60 反応
エイダンの家に来てから数日……
よく眠れている私とは対照的に何故か疲れが溜まっていく様子のエイダン……
「兄上……」
エリオットも心配そうにしながらも渋々仕事へ行く日々……
「エイダン、やっぱり私部屋を移動するよ。せっかく眠れるようになったと言っていたのにこれじゃぁ……」
そう提案してみたけれどもエイダンは首をふり
「部屋は変えないよ。それよりもハルにお願いがあるのだが……」
エイダンのお願いを快諾したその日の夜……
帰ってきたエリオットと三人で夕食をとった後、エイダンに先にお風呂に入ってもらう。
私が後片付けを始めるとエリオットが手伝ってくれる。
私の仕事だから手伝わなくていいと言っているのだけれど、作ってもらっているからと……意外と律儀だな……
少し仕事を片付けるから先に風呂に入っていいと言い部屋へ戻るエリオットを見送りながらそんな時も手伝ってくれるなんて……と、こんなことがあるから好感度が上がったり下がったりでいまいち掴み所がないというかなんというか……
エイダンがお風呂から出てきたのでお茶をいれてから私もお風呂を済ませる。
エリオットにお風呂をどうぞ、と声を掛けてから髪を乾かして、私のお茶とエイダンのお茶もいれ直して二人でソファーに座る。
これがエイダンのお願い……
寝る前にお茶を飲みながら二人でゆっくり過ごす。
「最近はどんな本を読んでいるの?」
「好きな食べ物は?」
「小さい頃は兄弟でどんな遊びをしたの?」
こんな他愛のない会話をしながらしばらくすると……
エイダンが私に寄りかかりそのままコテンと……膝枕状態になってしまった。
エイダンはスヤスヤと眠っている……
せっかく眠れているエイダンを起こしたくはないけれどこのままの体勢で朝までは……
どうしよう……と思っているとエリオットがお風呂から出てきた。
「エリオット……」
エイダンを起こさないように小さな声で呼ぶ。
クッションを取ってもらうか一階の客室のベッドに運んでもらおうと思った。
「なんだよ」
呼びつけたことが気に入らない様子……ごめんって……
でもほら、
「眠れたの……」
とそっと話すけれどその体勢を見て目を見開き大きな声で怒り出しそうなエリオットにシィーッ……とする。
「兄上……良かった……」
うん、そうだね……
そうなんだけれどもどうしよう……と困り顔の私を見てエリオットがため息をつく。
そして私をじっと見つめて…………見つめ……なに?
突然、膝の上が軽くなる。
エイダンの身体か浮かびエリオットが二階へ連れていく。
エリオット……魔法が使えるんだ……
エイダンは弟は人間だと言っていたけれど、エリオットにも魔族の血が流れているのか。
……でもどうしてエイダンは知らないのだろう。
階段を下りてきたエリオットに
「魔法が使えるんだね」
目が金色に変わっている……
「お前、魔族の知り合いがいるだろう」
ど……どうして……
「…………」
「突然目の前で魔法を使われてもたいして驚かなかったし、この目を見ても怯えていない。兄上は自分のことを話したか?」
コクリ、と頷く。
少し寂しそうに笑いそうか、と言い
「今は何も聞かないでおいてやる。その代わり、僕のことを兄上にも誰にも言うな、絶対に」
と睨まれて……コクリと頷く。
私を睨んでから寝る、と言い部屋へ戻っていくエリオット。
あんなに兄好きなのに秘密にしているのはなぜだろう……
考えたところでこちらのこともあるから詮索は出来ないのだけれど…………
ーー エリオット ーー
「しばらくの間、兄上のところで世話になります」
「なんだ……なんだと?」
父上がこちらを睨み母上は……信じられないものをみるような視線を向ける。
「何を言っているのかわかっているのか?」
「エリオット、貴方は貴方に相応しい方々と交流していればいいのよ」
この人達は変わらないな……
二人にニコリと微笑む。
「わかっていますよ、母上」
「いや、お前はわかっていない。なぜあんな半端者のところへなど行く」
……半端者ね……聞き慣れているはずなのに思わず笑顔がひきつりそうになる。
「父上、魔族が国をつくったのですよ。情報が必要だとは思いませんか」
ピクリ、と父上の眉が動く。
「その為に兄を利用するということか」
プライドの高い貴族ほど情報に踊らされる。
確実な情報を持っていれば優位に立てる。
だから僕は知っている、こう言えばこの人達が僕の欲しい答えを言うことを……
「兄上の家は魔族の国の中にあります。未だ謎に包まれている魔王のことも、いち早く情報が得られるかもしれません」
まぁ! と母上が嬉しそうに目を見開く。
「この間のお茶会で王妃様が魔王様について知りたがっていると噂になっていたわ」
まぁ、確かに、と父上も頷き
「あんな奴でもそれくらいの役には立つか。これ以上バーデット公爵家に大きな顔をされては堪らないからな」
腹違いとはいえ王弟を任されているバーデット公爵家は陛下にも信頼されている。
これまで遠ざけられていた王弟が最近では城にいることが多い。だから余計に焦っているのだろう。
「だが、半端者とはいえ魔族の血が流れているのだからくれぐれも気を付けて、上手く使うのだぞ」
「そうよ、貴方に何かあったら私……」
大丈夫です、上手くやりますよ、と微笑む。
可哀想に……この二人が憐れでしかたがない……
思わず笑いだしそうになるのを堪えて部屋を出る。
兄様よりも僕の方が魔族らしいと知ったらどんな顔をするのだろう。
魔力も性質も優しい兄様よりも僕の方がより魔族らしいと知ったら……
兄様も僕も人間として生きてきたけれど、ここにきて選択肢が増えた。
魔族の国……
そろそろ両親を殺して兄様とこの家で暮らすつもりだったけれどその必要もなくなったか?
