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天使のほほえみ  作者: L
43/72

※執事セバスチャン目線(前世)2⃣




 あれは、クリスティナお嬢様が5才になられた頃でしょうか。



 ロバート公爵家の雰囲気が、少しずつ淀んでいくように変化したのは・・・・。






 その当時、公爵位をグレイソン様が譲られたばかりの頃でございました。


 優秀なグレイソン様は、領主として慣れないながらも仕事を滞りなくされておりました。



 ロバート公爵領は王都の隣ということもあり、王都に旅行に訪れた下位貴族や平民を対象としたホテル運営を主としておりましたが、新しい事業の一環として高位貴族を対象にしたホテルが完成したばかりでもございました。


 高位貴族を相手とするため、高度な接客サービスが求められます。今までのホテルや飲食店などで働いている領民にも、高位貴族を対象とするホテルで働いてもらう場合は、より多くのことを学んでいただかなくてはなりません。


 そのため、グレイソン様は新しい事業に奔走しておられました。




 アリアナ様も、前公爵様より能力を認められ、孤児院や治療院の慈善事業、また学校運営を引き継がれておりました。


 その少し前に、王都とは反対側にある丘陵を挟んだ隣の領地で流行病が広がってしまったのです。


 ロバート公爵領としても、薬や食料の物資を援助いたしましたが、それだけで流行病が消えるわけではございません。


 被害が拡大してしまう前に食い止めようと、すぐに陛下が動いてくださったおかげで他領地に広がることはございませんでしたが、親を亡くしてしまった子供たちが大勢おりました。


 流行病で疲弊している隣の領地では、全員の子供たちの面倒をみることは厳しいため、ロバート公爵領でも子供たちを受け入れることに決めたのです。


 そのため、ロバート公爵領の孤児院には、今までの倍以上の子供たちが生活することになりました。


 食料、衣類や布団など、必要なものは多々あります。大勢の子供たちを世話をする大人も必要です。


 それらに全てお金をかけることは、したくても出来ません。


 ホテルなどで働く従業員にも賃金を支払わなくてはなりませんし、領民の生活も支えなくてはなりません。領地運営の全体を考えると、慈善事業にばかり贔屓は出来ないのです。


 


 目に見える収入としてのサービス事業、未来への投資としての慈善事業。


 この狭間で、グレイソン様とアリアナ様の意見の食い違いが目立つようになりました。


 


 お二人は公爵邸で顔を合わせると対立することが多くなり、それぞれがホテルや学校などの一室を仕事場にされて、ご帰宅されるのが少なくなっていきました。


 クリスティナお嬢様も、お一人で過ごされることが多くなり、あれほど輝いていたお顔が寂しそうに俯いてしまっております。




 その後、コフィア王立学園にご入学されたクリスティナお嬢様のご様子を、専属侍女であるメアリーから聞くと、第一王子であるリュドヴィック殿下と親しくされているようです。学園生活もリュドヴィック殿下のおかげで、楽しく過ごせているようだとも。


 私は、お嬢様が楽しく過ごせる場所があり、少し安心いたしました。




 初等部1年生のお嬢様が7才になる頃、お嬢様から「これで孤児院に毛布を買える?」と、貯められたお小遣いが入った木箱を私に差し出して来られました。


 どこからか孤児院の物資が足りないと聞いたのか、孤児院に寄付したいと仰るのです。


 まだ初等部1年生の女の子が、ですよ?


 私は驚きを表情に出さないように気をつけながら、「確認いたしますので、こちらはお預かりしてもよろしいですか?」と伺いました。


 「うん!よろしくね!」と、元気よくお嬢様は答えてくださりました。お嬢様の後ろ姿を見送った私は、お嬢様から預かった木箱を眺めます。



  『さて、どうしたものか・・・』



 もちろん、ただの執事である私が独断で決めるわけにもいかないため、公爵家当主であるグレイソン様に伺うしかありません。


 ちょうど本日の夜、グレイソン様が公爵邸にお戻りになると、先ほど連絡がございましたので、その際に伺おうかと思います。




ーーーその日の夜。




「クリスティナが?」



 私は、お嬢様から孤児院に毛布を寄付したいと申し出があった旨をグレイソン様に説明いたしました。


 説明を聞いたグレイソン様は複雑そうな顔をされながら、お嬢様からお預かりした木箱の蓋をあけられました。


「ぜんぜん使ってないな......」


 木箱の中身を確認されたグレイソン様は、そのような呟きを零されました。


 お嬢様が貯められたお小遣いは、もちろん父親であるグレイソン様からいただいたもの。


 お小遣いが使われた形跡がないことにグレイソン様は驚いたようですが、お嬢様は我儘も仰いませんし、欲しいものがあるとすれば、それはご両親の愛情だと私は思います。それを一介の執事が告げることなど出来ませんが.....。



