※メアリー目線(侍女)1⃣
クリスティナの筆頭侍女メアリー目線です。
私は、大天使殿のあるアンヘルの街に生まれ育ちました。
大天使殿は毎日のようにお祈りに通う、とても身近なものでありました。
そして、大天使殿から推薦状をいただき、ずっと憧れているロバート公爵家へお仕えしたのは15才の時です。
ロバート公爵家は、公爵領の領民のために心を砕く旦那様、凛と気高く強い優しさをお持ちの奥様、そして5才のクリスティナお嬢様の3人家族で、ひとり娘ということもり、それはもう大変可愛がられていて、とても仲睦まじいご家族でした。
幸運なことに、クリスティナお嬢様が私にとても懐いていただいて、公爵家にお仕えして3ヵ月目にはお嬢様専属の侍女として、旦那様と奥様より任命されたのです。
その時の私は天にも昇る心地で、大天使アーリエル様に感謝いたしました。
公爵家にお仕えする使用人は、旦那様や奥様のお人柄のおかげなのか、とても心優しい人ばかりで、こんな新参者の私が専属侍女に決まっても、皆様が喜んで応援してくださり、その後も温かくご指導してくださいました。
公爵領の領民の方々も、そのような公爵ご一家をお慕いしているのは一目瞭然でした。
5才のクリスティナお嬢様は、とても素直でいつも笑顔いっぱいのお嬢様でした。
お嬢様は私が作る花冠が大好きで、よく「作ってほしい!!」とお願いされたものです。
お嬢様と一緒に、季節のお花が目いっぱい咲いている公爵邸のお庭に出て、公爵家に長年お仕えしている老齢の庭師ジャン様から摘みたてのお花をいただき、お庭のベンチで花冠を作る私の手元を、隣に座るお嬢様は嬉しそうに屈んで眺めておられました。
そのような穏やかで平和な日々でしたが、少しずつ公爵邸の雰囲気が変化していきました。
仲睦まじかった旦那様と奥様の夫婦喧嘩が増えていき、お帰りも夜遅くとなり、度々お帰りにならない日もありました。
旦那様も奥様も、お嬢様と一緒にお過ごしになる時間が減り、お嬢様はお食事も一人で召し上がるようになりました。
私が旦那様や奥様を見ていて感じたのは、お嬢様に対して冷たくされるというよりは、関心を失われてしまったような...?
専属侍女というお役目を与えられていても、一介の使用人に過ぎない私が意見することは出来ず、旦那様と奥様が喧嘩される度に泣いてお部屋にこもるお嬢様を、ただただ抱き締めることしか出来ませんでした。
お嬢様が泣き疲れて眠るまで抱き締める日々が続いた、お嬢様が6才になる頃。
奥様が侯爵夫人のお茶会に参加することになりました。
侯爵家にはクリスティナお嬢様と同じ年齢のお嬢様がいらっしゃるため、ぜひクリスティナお嬢様にも同席してほしいという侯爵夫人の希望により、お嬢様は奥様とお茶会へお出掛けになられました。
おそらく侯爵夫人は、来年にはコフィア王立学園にお嬢様方が入学されるため、ご縁を繋ぎたかったのでしょう。
お嬢様は、久しぶりに奥様とお出掛けできることを大変喜んでおられました。
しかし、お茶会の席で、侯爵夫人がご息女のキャスリン様を褒められて頭を撫でていらっしゃるのを、クリスティナお嬢様が羨ましそうに、切なそうに眺めておられる姿を、少し離れた場所に控えていた私は胸を締め付けながら見ておりました。
クリスティナお嬢様が6才を迎えるお誕生日。
朝から公爵邸は、お誕生日のお料理、お花や壁への飾り付けで大忙しです。
しかしながら、旦那様と奥様がお帰りになられるか、私たち使用人は心配でなりません。
お嬢様がお誕生日も一人で豪華な料理を召し上がる姿を想像するだけで、涙が出そうになります。
そこで、使用人一同で執事のセバスチャン様に相談しました。
「本日のお誕生日、もし旦那様や奥様がお帰りになられなかった場合...私どもが一緒にお祝いをして差し上げたいのです...。お嬢様がお一人でお召し上がりになられてる姿を見るのは辛うございます。
お許しいただけますでしょうか?」
すると、セバスチャン様は窓のほうへ歩いて行き、窓から外へ視線を移し私たちへ背を向けました。
「私は、何も聞いていないし、何も見ていない。今日の夜は、どうしても片付けなければならない仕事があるため、今日は早めに執務室へ戻るので、あとのことは頼みましたよ。
...今日は、お嬢様の誕生日でもあるのですから」
「かしこまりました!!!」
使用人一同、一斉にセバスチャン様へ深くお辞儀をしたのでした。
お誕生日の夜。
やはり、お食事の時間になられても、旦那様も奥様もお帰りになりません。
食堂に入られたお嬢様は、目を丸くしてポカンと口をあけておられます。
6才の子供に相応しい、大変可愛らしいお顔です。
目を丸くして見ておられるのは、食堂の飾り付けではなく、テーブルにのった大量の料理です。
いつもは、ポツンと一人分だけある料理が、本日はテーブルを埋め尽くしています。しかも豪華です。取り皿やグラスも大量にあります。
「こんなに、食べられないわよ...」
お嬢様が小さい声で言いました。
料理を残すのは勿体無い、調理してくれた人に申し訳ない精神のお嬢様です。
私が代表して、お嬢様に伺いました。
「僭越ながら、本日は私どもがご一緒してもよろしいですか?」
使用人一同、笑顔で首を縦に振っています。
すると、お嬢様は周りにいる使用人を見回し目をキラキラさせ、
「そういうことね!皆と一緒なんて大歓迎よ!