兄様とならどこでだってどんなところでだって生きていける。
気掛かりなのは……やはり魔族……
群れることのない魔族を惹き付ける魔王の存在か……
それから最近兄様の周りに現れたハルとかいう女。
回りくどく調べたところで彼女の情報は少ない。
パーティーで直接探ろうとしたが……
彼女は何かに守られている。
ハルは……人間なのか?
僕達と同じように魔族の血が……?
いや、そんな風には思えない。
何かに守られていることにも気が付いていないようだったからやはりハルの近くに魔族が……
だが……なぜわざわざそんなことを……
さっさと閉じ込めてしまえばいいのに。
パーティーで踊っていたあの魔族の男か?
親しそうな感じでもなかったしハルの後にも何人かと踊っていた。
だとすると他にいるのか……それともハルも気づいていないハルの不思議な力か……
バカバカしい……
彼女はなんというか……考えなしで計算高さがない。
思っていることもすぐ顔に出るから僕のことをどう思っているのかもわかりやすい。
正直、同族だとは思いたくない。
間抜けだし……チビだし……生意気だし……可愛げがない。
けれども兄様が……兄様は気に入っているようだった。
冬の間ハルが兄様の家に滞在すると聞いて急いで僕も段取りを組んで兄様の家へ向かうと……
本当にいた。
兄様の命の恩人だと聞いたがこんな得たいの知れない女と兄様を二人きりにするわけにはいかない。
僕が兄様を守らないと。
一緒に生活をしてみるとハルは魔道具があるのに使わないことがあったり時間を掛けて家事をしたりと変わったところがあった。
兄様もハルの隣で楽しそうに食事をしたり手伝いをしたり……これまで見たこともない表情をみて思わず
「夫婦みたいだな……」
そう呟いてしまった。
しまった……と思ったが兄様の嬉しそうな様子を見て僕も嬉しくなってしまった。
ハルは……モグモグと一人食事を続けている……コイツ……
兄様のこの表情を見て何も思わないのか? 目は見えているのか?
ハルが来てからだから間違いなくハルのせいなのだが……
兄様がなぜかまた眠れなくなってしまい数日がたったある夜、
「エリオット……」
風呂上がりにソファーに座っているハルに呼ばれた。
近づいてみるとハルの太ももの上に兄様の頭が……
静かにするよう言われ兄様が眠っていることに気が付く。
よかった……気持ち良さそうに眠っている。
眠っている場所が気にいらないが……
困った様子のハルを見て考える。
僕もハルも兄様を起こしたくはない。
けれども移動はさせたい。
ハルはどういう反応をするだろ。
兄様の身体を優しく持ち上げる。
ハルは一瞬……驚いたようだったが……一瞬だった。
兄様をベッドに寝かせそっと頬に触れる。
魔族がなぜ群れないのか……何となくわかる気がする。
兄様……父上も母上も僕に魔力があると知ったらどんな顔をするのだろうね。
落胆 怒り 恐怖 その全てかな。
兄様を家から追い出した両親は僕を大切に育てたのだと思う。
けれども、その両親のせいで兄様と暮らせないのなら……
彼らは僕の邪魔でしかない。
僕の邪魔になるものは全て払い落とし、消してしまいたくなる……
でもそれも兄様が悲しむのなら僕には出来ないのかもしれない。
兄様の髪に触れ額に口付けをする。
さて……ハルをどうしようか……