70 ダグラス侯爵家
「アオは……魔獣らしいよ」
イーライがきた週の週末、森の家へ帰りみんなにそう伝える。
「うん、そうだね」
読んでいた本から視線を外し私をみて微笑むアレス。
「も、もう少し大きくな、なると思うよ」
へぇ……すごい! まだ大きくなれるのね!
教えてくれてありがとう、レト。
「知っていると思っていた」
さすがに……と驚きを隠せない様子でグレンがダメージを与えてくる……
「いや、どう見てもだろ」
あーあ、気付いちゃったかーって……さてはライオス……面白がって……
「ハルが馬だと言うからよ。べつにどちらでもよさそうだし」
ミアも頷く。
ロゼッタ、ミア……そうなのよ……馬でも魔獣でもどちらでもいいのだけれど、私が知らなかったせいでアオが危なかった……
「ハル、黙っていてごめんね。この世界の人間は魔獣となると怖がったり攻撃したりするから……ハルには怖がって欲しくなかった……」
ルウ……みんなも……お陰で魔獣に対して先入観も恐怖も全くない。
「他にもいるのかな、私が気づいていない魔獣」
そう聞くと……たくさん教えてくれた。
前にいた世界では見なかった動物はほとんど魔獣だった。
出会っていたのか魔獣に……こっちの世界にきてから割りと早い段階で……そっかぁ-……
「私……もっとこの世界のことを知らないと……」
大丈夫だよ、とルウが後ろから私を抱きしめる。
「ねぇ……魔力を搾り取るってどういうこと?」
確か……イーライが言っていた。
討伐か生け捕りにして魔力を搾り取るって……
「……なぜそんなことを……」
耳元で聞こえるルウの声が少しだけ変わった……?
みんなの様子もなんだか……
「魔力は魔族が提供しているんだよね? 人間とは協力関係……なんだよ……ね?」
「その通りだよ。お互いパーティーにも招待していただろう?」
そうだけれど……
みんなはどうやらこの話しはしてくれないみたい……
それなら……
「そういえば、来週のお休みの前日にお茶会に招待されているんだった」
私が話題を変えたことにみんなホッとしている……
「街の友達と?」
う……
「うん」
嘘をついてしまった……
でも初めての場所だと誰かついてくるかもしれないし……
「ルウがくれた移動用の魔道具を使おうと思うのだけれどいいかな?」
ルウが腕輪を見て魔力は十分だから大丈夫だけど僕が送っていくよ、と言ってくれた。
「エイダンが早めに仕事を上がらせてくれるからそのまま行ってくる」
夕食までには戻るから、と言うと頷いてくれた。
魔力を搾り取る……この話しはイーライから聞くことにしよう……
そう決めてからあっという間にお茶会の日になった。
お昼過ぎまではエイダンの家で仕事をして、ルウがくれたワンピースに着替える。
イーライがエイダンの家まで迎えの馬車を用意してくれた。
外へ出ると御者の方がイーライ様は侯爵家でお待ちです、と言いながら私の手を取り馬車に乗せてくれた。
馬車に揺られながらイーライの言葉を思い出す。
魔力を搾り取る……
この言葉……出会った頃のルウ達を思い出す。
幼い姿で痩せていて……
魔力を使いすぎると一時的に子供の姿になると言っていた。
日常的に魔力を使っているけれどあれ以来子供の姿になることはなかった……
お城で働いていた……魔力を提供していたと言っていたけれどもしかして……
でも……
馬車のドアが開き、到着しました、と手を差し出してくれる御者さん。
お……おぉ……思っていたよりも大きいお家。
急に緊張してきた……ドレスじゃなくてワンピースだけれど大丈夫だったかな……そこまで考えていなかった……
思わず御者さんに私、大丈夫ですか? と聞きそうになる。
玄関の扉が開きイーライが出迎えてくれる。
「ハル、よく来てくれた。迎えに行けず申し訳なかった」
馬車を用意してくれただけで十分だよ、ありがとうと笑うとイーライも笑う。
「それで……あの、そちらの方々は……」
イーライがえっ? と振り返り
「部屋で待つよう言ったはずですが」
と、おでこに手を当てる。
「ハル、私の父と母だよ。それから兄達だ」
家族揃ってのお出迎えっ……
「初めまして、ハルと申します」
ここは落ち着いてお城のお茶会に招待されたときにエイダンとエリオットに教わった礼をする……ワンピースだけど……
「初めまして、我が家へようこそ。私はイーライの父、マティアス・ダグラスだ」
ダンディなマティアス様がよろしく、と言い
「こちらは妻のシャルロッテだよ」
シャルロッテ様がよろしくね、と美しく微笑む。
「それから私が長男のマルクスです」
ニコッと微笑む男前。
「僕は次男のニコライだよ」
よろしくね、とこちらも爽やかなイケメン。
「ごめんなさいね、イーライが女性をうちに招待するなんて初めてなのよ」
そうなんですか……?
