※メアリー目線(侍女)3⃣
次の日のお昼に近づいてきた時間。
私が、こちらの天使殿で過ごすようになり、2ヵ月が経過しました。
季節は、春の草花が咲いてきています。
ふと、隣の警備隊屯所が騒がしくなりました。
「おい!捕まえたらしいぞ!すぐ警備しろとの命令だ!」
「えっ⁉︎今⁉︎なんの連絡もきてなかったじゃん‼︎」
「そうなんだけど、殿下の命令で今朝、突入したってよ!」
「はぁ~⁉︎それで警備しろって急すぎんだろ‼︎」
警備隊の方々の大声が聞こえ、天使殿の前をバタバタと走っていく方、なかには馬に騎乗している方もいらっしゃいます。大勢の警備隊の方が、天使殿の前を通り過ぎていきました。
捕まえた...突入...
不穏な単語ばかりで不安になり、私は天使殿の前の通りに出てみました。
すると、ご近所のお店の方々が、
「悪女が捕まったらしいぞ!」
「クリスティナって奴だろ!あっちの通りを通るらしいぞ!」
皆さんが一斉に、メイン通りとは反対側の通りへと走り出しました。
『お嬢様!!!』
私は我を忘れて、皆さんの後を追いかけました。
『お嬢様...お嬢様...私の大切なクリスティナお嬢様』
お嬢様、私は知っています。
お嬢様はご自分のことを「私は何もしない人間だから仕方ないのよ」と、よく言っておられましたが、私は知っています。
同級生の女子生徒が学園の中庭で虐げられているのを見た時、お嬢様は無言で彼女たちのいる目の前のベンチに座り、無言で虐げている生徒を見ていたことを。公爵令嬢に見つめられたら、他の子息子女は無言の圧力を掛けられたと思うに決まっているではないですか。虐げていた男子生徒も女子生徒も、「チッ」と舌打ちして去っていかれたそうです。お嬢様本人は助けようした自覚がないため、虐げられていた女子生徒にも声を掛けなかったそうですが。お嬢様、声を掛けなかったとしても、それを”助ける”というのですよ。
孤児院や治療院にも、足を運べない代わりに、様々なものを寄付していました。刺繍をしたハンカチ以外にも。旦那様と奥様が冬に備えて孤児院や治療院に毛布が足りないと話されているのを耳にした7才のお嬢様は、ご自分が貯めたお小遣いを持ってセバスチャン様に「これで毛布は買える?」と相談されて、それから毎年、貯めたお小遣いで毛布やベッドの寝具類、厚手の服などを寄付されていたのです。公爵令嬢ということもあり、他のご令嬢よりお小遣いは多かったかと思います。おそらく旦那様は、ドレスや装飾品、ご友人とお茶をするために必要だろうとお考えだったかもしれませんが、多忙すぎるお嬢様は好きな本すら読む時間はなかったのです。ドレスや装飾品が必要な場面は、殿下からの贈り物がございましたし。なので、本一冊すら買っていないのです。ご自分で買い求めていたのは筆記用具くらいでしょうか。ご自分が着れなくなった服も寄付されようとしましたが、さすがに貴族が着るような服は着れないと思い至ったようで、それを売りお金に換えて孤児院や治療院に必要なものを買い求めておりました。ですから私も、使用人仲間に着なくなった服などないか声を掛けていたのです。
それを7才から10年間、毎年かかさず。
だから、お嬢様。
ご自分を何もしない人間だと言わないでください。
私も、公爵邸の皆さんも知っています。
皆さん、お嬢様のことが大好きなのですよ。
そんな心優しいお嬢様のことが。
そう思いを巡らせながら通りへと出ると、多くの人が何か叫んでいます。石を投げようとしている人もいて、それを警備隊の方が止めていますが、それでも投げようとする人は後を絶ちません。
既にお嬢様は通り過ぎてしまわれたようで、荷車に乗せられたお嬢様の後ろ姿が見えました。
「!!おじょーーー」
"お嬢様"と叫びそうになった時、バフ!っと誰かに口を塞がれました。
「いま、その名を叫んでしまえば、あなたも仲間だと疑われ捕まってしまいます。そうなってしまえば、あなたの大切な人は悲しむのではないですか?」
背後から聞こえてきたのは、この2ヵ月間でとても聞き慣れた声です。私は抵抗することなく、弱々しく頷きました。
私は、お嬢様をこれ以上悲しませたいわけじゃありません。
私は涙で視界が霞むまで、小さくなっていくお嬢様の後ろ姿を見つめていたのでした。
その夜。
お嬢様の公開処刑が3日後に決まったことを、ヒュース様より教えていただきました。
3日後の運命の日。
時間は午前中と聞いていたので、朝早く広場へ向かいました。広場へ到着すると、すでに20名ほどの人が最前列を陣取っていました。今のところ、最前列の端でもお顔はよく見えそうなので、最前列の端に並びます。
時間が経過するとともに、人の数も増えていき、私の隣にも人が並ぶようになりました。
そして、お嬢様の姿が現れました。
顔は叩かれたのか赤く腫れ上がり、腕も足も傷だらけではありませんか。私は涙が溢れてきましたが、必死に流さないようにします。
手もブルブルと震えてしまいます。
ですが、一秒たりともお嬢様から目を離したくありません。
『泣いちゃダメ。一番辛いのはお嬢様。お嬢様...助けられず申し訳ありません...何の力もない私をお許しください..』
すると、お嬢様と目が合ったような気がしました。
「メアリー、ありがとう」
あの時の言葉、あの時のほほえみ、あの時の光景。
お嬢様の亡骸を見つめながら、重ね合わせます。
いまだに広場には、どんどん人が集まってきます。
私は、首から下げて服の内側に入れてある小袋の中身を、服の上からキュっと握りしめました。
そして、後ろを振り向き、人の流れに逆らうように走り出したのでした。
ある場所を目指して・・・。
次回は、いまだに影の薄い王太子リュドヴィック目線をお届けします★
クリスティナ編まで、もう少しお待ちください(^^)