78 夜会
目を開けると……なんかスッキリ。
ルウがいたような気がするけれど……って……どこだったかなここは……
エイダンの家に来て……お風呂に入って……お茶を飲んで寝ちゃったのか。
起き上がり周りを見ると……
エイダンの寝室だ……どうして……
思わず着ているものを確認するけれど、身に付けているのは下着とガウンだけだった……
パンツは……ちゃんとはいている……よかった
こんな格好で寝たからかなんかエッチな夢をみたような気がする……
外は……日が傾いてきている。
ベッドから出るとテーブルに書き置きがしてあった。
(着替えたら下りておいで)
着替えたら? 周りを見ると壁のフックにハンガーにかけられたドレスが……
これは…………でもこれしか……
ドレスを着てみるけれど、どうしても背中の編み上げの紐を一人では締められなかった。
ドレスの背中を開けたまま階段を下りてそっとリビングを覗くとエイダンとエリオットが本を読んでいた。
「あの……寝てしまってごめんね」
とりあえずそう声をかけると二人が同時に読んでいた本から顔を上げる。
「エイダン……普通のワンピースとか……ないかな?」
私が着ていた服がないならドレスではなく普段着もできるワンピースの方が有り難いのだけれど……
「ドレスが気に入らなかった?」
そうじゃない……
「ドレスはとっても素敵だよ……」
ただ……身体にフィットしていて胸元は大きく開いているし深いスリットも入っていて……ちょっと露出が多いような気はするけれど……
「そうか、よかった」
でも普通のワンピースの方が……
「ハルの服はそのドレスしか用意していないのだよ。すまない、一人では着られないよね。ここにはメイドはいないから私が手伝うよ」
寝室へ戻ろうって……そっか……ドレスしかないのか……
仕方がないからエイダンと寝室へ戻る。
エイダンに背を向け髪をまとめて前へ流す。
…………?
「エイダン?」
動く気配がないけれどどうしたのかな……チラリと振り返ると
「あ……あぁ、すまない。ハルの肌が綺麗だから……見とれていた」
と、うっすらと頬染める……
「すぐに済ませるから」
と手早く紐を締めていきながら
「夜会でこういうドレスの女性に会ってもなんとも思わなかったが……」
夜会はお茶会のときよりも肌の見えるドレスを選ぶ女性が多いみたい……それからそういうドレスを贈る男性も。
「ハル、とても綺麗だよ……このまま城へは行かずにここにいようか……」
耳元で聞こえるエイダンの声と背中に感じる体温が……とても近くて……
ん?
「ちょっと待ってエイダン。お城って言った? お城に行くって……」
そうだよ、と頷くエイダン……初耳なんですけど?
「あぁ、エイダンとエリオットが行くのね、どうりで二人とも素敵な格好をしていると思った」
エイダンが少し首をかしげて
「ハルも一緒に行くのだよ」
……さらっと驚かさないで欲しい……
「きっ、聞いてない……!」
聞いてないよっ、お城の夜会って……今夜って……ルウ達が行っているアレだよね。
「ハル? 落ち着いて、大したことではないよ。私の隣にいてくれたらそれでいいから」
でも、でも……家でみんなを待っているはずだったのに……
「今夜は貴族と魔族の集まる夜会だからハルも行っておいた方がいいと思う」
どうして……
「森にどのような魔族がいるか知っておいた方がいいし、今夜は魔王も出席するようだから顔くらいは見ておいてもいいと思う」
確かに魔王様には会ったことがない……
魔王城で働いていても会えたことがない……
「滅多に姿を現さない魔王だよ。次はいつ会えるか……」
そう……だけれど……
「大丈夫だよ、前にハルを迎えにきた魔族の男性と私は顔見知りだし……」
そうだった……私が魔族と関わりがあることはまだ曖昧にしておきたいと言っていたルウがエイダンには姿を見せている……
「彼もハルの隣にいるのが私なら安心だろう」
そういうことなのかな……
「それに、正直貴族のご令嬢が苦手でね。ハルが隣にいてくれると助かるのだが……」
そう言って困ったように笑うエイダンに思わず頷きそうになるけれども
「でも……私、招待されていないし……貴族でもない……」
それなら心配いらないよ、と
「招待状には同伴者もご一緒に、と書いてあるしハルは王妃様の茶会に参加したことがあるだろう?」
王妃様に一度でも城に招待された者はその後のパーティーも参加しやすくなるのだよ、と。
「そうなの? よく……わからないけれど私が行っても大丈夫なら……少しだけ参加してみようかな」
ルウからもらった魔道具があればいつでも帰れるし……魔王様のお姿を一目見たらすぐに家に帰る……
少しだけ行ってみても大丈夫かな。
「では、決まりだね」
そう言って微笑むエイダンによろしくお願いします、といい二人で一階へ下りる。
リビングで待ってくれていたエリオットはなぜか私をみてホッとしたような表情をする。
「ハル……」
エイダンが忘れ物をしたと二階へ行くとエリオットに小さな声で呼ばれた。
「兄上に…………いや……帰らないのか?」
気まずそうなエリオット……
「エイダンがお城の夜会に連れていってくれるって……」
三人で行くはずじゃ……もしかして
「やっぱり招待されていないから行ったら迷惑かな?」
エリオットがため息をつき……いや、と首をふる。
「参加するのは問題ないが今のうちに」
「待たせたね」
エイダンが戻って来るとエリオットが話をやめて微笑む。
「兄上……御者を呼んできますね」
と、応接室へ向かうエリオット。
……え!? ずっと家の中に御者の方がいたの!?