「旦那様、いかがなさいますか?」

「・・・そう、だな。クリスティナのしたいように、しよう。この額であれば、それなりに毛布は買えるはずだ。そうすれば、アリアナも少しは溜飲が下がるだろうしね」

「かしこまりました。では、そのように手配させていただきます。このことについては、奥様に報告なさいますか?」

「いや、アリアナには言わなくていい。財務局への寄付の報告はクリスティナの名前で出すが、孤児院と治療院には匿名で配るように。もちろん、クリスティナにも俺が関わっていることは話さなくていい。セバスチャンが動いていることにしてくれ」

「かしこまりました」




 それから毎年、この時期になると、お嬢様は孤児院や治療院へ寄付をされるようになったのです。


 お嬢様が貯めたお小遣いで寄付をしていることを知っているグレイソン様は、少しずつお小遣いの額を増やされるようになりました。





 ご両親との関係が希薄になるにつれ、笑顔のお嬢様を見られる機会も少なくなってきております。


 しかし、グレイソン様もアリアナ様も、決してお嬢様のことを嫌っているわけではないのです。




 ある時、グレイソン様とアリアナ様が、それぞれ違う日時、違う場所で、全く同じことを仰ったのです。



 「「クリスティナのことを......娘のことを......忘れてしまう」」 と。



 公爵邸の外で仕事をしていると、お嬢様の存在を忘れてしまっているそうなのです。


 お二人とも仕事に忙殺されているため、お嬢様のことを考える余裕がない、というわけでもないご様子です。



 公爵邸に戻られると娘のことを思い出すそうなのですが、外に出ると自分の娘を忘れてしまっている罪悪感と、そんな自分自身への怒りで、どのように娘に接すればいいのか分からなくなってしまっている、と。



 結局、このように悩んでいても、また公爵邸から外に出てしまえば娘の存在を忘れてしまい、その繰り返しなんだ、と。




 そのような不思議がことが起こるのかと、信じられない気持ちも正直なところ少しはありましたが、お二人が全く同じことをを仰り、そのような嘘を仰るお二人ではないことを私自身が一番存じ上げていると自負しておりますので、”信じる”という選択肢しかございません。


 このコフィア王国には、「天使力や魔力という力が存在していた」、という言い伝えがございます。


 現在では、天使族の血を受け継ぐ王族のみが天使力を使えると言われてはおりますが、私はこの目で見たことがないため定かではございません。


 しかし、グレイソン様とアリアナ様の身に起こっている不思議なこと.....なんらかの力、または薬のようなものが働いているとしか考えられません。


 私にどこまで調べられるかわかりませんが、公爵家のために調べてみようと決心いたしました。






 その後も何の成果も得られまま、クリスティナお嬢様は中等部へと進級なされました。



 そろそろ学園の夏休みに入る頃、グレイソン様が公爵邸に久方ぶりに戻られ、私は執務室に呼ばれました。


 執務室へ入り、目に飛び込んできたのは、執務机に両肘をつき頭を抱えて俯いているグレイソン様のお姿。そのお顔は見えませんが、悲壮感が漂っております。



「だ、旦那様.....?」



 私が恐る恐るお声掛けしましたら、グレイソン様は顔を上げることもないまま、



「クリスティナと.....リュドヴィック殿下の.....こ、婚約、が、決まった.....」



 と、とても小さな小さな声でお話されました。



「そ、それは.....おめでとうございます?」



 すると、グレイソン様はバッ!っと、お顔をお上げになり、



「ぜんっぜん!めでたくない!!リュベルトめ.....勝手に決めやがって!!」



 そう叫ばれました。


 グレイソン様は、大変不服そうでございます。


 そして、また俯かれてしまいました。



「俺は.....クリスティナには.....クリスティナを大切にしてくれる男を婿にとって.....それで.....クリスティナと、義息子と、それと.....孫たちに囲まれて.....大勢で、賑やかにこの家に住むと....そう、思っていたんだ.....」



 お嬢様の幸せを望む、父親としてのグレイソン様の本音を聞き、私は胸が締めつけられました。



「そのようにお考えでしたら、もう一度、リュベルト陛下にご相談されてみてはいかがですか?」



 グレイソン様は顔を上げられましたが、先ほどのような勢いはなく、弱々しい声で、



「それは.....無理だ。陛下も王妃様も、リュドヴィック殿下自身も望んでの満場一致だ。それに何より.....クリスティナ自身も、リュドヴィック殿下を好いているのだろう?こんな.....娘の存在を忘れてしまうような父親が、何も言えるわけないだろ.....」


「旦那様・・・」



 そして、大きく深呼吸をされて無理矢理に公爵のお顔をなさったグレイソン様が、



「リュドヴィック殿下の誕生日に、王太子への立太子とクリスティナとの婚約を同時に発表するようだ。その後、クリスティナを王宮に連れて行き陛下との謁見がある。そのように、準備を進めてくれ」


「かしこましました」



 私も、それ以上は何も言えずに、一礼して執務室を退出いたしました。




ーーーー執務室に残ったままのグレイソン様が、


「ティナ......」


 そう呟き、執務机に雫が落ちていたことを、私は知る由もございませんでした・・・。






ーーーー後日、お嬢様とリュドヴィック殿下の婚約について、公爵邸に戻られたアリアナ様にもご説明させていただきました。


 私の説明を聞いたアリアナ様は、



「そう.....。王妃様から、そうなるかもしれない、とお手紙はいただいていたのよ。本当に、そうなったのね.....。クリスティナは、学業をすごく頑張っているのでしょ?私の娘だもの。リュドヴィック殿下に見初められても、何もおかしくないわ」



