76 怖い夢
翌朝……
五人の勇者を名乗る男達の態度は一変していた。
「ち、朝食はいらないからすぐに出発する」
「失礼なことをいろいろ言ってしまって悪かったな」
と……私の顔を見るなり青い顔をしてそう言ってそそくさと出ていってしまった。
あんなに選んでいた魔道具やお金になりそうな物も一つも盗まずに……
ルウにどうしちゃったんだろうね? と言うと
「さぁ……怖い夢でもみたんじゃないかな。とても怖い夢を……」
何日も居座られなくてよかったね、と微笑んでいた。
それからは同じように何か盗もうとしたり何日も居座ろうとしたり、私に失礼な態度を取るような人達はみんな決まって次の日には朝食も取らずに帰って行った。
そうして魔王様の情報が一切表に出ない状況が続き、とうとう人間のお城からの使者がやって来た。
ルウには僕が対応するからハルは出ないで、と言われた。
「魔王陛下に直接お伝えしたいのですが……」
魔王城に入ると、使者の方もそうするよう命令されているからか少し困ったようにそう言う。
「こちらへどうぞ」
とルウが応接室へ案内する。
それから少し長めの話が終わり使者の方が帰るとみんながどこからか集まって来ていた。
ハルもおいで、と言われ応接室に入るとライオスが口を開く。
「それで、行くのか?」
ルウが頷く。
「今回は貴族のみが集まるらしいよ」
と……
「国民が迷惑をかけた上に手厚い対応をしてくれたお礼と謝罪がしたいんだって」
とルウが私に説明してくれた。
国民がって……元々魔王様の情報に賞金をかけたのは誰だったか……
まさかこうなるまで放置していたのはこのため……?
「あちらのお城でもてなしてくれるそうだ。魔王と側近、他にも魔族の民を全員連れてきても構わないそうだよ」
それから、とルウがこちらを見て
「ごめんね、今回はハルを連れてはいけない。ハルは森に住んでいるだけで魔族との関わりは……疑いを持っているものはいるかもしれないがまだ曖昧なままにしておきたいから」
コクリ、と頷く。
この辺のタイミングはルウ達にお任せしよう。
それにしてもそうか、みんな出払ってしまうということはその日は一人か……
「それなら私、その日は街に行ってくる」
ルウが、あちらのお城に行く前に街と森の野営地を繋ぐ出入口を塞ぐと言っていたから街の……皆の様子も気になるし。
みんなが渋い顔をする……なに? なんで?
「できればここにいて欲しいのだけれど……」
みんなが頷く……
「ハルは絶対何かに巻き込まれるだろ。俺の鳥かごを使おうぜ」
ライオス何か言った?
ルウが私にくれたネックレスに触れ……それから小さくため息をつき、移動用の魔道具の腕輪を確認する。
「街への行き帰りには十分な魔力が入っている」
と言ってくれた。
「ありがとう」
とお礼を言うとルウも優しく笑ってくれた。
それからルウが一度お城へ行き訪問する日時を決めて帰って来た一週間後、ルウ達はドレスアップをして私を街まで送ってくれてからお城へ向かった。
みんなとっても素敵で……あんな人達に送ってもらったなんてすごく贅沢な気分……と余韻に浸りながら街を歩いていると
「ハル?」
と呼び止められた。
「エイダン」
久しぶり、と街中でエイダンとバッタリ。
「ハル、よかった。少し付き合ってくれないかな」
「うん、いいよ」
あ……また内容を確認しないで引き受けちゃった……
「あ……」
「助かるよ、ありがとう」
と、ホッとした様子のエイダンを見て断れなくなってしまった……
街の馬屋でエイダンの愛馬のマクスとも再会を果たし、そのままマクスに乗せられてエイダンの家へ……
街で済むことかと思ったら……ルウに言われた通り内容を確認してから引き受けるんだった……
エイダンの家の前には馬車が止まっていて家の中には
「ハル……捕まったか」
エリオットが…………え? 捕ま……?
「エリオットも久しぶり、どうしたの? なんか今日は素敵だね」
今日はだとぉ? って顔で睨んでくる。
すみません、いつも素敵です……
「あ、いやぁ……なんかパーティーのときのような格好だから……」
ねぇ……
「ハル、今日はこれまでのお礼がしたいから私に付き合って欲しい」
きっと楽しいから、とエイダンが私とエリオットの間に入る。
「お礼って……お給料も頂いたし十分良くしてもらったから……」
エイダンは眉を下げて微笑んで
「私の気持ちだから……付き合ってもらえないだろうか」
うっ……その顔はずるい……
私もエイダンには助けられたしなぁ……
「うん……私で良ければ……」
エイダンが分かりやすく嬉しそうに笑うから私も微笑んでしまう。
「よかった! 準備があるから……とりあえずハルは風呂に入ってきてくれるかな」
な……なんて!? お風呂!?
