初めての孤児院②
休憩後、お母様は院長先生とお話があるからとダイニングルームを退室し、メアリーが年少組に絵本を読み聞かせ、カーティスが年中組や年長組の数名に木の枝で剣術を教えたりしている。
私はというと、同世代から年長組のメンバー数人といっしょに、孤児院にある小さな畑に連れてきてもらっていた。
私が、何かお手伝いできることがあればしたい、とお願いしたのだ。これが貴族同士の家であれば断固拒否されたと思うが、ここは孤児院。快く案内してくれた理由には、おそらくお母様も普段から何か手伝っているのだろう。
小さな畑は、先ほど追いかけっこをしたお庭の隣にある。
「お嬢さまは、お嬢さまなのに走れるんだな!!」
そう話しかけてきたのは、私と同じ年齢の男の子、ザックだ。
「私だって走れるもん!追いかけっこ楽しかった!」
「チロとミルルを連れていたのに早くてビックリしたよね〜」
「ホント!ホント!あっ、お嬢様。もっと根元から抜かないとです!」
私は今、小さな畑の雑草抜きに挑戦している。年長組の双子の男の子、ザイとダイが雑草の抜き方を教えてくれる。
『なんだか、ザイとダイは以前に会ったことがあるような、ないような・・・』
初対面のはずなのに、そのような既視感を覚える。それが、今世なのか前世なのか分からない。双子の男の子なら覚えていそうなものなのに。
『う〜ん。気のせいかしら?』
本当に会ったことがあるのなら、そのうち思い出すだろうと、この時は深く考えないようにした。
「ねぇ!あのね、いま、皆が困ってることとかはないの?」
私は、ここへ来た本来の目的を雑草を抜きながら質問してみる。
すると、同じように雑草を抜いていた女の子が、顔を上げて私のほうを向いた。こちらの女の子も私と同じ年齢で、ロラという名前だ。
「えっと.....困ってるというか.....困ってないというか.....もっと学校で勉強してみたいな、って思います」
遠慮がちにロラが言った。
「学校には通えてないの?」
「ううん.....通えてはいるんですけど、交代で露店で売らないといけないから、毎日は行けないんです。だから、休んじゃうと授業についていけない時もあるから・・・」
『なるほどね・・・』
孤児院では、この小さな畑で収穫した野菜や、クッキーなど簡単に作れるお菓子、寄付されたハンカチなどを自分たちで売り、孤児院の運営を賄っている。
もちろん、領主である公爵家から運営費は出されてはいるが、いくら贅沢な暮らしをしていないとはいえ、10名以上もの子供がいるのだ。食費や衣服費、施設の修繕費など追いつけないところは出てくるだろう。露店で売ったとしても、莫大な売上となるわけではないが、少しの金額でもないよりはましだ。
それに、孤児院の子供は16歳になると、孤児院を出なければならない。自立して生きていくためには働かなければならないため、幼い頃から働くとはどういうことなのか学ぶ必要がある。
全てを施しだけで済ませていては、彼らの将来のためにはならないのだ。
家族がいない彼らは、自分の力だけで生きていかなければならないから。
だからといって、読み書きができない、計算ができないとなってしまうと、悪い人間に騙されてしまう危険性もある。
だからこそ、学校で学ぶことも大切なのだが、仕事と学校を両立させるのは現実的に難しい面もある。
露店で野菜を売るにしても、野菜を畑から収穫しなければならないし、何かお菓子を売るにしても、そのお菓子を作る時間がどうしても必要となってしまう。
そして、それを露店場所まで運ばなければならない。平民の一般家庭でも馬車はない。あっても荷馬車だ。孤児院ならば、自分の手で持っていくか、よくて荷車を引いていくかだろう。
私は思案しながら、雑草を抜いていく。
「あと、ロラはもっと料理がしたいんじゃない?」
ロラの隣で雑草を抜いていたココが声をかけてきた。ココは、年長組の女の子だ。この孤児院で一番年上のお姉さんである。
「料理が好きなの?」
私が尋ねると、先ほどまで悲しそうな顔をして話していたロラだったが、みるみるうちに顔が赤くなる。
「うん.....好き。いろいろなご飯とかお菓子を作ってみたいな」
「ロラは、ご飯を作る時に、率先して手伝ってくれるんです。この歳で、じゃがいもの皮むきも上手にできるのはロラが一番なんですよ」
孤児院のご飯は、年長組が中心となって調理するそうだが、ロラが一番手伝うのだとココが説明してくれる。
「ロラは運動が苦手だもんな!」
ザックが横から、からかいの声を上げる。
「うるさい!ザックだって、野菜の皮むきヘタでしょ!」
「オレはいいんだよ!騎士になるんだから!」
ザックとロラの子供のケンカが始まってしまった。
「ザックは騎士になりたいの?」
私は話題を変えようと、ザックに問いかける。
「おーよ!オレは、カッコいい騎士になるんだ!」
「そうなんだ!えっ、じゃあ、カーティスに習ったらいいじゃない!」
