69 絶対やめて
「ちょっ! ちょっと何しているの!?」
アオに剣を向けないで!
急いでアオに駆け寄る。
「ハルッ!!」
アオの元へいきアオを撫でる。
「ハルッ……ハ……ル……?」
どうしちゃったの……イーライ
「イーライ、剣をしまって」
しかし……とイーライが躊躇っている。
アオが他の馬よりも大きいから驚いたのかな……
「このコはアオだよ、私の友達だから大丈夫だよ」
ヨシヨシと撫でるとスリスリと甘えてくる。
角もスベスベで綺麗。
「ハル……それが何かわかっているのか?」
それって……わかっているよ
「馬でしょ?」
剣をしまって欲しい……
「馬……? いや……どうみても……」
ストップ!
「アオは賢いから傷付くようなことは言わないでね」
大きいし角はあるけれど可愛い馬なんだから。
アオは可愛いよ-、いいこだねぇとアオを撫でる私をみてようやく剣をしまってくれたイーライ。
「ハル……どういうことだ……? 近づいても大丈夫なのか?」
イーライが一歩近づくとアオが前足で地面を蹴り……たぶんちょっと嫌がっている……
そりゃそうか、剣を向けられたんだもの……
イーライに少し待っていてもらってアオを落ち着かせる。
アオはしばらく私の顔や身体にいつもより念入りにスリスリとしてから森の奥へ帰って行った。
振り向くとイーライがいつの間にかすぐ近くにきていた。
「……触らせてもらえなかったね……」
剣なんて向けるから……
「あ……ぁ、そうだな……」
?
「いや……ハル、今のは魔獣だよ」
今のってアオのこと?
「アオは成長したからあんなに大きくなったけれど最初はイーライの愛馬のイルバとおなじくらいだったんだよ」
あれ?
「あぁ、ハルが出会った頃はまだ子供だったか魔力が少なかったのだろう。あの魔獣は成長するまで馬と見分けがつきにくいからな」
あ……れ?
「魔獣……?」
コクリと頷き
「まさか……知らなかったのか?」
知らなかっ……
「知ってたっ、もちろん」
え? と首を傾げるイーライ。
「しかし、今あれを馬と……」
アオね、
「私の中では馬……かな。生き物って何て言うか魂は繋がっている、みたいな」
自分でも何を言っているのかわからなくなってきたのに……ほぉ……と感心するイーライ。
「ハルは変わった考え方をするのだな、狩人独特の考え方なのか」
面白いな、と……なんて素直な人なんだ……罪悪感が……
「しかし……あれ程の魔獣となると報告をしなければ」
報告って……
「報告するとどうなるの?」
それは……と言い淀むイーライ
「討伐対象になるか……生け捕りにして魔力を絞りとられるか……」
「絶対やめてっ……お願いだから」
どうしてそうなるの? ショックで鼓動が早くなる……
「ハル?」
アオが殺され……
「で……でもここは魔族の国だからそんなことにはならないんじゃ……」
あぁ、とイーライが一度は頷いたけれど……
「しかし、この辺りまでは来なくても近くまでは森に入って来る者はいるから……そうなるとやはり……」
やはり……
「魔族側からは今まで通り、必要以上に森の奥まで来なければ自己責任で森に入ってもいいと言われているから街の人達を守るために見回りや……やはり出くわしてしまったら討伐ということになると思う」
討伐……
「アオは誰も襲ったりしないよ……」
「しかし魔獣は危険だ、しかも、あんなに大型のものとなると」
「攻撃されたら抵抗するよ……人間だってそうでしょう?」
一瞬ハッとした表情の後に、確かに……と考えるイーライ。
「ハル、あの魔獣……アオといったか、アオにこの辺りにはもう来ないよう教えることはできるか?」
うん、できる。
ここまで来るなんて珍しいことだし……
「絶対にこの辺りに来ないと言えるのなら……今回は報告はしない」
……本当に?
