1年生の夏休み②
この回に、「貴族通り」、「一般通り」という名称が出てきます。
王都のメイン通りは貴族御用達のお店が多いことから、通称「貴族通り」、メイン通りから派生するような横道には一般向けのお店が多いことから、通称「一般通り」と呼ぶ設定にしてあります。
王都の街並みについての詳細は、”第8話※メアリー目線(侍女)2⃣”をご覧ください。
よろしくお願いします!
庭師のジャンに、直接お礼を伝えなければと心に誓ったところで、メアリーが部屋と戻ってきた。
メアリーの手には、先ほどミレーネ様の侍女から受け取った箱がある。
「お嬢様、失礼いたします。こちらでよろしかったですか?」
「うん!ありがとう!テーブルに置いてもらえる?」
「はい、かしこまりました」
メアリーが箱を私たちが座る丸テーブルに置き、再び部屋の隅に控える。
「やっぱり刺繍するなら、実物を見てからのほうがいいと思うの!ミレーネ様、見るだけであけてもいい?」
「もちろん!」
「じゃあ、あけるね!」
箱のフタをあけると、中にはミレーネ様の言葉通り、カップに入った真っ白なプリンが出てきた。
「「「わ~!!!」」」
ミレーネ様以外の3人の声がそろった。
形は、私たちが知っているカスタードプリンと同じ。
だけど、真っ白なプリンなんて初めて見た。
ミルク味のプリンも食べたことがないから、これは楽しみである。
「ミレーネ様、、ありがとう、、これで、、なんの、、迷いもなく、、刺繍、、できる」
「これを食べるために、刺繍がんばるぞい!」
「ね~!早く食べれるように、早く終わらせよ~!」
「みんな、それほど楽しみにしてくれて嬉しい!ありがとう!」
無事に、4人とも刺繍するものが決まり、そそくさと刺繍の準備に取りかかる。
それぞれが持参した布に薄く下書きをしていき、針に糸を通す。
そこで、ハタと私は気づいてしまった。
『そういえば、左手で刺繍していたんだった・・・』
期末テストの課題の際、利き手の右手で刺繍をすると前世であった17才の力量になってしまうため、利き手ではない左手で刺繍をしたことを忘れていた。
いま、この場にいる友人3人も、侍女のメアリーも、私が利き手が右手なことを知っているだろうし、左手で刺繍をしているところを見られたこともない。
布に下書きをする時も、針に糸を通す時も、右手を使ってしまった。急に、左手で針を持ったら不自然だろうか。
『うまく誤魔化せられるかしら・・・誰も気づきませんように・・・』
「クリスティナ様、下書きはこんな感じでどうだろうか?」
そう願いながら布に左手で針を通していると、スカーレット様がズイっと寄ってきた。
「そうだね......ここをもう少し......」
「あれ?クリスティナ様、刺繍は左手でするんだね!」
スカーレット様の声に、ミレーネ様もモアナ様も私の手元を見る。
チラっと目線だけメアリーに向けてみると、少し首を傾けて不思議そうな顔をして私を見ていた。
夏だというのに、背中に冷や汗が流れている気がする。
「うらやましいぞい!両利きなんて!わたしも、右手でも左手でも剣を扱えるように特訓してるぞい!」
『さすがはスカーレット様。きっと剣を扱っているから、人の動きに敏感なのね。ここは上手く切り抜かねば』
「えへへっ!両利きを目指したわけではないんだけど、期末テストの課題をしている時に、試しに左手で刺繍してみたら、あれ?これいけるんじゃない?って発見したの!少しでも刺繍を上達させたくて、いろいろ試してたんだよねぇ!」
「なるほど!たしかに、自分に合うのは何か、いろいろ試してみるのは大事だぞい!騎士も、剣、弓、槍、何が自分の相棒となるか試すぞい!」
「まだ子供のうちに、いろいろ試してみたほうがいいかな!って思ったの!」
「うん!うん!同感であるぞい!わたしも左手で刺繍してみよう!!」
「スカーレット、、まずは、、利き手で、、上手になって、、から」
「う゛ぅ~、やっぱり?」
「ふふっ、わたしも左手でやってみようかな?両利きって、なんだかカッコいいよね」
「うん、、わたしも、、やって、、みる」
それからの時間、なぜかスカーレット様以外の3人が、利き手ではない手で刺繍に挑戦することになった。
ちなみに、モアナ様は利き手が左手のため、右手で刺繍をしている。
メアリーは、私たちの様子を見て納得した顔つきになったので、ひとまず安心した。
『ふぅ~、うまく切り抜けたわ』
今回は、まだ初等部1年生だから誤魔化せられた。可能性が無限にある年齢だから、突拍子のないことも思いつくし、それを試していても変ではない。純粋な子供だからこそ、柔軟に受け入れられるし、自分も試してみようという気にもなる。
これが、中等部以上になれば難しくなるだろう。
