79 魔王の視線
コツ コツ コツ コツ…………
すごい……皆が息を飲んでいる……
さらりと揺れる髪をかき上げ……
自信に満ち溢れ……不遜な態度とも思われそうな雰囲気だけれども実際……力もあるのだろう……
整いすぎているほど美しい顔に逞しい体つき……背が高いからかそれでもバランスの取れた全身は本当に作り物のよう。
魔王様の後ろにはルウとアレス、レト、ライオス、グレンがいる。
ミアとロゼッタは今回も参加していないのか……姿を消しているだけか……
こういうパーティーでは一度も見かけたことがないけれどドレスアップもしていたし、魔王様が出席するから今回は表に出るのかと……
人の目を引き付ける彼……魔王様が正面を向くと女性だけではなく男性のため息も聞こえる。
「初めまして、私は魔族の王、アーデルハイト・ギデオンだ」
深く静かに通る声も皆を魅了する……
魔王様は王都の街を気に入っていると聞いたことがある……こんなにカリスマ性のある人が街へ出たら皆気が付きそうなものだけれど……
変装が上手なのかな……
私も一度も会ったことがないとハッキリと言える……
一見冷たそうにも見える魔王様が時折微笑みながら話す様子に貴族達は釘付けだ。
目があったと喜ぶ人達も……
広間の全員を見るように話をする魔王様が私達がいるあたりに視線を向けると一瞬……
微笑んではいるのだけれどピクリ、と眉が動いたような気がした。
周りの人達は何も気付いてはいないみたいだから気のせいだったのかもしれないけれど……
魔王様の話が終わり拍手が起こる。
「楽しんで、親交を深めて欲しい」
王様のその言葉でパーティーが始まる。
しばらくは壇上の魔王様やルウ達に注目をしていた貴族達も次第にお喋りを始めお酒を飲み始める。
壇上では王様がルウと、王妃様が頬を染めて魔王様と話をしている。
そしてなぜか王弟の側にはグレンが立っている。
他のみんなは壇上からおりてきてお酒をもらい飲み始めるとすぐに近づくご令嬢……
たぶん仮装パーティーでダンスをしたご令嬢方かな……
お城のお茶会で会った女性達だ……
それから他の人達もアレスとレトとライオスの周りを囲み始める。
アレスは自然な笑顔で優しそうな感じだけれど……レトは笑ってはいるけれど興味のない話を聞いているときの目をしている。
ライオスは……表には出ていないけれど相当イライラしている……かも。
音楽が変わりダンスをする人達も……
「ハル……」
エイダンが私の手を取りダンスへ誘う。
「私がリードするから大丈夫だよ」
と、私があまり踊り慣れていないことを知っているエイダンが私の腰に手を回し抱き寄せ……身体の力を抜いて、と耳元で囁く。
ダンスをしながら何となくまたみんなを視線で追ってしまう。
アレスとレトとライオスはそれぞれ女性と踊っているけれど近くには順番待ちのご令嬢がたくさん……
三人ともしばらくは踊ることになりそう。
ルウは王様と……というよりも王様がルウに話しかけている……すごくたくさん。
そしてなぜか王弟殿下はグレンに……仲がいいのかな。
そして魔王様……
王妃様と話しながら一瞬こちらを見て……眉間にシワが……
王妃様も魔王様の一瞬の視線が気になったのかこちらをチラッと見たから間違いないと思う。
私を……というよりも私達がいる辺りを……
どうしてかはわからないけれどエイダンとのダンスを終えたら帰った方がいいかもしれない。
「ハル?」
エイダンが私をさらに引き寄せどうしたの? と聞いてくる。
「何か……気になるのかな」
首を傾げるエイダンの髪がさらりと流れる。
「ううん、なんでもな……あ……」
今……ライオスと目が合ったかも……
「大丈夫?」
とエイダンが私の顎に触れる。
「大丈夫っ、なんでもないよ」
本当にそろそろ帰ろう……
エイダンに手を引かれエリオットのいるところへ戻ると
「ハル様」
と、呼ばれた。
「メリル!」
会うのはあのお茶会以来。
「ハル様、少しよろしいでしょうか」
おぉ、お仕事モードのメリル。
なんだろう? チラッとエイダンを見ると行っておいでと言われたから
「エリオット、ダンスは戻ってからだね」
とふざけて言うと
「誘ってないぞ」
と割りと本気で冷たくあしらわれた……ちょっと悲しい……
「あの……ハル様……」
メリル……冗談だから……気まずい思いをさせてごめん。
「メリル、久しぶりだね」
廊下を歩きながら話すと
「お茶会以来ね、元気だった?」
とメリルも微笑み少し小さな声で話す。
「どこへ行くの?」
メリルが私を見て
「それが……王妃様が呼んでくるようにって」
……い……行きたくない……
「機嫌が悪いとか怒っているわけではないみたいだから……ただなぜハルが呼ばれたのかはわからないの」
そっかぁ……行きたくないなんて言ったらメリルも困るよね……
「私も心当たりがないから行ってみないとわからないね」
そう言って……上手く笑えたかな……
ここよ、とメリルがドアをノックをする。
中へ案内されると
「来てくれてありがとう、ハル」
王妃様がソファーに座って微笑んでいる。
掛けてちょうだい、と言われ私もソファーに座るけれど……落ち着かない。
「魔王様は紳士的でとても魅力的な方ね」
と、楽しそうに笑う王妃様に頷く。
「魔王様には今日、初めて会ったのだけれど……貴女は?」
私も……
「私もです……」
どうして呼ばれたんだろう……
「あら……本当に?」
そう言われたところでノックがしてドアが開く。
「あぁ、そのままで」
と、部屋に入ってきたのは王様……
なに……? どうして……
戸惑っている私をよそに王様もソファーに座る。
「貴女、私達に嘘をついたわよね」
表情を変えることなくそう話す王妃様。
嘘って……
「君は魔族と関わりがあるね」
今度は王様が……
どうしてその事を……?