もう、ビックリしちゃった‼︎すごい量のお料理なんだもん‼︎飾り付けも、とってもキレイね‼︎」
声を出して笑いながら、そう言ってくださいました。
「さぁさぁ、お嬢様。お座りくださいな」
庭師のジャン様が、お嬢様に椅子を勧めます。
「そうだわ!椅子は端に避けて、立食パーティーにしましょうよ!立食なら、皆で食べられるし、疲れたら椅子に座って休めばいいのよ!」
さも名案だとばかりに、お嬢様は胸を張って言います。
確かに、公爵邸の食堂のためテーブルは大きいには大きいのですが、使用人が大勢は座れません。最大12名が限界です。
お嬢様が椅子を移動し始めようとしたため、慌てて使用人が止めに入り、使用人の手で椅子を部屋の端へ移動させました。
食堂のテーブルの周りへ、お嬢様と使用人大勢が集まります。
「ジャン、足が疲れたら遠慮しないで椅子に座っていいからね」
「何をおっしゃいます。顔は老いぼれでも、足腰は庭仕事で鍛えてますから、そこらの若者にも負けないですわい!!」
お嬢様がおどけて言うと、ジャン様もウインクしながら返しました。
皆、ドッと笑います。
食堂には遠慮のない笑い声が響きました。
「「「クリスティナお嬢様、お誕生日おめでとうございます!!!」」」
「ありがとう!!!!!」
こうして、お誕生日立食パーティーは、お嬢様の笑顔で始まり、笑顔で終わりました。
きっとセバスチャン様は、旦那様や奥様が急にお帰りになられないか連絡係として、ご自分のお部屋に残られたのでしょう。
本当は、セバスチャン様こそ、お嬢様とお過ごしになりたかったはずです。
先代の公爵様よりお仕えしているセバスチャン様は、お嬢様をご自分の孫のように温かい眼差しで、いつも見守っておられ、誰よりもお嬢様のことを案じておられます。
今回の件も、何も知らぬふりをしていただいて、セバスチャン様には一生頭が上がりません。
そして、お誕生日立食パーティーが盛大に終わり、お嬢様もご自分のお部屋に戻り寝支度を整え、お嬢様はベッドに腰掛けます。
「はぁ〜、とっても楽しかった〜」
まだ、余韻に浸っているようです。
私は、微笑ましく見ておりました。
すると、お嬢様が何か言いたそうな、恥ずかしそうにしてチラチラとこちらを見てきます。
「いかがいたしましたか?」
お嬢様の目線に合わせて屈みながら伺うと、お嬢様は顔を俯かせながら言いました。
「あ、あのね、実は...もう一つ、し、し、してほしいことがあるの...」
私は首を傾けながら、「どのようなことですか?」と伺います。
お嬢様は覚悟を決めたように顔を上げました。
「頭をナデナデしてほしいの!」
あぁ...これほどまでに望まれていたのですね。
私は、侯爵邸でのお茶会の時と同じように胸を締め付けながら、そっと手を伸ばします。
「お嬢様に触れることが許されるのでしたら、私はいくらでもして差し上げたいです」
そうお伝えしながら、お嬢様の頭を撫でさせていただきました。
不敬かもしれませんが、心の中で『イイ子イイ子』と言いながら、この気持ちが届くようにと。
お嬢様はお顔をふにゃ〜っとさせて、ほっぺたが赤く色づいています。まるで、さくらんぼのようです。
「メアリーにだったら、いつでも触れてほしいな」
「では、周りに誰もいない時に触れさせていただきますね」
まだ撫でる手を続けたまま、そう返させていただきました。
「私は皆がいる時でもいいけど...あっ、そっか。特にセバスチャンに見つかったら、メアリーが怒られちゃうものね。じゃあ...これは二人だけの秘密ね!」
「はい、秘密です」
「「ふふっ」」
二人、目を合わせて笑い合いました。
これがお嬢様と初めての秘密の共有です。
その後、お嬢様がマナーや刺繍などが上手に出来た時や、お勉強で初めて習ったものを覚えた時などに、この秘密が実行されたのでした。
余談ですが、お嬢様のお誕生日立食パーティーは、お嬢様と公爵邸使用人による毎年恒例の光景となりました。