だから、初等部のうちは私も気負わずに、いろいろ挑戦してみようと思う。前世ではできなかったことに、どんどん挑戦して、そうすれば周囲も私が挑戦している姿が当たり前に映ることだろう。
そして、一番不安がっていたスカーレット様は、私とミレーネ様に助言されながら無事に刺繍を完成させた。
全員が刺繍を完成させるのを見計らっていたように、外から大きな声がかかる。
「みんな~!!お茶の準備が整ったから、庭に下りてらっしゃ~い!!」
「お母様!」
私は、急いで窓に駆け寄り階下を見ると、庭にいるお母様が両手で大きく手を振っている。
後ろから覗いてた3人が驚いていたが、すぐに笑いへと変わった。
「公爵夫人、素敵すぎるぞい!」
「かっこ、、いい」
「ああいう貴婦人になりたいな」
私は、自分のお母様が褒められて照れ笑いをしながら、3人を庭へ案内した。
夏の花が華やかに咲く庭に、ティータイムの準備が整っており、私たち4人は席へと着く。
目の前のテーブルには、公爵邸の料理人が作ってくれたケーキやクッキーなどのたくさんお菓子、そしてミレーネ様の先ほどのミルクプリン、スカーレット様が持ってきてくれたスコーンも置いてある。
「みんな、お疲れさま!集中力を使いすぎただろうから、リラックスできる紅茶を召し上がれ!」
そして、お母様自らが紅茶を入れてくれる。
「な、なんと!公爵夫人自ら入れていただけるとは、ありがたき幸せ!!」
「お、、おそれ、、多い、、ですわ」
「恐縮です......」
『まさか、お母様自ら入れてくれるとは、私も予想していなかったわ・・・』
「ふふふっ。そんなに緊張しないで。これは、私が自らやりたくて勝手にやってるだけだから」
お母様は丁寧に紅茶を入れながら、優しく言葉を続けた。
「だって、嬉しいじゃない。娘の友達が来てくれるなんて。嬉しすぎて、私も何かしたくてしたくて仕方がないのよ。それに私ね、娘の友達といっしょにお茶を飲むのが夢だったの。あっ、今日は初対面で皆も緊張するだろうから、今回はすぐ退散するけど、次回はぜひ私ともいっしょにお茶してねッ」
そう言いながら、3人にウインクしたお母様。
3人は、完全にお母様にロックオンされたようだ。
3人とも、可愛らしい口をポカンとあけ、可愛らしい頬っぺたを赤くさせ、目をキラキラ輝かせて、言葉を発せられずコクコク頷いている。
「お嬢様方、どうぞ召し上がれ」
そうして、お母様が入れてくれた紅茶を配り終えると、
「では、皆さんといっしょにお茶を飲める日を楽しみにしてるわね!ゆっくりしていってね〜!」
お母様は、優雅に手をヒラヒラと振り、颯爽と公爵邸へと入って行った。
「精霊?妖精?」
「女神、、さま」
「大天使アーリエルさまは、公爵夫人?」
いろいろな呟きが聞こえるが、あれは私のお母様で間違いない。人間である。
「みなさ〜ん!現実に戻ってきてくださ〜い!お母様は人間ですよ〜!」
私が呼びかけると、ハッとした様子で3人は現実に戻ってきたようだ。
「申し訳ないぞい!公爵夫人の破壊力はすごいぞい!」
「公爵夫人、、素敵、、すぎる」
「クリスティナ様のような方が生まれた理由がわかったわ」
私は、嬉しいやら恥ずかしいやらでムズムズして、なんて返せばいいのかわからない。
こんなの、前世では言われなかったことだから。
「次回は、お母様ともお茶することにして、今は食べよう!せっかくの紅茶が冷めちゃうし!」
私は、自分の気持ちを誤魔化すために、紅茶を一口飲む。
柑橘の香りが鼻を抜け、スッキリとした飲みやすさで、心が解れていく感じがする。柑橘が強いため子供でも飲みやすい。
「美味しい」と言いながら、4人でお母様が入れてくれた紅茶を味わった。
「ミルク、、プリン、、食べたい」
テーブルには、カップからお皿にあけたミルクプリンが並べられている。
「食べるぞい!」
「食べよう!食べよう!」
「みんな、感想を教えてね」
真っ白でプルプルしたミルクプリンをスプーンで掬い、ドキドキしながら口へと運ぶ。
「「「「おいしい〜!!!!」」」」
4人全員の声がそろった。
カスタードプリンのような滑らかさではなく、プルプルとした感触、そして濃厚なミルクの味。
さすがは、ワグナー領の特産品であるミルクだ。
4人は、なくなってしまうのは勿体無いと言いながらも、ペロっと平らげてしまった。
「ミルク、、プリン、、最高」
「ふふふっ、お父さまも喜ぶわ」
「これは販売しているの?」
「これから販売する予定みたいなの。ただ、大量に生産となるとワグナー領で行うから、ワグナー領から王都まで賞味期限が持つかどうかっていう問題があって、夏場は王都での販売は難しいかもしれないって言ってたわ」
「残念だぞい!でも、冬には食べれるといいぞいね!」
