夢の風船
私はテーマパークでアルバイトをしている。
担当は風船。
テーマパークのキャラクターの形をした風船を売る仕事だ。バザールエリアという、お土産もの屋さんが並んだエリアで、手に溢れんばかりの風船を持ち、お客様に微笑みかける。
決して「いらっしゃいませー!」とか「風船どうですか?」なんて声を張り上げない。
黄色のブラウスに、赤いギンガムチェックのスカートもしくはズボンを履いた私達は、目に留まる。
ましてや手には色とりどりの風船を、たくさん持っているのだ。子どもはその光景に夢心地になり
「風船買ってぇ〜」
と親にせがむ。親も親でテーマパークのマジックにかかっていて、「仕方ないわねぇ」と財布の紐を緩めることが多い。
だから、特に苦労をしなくても、それなりに売れる。
さぁ、今日も持てるだけの風船を持って、バザールエリアに立とう。
☆ ☆ ☆
今日は朝から雪がちらつくほど寒さが厳しいからか、お客さんが少ないように思う。寒い時期と暑い時期、この仕事は地獄だ。
極寒の中、もしくは炎天下の元、じっと立っているしかないのだから。
あまりの寒さに同じシフトに入っていた那須さんが、トイレに行きたくなってしまったようだ。
「五分だけいい?」
と手に持っていた風船の束を渡す。
今日はお客さんも少ないし、開園してから誰も風船に見向きもせずに、室内型アトラクションが並ぶエリアに直行している。五分くらいなら大丈夫だろう。
「いいですよ」
私は那須さんから風船の束を受け取り、さらに両手が風船だらけになる。那須さんは小走りで、従業員のトイレがある方へ姿を消した。
両手に風船の束を持ち、なんか、ふわふわするなぁと思っていると、突然、突風が吹いた。
☆ ☆ ☆
あまりの風の強さに、思わず目を瞑る。
あれ? 何かおかしい……風が止んで目を開けると、私は空中に浮いていた。地上5メートルといったところだろうか。
え? え?
おそらく大変な状況になっているだろうに、私の頭は意外と冷静だった。その間にも、再び吹いた風に乗って私の体は上昇する。
高所恐怖症なのに……!
バザールエリアがどんどん小さくなって、やがてテーマパーク全体が見えるような高さになった。ロケット型の遊具がくるくる回っていたり、山の中を走り抜けるジェットコースターが、山の斜面を滑り下りるのが見えた。
あり得ない高さにくると、怖さも半減して景色を楽しめるようになった。
那須さん、きっとびっくりしているだろうな。
私が飛び立って行くのを見たかもしれない。
そういえば、昔、風船おじさんっていたな。あの人って、どうなったんだっけ?
上空は寒い。だんだん意識が朦朧としてくるのに、頭の片隅は冷静なままで、いろんなことを考えていた。
☆ ☆ ☆
いつのまにか、私は意識を失っていた。
もうすぐ、成層圏を出て行く。私は宇宙の星の一つになるのだ。
そのことだけは、はっきりとわかった。
読んでいただき、ありがとうございました。