7 実家みたいな場所
「ハルには恥じらいがないの?」
失礼な……こんな乙女を捕まえておいて。
「ルウが一緒に入りたいっていうから……」
こうして服を脱いだんじゃない。
「だからってそんな……躊躇いもなく……」
なぜ裸の私ではなくまだ服を着ているルウが恥ずかしそうなのか……
「だって一度一緒に入っているし……まぁルウの意識はなかったけれど」
やっぱり別々で入る? と聞くと首を横にふるし……
「それじゃぁ、先に入っているよ」
ルウを脱衣所に置いて先に頭からお湯をかぶる。
入浴施設とかで他人とお風呂に入り慣れているからなぁ……あと自然の中で育ったというのもあるのかも。
それにルウは子供だし。
頭を洗っているとようやくルウが入ってきた。
「ルウ、頭を洗ってあげるからここに座って」
なるほど、ルウは腰にタオルを巻いている。
でも胸と腰にタオルとなると私は何も出来なくなってしまう。
せめて私も腰にタオルを巻いておこうか……ルウが恥ずかしそうだし……
自分で洗えるから、と断られるかと思ったら意外なことに大人しく私の前に座ってくれた素直なルウ……可愛いじゃないか。
これは……だいぶ心を開いてくれたのでは……
それからそれぞれ身体も洗って一緒に泡を流して湯船に浸かる。
お風呂は小さいから二人で入るとなると、どうしてもルウを抱き抱えるような体勢になってしまう。
「お風呂はもう少し大きいのがいいね」
一人でももう少し大きくても……と思ってしまうのは贅沢だろうか。
「僕はこれくらいでもいいと思う……」
すっかり私に身を委ねてリラックスしているルウが呟くように言う。
ルウくらいの大きさならそうかもしれない。
ウトウトとし始めたルウにそろそろ出ようかと言い身体を拭いて服を着る。
ルウを暖炉の前に座らせてから二人分のお茶を入れる。
「ルウ、髪を乾かしている間にお茶を飲もう」
水分補給は大事なのです。
ルウの髪と自分の髪をタオルで拭いてクシでとかしている合間合間にお茶を飲む。
髪が乾いたからすっかり眠そうなルウを連れて寝室へ向かう。
ベッドに寝かせると何かを呟いていたけれど……寝言かな。
私も隣に横になって布団をかけてから寝息をたて始めたルウを抱き締めて目をつぶる。
温かい……
夜中、またルウがうなされている……
ここに来る前に一体何が……記憶を無くしてしまう程辛いことが……?
記憶が戻ることはルウにとってはいいことばかりではないのかもしれない……
「ルウ……大丈夫、大丈夫だよ……」
強張った身体をきつく抱き締める。
「ここには怖いことなんてないから大丈夫……」
大丈夫、大丈夫、と背中を撫でながら繰り返しているとだんだんと身体の力が抜けてくる。
今度は声を殺して泣き始める……
魔族が子育てをするのは長くて十年だと言っていた……その後は? どうやって生活をしていくのだろう……
ルウはどうやって生きてきたのだろう……
もっとたくさん伝えていかないと。
ルウのことが大好きで可愛くて仕方がないこと……
ルウはいつかここを出ていくけれど、この家にいる間にたくさん愛情を注いでルウがいつでも安心して帰って来られるような……実家みたいな場所になれるといいな。
まぁ……私の家でもないのだけれど……誰か帰って来たらどうしよう。
そんなことを考えているといつの間にか泣き止んだルウがそっと私に寄り添ってきた。
たまたまかもしれないけれどルウに大丈夫だよ、と言われているような気がした
二人でくっついているとまた……いつの間にか眠りについていた。
翌朝、目を覚ますと琥珀色の瞳と目が合う。
「おはよう、ルウ」
もしかして私が抱き付いていたから動けなかった? と笑うとルウは首をふり
「……温かくて……よく眠れた……」
……朝から癒される。
でも昨夜もルウはうなされて泣いていたけれど……
「……今日は街へ行くんだよね、朝ご飯を食べて荷物をまとめたら連れていく」
お、おぉ……段取りを組まれた。
「よろしくお願いします」
ベッドから出てルウの言う通り朝食を済ませて荷物をまとめて身支度を整える。
「僕はハル以外には姿が見えないようにするから……」
ちょっと待って、そんなこともできるの?