カーティスは今、隣のお庭で他の子供たちに、木の枝を使って剣術を教えている。
「オレも習いたいけど、今日は畑の当番だし・・・。カーティス兄ちゃん、カッコいいよな〜!」
「俺もカーティス兄ちゃんみたいになりたい!」
「僕も!」
ザイとダイも騎士になりたいらしい。
「まったくもう.....今日の分は、ほとんど終わったから、3人とも行ってきていいよ!」
ココが呆れたように言う。
「「「いいの!?」」」
「どうぞ!どうぞ!すみません、お嬢様。いいですか?」
「えっ!?私は構わないよ!行っておいで!」
「早く行っちゃえ!あっかんべー!」
ココは、面倒見のいいお姉さんだ。ロラもザックに対して、舌を出しながら悪態をついているが、その姿がなんとも可愛らしい。
「ありがとう!ココ姉ちゃん!」
「あっ!ザック、ずるい!俺も行く!」
「待って〜!僕も行く〜!」
ザックがカーティスのもとへ走り出し、あとからザイとダイも追いかけていく。
畑に残った女子3人は、残りの雑草抜きをしながら、おしゃべりに花を咲かせる。
ココは、この孤児院を出たら治療院で働きたいそうだ。
ロラは、運動が苦手なのは本当で、料理や掃除をするほうが楽しいと、恥ずかしそうに教えてくれた。
この畑での賑やかな光景を、孤児院の建物内から眺めていた人物が2人。母アリアナと院長ナターシャだ。ここの院長室の窓からは、庭や畑が丸見えなのである。
「ふふっ。仲良くなれてよかったわ」
「それにしても、いきなり追いかけっこをするとは予想もしておりませんでした」
ナターシャはクスクスと笑う。
「あらっ、子供が仲良くなるには、いっしょに遊ぶのが一番手っ取り早いじゃない?それは、貴族も平民も変わらないわよ?」
「さすが、アリアナ様でございます」
また、クスクスと笑うナターシャ。
2人きりの時は、ナターシャはアリアナに対して「公爵夫人」ではなく「アリアナ様」と呼ぶ。
2人の関係性は親しいが、なぜ先ほどは「公爵夫人」と呼んでいたかというと、孤児院の子供たちが16歳になって自立した時、外の世界では貴族をどう呼ぶのか手本となっているのだ。
「ねぇ、ナターシャ。私はね、ティナに、人は何を考え、何を悩み、どう生活して、どう生きているのか知ってほしいの。貴族も平民も関係なく、同じ人間だってことを知ってほしい。そうすれば、誰かの心の痛みや苦しみを、全く同じように感じることはできなくても、知ろうとすること、理解しようとすることはできるわ。そういう優しさって、循環するものだと私は思うの」
「お嬢様なら大丈夫です。礼儀も言葉遣いもなっていない子供たちに対して、急にお体を触れられても怒ることもせず、あれほど楽しそうに一緒に過ごしていただいて、いまも嫌な顔ひとつせず土に触れてくださっています。これから、もっと多くのことを経験されていくお嬢様は、慈愛に満ちた女性になられると思いますよ」
「そうね.....。私は学園で、平民という立場の人たちを知ったつもりでいた。でも、ここに嫁いできて領民たちと触れ合うことで、全く理解していなかったのだと痛感したわ。もちろん、学園の取り組みは素晴らしいものよ。あれは、平民という”人”のことを知るきっかけになるから。でもね、やっぱり直接会って話すことが、その人自身を知ることが、どれだけ大切なことなのか思い知らされたわ。人間は欲深い生き物よ。大人になればなるほど欲が増えていく。そうなれば、学園の景色もその時に感じたことも忘れて、誰かに対して攻撃するような貴族も出てくるわ」
「それでも、お嬢様なら大丈夫ですよ。公爵様とアリアナ様、お2人のお嬢様なのですから」
「だけど、私も自分の娘の気持ちを知ろうとしなかったわ。あの子の涙を見て気づかされるなんて、私もまだまだね」
「人は、いくつになっても完璧な人間など、おりません。私もこの歳になっても、いつも自問自答を繰り返しております。しかしながら、もし自分に至らない点があったとしても、それを自分で"気づける"ことが大切なのだと思います。気づくことができれば、反省することも前へ進むことも、また違う選択をすることもできます。自分で"気づけない"人こそ、心が貧しい人なのだと思います」
「私は"気づける"ことができたのね。夫婦喧嘩ばかりでは、ティナが寂しい思いをするって、少し考えれば分かることなのに。それに.....私は夫の考えも、ちゃんと知ろうとしなかったってことね。今さらながら、なんで喧嘩ばかりしてたのか分からないわ。ちゃんと話し合えば、お互いに理解できることばかりだったのよ」
「お嬢様の"涙"に感謝ですね」
「えぇ.....本当に。大切なものを失わなくてよかったわ」
「これから、どんどん成長なさるお嬢様が楽しみですね」
「次回からも、ティナといっしょに来るからよろしくね」
「はい。私からも、よろしくお願い致します」
こうして、前世も含めて人生初の孤児院訪問は、無事に終わったのだった。




