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天使のほほえみ  作者: L
28/72

お父様とカーティス


 平日は、1時間だけ露店での課外授業を行いながら、休日の土曜日か日曜日は孤児院への訪問。


 課外授業では彼らに勉強を教えながら、自分の宿題もできるから一石二鳥だ。


 訪問がない休日のほうは、ゆっくりできるため充実した毎日を過ごせている。




 6月に入り、梅雨の時期も近づいてきた。


 気候の変化のせいか、お母様が体調を崩してしまい、今日はお父様といっしょに訪問することになった。



「ティナと出掛けられるなんて嬉しいな〜」


 お父様が嬉々として馬車に乗り込む。


 お出掛けといっても孤児院訪問が目的なのだが、お父様と出掛けられることは私も嬉しい。


 こうして同じ馬車に乗るのも、前世で殿下の婚約者に内定して、陛下に謁見するため王宮へ行った時以来だろうか。


 あの時の馬車の中は、シーンとしていて重たい空気ではあったが.....。



「私も嬉しい!でも、お母様、大丈夫かな?朝食の席にもいなかったし・・・」

「大丈夫!大丈夫!少し休めば元気になるよ!」


 そう言いながら、お父様がウインクしてくる。


 お父様の様子からしても、大病というわけではないのだろう。


 私は少し、ホッとした。




 孤児院へと向かう道中、お父様も孤児院へ何度か訪問していたことを教えてくれた。


 お父様とお母様は、お互いが担当している事業の理解を深めるため、たまに見学し合っているらしい。



 ここでも、私は無知だった・・・。



 それにしても......前世の両親は、お互いの事業に関与していなかったはずだ。


 『前世とは違ってきている・・・?』


 

 今世の両親を見ていれば分かるが、以前の仲睦まじい頃に戻っている。


 思い返せば私も、孤児院の彼らと出会ったり、学園での交友関係も前世とは全く違う。


 『何かがきっかけとなれば、変わっていくのかしら・・・?』


 その”何か”が、何を意味するのか、いまの私にはまだ分からないが。



 ところで、ずっと気になっていたのだが、お父様の隣に置いてある木刀はなんだろう。


 しかも2本・・・?




 不思議に思っていると、馬車は孤児院へと到着したようだ。


 お父様が先に馬車から下りて、私へと手を差し出してくれる。


「私の小さなレディ、お手をどうぞ」


 いつもの”俺”ではなく、”私”という一人称を使い、茶目っ気たっぷりにお父様が言う。


「えへっ。ありがとうございます!」


 嬉し恥ずかしの私は、喜んでお父様の手に自分の手を添えた。



 すると、いつもの元気な声に包まれる。


「こうしゃくさまだ〜!」

「こうしゃく様、こんにちは〜!」

「クリスティナさま、こんにちは〜!」


 やはり、お父様が何度か訪問していたことは本当らしく、子供たちはすぐに”公爵様”だと分かった。


 決して疑っていたわけではないが、両親が互いに無関心だった前世を知っている私からすると、にわかに信じがたいという気持ちが強かったのだ。


「やぁ、みんな。こんにちは。今日はね、前に来た時に約束したとおり、剣術の試合を見せてあげるからね〜!」


 そう言ったお父様は、手に持っていた2本の木刀を掲げてみせる。


「やったー!こうしゃく様とカーティス兄ちゃん?」

「そうだよ〜!ねっ、カーティス?」

「ほ、本当に、やるのですか.....?」



 あの2本の木刀は、子供たちに剣術の試合を見せるためだったとは。


 いつも彼らは木の枝で練習してるから、木刀さえも見たことがないだろう。


 カーティスは腰に帯剣しているが、あれは本物の剣のため、万が一のことも考えて子供たちの前で抜くことはない。


 それにしても、なんだかカーティスが若干青ざめている気がするのは、気のせいだろうか。



「公爵様、お嬢様。本日もお越しいただき、誠にありがとうございます」


 院長先生が、深々とお辞儀をしてくれる。


「やぁ、ナターシャ。変わりはないかい?今日はね、剣術の試合を子供たちに見せたいんだけど、庭を借りていいかな?」

「変わりがないというより、子供たちは皆様のおかげで以前より充実した日々を過ごさせていただいております。心より、感謝申し上げます。そして、何も設備のない庭でよろしければ、ぜひ子供たちに見せて差し上げてくださいませ」