シャルロッテ様が申し訳なさそうにそう言うと
「だからといって皆で出迎えてはハルも驚いてしまうよ」
……本当に……お茶を飲みにきただけなんです……あとお菓子とお話と……
「挨拶もできたことだし、また今度ゆっくり話そうね」
マティアス様がそう言うとお兄さん達もまたね、と言いイーライと私を残してどこかへ行ってしまった。
「ハル、すまなかったね……」
と眉を下げてそう言うイーライを見て思わず笑ってしまう。
「フフフッ、ごめん、なんか可愛くて。やっぱり家族のいる家は落ち着くよね」
いつもは騎士団長の制服を着て気を張っている姿しか見ていないから……
イーライの頬が少し染まる……可愛いなんて言って……恥ずかしかったかな。
「ハル、こちらへ」
と部屋へ案内してくれる。
それにしても広い……もう玄関まで戻れる気がしない。
部屋へ入るとお茶とお菓子が運ばれてきて二人だけのお茶会が始まる。
茶葉に詳しい人が働いているみたいでかなりの種類のお茶があるらしい。
「茶会をうちにした理由の一つだよ、少しずついろいろと試してみるといい」
そう言ってたくさんの種類のお茶を用意してくれて、それに合うお菓子や料理のことも教えてくれた。
この和やかな会話の間にどうやってあの話をしようかと考えている間にお手洗いに行きたくなった。
「イーライ、少し失礼するね」
そう言うと察してくれたのかメイドさんに案内を頼んでくれた。
待っていてくれると言っていたのに……お手洗いから出るとメイドさんはいなくなっていた……
フフッ……戻れる気がしない。
来た方向はわかる。確か……こっち!
「そちらではないよ」
え、そうだったかな……ん?
「……マルクス様」
長男の……
「うん、おいで。案内するよ、ハル」
ハルと呼ばせてもらうよ、と。
「ハルはイーライのどこが好きなのかな」
と歩きながら聞かれたけれど……
「……実は知り合ってまだ間もないので……」
どこがと言われても……そこまでよく知らない。
「でも、イーライ様はお人柄がいいですし街に友達も多いみたいなので私もその一人になれればと思っています」
そう言うとマルクス様が不思議そうな顔をする。
「友達? 君はイーライとの結婚を望んでいるのではないのか?」
いきなり話が重くなった……
「……友達になれたらいいなとは思っています」
首を傾げるマルクス様。
「ならば私とはどうだ? 侯爵家の跡取りだよ」
えー……
「……もっとないですね……」
あ……普通に言ってしまった。
「なぜ?」
いや……こっちの台詞……
「今日お会いしたばかりでマルクス様のことを知らないので……そういうことは考えられません」
何か試されているのかな……何……この会話……
「重要なのか、それは」
「重要ですね」
私にとっては。
「それにそのお話、マルクス様にとって何かいいことがありますか?」
じっと私を見つめるマルクス様。
家柄や財力なんかのメリットがあれば……いきなりそういう話をしたりするのかもしれない、貴族なら。
私にはそういうのはないから……
ふむ、と顎に手を当てて
「変わっているね、ハルは」
それに思っていたより頭もいいみたいだ、と面白いものを見つけたというような顔をして笑う。
「兄上、ハル」
今度はニコライ様の登場。
僕も一緒に行く、と言いマルクス様と少し何か話してから三人で歩きだす。
「僕、魔道具の中でも離れていても連絡ができるものが好きなのだけれどハルはどんなものが好き」
ニコライ様が無邪気に聞いてくる。
確かエイダンも持っていた……値段も高いし魔力の消費も早いとか……
もしかしたら……無理矢理奪った魔力で……
「……私は……魔道具を使わない生活も好きです……」
思わずそういうと少し驚いた表情をする二人。
「……ですが! あの、えー……お茶がずっと温かいままのカップ、あれいいですよねぇ……」
ハハハ……
ふぅん、とニコライ様が言い、マルクス様は面白そうに笑う。
「イーライは優しいよね」
ニコリと微笑み私を見るニコライ様。
話が飛ぶな……この人は……
「それにこの通り家柄もいい」
はい……
「だからこれまで何人もの女性が贅沢な暮らしを夢見てイーライに言い寄ってきたり、嘘をついてまでこの家に上がりこもうとしたりしてね」
ふぅ……とため息をつくニコライ様。
少し棘のある言い方だけれど本当に大変だからだと思う。
でもこの感じ……何だか覚えがある気がする……
そうだ……この二人…………