本当に異世界……
「……ハルはその格好で行くの?」
私の服はこの世界に迷い込んだ時に着ていたものしかない。
たぶん目立つと思うし少しでも変に思われるようなことは避けたい。
「うん、ローブも羽織るから寒くなければ何でもいいかな」
大きめなローブの中にこの家にあった服を着込む。
ルウは少しの間何か言いたげだったけれど結局何も言わなかった。
「ハル、手を出して」
手? 突然どうしたのだろう……とりあえず言う通りにするとルウが手を握ってあの歌のような言葉を口にする。
ジンワリと温かい何かがルウの手から私の手に流れてきて全身に巡っていく。
「僕の魔力をハルに流した。これで言葉は通じるし文字も読めるよ」
少し驚いたし魔力を流す前に説明をして欲しかった気もするけれど……まぁ……ルウのことは信じているからいいか。
「ありがとう、ルウ」
ルウが小さく頷く。
「それじゃぁ、行こうか」
荷物を持って外へ出る。
ルウがまた短い歌のように聞こえる言葉を口ずさむとフワリ、と身体が中に浮く。
「…………」
驚きすぎて言葉が出ない……
とうとう目の当たりにしてしまった……魔法。
どんどん高く……家が小さくなっていく。
「ル、ルウ……手を繋いでもいいかな……」
さすがに少し怖くなってきた。
ルウが小さくため息をつき手を差し出してくる。
「ありがとう」
ギュッと私よりも小さな手を握ると無言でそっぽを向くルウ。
下を見ると森が続いている。
これは……あの家に留まっていて正解だったかも。
何も知らずに歩いて森を抜けようとしたら大変なことに……最悪死んでいたかもしれない。
ふと前を見ると森が開けて街が見えてきた。
あれ? 遠くに大きい建物が……教会? お城みたい……
思っていたよりも大きな街に戸惑ってしまう。
「ルウ、何だか大きな街だね」
ルウはチラリとこちらを見て
「王都だからね、バルムヘルツ王国の」
バ……バル……? 何て? 後でもう一度聞こう。
王都ということはあの一番大きな建物はお城か……
いきなりこんな大きな街に……と思ったけれど、小さい街に行くよりはちょっと風変わりでも目立たないのかもしれない。
街の中の人気の無いところに降り立つと
「ここからハルの姿だけ人間に見えるようにするから……僕に話しかけたりしないように気をつけてね」
わかった、と頷いてそれじゃぁ行こうか、と歩き出す。
人通りの多い通りに近づいてくるとちょっと緊張してくる。
ルウはちゃんと隣にいてくれている。
まずは肉を売りにお肉屋さんに行きたい。
キョロキョロとしながら歩いていると
「お嬢さん、他所から来たの? 街を案内してあげるよ」
突然男性に声をかけられた。言葉はわかる。
「あの、お肉屋さんは……」
どこですか、と聞く前にルウに袖を引っ張られる。
(……お金、取られるよ)
え!? も、持っていないよっ
「肉屋? 肉屋よりも服屋に行った方がいいよ」
なんか失礼だな。
でも私の言っていることもちゃんと通じている。
「私、お金持っていないので他をあたってください」
そう言うとチッと舌打ちをして行ってしまった。
ルウに小さい声でお礼を言ってまた歩き出す。
「なんかいい匂いがするね……」
フラフラと匂いのする方へ……
パン屋さんだぁ……パン屋さんの匂いってなんか幸せを感じてしまう……
美味しそうなパンが並んでいる。
お肉とか薬草が売れたらルウのものとパンも買っていこう。
「いらっしゃい、美味しいパンがたくさんあるわよ」
女性の店員さんに声をかけられてしまった。
「こんにちは、あの、私お肉屋さんを探していて……」
まだパンも買えないのにお店の人に他のお店のことを聞いてしまった……失礼だったかな……