「スカーレット、、語尾が、、変、、ミレーネ様、、楽しみに、、してる」
「うん!お父さまに伝えるね!」
「このスコーンは?」
「それは今、王都で人気のスコーンみたいだぞい!兄上が教えてくれたぞい!あっ!兄上といってもフレイム兄上ぞい!なんでも、プレーンでもしっかり味がついてるから、何もつけずに食べても美味しいって評判らしいぞい!」
スコーンは、ジャムやクリームなどをつけて食べるのが一般的で、スコーンそのものは味があまりしない。
「プレーン以外にも、チョコレート味、紅茶味、ブルーベリー味とか、そのままで食べれるスコーンがいっぱいあるらしいぞい!急いで食べないといけない人とか、一般市民に人気らしいぞい!」
たしかに、スコーンにジャムやクリームをつけて食べる場合、時間に余裕がなければ選ばれないだろう。貴族のように優雅なお茶の時間がない一般市民や、貴族であっても働いていれば限られた時間で食べなければならない。そういった人たちにも選ばれるように開発したのは、素晴らしい発想である。
まずは、プレーンスコーンから食べてみる。公爵邸で用意されるスコーンよりも小さめではあるが、この大きさであれば食べやすいし色々な味を楽しむことも可能だろう。
パクっと口に含むと、バターの味が口いっぱいに広がる。これなら、なにもつけずに食べるのも納得だ。しかも、外側はカリっとしていて歯応えもいい。忙しい人にはピッタリだ。
「これは、貴族通りのお店?」
「違うと思うぞい?一般市民にも人気って言ってたから、一般通りのお店だと思うぞい?」
「そうだよね。どこにあるんだろ?中等部からあるカフェテリアにもあれば、絶対に食べたいよね!」
「たしかに!フレイム兄上に聞いてみるぞい!」
こうして、その後も自分たちの家族の話題が中心となったが、宿題の刺繍から解放された4人は、楽しいお茶の時間を過ごしたのだった・・・・・。
ーーーーーその日の夜。
ロバート公爵邸の夫婦の部屋。
「ティナたちが楽しく過ごせたようで、よかったよ」
夕食の席でクリスティナは、父グレイソン、母アリアナに、4人で無事に刺繍を完成させたこと、どれほどお茶の時間が楽しかったか話してくれた。
「本当に、素直で可愛らいお嬢様方でね。挨拶も、とても立派だったのよ」
「俺も会いたかったな〜!ティナの友達!」
「ふふっ。それでねモアナ嬢が、これを私たちに、って。なんでも、モアナ嬢のお父様かららしいわよ〜」
アリアナは、長細い紙袋をグレイソンに渡す。
「モアナ嬢って・・・ウェバー伯爵の?」
「そうよ〜!」
アリアナが意味深に微笑む。
グレイソンは紙袋を持ったまま、訝しげな顔をする。
「長細いな・・・、何が入ってるんだ?」
「私も中身は知らないわよ〜。でも、変なものを自分の娘に持たせないでしょ?」
「ぷっ。変なものって。あの人なら持たせそうだけどね」
そんな軽口を叩きながら、グレイソンは長細い紙袋から長細い箱を取り出す。
「よしっ!」と、意を決して長細い箱のフタを開けてみると・・・。
「へっ?」
「まぁ!懐かしい!」
それは、長細い棒状のチュロス2本だった。
チュロスは平民のお菓子で、平民向けの屋台や、学園のカフェテリアでも売られていた。
まだ学生の頃、チュロスを片手に生徒会の書類仕事をよくしたものだ。
チュロスは、プレーンもあれば、砂糖がまぶしてあるもの、チョコレートがかけてあるものもあったが、生徒会の仕事中は書類にこぼさないように、皆がプレーンを食べていた。
グレイソンとリュベルト陛下が王都の街へ繰り出した時は、砂糖がまぶしてあるものやチョコレートがかけてあるものを、気にせずにかぶりついていた。
そんな学生時代を思い出す2人。
グレイソンもリュベルト陛下も、初等部から高等部まで生徒会に属していたが、アリアナも高等部からは生徒会に属していた。
そして、1才年上の現ウェバー伯爵も・・・。
学園を卒業してからは、チュロスを食べる機会がなかったため、当時の懐かしさが込み上げてくる。
もちろん、長細い箱に入っていたのはプレーンのチュロスである。
「ウェバー先輩らしいわね」
「あぁ。”同じ釜の飯を食う仲間”ならぬ”同じ菓子のチュロスを食う仲間”だな」
「ふふっ、なにそれ!おもしろいわ!」
「今度、王宮に行った時は、久しぶりに顔だしておくか」
そうして、寝る前ということも忘れて、夫婦2人は思い出のチュロスを食べたのであった・・・・・。
夏休みの宿題は、もちろん刺繍以外もあります。
4人の性格によって、先にやってしまう派、夏休みが終わる直前に慌ててやる派とわかれそうですね(笑)
ちなみに筆者は、夏休み最後の日に徹夜組でした(+o+)
ところで、モアナのお菓子大好きは、どうやら父親のウェバー伯爵に似たのかも~☆彡