思わず服の裾を鼻に……
「あぁ、違うよ。ごめん、まずはリラックスして欲しいだけだよ」
これを、と渡されたのは入浴剤のようなもの……というか入浴剤。
「わぁ……いい香りがするね」
エイダンがよかった、と微笑みそれからこれは髪に使って、とたぶんトリートメントの様なものもくれた。
「それでは、ゆっくりしてきてね」
と……少し強引にお風呂へ案内されてしまった……
なんか明るいうちに人の家のお風呂に入るのって変な感じ。
リラックスできるかなぁ……と思っていたけれど入浴剤の効果か、ウトウトしてしまうほどもの凄くリラックスできてしまった。
お肌も髪もツルツルで大満足、もうこれで十分なくらいだけれど。
タオルを手に取り服を…………服……
ないっ……ふ……服がないっ! 下着っ……も……
いやっ、正確には下着はある……私が身に付けていたものではないけれど……
レースの繊細なデザインの……高そうで……
なんかエッチな感じに見えるのは私の心が曇っているからか……
あとガウンもある……
私の服と下着はどこへ……服はともかく下着まで洗ってくれたりしていたら嫌すぎる……
どうしよう……返して欲しい……
とりあえずガウンだけを羽織、下着は置いて出ようかと思ったけれどそれも心もとないから……仕方なく下着も身につける……
身に付けてしまったからこれは買い取らせてもらおう。
一体どういうつもりなのか……
とにかく服も下着も返してもらって着替えよう。
そっとリビングを覗くとエイダンが……
「ハル、ゆっくりできたかな」
と言いながらお茶をいれる準備を始める。
「うん、凄くリラックスできたよ。ありがとう」
よかった、と微笑むエイダン。
「あの、私の服と……し、下着はどこかな。着替えたいのだけれど……」
エイダンが首を傾げながら
「新しい服と下着を用意したから、前のものは処分したよ」
え…………処分?
「処分って……捨てちゃったの!?」
あぁ、と笑顔で頷くエイダン……
「どうして……そんな……勝手に……」
あの服はルウがくれたもの……
ショックを受けている私にエイダンが
「もしかして気に入っていたものだったのかな……勝手なことをしてすまない……」
と頭を下げる……
わざとではないのだろうけれどこれは……
「もうこんなことはしないでね……」
してしまったことはしかたがない、
「ハル、もうしないよ。本当にすまなかった」
もしかして……
「どこかにまとめて置いてあるのかな? ワンピースだけでも」
「燃やしたからもうないよ」
え?
「燃やして処分してしまったからもうないんだ」
そっ……か……そうなんだ……
「っ……すまないハル、同じものは無理かもしれないが似たようなものなら……だから……すまない……泣かないで」
あ……涙が……
エイダンが近づいてきて……私の涙に口付けを……
「っ……!」
驚きすぎて涙が引っ込む。
「なっ……なっ……」
驚き過ぎると本当にこれしかでてこない……
「ハル、ごめん」
シュンとした様子のエイダンに思わず頷いてしまうけれど……なに……なんだったの……
私の動揺をよそにエイダンが私を暖炉の前に座らせてお茶を出してくれる。
「ときどきハルの家のやり方を真似させてもらっているんだ……」
ほら、髪も乾かそう、と私の髪に櫛を通す。
……なんかいつもよりも距離が近いような……
こんなときいつもなら……
「エリオット……エリオットは?」
お風呂に入る前はここにいたのに……
「……エリオットのことが気になるの?」
エリオットが気になるというか……いつもと様子が違う……ような気がするエイダンの方が……
「あ、さっきはいたのにどこにいったのかなって……」
お茶を飲んだら帰らせてもらおうかな……
「エリオットは部屋にいるはずだよ」
そうか……部屋に……今はちょっとここにいて欲しかったかも……
「ハル、お茶も飲んで」
お風呂あがりは水分をとらないとね、とカップを渡される。
「ありがとう、いただくね」
とお茶一口飲むと……
「美味しい、なんか甘いね」
そうか、よかった、と微笑むエイダンはいつものエイダンに見える。
帰る前にレシピを教えてもらおうかな。
髪も乾いてお茶も飲んだからそろそろ帰らせてもらおうかな。
「エイダン、いろいろとありがとう。カップは私が……」
立ち上がるとクラリ……と目眩が……
身体もなんだか熱い気がする……
水分補給が足りていないのかも……
「エイダン……お水……もらう……ね……」
キッチンへ向かおうと足を踏み出したつもりが足がもつれて……
「ハル? 大丈夫?」
エイダンが私を支えながら心配してくれている……
「水を持ってくるから座っていて」
とソファーに座らせてくれた。
エイダンがお水を持って戻ってくる前に私は……
重くなった瞼を閉じてしまっていた……