それはそうか……外に馬車があったものね、全然気が付かなかった……お茶くらい出したかった……ごめんなさい。
それから三人で馬車に乗り込むとお城へ向かって走り出す。
少し急いでいるのか森からお城へ向かう道では何度か身体が跳ねてしまった。
ちょっとお尻が痛いかも……
「ハルは軽いからね、こちらへおいで」
って……隣で腕を広げられても……
チラッと正面のエリオットを見ると目をそらされた……
どうしちゃったのエリオット! なんか今日は大人しくない?
エイダンに視線を戻すと……さぁ、おいでと……
「エイダン……それは」
ガタンッ、と馬車が揺れまた身体が浮く。
「兄上、ハルは恥ずかしいのですよ」
ようやくエリオットが口を出してくれた。
「そうなのか? 気にしなくてもいいのに」
可愛いね、と私の髪にふれたのを見たエリオットがまた口を開く。
「ほら、これを使うといい」
上着を脱いで畳んでこちらに差し出しこれを敷いておけ、と
「エリオット……それもちょっと……」
シワになってしまうし……
「それなら兄上の膝の上に座るか?」
あ……お借りします。
「ありがとう……」
と、エリオットの上着を受け取ろうとするとエイダンが先に受け取って自分の上着も重て置いてくれた。
人の上着の上に座るのは物凄く抵抗があるけれどエイダンの膝の上はもっと抵抗がある。
有り難く座らせてもらうとエイダンが私の腰に腕を回す。
「こうした方が安定する」
う……ん……今日はなんだかエイダンの距離感が……
さっき見た夢を思い出してしまう……
「ハル? 少し顔が赤いが大丈夫か?」
こんなに近くで顔を覗きこまないで欲しい……
恥ずかしくてうつむくとエイダンが私の頬に触れる。
「熱はないようだが……気分がすぐれないようならすぐに言うのだよ」
うん……
そうして馬車に揺られてしばらくするといつの間にかお城の入り口まで着ていた。
馬車がたくさん止まっていてたくさんの使用人や着飾った貴族達が見える。
「間に合ったようだね」
そう言って馬車を降りたエイダンが私の手を取る。
三人でお城に入り広間まで行くと……
人の多さに酔ってしまいそうになる……
周りを見るとご令嬢方がお茶会のときよりも大人びて色っぽく見える……着ているものですごく印象がかわるなぁ……
しばらくそんなことを思いながらキョロキョロしているとエイダンとエリオットの周りに女性達が集まってくる。
少し離れた方がいいかな、とそっと後ろに下がると
「おっと」
と、私の肩に触れる誰か……
「すみませんっ、大丈夫ですか!?」
足を踏んでしまったような……
「ハハッ、大丈夫だよ。貴女に踏まれたとしてもなんてことはない」
と私を見下ろす男性。
「それにしても……見かけない顔だね。成人は……」
胸を見るんじゃない……このドレスも悪いけれど……
「しているようだからどこかで会っていてもよさそうだが……」
私は貴族じゃないし仮装パーティーにしか出たことはないからね。
「ハル、私から離れては駄目ではないか」
エイダンとエリオットがこちらへくる。
「! バイドルフ侯爵家の……」
男性が驚き、失礼しました、と言いどこかへ行ってしまった。
「ごめん……」
でも……二人に集まってきたご令嬢方を押し退けるなんて無理よ……
そんなことを話していると……突然ざわめきが小さくなった。
壇上には王様と王妃様と王弟が……王様の挨拶が終わると今度は静まり返り……
コツ コツ コツ コツ……
と、靴音が響く。
魔王様の……登場だ…………