「本当に。だから……その……もう泣かないで欲しい……」
そう言ってハンカチを優しく頬に当ててくれる……
よかった……膝の力が抜ける私を支えてくれるイーライ。
怖かった……アオを喪うかもしれないと思ったら……
「あ……ありがとう……イーライ」
どうにか笑うとイーライも眉を下げて笑う。
「ハルにそんなに大切に思われているなんて羨ましいな」
イーライはそう言うけれど
「イーライが理不尽に殺されそうになったら私は全力で助けにいくよ」
そう言うと、そうか、と嬉しそうに笑う……
騎士団長相手に何を言っているのか私は……恥ずかしさに顔が熱くなる。
「嬉しいよ」
イーライの笑顔と共に爽やかな風が吹いた……
-- 騎士団長 イーライ --
少し森の様子を見てくる、と言い副団長に後を任せて一人でエイダンの家へ向かった。
エイダンもエリオットも今日は家を空けると言っていたから、森の中にあるエイダンの家に一人でいるハルが気になってきてみた。
来てみて良かった、森を一人で散歩しようとしていたらしい。
ハルはやはり変わっている。
普通、女性は……男性でも森の中を散歩しようなどと思わない。
小型だろうが魔獣に出くわしたらケガをする……下手したら死んでしまうかもしれないのだから。
狩の腕によほど自信があるのかと思えば手ぶらで出ていくし……勇敢なのか無防備なのかよくわからない。
周りを全く気にすることなく、街を歩いているときと変わらない様子で話をしながら歩くハル。
私も油断してしまっていた……
突然、大型の魔獣が現れた。
私一人では倒すことは出来ないだろうがせめてハルが逃げる時間だけでも……と剣を抜く。
ハルは……ハル!?
ハルが魔獣へ近づいていく! ダメだっ! 近づいてはいけない!!
しかし……魔獣はハルを襲わなかった……
嬉しそうにハルに身を寄せハルもそれに答えている。
夢をみているのか? こんなことが……
混乱している私に剣をしまって、というハル。
大型の魔獣が普通の馬のようにハルに甘えている……ハルも名前まで付けて友達だと……
ハルはこの魔獣を馬だと言っていた が狩人特有の考え方があるらしい。初めて聞いたが……
それにしてもこれ程の魔獣……討伐となると死者も出るかもしれない……頭の中で討伐隊の編成を考える。
マカラシャがあれば魔力を溜めることも弱らせることもできるのだが……
ハルにはやはり討伐か生け捕りになるだろうと言うと……
ポロポロと涙を溢し……ハルを泣かせてしまった……
「攻撃されたら抵抗するよ」
人間だってそうでしょう? ハルにそう言われてハッとした。
私は……いや、多くの人間は魔獣は狂暴だと言われて育ってきた。
だからすぐに剣を抜いて殺そうとしてしまう。
教わった通り狂暴な魔獣もいるのかもしれないが……今日出会った魔獣……アオからすれば私の方が狂暴な獣に見えたのかもしれない。
あの魔獣はハルの言うことならば聞くのだろうか……
こんなことをして何かあれば私は騎士団長ではいられなくなる……それどころか王都にもいられなくなるだろうが……
今回は報告をしないことにした……
ハルには落ち着いたら話を聞かなければならないが、ようやくハルが笑ってくれたところなのだ……今日は何も聞かないことにした。
アオという魔獣がこんなにハルに思われていて羨ましいと言うと
「イーライが理不尽に殺されそうになったら私は全力で助けにいくよ」
騎士団長である私にそう言ってくれた。
騎士団長である以上誰かを守って命を落とすこともあるかもしれないとは思っていたが……
まさか助けにきてくれるという女性が現れるとは……
思わず頬が緩んでしまう……やはりハルは勇敢なのだろう。
二人の茶会の約束も取り付けたし、二人の秘密もできた、嬉しい言葉も聞けたのだから……
今日はここへ来て良かった。