「大丈夫、大丈夫。広い場所さえあれば、設備なんていらないから」


 院長先生の言葉に、お父様が笑いながら返す。


「よ〜し!それじゃあ、皆で庭に移動しよっか!」


 お父様のあとに続いて、皆がゾロゾロと庭へ移動する。 


「クーしゃま、いっしょいこー」


 年少組のチロとミルルが私の両脇に来て、手を繋いでくれる。


 年少組は、まだ幼くて舌足らずな子も多く、”クリスティナ(とくにティナ)”が上手に言えないため、”クーさま”と呼んでくれている。




 庭の中央に、お父様とカーティスが向かい合って立ち、子供たちと院長先生が2人から離れた畑寄りの端に集まって見守る。



 ベストを脱いで、シャツを腕まくりしたお父様が、木刀の1本をカーティスに渡す。


「ほらっ」


 しぶしぶといった様子で受け取ったカーティスだったが、受け取ったからには勝負しないわけにはいかず、木刀を構える。



「がんばれ〜!」

「こうしゃく様、がんばってくださ〜い!」

「カーティス兄ちゃん、がんばれ〜!」


 子供たちが声援を送る。



「それじゃあ、ティナ。開始の合図を、お願いしてもいいかな?」


 試合開始の合図なんて、初めてのお願いだ。


「はいっ!!」


 私は、嬉しくて元気よく返事をした。




 そして、お父様も木刀を構える。



「始めっ!!!」



 私の合図と同時に、最初に仕掛けたのはお父様だ。


 素早くカーティスのもとへと深く踏み込み、体勢を低くしてカーティスへ切り込もうとするが、カーティスは後ろへ素早く飛び避ける。


 

 一進一退の攻防が続き、2人の力は均衡していた。



 『す、すごい!お、お父様・・・強いわ!』



 お父様が、これほど強いとは知らなかった。


 カーティスは公爵家の護衛をしているくらいだから、強いことは想像できる。


 だって、お父様が剣を持つ姿も、木刀ですら前世でも今世でも見たことがなかったのだから。



 子供たちの声援も、どんどん大きくなる。




 そして、お父様とカーティスが接近戦となり、お互いの木刀がギギギっと絡み合い、鍔迫り合いとなった。



 その時、お父様が何かカーティスに話しかけているように見えた。


 話している内容までは聞こえないが、カーティスの表情が変わった。




 その瞬間。




 カーティスがお父様を押し返し、お父様が体勢を崩した一瞬の隙で、カーティスがお父様の木刀を弾き飛ばした。




「「「「「わ〜!!!!!」」」」」



 子供たちの歓声が一段と大きく響き渡り、皆でお父様とカーティスのもとへ駆け寄った。




「あ〜あ、負けちゃった。やっぱり、カーティスは強いなぁ!」


 お父様が残念そうに言うが、顔は全く残念そうには見えない。


「すごいよー!カーティス兄ちゃん!!」

「こうしゃく様も、カッコよかったです!」

「すごかった〜!!」

「かっこいい〜!!」


 子供たちは、大興奮である。


「カーティスみたいに、騎士はカッコいいだろう?俺たちは、カーティスみたいな強い騎士に守られてるんだよ」


「「「かっこいいー!!!」」」

「あ、あ、ありがとうございます」


 皆に褒められて、カーティスが顔を赤くして照れ笑いしている。


「皆も興味があれば、たくさん訓練して国の騎士団でもいいし、なんなら我が公爵領の騎士になってもいいんだよ」


 子供たち......とくに男の子たちが目を輝かせて、うんうん頷いている。



 『なるほどね』




 王国の騎士団とは別に、公爵領でも独自の私兵団がある。


 国の騎士団は陛下の指揮下にあるが、公爵領の私兵団は領主であるお父様の指揮下だ。


 コフィア王国は長い年月、戦争とは無縁ではある。


 精霊に愛される隣国とも友好的な関係を築けていることもあり、隣国との戦争は心配ないが、だからといって他の周辺諸国が攻め入ってこないとは言い切れない。


 この大陸の東側にコフィア王国は位置しているが、西側では今も戦争をしている国はあるのだから。


 そのため有事の際に備えて、平和なコフィア王国でも騎士団は存在している。


 公爵領の私兵団も、有事の際に領民や領地を守るために存在しているのだ。


 万が一、陛下から援軍の要請があった場合も、そちらに赴くこととなっている。


 私兵団のなかでも、とくに優秀な人材が公爵家の護衛となっているが、他の私兵団の人たちは、普段は別の仕事をしながら掛け持ちしてる人も多い。




 鍔迫り合いとなった時、カーティスに何か話していたのは、お父様の口の動きとカーティスの変化した表情から推察するに、おそらくお父様はカーティスに「本気を出さないと減給するよ」みたいなことを言ったのだろう。


