ダフネの花
弟のネオが生まれて、1ヵ月が過ぎた頃ーーー。
ネオは、よく寝て、よく泣き、よく母乳も飲んで、すくすく成長している。
私は、ネオが生まれてからというもの、学園後の課外授業が終わり公爵邸に帰るとネオをところへ、休日も早朝訓練や孤児院訪問など用事がない時はネオのところへ、足しげく会いに行っていた。
おかげで、ネオを抱っこするのも上手になったものだ。
「ネ~~~オ!」
今日も今日とて、ネオのもとへ。
最近のネオは、私が会いに行くと「あー、あー」と言いながら手足をバタバタさせて出迎えてくれる。
今日も元気に手足をバタバタさせていた。
『私の弟、今日も可愛いわ~!!!』
「ネオお坊ちゃまは、クリスティナお嬢様の足音にすぐ反応されるのですよ」
そう笑いながら教えてくれるのは、ネオの世話係として通うハンナだ。
ハンナは、執事セバスチャンの奥さんである。
セバスチャンとハンナには5人の子供がおり、ハンナは子育てのプロなのだ。
セバスチャンと同じ優しい雰囲気をもつハンナである。似たもの夫婦だ。
貴族の子育ては乳母に任せる者も多いが、私のお母様は自ら子育てをしたい派のため、自ら母乳をあげて率先してネオのお世話をしている。そのため、乳母という名目ではなく世話係としてハンナには来てもらっているのだ。
私が生まれた時も同じだったようで、初めて当時のことを教えてもらった時には嬉しくてまた泣きそうになった。だって、お母様自らがお世話してくれていたなんて知らなかったから・・・・。
前世では教えてもらえなかったことを、今世の関係性のおかげで知れることがたくさんあった。
「ネオは私の足音がわかるの?」
そう問いながらベビーベッドに寝かされているネオを覗き込むと、私の言葉を理解しているかのように、ネオはさらに手足をバタバタさせた。
『な、なんて可愛いのかしら!!私の弟、最高に可愛いわ!!そして、天才かしら!!』
ネオに、木馬のおもちゃを揺らして見せる。木馬はゆらゆらと前後に揺れながら「カランコロン♪」と優しい音を紡ぐ。
ネオの薄い青色の瞳は、木馬のおもちゃを追いかける。ネオがウトウトと眠たそうにするまで、私はネオと遊ぶのだった。
少しだけ、マリエ様が妹のモアナ様を激愛する気持ちがわかったような気がした。
ーーーー休日の昼下がり。
今日は、ネオが初めてお散歩をする日だ。
ネオが少しの時間なら外に出てもいいと主治医の許可が出たため、家族4人で庭を散歩するのだ。
3月の春らしい陽気でポカポカしていて、まさに散歩日和である。
お父様がネオを抱っこして、私はお母様と手をつないで、セバスチャンがあけてくれた玄関の扉から外へと出る。
そして、春の花が咲く庭へ向かおうとすると、
「あー!あー!」
ネオが庭ではない方向を見ながら声をあげる。
「ネオ?どうしたの?」
お母様がネオに問いかけながら、ネオが見ている方向に顔を向ける。
私とお父様も、お母様と同じようにネオが見ている方向へ顔を向けると、ネオの視線の先は我が家の門だ。
「ネオは、門の外に行きたいのかい?」
お父様が問いかけると、
「うー!うー!」
ネオは、手をバタバタさせる。
「違うみたいだな。どうした~?ネオ?」
「あっ、もしかしてダフネ?」
門の両脇にそびえ立つダフネの木のことを言っているのかと思い、私がそう口にすると、
「あー!あー!あー!」
ネオが私のほうへ顔を向けた。
まるで、「そうだよ!」と言っているようだ。
「ふふっ、ダフネが見たいのね。先に、ダフネのところへ行きましょう」
「そうだね。今が綺麗に咲いている時期だし」
お父様とお母様が庭から門へと散歩コースを変更した。ネオがダフネに興味を持っているようなので、もちろん私も反対はしない。
しかし、少しだけ胸がざわつく。
前世で、花のなかで1番好きだったダフネを目に焼きつけて、この場所から連行されたからだ。
あの時の恐怖を、どうしても思い出してしまう。
お母様とつないでいる手を少しだけ強く握ってしまったが、お母様は微笑んで私を見てくれたため、内心ホッとした。
春に咲くダフネは白や桃色、黄色とあるが、公爵邸のダフネはこの3色が色とりどりに咲いている。3色が同じ木から咲くのは珍しいそうだ。
