85 帰ろう
-- ルウ --
王弟のニコラが視線をとめて微笑む。
「上手くいったのですね、兄上」
さすがですっ、とニコラが尊敬の眼差しを向けたのは……グレン。
「あぁ、ニコラも頑張ったね」
グレンがそう言うと、はいっと嬉しそうに駆け寄り頭を撫でてもらっているニコラ。
「ニコラッ! どういうことだ!? お前の兄は私だぞ!!」
王がようやくミアから視線を外しニコラを見る。
「殿下は、殿下ですよ」
ニコラの顔から笑顔が消える。
「もう殿下でもなくなりますが……」
王は眉間に皺を寄せたがすぐにフンッと笑い
「私はミアがいればそれでいいからな。国も民もお前もどうでもいい、王位などくれてやる」
その言葉に今度は王妃が騒ぎ出す。
「私は!? 私はどうなるのよ! アーデルハイト様はどこなのよ!? 魔王城に行けないのなら私はここにいるわよっ」
そう言ってニコラに視線を止める。
「あ……ニコラ様、私、ニコラ様となら喜んで結婚いたします。私以上の王妃はいませんわ、きっとお力に……」
とひきつった笑顔を向ける。
「嫌だよ、貴女みたいな汚い女性」
王妃は青ざめ
「きっ……汚い……!?」
残念……
「そんなことより、兄上」
王になりました、と微笑みグレンを見るニコラ。
「よかったな」
グレンにそう言われ、はい! と嬉しそうに頬を染める。
この二人の絆は思っていたよりも深いものだった。
バーデット公爵家……グレンが城に来るまで預けられていた貴族の家。
「バーデット公爵は良くしてくれた」
だから城での生活に驚いた、と。
「公爵は両足にマカラシャを嵌めた後にまた僕を預からせて欲しいと王族に嘆願してくれていた」
マカラシャは貴重なものだから無理だと何度も断られていたらしいが……
たしかバーデット公爵家は貴族の中でも変わり者だと思われていると言っていたか……
「まだ小さかったニコラはいつも僕の作ったものをキラキラとした目で見て遊んでいた」
懐かしそうにそう話すグレン。
「自然と僕を兄と呼び、公爵もそれでいいと言ってくれて」
なぜ、バーデット公爵家は他とは違うのか……
バーデット公爵が子供の頃、父親と森へ狩りに行ったことがあった。
自分達の糧となる動物達がどんな風に生活をしているか、狩りがどれだけ大変なことか、自分達の食卓に並ぶまでどれだけの人が関わっているか、バーデット公爵家では代々そうやって子供の頃から実際に見せて学ばせていた。
狩りは上手くいくときといかないときがあったけれど、実際に見ることに意味があるという考えらしい。
森は魔獣もいて危険だから奥へ行くことはなかったがこの日はそれ以外にも危険が潜んでいると知ることになった。
馬に乗っていると父親が突然うめき声をあげ子供と落馬をしてしまった。
父親の胸には矢が刺さっていて子供を庇って落馬をしたから腕も折れていた。
最初は他にも狩りをしているものがいて動物と間違えて矢を射たれたのかと思ったが、現れたのは盗賊だった。
父親がケガで動けず、幼かったバーデット公爵は泣くことしかできなかった。
「大当たりだな」
盗賊の一人がそう言って父親の持ち物と服を漁る。
「ガキはどうする?」
別の一人がそう言うと
「連れていくだろ、売れるんじゃないか?」
「父親の方は?」
「殺すだろ、遠くへ行くのに時間がいるからな」
父親は止めようとうめき、子供は泣きじゃくり……盗賊達は笑っている。
「うるせぇなぁ」
と、どこからともなく声がして突然……盗賊達の首がはねられた。
驚いた子供は泣き止み、その目の前にフワリ、と現れたのは……
ボロボロの服を着た綺麗な顔の魔族の男性だった。
「ガキには刺激が強かったか?」
でも泣き止んだな、としゃがんで子供の頭をポンポンと撫で、口の悪さとは真逆の優しい顔で微笑む男性。
「泣き止んだ褒美にコイツも治してやる。父親か?」
子供が頷くとすぐに治癒魔法をかける。
父親の傷が治ると子供は目に涙をためたままありがとう、とお礼を言った。
「ちゃんと礼が言えるとは驚いたな」
父親も立ち上がり礼を言い
「治癒魔法を……貴方は命の恩人です。私だけではなくこの子も……きちんとお礼をさせてください」
ハハッと男性は笑い
「魔族にそんなことを言っていいのか? とんでもないことを言うぞ」
それに、と続けて
「もう会うこともないだろうしな」
そう言うと子供が魔族の男性の手を握り首をふる。
「まいったな……」
と頭をかく男性が、それならと言い
「今度、困っていたり可哀想な魔族がいたら助けてやってくれ」
お前もだぞ、と子供の頭を撫でる。
「約束するよ。我がバーデット家は魔族の助けになる」
こうして今、約束が果たされているわけだが……
そのバーデット公爵家に王弟のニコラが預けられ、王族と繋がりができたのは偶然だったのか……
バーデット公爵家で育てられたニコラはやはり魔族に友好的で……グレンに関してはそれ以上だ。
そこで僕達は考えた。
城にいる人間を総入れ替えしようと。
僕でもわかる……腐っていると。
僕達が城にいる間に世話になった人間達は僕達が、側近やその他の選定はニコラとバーデット公爵に任せた。
そして僕達は実行した。