 カーティスは、もともと乗り気な感じではなかったし、主人でもあり領主でもあり公爵でもあるお父様に対して、どこまで本気を出していいものか躊躇っていたはずだ。


 守るべき主人より弱い騎士だったら、夢も何もない。


 騎士に対しての憧れを強くさせ、将来は公爵領の私兵団へ入ってもらいたいという願いが、お父様にはあるのだろう。




「でもさ、王立学園では騎士科?とかあるんだろ?ちゃんとした訓練するところがあるのイィよなー!」

「僕たち、カーティス兄ちゃんからしか教われないもんね」


 子供たちが、口をそろえて言い始めた。



 たしかに、王立学園では中等部から騎士科も選択できるようになる。


 専門的に剣術、兵法など学べるため、騎士になるためには有利だ。


 平民から騎士になるためには、その差を埋めるために相当な努力が必要なことは想像に難くない。




「そうだね。それなら、皆も()()()訓練しに来ればいいよ」


「「「えっ!?」」」


 私も、皆といっしょに驚いてしまった。


「例えば、毎週日曜日の早朝に領民向けの訓練の時間を設けるんだ。早朝なら、露店に行くのには間に合うだろう?」


「それは、いい考えだと思います!子供たちのために、そういう機会があるのは素晴らしいです!私も、ぜひ協力させてください!!」


 カーティスも賛成のようで、熱意が伝わってくる。


「でしょ?それに、教える側も訓練できるからね。教える人間がちゃんと理解できていなければ、人に教えることなんてできない。うまく教えられないことがあったら、それはソイツの弱点だ」


「そうですね!私からも、私兵団のメンツには声を掛けておきます!」


「カーティス、ありがとう。よろしく頼むよ。俺も教官役は、順番に回るように考えておく。それじゃあ、本気で訓練を受けたい子は、日曜日に公爵邸の隣にある演習場においで!」



「「「やったー!!!」」」



「ここから走ってくれば、基礎体力を上げる訓練にもなるよ」



「「「はいっ!!!」」」




「おんなのこも、きし、なれりゅの?」


 そう聞いてきたのは、年少組の女の子ミルルだ。


「あぁ、なれるとも!」


 お父様が、ミルルの目線に合わせて屈んで笑いかける。


「私の学園でも、女の子だけど騎士を目指しているお友達がいるよ!!」


 快活なスカーレット様を思い出しながら、私も答える。


 

 ミルルは目をキラキラ輝かせた。


 この子供たちの女の子のなかで、一番興味を持ったのはミルルだろう。



 この公爵領から将来、初の女性騎士が誕生するかもしれない・・・と、私は思ったのだった。






 ーーーーー孤児院から公爵邸へと帰る馬車の中にて。




「お父様もカーティスも、本当にスゴかったよ!お父様が、あれほど強いなんて知らなかった!!」


 私は興奮が冷めないまま、自分の思いを熱く伝えた。


「俺、カッコよかった?」

「すご〜く!カッコよかった!!」


 お父様がニコニコしている。


 嬉しそうだ。



 しかし、カーティスが目を点にして、不思議そうな顔をしている。


「お嬢様はもしかして、旦那様の剣技を初めてご覧になったのですか?」

「うん!そうだよ!」


 カーティスが納得したように頷いた。



「私が学園に通っていた頃、旦那様とリュベルト陛下の剣技の腕は有名でした。私は、中等部からの旦那様しか存じ上げませんが、学園で行われる剣術大会の決勝は、毎年旦那様とリュベルト陛下でしたから。初等部だった私は、旦那様が学園を卒業するまで、毎年楽しみにしていました」


「決勝!?毎年!?」




 学園の剣術大会は、毎年秋に行われる一大イベントだ。


 学園の生徒全員が見学でき、観客席は毎年満席状態となる。


 騎士団も見にくることからスカウトされることもあり、騎士志望者にとっては本気の戦いなのである。

 

 それを決勝まで残るというのは、相当の実力者ということだ。将来の騎士団長クラスが有望されるのだ。


 陛下なら王族という立場的に、実力があることは想像しやすいが、お父様までそれほどの実力の持ち主だったとは驚きだ。



「そんなこともあったね〜」



 私の驚きとは対照的に、お父様は肘掛けに頬杖をつきながら、軽い調子で窓の外を眺めている。


 なんとなく、その目は懐かしいものを思い出すように細められている気がする。



「当時も、今日のように旦那様は”負け”を選んでおられましたが」


「えぇ〜。そんなこと言わないでよ。だって、俺が陛下に勝っちゃったら、ソッコーで陛下の護衛にさせられるじゃん。それに俺は、自分の私兵団を訓練しているくらいが、ちょうどいいんだよ」



 お父様が、ケラケラ笑いながら話しを続ける。



「いいの。いいの。俺も陛下も勝ち負け関係なく、純粋に試合を楽しんでただけだから」


「お二人が笑みを浮かべながら試合をされているのは、とても印象的でした。お二人の信頼関係、いえ、深い絆を感じとれましたから」


 

 カーティスも当時を思い出しているのだろうか。


 カーティスは、まるで憧れの人を見る少年のような目をして、お父様を見ている。




『どうしてお父様は、剣の腕もあり陛下との絆も強いのに、陛下の側近にならなかったのかしら?』



 その理由を聞きたいと思ってしまったが、なんだか今ではない気がして聞かなかった。






 そして、やっぱりお父様は懐かしいものを見るように、馬車の窓から遠くを眺めていたのだった・・・・・。






クリスティナは前世の王太子妃教育で、読唇術を習っていました。

外敵から己の身を守るため、危機管理のひとつでもあったのです。

本物の密偵ほど読唇術の能力があったわけでありませんが、それなりに身につけていたおかげで、父グレイソンの口の動きを予想することができたわけです♪

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