83 揺らぎ
-- ロゼッタ --
「絶っっ対に嫌よ!! 何で私がっ!?」
人前に出るのも嫌なのに! しかもあのお城で!?
「しょうがないだろ! ミアにできると思うか!?」
ライオスの言い方に余計にイラッとする。
「そのまま出るわけではないのだし……」
アレスがなだめるようにそう言うけれど
「だったらアレスがやればいいじゃないっ」
いやぁ……と困っていアレスの代わりに
「ぼ、僕達はパーティーで見られているから……こ、今回も出席しないと……」
レトが恐る恐る口をはさむ。
「欠席でいいじゃないっ」
それは……と再びアレスが口を開く。
「今回は魔王が出席するんだよ。森の魔族もみんな招待をされているからあまり少ないのも……」
そんなこと……どうでもいいわっ……
「ロゼッタ、頼むよ。君にしか頼めないんだ」
ルシエル……それは頼んでいるのかしら……目付きが悪いわ。
「ハルと……僕達のためだ」
グレンが真っ直ぐこちらを見てそう言う。
そんなことわかっているわよ……
「ロゼッタ」
ミア……
「…………っわかったわよ!! ……やるわよっ……魔王でもなんでもね!」
結局こうなってしまった…………
ハルを見ていると……ときどきイライラする。
世話焼きな性格、疑わず何でも信じる人の良さ、これまで怖い思いをしたことはないの? 騙されたことは?
魔力も持たない、治癒魔法も効かない……脆弱な……
「魔族がどういうものか知っているの?」
ハルが振り向き首を傾げる。
「魔族のことはよくわかっていない……かな」
やっぱりね……
「でもみんなのことは知っているよ」
子供の頃からね、とクスクスと笑うハル。
なによ……それ……
「ロゼッタも私のことを知っているよね」
そう……ハルは魔力のない世界からきた……
家族や友人に会えない寂しさは私にはわからないけれど、知らない世界で一人というのは……きっと不安……
「ハルのことなんて……私は知らないわよっ」
そう言ってから後悔をする……またやってしまったと……
どうしてもきつい言い方をしてしまう……
うつ向いている私の頭を撫でて、そっかぁ……と少し残念そうに言ってから嬉しそうに微笑む。
「大丈夫、一緒にいれば嫌でも知っていくからね」
私を抱きしめて
「ありがとう、ここにいてくれて……」
と静かに言うハルはやっぱり寂しさや不安を感じているのかもしれない……
あのお城からこの家に連れてこられるときにルシエルが言っていた……ハルは僕のだ、と。
釘は刺されていたけれど、ここへきてみんなの気持ちがハルへ向いていくのがわかる。
この中ではルシエルの魔力量が一番多い。
だから争いは避けたい……それはルシエルも同じだから……だからみんなでハルを守ろう、と悲しませるようなことはしないと約束した。
もしルシエルがハルを完全に一人占めするようなことをしたらきっとミアが……
今のミアなら無茶なことはしないと思うけれど、エイダンという男の家へハルの様子を見に行ったときはヒヤヒヤした。
冷たくエイダンを見つめながらミアは考えていたのだと思う……殺すか殺さないか、ハルが悲しむか怖がるか。
マカラシャの複製品を作るこの男はハルと知り合ったから命拾いをしている。
彼が死んだり、いなくなったりしたら彼を友達だと思っているハルが悲しむ……
ずっと心配をしてしまうだろう、ハルの心にいつまでも居座るなんて許せない。
そう言っていたルシエルの言葉にみんな納得していた。
……まぁ、彼はハルを友達だとは思っていないみたいだから……あまり調子にのると殺されるかも。
エイダンは私達に優しくされることはないのだから気を付けないと……
街の噂話を聞いたハルが勇者の話を私達にしてくれた。
けれど、みんな興味がない様子だった……
「何かあってみんなのせいにされるようなことになったら……嫌だなぁ……」
ハルのこの一言でみんなが考えた結果、勇者達には安全に魔王城へ来てもらうことになった。
まったく何をしているのか……
その結果、今回のこのくだらないパーティーに参加するはめに……
「似合っているじゃないか。横柄な雰囲気も合っているし、やっぱりロゼッタで正解だな」
横柄な雰囲気なんて出していないけれど!?