この頃から、お嬢様はふとした時に考え事をするようになりました。以前から、旦那様や奥様のことを悩んでいるようではありましたが、近頃は考え事をしている時間が多くなったように感じます。
本当は、両親のことを悩む年頃ではないのに...と思いながら見ておりました。
「決めた!私、王子様と婚約するわ!」
コフィア王立学園への入学が近づいてきた頃、急にお嬢様がそのようなことを言い出しました。
「・・・王子様⁉︎」
私は思わず、素っ頓狂な声を出してしまいました。
お嬢様のお話を伺うと、どうやら旦那様と奥様の気を引くために考えた結果のようです。
私にとっては、公爵家にお仕えできたことさえ奇跡なのですから、王族の方々はさらに雲の上のお方です。
しかし、公爵家の方にしてみたら、お会いする機会もあるでしょうし、王族の次に地位のある公爵家ですから、現実的なことなのかもしれません。
それに、仲睦まじく愛されているのがヒシヒシと伝わってくる時期が確かにあったのですから、余計にその頃が恋しくて、旦那様や奥様の愛情を求めてしまうのは当然のことだと感じました。
こうして、二つ目の秘密を共有するのでした。
お嬢様が学園に入学されてから、作戦は順調のようです。よく、第一王子であるリュドヴィック殿下のお話をお嬢様から伺いますが、どうやら初等部の年齢だというのに非常に聡明で、ご自分の立場をひけらかさず、周囲に目を配るお方のようです。このような方が、未来の王となられるなら喜ばしい限りです。
そして、お嬢様が中等部に上がり13才を迎える年、リュドヴィック殿下の婚約者に決定しました。
喜んだのも束の間、お嬢様が国王陛下に謁見するため旦那様と奥様と王宮へ向かわれて、王宮から公爵邸へお帰りになられると表情が抜け落ちていました。
旦那様と奥様はお仕事のため、お一人でお帰りになられたお嬢様。
旦那様からのお言葉を、泣くこともせず怒ることもせず、淡々と教えてくださいました。
落ち着きを取り戻した頃、「今度はリュドヴィック殿下のために頑張るわ」
そう決意を改めたお嬢様の目には、少しだけ光が戻っていました。
これが、三つ目の秘密の共有です。
それからのお嬢様は、怒涛の日々となりました。学園の授業に王太子妃教育と、休む暇もなく勉強漬けの毎日となりました。
私は、お嬢様がリュドヴィック殿下の婚約者となってから、お嬢様の筆頭侍女となりましたが、お嬢様が少しでも長く安眠できるようにと、心配りをすることくらいしか助けることが出来ませんでした。
毎日のように日付けが変わっても、学園や王太子妃教育の勉強をされておりましたから。
徐々にリュドヴィック殿下のお話もされなくなり、ただただ家と学園、家と王宮の往復ばかりの日々となりました。
それでも、お嬢様は美しくお育ちになり、高等部に上がる時には、大人の女性に一歩近づいたような凛とされた中に少女の可憐さも備わった、大変美しい女性へと成長されました。
しかし、外見とは真逆に、あれほど笑顔が似合うお顔は無表情となり、ご自分からお話されてることもほぼなくなってしまわれました。ご自分からお話される時は、学園内でお嬢様が男爵令嬢を虐げていると言われていることや、殿下に信じてもらえないことなど、胸を痛める内容ばかりのものでした。
それを伺っても、私は抱き締めて頭を撫でることしか出来ませんでした...。
お嬢様が高等部2年生の冬、私は公爵家を辞しました。
お嬢様のことは信じています。
でも、お嬢様が見た恐ろしい夢は信じたくありません。
お嬢様をお一人にしたくもありません。
それでも、私を心配してくださるから、私が辞することでお嬢様のお心が少しでも穏やかになるのならと、お嬢様の命令を断腸の思いでお受けしたのです。
公爵家を辞した私は、故郷のアンヘルには戻らず、公爵領の隣の王都へ向かいました。