家族4人でダフネの木に近づくにつれて、さわやかな甘い香りが漂ってきた。
ダフネの木の下まで来ると、ネオが嬉しそうに手足をバタバタさせている。花には届かないが触りたそうに、短くて可愛らしい腕を伸ばそうとしている。
「ダフネに興味を持つなんて、ネオはさすがだな~」
「さすが?なの?」
お父様が”さすが”と言った意味がわからず、私は首を傾ける。
「このダフネの木は、初代ロバート公爵が植えたものなんだよ」
「初代ロバート公爵が?」
「そうだよ。まぁ、当時はまだ”公爵”っていう爵位も”貴族”っていう身分もなかっただろうけどね」
「遠い遠いご先祖様が植えたってことは......3000年前!?」
「そういうこと。植えられた時の大きさはわからないけど、一度も枯れたことはないそうだよ」
「それほど昔のものなんだ!すごい!」
「すごいよな~。それで、初代ロバートが好きな花だって話もあるし、ダフネの香りを魔族が嫌ったって話もあるし」
「魔族が?初代の方は天使族だったの?」
「一応、天使族だった記録はあるんだけど、後世に書かれた記録だから定かではないんだよね。ただ、俺たちの髪や目の色からも、天使族の血が混じっているのは間違いない。でも、王族ほど濃い色ではないから天使族は初代だけだったのでは?と、俺は思っているんだけどね。んで、初代ロバートが植えたダフネに興味を持ったネオは、さすが未来のロバート領主だな~って思ってね」
「あら!それを言うなら、ティナだってダフネが1番好きな花よ」
「ぷぷっ、知ってるよ~。子供たちは、しっかりとロバートの血を受け継いでいるんだな~」
両親が私の1番好きな花を覚えてくれていたことは嬉しいが、今はそれよりも気になる単語があった。
「お父様、魔族がダフネの香りが嫌いっていうのが本当だとしたら、魔族から守るために植えたってことなのかな?」
「そうだろうね。魔族から人間を守ったのは天使族って話だからね。ティナは、天使族や魔族に興味があるかい?」
「ある!学園の授業では、あまり詳しく教えてくれないから!」
「たしかに......学園ではあまり習わなかったかもな。それなら、俺の執務室にロバート公爵家の歴史がわかる書物があるから、読んでみるといいよ。もしかしたら、まだティナには難しいかもしれないけど」
「本当に!?わぁ~、ありがとう!お父様!」
「それなら、私の故郷のフォンターナ侯爵領の話も、今度聞かせてあげるわ。フォンターナも天使族にまつわる話があるのよ」
「えっ!?そうだったんだ!ありがとう、お母様!」
ネオがダフネに反応してくれたおかげで、思いもよらない収穫があった。
ネオは、ずっとキラキラした瞳でダフネを眺めていたが、私へと顔を向けて、
「あぅ!あぅ!」
なんだかネオに「よかったね!」と、言ってもらえているように感じた。
「ネオ、ありがとう」
笑顔でネオにお礼を言ったクリスティナは、先ほどまで抱いていた前世の恐怖心など忘れていることに気づいていない。
ーーーーーあれから、ネオはダフネの木まで散歩するようになった。
私も、もちろん時間が合えばいっしょに参加している。庭のほうにも行き、メアリーに小さい花冠の作り方を教わりながら、ネオの頭に飾ってあげたりする時もある。
ダフネのさわやかな甘い香りが、私たち家族を優しく包み込む。
ネオとの楽しい散歩。ネオとの楽しい時間。
嫌な記憶は、全て幸せなことで上書きしてしまえばいいーーーーー。
そう思えるようになった私は、ネオを抱っこしながら色とりどりに鮮やかに咲くダフネの花を、穏やかな気持ちで見上げたのだった・・・・。
クリスティナは散歩に行く前から、ダフネの花が咲いているのに気づいてはいました。
しかし、どうしても前世で連行された時のことを思い出してしまい、あえて見ないように過ごしていたわけです。
ダフネは、クリスティナが1番好きだった花なのに・・・。
クリスティナは物心ついた頃から、1本の木に白や桃色、黄色の花が仲良く咲く姿、そして香りが大好きだったのです。
ネオのおかげで、また大好きなダフネを見れるようになって、本当によかった(*´ω`)




