ったら味気な…
涙をこらえようとする少年少女。それぞれに譲れないものを抱えて。 大好きです。 こまのさんの文章は本当に美しい。
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