暗闇での目覚め④
この世界も、季節は春夏秋冬あり1月〜12月の暦です。
日本と同じ設定にしてあります。
今日は2話投稿します!少し長めかもしれませんが、よろしくお願いします!
公爵邸に、リュドヴィック王太子殿下の婚約者に内定したと連絡が入った次の日。
リュベルト国王との謁見のため、王宮へ両親と登城した。
正式に、国王より拝命されるためだ。
リュベルト国王とは、コフィア王国の現国王でありリュドヴィック殿下の父君である。
謁見は緊張したが、つつがなく終了した。
私は、昨日から喜びと興奮で胸が躍っていた。だって、入学当初から目標としていた殿下の婚約者に選ばれたから。殿下に積極的に話しかけて良かった。勉強も頑張って良かった。7年近くの頑張りが認められたと思った。「よく頑張った」と、両親にも褒められるに違いない。緊張から解放され、期待を胸に謁見室を後にする。
謁見室を出て少し廊下を歩いたところで、お父様が立ち止まった。それにつられ、お父様の後ろを歩いていたお母様と私も立ち止まるが、お母様は怪訝な目でお父様を見る。
そして、前を向いたままのお父様の口から出た言葉は予想外のものだった。
「公爵家の後継のため、親戚の誰かを養子にもらわねばな」
私は、目を大きく見開き体が固まった。
後継?養子?
もちろん、後継も養子も意味は分かっているのだが、あまりにも突然の言葉だったため心が理解しきれなかったのだ。
確かに、ひとり娘だから我が家には後継となる嫡男はいない。
『お父様は、本当は私に婿をとろうと考えていた?』
お母様も私も何も言えずにいると、お父様はこちらを見ることなくスタスタと再び歩き出した。
私は呆然としたまま、歩いていくお父様の背中を見つめることしかできずにいると、お母様が私へと体を向けたのが分かった。
「クリスティナ。あなたは今から、貴族だけではなく、民全員の見本となるべき人として、そうあり続けることが当たり前の立場となったのです。その立場に恥じないよう、精進なさい」
そのような言葉をくれたお母様の顔を、私は見ることができなかった。
『あれ...なんのために私は頑張っていたんだっけ』
褒められると思って頑張ったけど、殿下の婚約者になることは公爵家にとって望んでいなかったようだ。
お父様もお母様も、喜んでいなかった。
褒めてもらえるなんて、どうして思ってしまったのだろう。期待しすぎてしまった自分が恥ずかしいし、それと同時に情けなくも思う。
王太子殿下の婚約者には選ばれてしまった。何をどう、なんのために、これから頑張ればいいのだろう。
王太子殿下...王太子...王太子妃...
そうだ。私が殿下の婚約者に選ばれたということは、少なくとも殿下は私を必要としてくれているはず。きっと、努力を認めてくださっているということだ。
この時の私は、殿下のためにまだ頑張れると思った。
その後、王太子妃教育が始まった。
平日は学園のあと王宮へ行き王太子妃教育を受け、帰宅してからも学園の宿題やら予習復習やらをして、あっという間に朝になり、また同じ繰り返しの日々が始まる。
休日の王太子妃教育なんて、一日中だ。
それでも月に一度だけ、王太子殿下とのお茶会がある。婚約者同士の親睦を深めるためだ。いま王太子妃教育で何を習っているかとか、どんなことを覚えたかを私が話している感じだ。誰かに聞いてもらって認めてもらいたかったのかもしれない。
しかし、お茶会の回数を重ねるごとに、だんだんと殿下からは、
「そうか。頑張っているのだな」
淡々とした、この一言しか返ってこなくなった。
学園生活、王太子妃教育と、多忙すぎる生活を送っていた私は、体も心もボロボロになっていた。
殿下とは学園でも顔を合わせることは減り、誰とも一言も話さないまま終わる日もあった。
中等部の最終学年に上がる頃には、月に一度の殿下とのお茶会も終了していた。
殿下の言い分としては、”ご自身の公務の数が増えてきたこと、私としても王太子妃教育も大変だろうし、来年には高等部に上がるため準備で忙しいだろうから”、との理由だった。
私はここにいて、意味があるのだろうか。婚約者になっても、誰からも顧みられず、私でなくても良いのではないかという気持ちが芽生えてくる。