ハルと僕が……ついでにみんなが安心して暮らせる世界のために。
だから、エイダン以外のマカラシャの研究に関わった者達と協力していた魔族も殺した。
魔族の方には僕の両親もいたけれど驚きはしなかった。
僕だと気が付くと何かわめいていたけれどうるさいだけで何とも思わなかった。
「完璧……」
ミアの声で目の前のことに意識が戻る。
「ミア、聞いただろう? 私の覚悟を。これは愛の証かな、ミアも嵌めてくれるのだろう?」
王に嵌められた金の首輪を指でなぞるミアに嬉しそうに頬を染める王。
「ゆっくりと締まっていくの……」
ミアが首輪に指を引っかけて静かにそう言う。
「え?」
ミアが話しかけてくれたことが嬉しいというような顔で聞き返す王。
「何年もかけてゆっくりとよ……フフフッ……」
首輪だけを見て笑うミア。
そう、エイダンに改良させたのだ。
「なんの話を……一体何を言って……」
王のひきつった笑顔が見える。
「察しが悪いわね」
ため息をつくロゼッタの近くには王よりも察しのいい王妃が青ざめた顔をして唇を噛んでいる。
「数年は生きられるのだから幸運だよ」
アレスが優しく微笑む。
「はっ、外してくれっ」
「こんなの嫌だっ!」
「た……助けてっ……」
使用人達も騒ぎ出す。
「お、落ち着いてく、ください。皆さんのお、お世話はニコラ殿下がしてく、くれるから」
レトがそう言うと
「殿下だなんて……皆さんニコラと呼んでください」
王となったニコラがそう言う。
「なっ! 私達をあの部屋へ閉じ込める気か!?」
ようやく理解できた王が口を開く。
「いっ嫌だ!」
「閉じ込められるなんてごめんだ!」
「冗談じゃないぞ!」
使用人達も騒ぎ出す。
「冗談じゃない、は……こちら台詞ですよ。それに、貴方達はあの部屋へは行けませんよ」
兄上が過ごした部屋ですからね、と言い
「新しいお部屋を用意しましたよ」
地下にね、ね? 兄上、と微笑むニコラ。
「地下!? 地下なんて冗談じゃないわ! 暗くてじめじめしていてっ……だいたい……そうよっ! 先王が黙ってはいないわ!」
そうでしょう!? とすがるように王を見る王妃。
「そうだ、ニコラ、お前の父上でもある先王が許さないぞ」
少しの間があり、あぁ、と思い出したようにアレスが口を開く。
「殺したよ」
は? と王が目を見開く。
「その顔、殺される前の彼にそっくりだ」
クスクスと笑うアレス。
「こ……ろした? 母上も……?」
「あぁ、そうだよ。笑ったりしてすまない」
何せ魔族だから、と眉を下げるけれどまったく悪いとは思っていないアレス。
王がニコラを見る。
「僕の父上はバーデット公爵ですから」
と冷たい視線を返す。
「何なのだこれは……そもそもなぜ魔族が国を作る!? なぜ集まっている!?」
なぜ私の代でこんなことが……と焦点の定まらない視線を僕に向ける。
「ハルのためだよ。それから僕達の」
ハルだと? と寝ているハルに視線を移す。
「なぜ……ただの人間ではないか……」
それは違う。
「僕達の大切な人だよ。僕達に王がいるとすれば彼女だ」
王は笑いだし、人間の女が魔族の……と何かブツブツと言っている。
「それじゃぁ、問題はないな。さっさと帰ろうぜ」
ライオスがあくびをしながらそう言うと、そうね、とロゼッタが同意する。
あの部屋で……僕達に関わった全員に首輪を嵌めた。
「ニコラ、彼らの世話を任せたよ」
手間を取らせてすまないが……と言うと
「ルシエル様、お気遣いありがとうございます。兄上からここでの暮らしは聞いていますので、生きている間はきちんと世話をしますよ」
ニコラが微笑む。
「さっきミアが言っていた通り、その首輪は数年かけてゆっくりと締まっていく」
これから起こることをきちんと説明しておかなければ。
「ゆっくりと締まって、喉を潰し骨を砕き首が千切れたら外れる」
皆が首輪に触れる。
「だから死んでからもしばらくは外れないのだけれど……死んだら関係ないかな」
きちんと理解して何年も恐怖と後悔に苦しんでもらわないと。
「そんな……そんなの嘘よっ! アーデルハイト様が私を迎えにくるわっ! そうなったらお前っ……ルシエル! どうなるかわかっているわよね!?」
元王妃は現実を受け入れられないらしい。
「ミア! 二人の家を用意したのだよ! こんなことをしなくても私はミアのものだよ! さぁ、二人の家へ行こう!」
ミアはただ微笑んでいる。
「お、俺は違うっ、嫌だ!」
「なぁ、何か誤解があったみたいだ、私は違う、他の奴らとは違うんだ!」
「嫌だっ……こんなの間違っている……何で俺が……」
恐怖で騒ぎ出す者達ともう何も言えずに立ち尽くす者達。
「うるさいなぁ、早く連れていってくれ」
ニコラがうんざりしたように言う。
「嫌、助けて、痛い、やめて、殺して……こういう言葉には意味がないのよ」
知らなかった? とミアが連れていかれる者達に囁く。
「魔族と人間、これからですね。公正公平な関係を築いていきましょう」
いい王になると約束します、と僕達に微笑むニコラの頭をグレンが撫でる。
ようやく全てが終わった。
「さぁ、ハルを連れて僕達の家へ帰ろう」
眠っているハルを抱き上げ、僕達は森の家へ向かった。




