84 金の首輪
-- ルウ --
ハルを眠らせるとミアがゆっくりと王の方へ振り向く。
予定よりも遅くなってしまった……
ここへ来る前……応接室にハルとエイダンを連れてくるようミアに頼んだのだが……来たのはエイダンだけだった。
頬を伝うハルの涙をみてどうしてこうなったのか考える。
以前……ハルがエイダンの家へ行き、僕が連れ帰ってからしばらくして……
僕はまたエイダンの家へ行った。
あの夜……殺してしまおうかと思ったけれど、ハルに対するエイダンの態度を見て考えを変えた。
彼を使おうと……いや、彼にも協力してもらおうと。
エイダンに魔族の血が混ざっていることを知っていると伝えてから、僕の素性を明かした。
エイダンは驚き、少し考えてから
「それでは……貴方が来る前にここへ来て、やはりハルを連れていった魔族の女性二人も貴方と同じ……?」
驚きながらもそう聞いてくるエイダン。
ロゼッタとミアか……
「僕以外の魔族のことは話さない」
用心深いな……と笑い
「ではマカラシャは? 子供の姿ではないということは……まさかとは思うが壊れたのか?」
片方はみんなで壊した、もう片方は
「外してくれた」
エイダンが目を見開く。
「なっ……は、外した!? しかしっ……」
そう、外せるはずがない。
「いやっ、外してくれたと言ったか? 誰かが外したのか?」
そう……
「ハルが……」
「ハル? ハルは……どうして……人間だろう? 魔族でも外すことはできないが……」
どういうことだ……? と混乱している。
「言った通りだよ」
そう言って、どうやって外したのかを説明する。
「信じられない、そんな簡単に……ありえないだろう」
マカラシャはもうないから証明はできないが……本当だ。
「マカラシャの複製品を作っているだろう?」
エイダンが口を開きかけ……また閉じて、それから
「あぁ……完璧ではないが」
と認める。
これからのことを話し、エイダンに協力をするかと聞くと
「私はハルのためならなんでもするよ。ハルと一緒にいられるなら」
やはりここへ来てよかった。
「ハルに近づくな、と言いたいところだが……今回協力するなら僕は口を出さないことにする」
会わせないようにはするかもしれないが。
「ハルには誠実に向き合うことだな」
……そう言ったのに何をしているんだ、エイダンは。
今夜、この場にハルを連れてくるとは……
しかも、パーティー会場から応接室へきたエイダンは……
ハルは顔見知りらしいメイドに呼ばれてどこかへ行ったと……
嫌な予感がする……
ロゼッタもそう感じたのか使用人に王と王妃がいる部屋へ案内させる。
中に入ると……ハル……
僕達のために泣いている……
全て聞いてしまったのか……出会った頃の僕達を見て薄々は考えていたかもしれないがそれ以上に酷かったか……
それを聞いても一緒にいてくれると言うハル……
みんながここに閉じ込められるなら自分もここにいると……
あぁ、ハル……エイダンの気が変わる気持ちもわかる。
「やはり私はハルと一緒に暮らしたい」
応接室でエイダンがそう言ってきた。
「それは僕が許さない。だが、口は出さないと言っただろう? 決めるのはハルだ」
そうは言ってもそれも僕が許さない。
ハルは森のあの小さな家で僕と暮らすのだから。
「それならハルに会いに行こうとするといつも邪魔をするのをやめて欲しい」
気づいていたか……いや、気づかれてもいいと思っていたからそれはいい、ただ
「僕とハルの家に来て欲しくないんだ」
そう言うとエイダンの眉間にシワが寄る。
「私とハルの家には勝手に上がり込んだだろう」
それはそうだが、あそこはハルの家ではない。
「僕にはそうできる力がある」
そこまで言ってこんな話をしている場合ではないと思い直す。
「この話は後だ。今はハルのために」
そう言ったところでノックが聞こえた。
返事も待たずにドアを開けたのは……エリオット……エイダンの弟か……
「あ……すみません……」
僕達を見てからエイダンに視線を止める。
「兄上、大丈夫ですか?」
と、少し怯えたような視線をエイダンへ向ける……
「エリオット……どうしてここへ」
兄上の様子が気になったので……
「僕……迷惑でしたか?」
と言いながらエイダンに見えないように僕達を睨む。
まったく次から次へと……
エリオットとはエイダンよりも早い段階で同じように話をしていた。
彼はエイダンよりも魔族だ。
エイダンはエリオットを完全に人間だと思っているが……
なぜエイダンには言わないのか……
か弱い弟の方が可愛いだろう? ということらしい。
これまで魔力があることを隠し通してきたことと、この立ち居振舞い……
これからのことを考えるとこのエリオットという男は役に立ちそうだと思った。
まぁ……やはり見返りは求められたが……
「私達は失礼するよ」
そう言ってエイダンがエリオットを連れて部屋を出ていった。
この兄弟はこんな日に限って予想外の動きをする……
そのせいで今、僕達はハルの涙を見ている。
みんなの片手にはエイダンが作ったマカラシャが……
ミアが今にもここにいる人間を全員殺してしまいそうだからさっさと始めよう。
「ミアッ、私のミア! さぁこちらへおいで」
ミアは動かず微笑んでいるだけだから、結局王がミアにフラフラと近づいていく。
目の前のまで王が来ると、ミアは微笑みながら王の頬にそっと手を伸ばしてそのまま……
カシャン
王の首にマカラシャを嵌めた。
魔王は王妃に、他のみんなは使用人達の首にそっとマカラシャ嵌める。
マカラシャを嵌められた人間達は何が起きたのかわからない様子。
「こ……これは……」
いつの間にか背後にいる魔族と、お互いの首に嵌められた金の輪を見て驚く使用人達。
「ア、アーデルハイト様? 何を……」
魔王は王妃を無視して、髪をかき上げながらこちらを見てうんざりしたように言う。
「ルシエル、もういいだろう?」
あぁ、と頷くと魔王はロゼッタの姿に戻る。
「まったくっ……二度とやらないわっ」
長い髪をなびかせ……やはり横柄に見えるのは気のせいか……
「い、一体なんなの!? アーデルハイト様は!? 私の……っ」
目の前で起きたことが信じられず混乱している王妃が
「ルシエルと言った!? ルカ……お前がっ」
バシンッ
「うるさいわよ」
バシンッ
ロゼッタが王妃の両頬を打ち、打たれたことのない王妃は呆然としている。
「ミア……? なぜ君がこれを?」
ミアは何も答えずただ微笑むだけ……
「人間にマカラシャを嵌めても意味はないのだよ、知らなかったのかな、可愛いミア」
ミアがクスクスと笑う。
「なぁ、もう帰ろうぜ」
使用人の側にいるライオスが退屈そうに言う。
「まだ終わっていないよ」
アレスがなだめるように言うと
「ぼ、僕も早くか、帰りたい」
そうだね、とまたアレスが答える。
「お、お前達はまさかっ……そんなっ生きていたのかっ」
僕達の名前と人数でようやく使用人達も気がついたようだ。
それから……
コン コン コン
ノックが聞こえ部屋へ入って来たのは
「……これは一体、何事ですか?」
王弟のニコラ……
驚いた表情でここにいる全員を見ている。
「殿下、それに他の方も……その首に嵌めている金の輪は……」
そう言ってニコラがフワリと微笑んだ……