唯一、王太子妃教育の先生から「感情を表に出さないのが、大変お上手です」と褒められた。はたして、これは褒められているのか。
ただ、感情の出し方を忘れてしまっただけ。
最近、いつ心から笑っただろう。
高等部に上がり16才になると、この国ではデビュタントがある。正式に社交界へと参加となるのだ。
そのため、学園を卒業するまでは頻度が少ないにしてもパーティーやお茶会などの社交が始まる。
私の両親は、相変わらず家にはほぼ帰ってこないため、社交界では不仲説の噂が大きくなり「お互いに愛人宅へ入り浸っている」とまで噂されている。我が家は公爵家のため表立って言ってくる者はいないが、私の耳にも噂は入ってくる。
居心地悪い学園生活を送っているのは、それだけが理由ではない。
最大の理由は、高等部へ編入してきたサキュバーヌ・ベイカー男爵令嬢だ。
サキュバーヌ様は、幼い頃から持病があり、長いこと療養生活を送っていたそうだ。幸運にも学園へ通えるまでに回復したらしい。回復されたことは喜ばしいのだが、サキュバーヌ様が編入してきてから、なぜか殿下から冷たい態度をとられるようになった。今までは、仲睦まじい関係性ではなかったものの、あからさまに冷たくされたり邪険な扱いをされたことはなかった。
サキュバーヌ様が編入してきてから1ヵ月後には、常に殿下の隣にサキュバーヌ様がいるようになった。
『何か気に障るようなことをしたかしら。いいえ、していないわ』
そう、私は良いことも悪いこともしていないのだ。
それなのに、
「サキュバーヌ様の教科書が破られた」
「制服を汚された」
「階段から突き落とされた」
「やったのはクリスティナ様」
「犯人はクリスティナ様」
サキュバーヌ様も私がしたのを見たと言うし、周りの生徒も皆が見たという。
「全く身に覚えがございません」
どんなに身の潔白を証明しようとしても、第三者に見たという人が大勢いる限り、誰も私のことは信じてくれない。
だんだんと否定するのも疲れるし悲しいし、味方がひとりもいない場所で戦えるほどの精神力は余っていない。学園生活に加え王太子妃教育で疲弊しきっているのに、余力なんてあるわけがない。
だから、サキュバーヌ様が私に虐められたと訴えてきても、私は否定もしなくなった。
無言を貫いたのだった。
そんな生活が改善することもなく続き、高等部の最終学年に上がる少し前。
冬のある日。
あと少しで新年を迎える頃。
私は夢を見ていたーーーーー。
【たくさん兵士が我が家に来て、私を連行する。
私が、国家転覆を狙い隣国に軍事機密を洩らしたというのだ。
領民や王都の民からも違法な方法で金品を搾取しているとも。
意味が分からなかった。そんなことするはずもないし、しているヒマもない。
それだけでなく夢の中の私は、”これは現実になる”と確信していた。
鮮明すぎるのだ。
怖いくらいに、鮮明なのだ。
頭の中では警鐘が鳴り響いていたーーーーー。】
目を覚ました私は、すぐに行動に移した。
夢の中で連行される時、庭にあるダフネの花が咲いていた。そうだとすれば、それは3月頃だろう。
ならば、もう時間がない。
私は、セバスチャンの執務室を訪ねる。
朝早く執務室に訪ねてきた私を見て、セバスチャンは驚きながらも快く部屋へ招いてくれた。
セバスチャン自ら紅茶を淹れてくれて、私は一口飲んでフーっと細い息を吐き出す。
セバスチャンが私の向かい側に座ったのを確認して、改めて姿勢を正しセバスチャンへと顔を向ける。
そして、本題を切り出した。
「今から私が話すことは、荒唐無稽なことだと思うかもしれないわ」
そう前置きをして、私は夢で見た内容を包み隠さず話した。
セバスチャンは、最後まで黙って私の話を聞いてくれた。
「左様でございますか・・・」
そう言ったセバスチャンは、夢の話なのに笑うこともせず、真剣な表情で何か思案している。
「ここ最近のお嬢様の状況を考えますと、そのような事態が起こる可能性がないとは言い切れない、というのが私の考えでございます」
おそらく、セバスチャンはメアリーから報告を受けて、学園内での濡れ衣事件を知っているのだろう。メアリーが、仕える主人に変化があった場合、執事のセバスチャンに報告することは、侍女として当然の仕事である。