本当にライオスはいちいち人をイラつかせる。
髪をかき上げみんなを見下ろす。
「うん、いいね……完璧だよ。ロゼッタ」
アレスに褒められても嬉しくない。
「す、姿を変えている間、こ、声も変えるのをわ、忘れないでね」
わかっているわよレト。
「…………」
何も言わないのも気にさわるわ、グレン。
「ありがとう……」
ミアは……ずるい。
「当日、ハルは……街へ行く……」
ルシエルがため息をつきながらそう言って
「僕達と一緒に家を出るからロゼッタは外に出てから魔王の姿に」
私達は魔力の消耗が激しいと身体が小さくなってしまう。
滅多にあることではない……というか生きている間にないことがほとんどらしい……私達の境遇が特殊だったから……
子供の姿になると精神的にも幼くなる……私はそんなつもりはないけれど。
男性の姿にはなったことがなかったから……というか男性の姿になるってなに?
思い出したらまた腹が立って……笑えてくる。
男性の姿になると魔力の消耗が少しだけ早いし、私には長期間は難しい。
そして、やっぱり少し中身も男性的になるような気がする。
大きな手で髪をかき上げ、みんなを見下ろす。
「行こうか」
声も変えて歩き始めると、ミアは姿を消して他のみんなは私の後に続く。
壇上に立つ前に、応接室へ通され王と王妃とその側近達と挨拶をした。
初めて魔王を見た人間達は……わかりやすいくらいに圧倒されていた。
男性姿の私はよほど魅力的に見えるようで、男女問わず頬を染めて視線を絡めてくる。
特に王妃……私の目の前のへ来て自分が一番美しく見える角度、笑顔、仕草で挨拶をして話をしている……
まぁ、わざわざ王妃が好みそうな男性の姿になったのだが……滑稽だな、と冷めた目でみていると……
後ろから(笑顔)と囁かれ仕方がなく微笑む。
すると勘違いをした王妃が
「私はいつでも魔王城へ行く準備ができていますわ。国ができたばかりでいろいろと大変な時期でしょう? 私なら魔王陛下のお隣でお支えすることができますわ」
……なんて図々しい……
「それは心強い。私のことはアーデルハイトと」
そう言って微笑むとさらに頬を染める王妃。
下品で卑しく、簡単な女だ。
パーティー会場での王達の挨拶が終わり私達も壇上へ。
静まり返る会場から徐々にざわめきが広がり熱い視線が集まる。
ふんっ、くだらない、と思っているとまた後ろから(頼むよ)と聞こえてきた。
わかっているっ、まったく……
微笑みながら会場を見渡し挨拶をしていると……
危なく一点に目を凝らしてしまうところだった。
ハル……?
隣にはエイダン……どういうつもりだ……?
ハルは絶対何かに巻き込まれるだろ……という
ライオスの言葉が頭をよぎる。
後でみんなにも伝えないと……
パーティーが始まりアレスとレトとライオスは貴族の女性達とダンスを始める。
ルシエルは王と話しているし王妃は私に話しかけている。
もう一度ハルの方へ視線をチラリと向けると
「アーデルハイト様? どうかされましたか?」
うっとうしい女だ。ため息を飲み込み王妃に視線を戻す。
しばらくして、少し休ませてもらうよ、と魔族らしく気まぐれに言い席を外し私達に用意された部屋へいく。
「ハルがいたけれど」
そう言うと
「俺も見た、やっぱりハルは巻き込まれた」
とライオスが笑う。
ミアは嬉しそう……
「パーティーが終わる前にハルを家に送るよ」
そう言ってルシエルがため息をつく。
ところが、そうはならなかった。
王と王妃は別室で他の者と話していますので、このまま少しこちらでお待ち下さい、と使用人の一人が伝えにきた。
お酒をお持ちしましょう、と言う使用人に
「いや、いらない。それよりも両殿下がいるその別室とはどこだ」
案内しろ、と言っているように言う。
予定外のことばかりだ……さっさと用を済ませよう。
緊張していた使用人は私に話しかけられ驚いたのか
「こっ、こちらです!」
とあっさり案内してくれた。
使用人を下がらせ、面倒なのでノックもせずにドアを開けて中へ入ると……
「ここで何をしている」
知っている顔の者達がハルから離れる。
後ろでミアの……みんなの魔力が揺らぐ……
「なぜ、泣いている」
ハルが泣いている……
ポロポロと涙をこぼし何も答えられないでいる……
服は……乱れていないことにホッとして……それから
うるさい王妃を黙らせる。
ミアがもう限界だ。
みんなも……
ここにいる人間達を見渡し髪をかき上げる。
本当にバカなことをしてくれた……
「あーあ……ミアを怒らせたな」
ミアが……ハルの前に姿を現した……