 そう仰ったアリアナ様は、寂しそうなお顔をされて窓から庭を見つめておりました。


 アリアナ様の視線の先には、庭に置かれたベンチ。


 あのベンチは、公爵位を譲られる以前、ご家族3人で庭を散歩した際に、よく使用されていたベンチでございます。



 グレイソン様もアリアナ様も、その表情、そのお言葉を、私の前ではなく、お嬢様へ向けてほしいと、切に願った瞬間でございます。



 そして、予定通りにお嬢様とリュドヴィック王太子殿下の婚約は発表され、お嬢様は嬉しそうに陛下との謁見へ向かわれましたが、お一人で戻られたお嬢様の表情を見て、グレイソン様もアリアナ様も本心をお伝えにすることは出来なかったのだと、察しました。



 ですから、リュドヴィック王太子殿下がお嬢様の心の拠り所となっていただきたい、と不敬にも願ってしまいましたが、婚約されてからお嬢様と王太子殿下の距離は、縮まるどころか離れている気がしてなりません。



 王太子妃教育のため王宮と学園の往復ばかりの日々。王太子殿下とのお茶会も、いつの間にか開かれなくなっていたようで、お嬢様のお顔は無表情になる一方ではございませんか。


 婚約者なのに王太子殿下に蔑ろにされていると噂され、学園でもお一人で過ごされているご様子のお嬢様。



 それでも、周囲への気遣いも、孤児院や治療院への寄付も忘れないお嬢様。


 なぜ、これほど心優しいお嬢様に、このような理不尽なことばかり起こるのか。


 それを助けて差し上げられない私自身にも、腹が立ちます。





 お嬢様が高等部に進級されてからは、その理不尽はさらに拍車がかかりました。


 

 ある男爵令嬢に対して、お嬢様が虐げていると噂が広がっているのでございます。


 お嬢様を知っている者ならば、「そのようなことはしない」と断言できますのに、噂は止まることを知らず王都中にまで広がっていると。


 それ以外にも、お嬢様がロバート公爵領の領民や王都の民から、お金を巻き上げているなんて噂まで流れ始めているのでございます。


 しまいには、お嬢様から虐げられていると言われている男爵令嬢は、王太子殿下の恋人などという噂まで!




 王都へ行った使用人たちから話を聞き、すぐにグレイソン様やアリアナ様にも連絡をいたしましたが、不思議な力が働いているのか、お二人はこの件に関して動こうとなさいません。


 陛下側からも何も音沙汰はないため、陛下側も真実ではないと判断している、ということなのでしょうけれども・・・。



 窮地に追いやられているお嬢様は、それでも休まずに王宮にも学園にも通われておりました。






ーーーーーそして、お嬢様が高等部2年生の冬。




 朝早くに私の執務室へ訪ねてきたお嬢様は、夢で見たことを緊張しながらも話してくださいました。


 他の者が聞いたら信じられない内容だとしても、私にはグレイソン様とアリアナ様の不思議な、いえ......不可解な件を知っております。


 ですから、お嬢様の夢の話も信じたのでございます。




 隣国への機密漏洩、民からの金品の搾取、男爵令嬢への暗殺未遂、それらの冤罪が現実となった場合、公爵家として対応の準備を進めているさなか、公爵邸を歩いておりますと玄関が開いておりました。


 誰かが閉め忘れたのかと思い、玄関から外を見ましたら、なぜか門の両脇にそびえ立つ木が視界に入りました。




 私は歩いて門へと近づき、その木を見上げてみます。



 その木は、ダフネ。



 この門の両脇にあるダフネの木は、初代ロバート公爵が植えられた木だと、執事の恩師より教えていただいたことを思い出しました。


 初代ロバート公爵は、このコフィア王国の始祖であるリュー陛下、その妃となった天使族の姫と、とても所縁の深いお方だったそうです。


 その初代ロバート公爵がお好きだったのが、このダフネ、だと。




 ダフネは、お嬢様が一番好きな花でもあります。


 お嬢様は今、一番の心の拠り所である筆頭侍女だったメアリーを守るため離ればなれとなり、今まで以上の寂しさ、苦しさの渦中におります。




 恩師からの情報で、フォンターナ侯爵領の泉の水が、解決の糸口になるかもしれないと思い至り、グレイソン様とアリアナ様に飲んでいただこうと、こちらも準備を進めております。





 もう少し、もう少しです、お嬢様。



 グレイソン様とアリアナ様が戻られましたら、すぐに。



 どうか、どうか、それまで。



 ダフネの木よ、お嬢様をお守りください。




 木に手をつき見上げた先には、ダフネの花の蕾が、今にも咲きそうになっていたのでございました・・・・。






次回から、クリスティナ本編へ戻ります(^^)

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