私はセバスチャンの言葉に一つ頷いた。
「お嬢様は今後、どうするか、考えがおありなのですか?」
ゆっくりと丁寧にセバスチャンは問うてきた。
「えぇ。それについては、まずメアリーを...メアリーに辞してもらおうと思うの」
メアリーは筆頭侍女として、いちばん私の身近にいるため、私が連行されれば協力者として嫌疑をかけられる可能性があるからだ。
本当に私は何もしていないのだから、メアリーだって何の罪もないけど、今の状況から考えるに濡れ衣を着せられる可能性は充分にある。
幸か不幸か、王太子殿下の婚約者という立場であっても、学園内ではそのような状況だったため、お茶会などに呼ばれたことはほぼない。あっても中等部の時に婚約者になりたての頃の数える程度だし、王太子妃教育で多忙を極めていたため、メアリーを伴って外出することもなかった。だから、メアリーの顔はほとんど知られていないはずだ。メアリーが私の筆頭侍女だと知っているのも、この公爵家に仕える者くらいだろう。
「私も、その処断がよろしいかと存じます。しかしながら...、お嬢様は今の状況ままで、本当によろしいのですか?」
その問いかけに、私は目線を落とす。
「もういいの。...もう、いいのよ」
そう力なく答えることしかできなかった。
その後、セバスチャンと今後の詳細を相談して自室へと戻ってきた。
後のことは、優秀な執事は上手にやってくれることだろう。
そしてメアリーに、セバスチャンの時と同じように夢で見たことを話した。
メアリーは目からボロボロと涙を流し、
「お嬢様のお願いだとしても、嫌です。絶対に嫌です。最後の最後まで、お嬢様に付いていきます!」
その言葉が、どんなに嬉しかったことか。
メアリーといい、セバスチャンといい、ここの公爵家に仕えてくれる人間は、所詮は夢だと笑うこともせず、荒唐無稽な話をバカにもせず、私の話に耳を傾けて信じてくれる。
この人たちがいてくれて良かった。この人たちがいてくれる場所が、私の居場所なのだ。
だからこそ、この優しい温かい人たちを、あの闇の世界へ連れて行ってはいけない。言葉の通じない人たちの前へ出してはいけない。
目を閉じ、決意を込めて普段より少し低い声で言う。
「メアリー、これは私からの命令よ」
そう言うと、ビクッとメアリーの肩が震えた。
今まで“お願い”はあっても”命令”という言葉を使ったことはなかった。
私の最初で最後の命令だ。
「...ッ、承知...いたしました」
自分の仕える主人からの命令を拒否することなど出来ない。
なんとか声を絞り出して言ったメアリーは、私に深々とお辞儀をした。
「大丈夫。大丈夫よ。もし、何事もなければ、すぐに迎えに行くから」
そう言いながら、私はメアリーを強く強く抱きしめた。私にとって、姉のような、時には母のような、優しいメアリーの未来が光り輝きますようにと...。
3月の上旬。
ただの夢であってほしかったが、それは現実となった。
外の晴れている綺麗な空とは裏腹に、公爵家に厳つい兵がなだれ込んでくる。
「キャー!!!!!」
侍女たちの悲鳴が、あちこちから聞こてくる。
『あぁ...ついに来たのね』
そう思っていると、自室の扉がノックもなく蹴破られる。私は特に抵抗することもなく、拘束された。
ここで何か兵に対して、言葉を発するのが貴族令嬢の秩序として正しいのかもしれないが、そんな秩序は既に私にはない。
すべてを諦めていた。手を後ろに縛られ、引き摺られるように外へ連れて行かれる。
「お嬢様!」
「クリスティナお嬢様!!」
使用人の皆が声を張り上げて連行される私を追いかけてくる。
なかにはセバスチャンもいて、私に手を必死に伸ばそうとしてくれている。いつも、穏やかな執事なのに切羽詰まった顔は珍しい。
すべて諦めて覚悟はできていたはずなのに。皆を見ていると、忘れていた涙が溢れそうになる。
でも、一般の者が阻む兵に敵うはずもなく。
こんな状況下でも、門の近くに咲いているダフネのさわやかな甘い香りが漂ってくる。
私はダフネの花を目に焼きつけて、生まれ育った公爵邸を連れ出されたのだった。