きっと、夢は正夢にはならず、すぐにお嬢様のもとへ戻れるはずだから、少しでも近くにいたかったのです。
王都に着いてすぐ、職業紹介所へと向かいました。職業紹介所は、求人を出している仕事を紹介してくれるところです。王宮の審査を通り許可を得ている紹介所のため、安心して仕事探しができるのです。
「こんにちは!どんな仕事をご希望かい?」
紹介所のカウンターにいる女性は、恰幅のいい気さくな感じの40代くらいの方です。
「こんにちは。メアリーと申します。どのような仕事内容でも構いませんので、できれば住み込みで働けるところが希望です」
お給金は貯めてありますが、王都のホテルは高いため、ずっとホテル暮らしというわけにはいきません。まずは、衣食住の住を確保しなければなりません。
「アタシはマーヤだよ。紹介状は持ってるかい?」
「はい。持っております」
鞄から紹介状を出してマーヤさんに渡しました。
紹介状は、セバスチャン様が旦那様に依頼して用意してくださいました。旦那様は、お嬢様の筆頭侍女が急に辞するとなっても、何も思わなかったようです。
マーヤさんは紹介状の中身を確認しています。
「あんた、あのロバート公爵家で働いていたのかい⁉︎大丈夫だったかい?もしかして、酷い目にあって辞めてきたんじゃないのかい?」
哀れみの目で、そう言われてしまいましたが“あの”とか”酷い目”とか、どういう意味だろう?と目を丸くしてしまいました。
その表情をマーヤさんはどう捉えてしまったのか、
「いや、いいんだよ。無理に言わなくて。あそこのお嬢様が皆に酷いことしてるのは知ってるから、大丈夫さ。ここら周辺の人でも、お金を騙し取られたと言って、明日生きてくのも大変な人もいるんだ。どうして、そんな悪人が王太子妃になれるのか、この国は大丈夫なのか心配になるよ」
「あっ...私は、公爵邸では裏方専門でしたので、お嬢様にお会いしたことはほとんどありません...」
嘘をつくのは心苦しかったですが、セバスチャン様から誰かに公爵家のことを聞かれたら、このように答えるようにと教えられていたのです。
「それならよかったよ。被害に遭ってないなら。あれ、あんたアンヘル出身なんだね?アンヘルって、たしか大天使殿があったところだったかい?」
「はい、そうですが」
「それなら、あんたにピッタリの仕事があるよ!王都にも小さいが天使殿があるんだよ。そこの管理をしてくれる人を探してるんだけど、なかなか見つからなくてね」
「天使殿があるのですか⁉︎それは知らなかったです。でも、ここには使徒の方はいないのですか?」
「しと?」
「あっ、使徒とは天使殿を管理?...するような人です」
「大天使殿はどうか知らないが、ここにはそんな人はいないよ。ここの天使殿は王宮が管理者になってるんだけどさ、ここらまで管理できないからって一般市民に求人を出すくらいなんだよ。昔は違ったかもしれないけど、今は誰も天使殿に行かないからね。あまり行き慣れてないところは興味がないみたいで人気がないんだよ。たまにアタシが掃除しに行ってるんだけど、天使殿の2階は居住スペースになってるし、王宮からの求人だから給金は多めだし、天使殿を掃除して綺麗に保ってくれればいいだけだから、どうだい?結構、いい仕事じゃないかい?し・か・も!天使殿の隣は、王都警備隊の屯所になってるから、女性の一人暮らしも安心だよ!」
天使殿の認識の違いがあり過ぎて驚くところは多々ありますが、仕事内容も住む場所も立地も好条件なのは間違いありません。
何より、お嬢様と離れてしまった今、天使様のお側にいられるというのが、何かのお導きとしか思えなかったのです。
「ぜひとも、お願いいたします!」
「そうかい!あぁ、よかった!やっと、この仕事やってくれる人が見つかったよ!じゃあ早速、この書類にサインしてもらえるかい」
「よろくお願いいたします、マーヤさん」
こうして私は、王都にある天使殿の管理をすることになりました。