何か……何て言えばいい……?
ジワリと手に汗が滲む。
「フフッ、やっぱりそうなのね」
黙っているとそう言われてしまった……
「エイダンの言う通りだわ」
……なに……? 今なんて…………エイダンが……?
「おや、それは話してもいいのだったかな」
王様もエイダンから……
「知らないわよ、私は話したいことを話すししたいことをするわ」
そうか、と王様も笑う。
どうして…………
「あぁ、心配しないで。私達へ嘘をついたことで罰などは与えないからね」
この人達はどうして笑いながらこんな話を……
「そうよ、貴女とはこれから魔王国で暮らす者同士仲良くしなくては」
何の話……わからない……息が浅く鼓動が早くなる……
「それにしても魔王が君を見る目、もう好意を持たれてしまったのではないか?」
「ウフフ、貴方もそう思う? 私の望みは何でも叶えてくれそうよ」
「それはいい。では、これからも両国の関係は安泰だね」
どうして私の前でこんな話をするの……
「あら、ごめんなさいね。ハル……だったかしら、私ね、魔王様と魔王城で暮らす方向で話が進んでいるの」
それでね、と王様をチラリと見て
「私の妻の席には魔族の女性がくることになっているのだよ」
魔族の女性……
「ミアよ」
ミア……
「貴女の知り合いでしょう?」
何が起こっているのか……わからない……
「でもね、元々アレはここの物なのよ」
アレ……? 物……って言った?
「一体どうやってマカラシャを外したのかはわからないが……まぁ、マカラシャも年代物だからガタがきていたのだろう」
マカラシャ……魔力を搾り取る……
「あの者達が戻ってくればこの国の魔力も安定するね」
戻るって……みんないなくなるの……?
「今度は逃げられないようにしないとね」
…………
「逃げられる?」
やっぱりみんなはお城から逃げて……
「聞いていないかしら、ここでの暮らし。皆からとても可愛がられていたのよ」
とてもそんな風には……
「それならどうして逃げ出すの……」
私の小さな呟きに答える王様。
「ミアは逃げ出していない、私達は愛し合っているからね。あの者達の誰かに無理矢理連れ出されたのだ」
混乱してくる……
「まぁ……私はここから出ていくから、これからはいくら泣かせても関係ないのだけれど、ほどほどにね」
王妃様がうんざりしたように話す。
「使用人達が仲良くしていたみたいだが……そうだね、しばらくは手加減するように言っておくか」
この人達は……ここの人達はルウ達に……
私が出会った頃のルウ達の様子……
夜中にうなされて身体を丸めて涙を流す……
痩せていて子供の姿で……しかも魔力も使えない小さなあの子達に……
「あのよく泣く……レトといったか? あの子は男性の使用人に人気があったな」
「よく泣くからかしらね」
レトを……
「一番反抗的だったのはライオスとロゼッタだったか」
「そうね、だから一番手を上げられていたのではなかったかしら」
ライオスとロゼッタを……
「グレンとアレスは反応が薄いと言われていた子達だったかな」
「ええ、つまらないと言われていたけれど抵抗なく言うことを聞くから人気はあったわね」
グレンとアレスを……
「そして私のミア。ミアが城にきて八年私は毎晩ミアの元に通ったのだよ。もちろん他の者には触れさせていない」
「ミアね……子供のくせに色目を使って媚びていたわね」
ミアを……
「あぁ、それから空っぽのルシエル。私の実家で飼い始めたときはもう空っぽでつまらなかったわ。見た目だけは良かったけれど表情が全く変わらないのよ」
ルウを……っ
お城でのみんなの酷すぎる生活を詳しく笑いながら話し続けるこの国の王様と王妃様は……私が泣いているのを見て……
さらに楽しそうに笑った…………