57 来ちゃった
それにしても以前お邪魔したときも思ったけれど、一人で住むには大きな家だ。
とはいえ、魔王城で働いていたときと同じように魔道具がたくさんあるエイダンの家で私ができることって……
「ハル、制服は……大丈夫そうだね」
そう、エイダンが用意してくれた制服……というか……
「ありがとう、エイダン。でも制服というよりもワンピースみたいだね」
普通の……といってもかなり良さそうな生地だけれど……
「あぁ、その方が私は落ち着くから……もし動きにくいようなら別のものを用意するよ」
いえっ、
「大丈夫、すごく着心地がいいしデザインも素敵」
エイダンが似合っている、と微笑んでくれる。
さっそく掃除でも……と思ったけれども魔道具のお陰でどこもかしこもキレイ……
やっぱりそんな必要もないのに雇ってくれたのか。
「エイダン、キッチンを使ってもいい? お菓子を作りたいのだけれど……」
お茶と一緒に出そうかと
「ハルが作ってくれるの? 嬉しいよ、お茶は一緒にのもうね」
いいのかな? まぁ、二人しかいないから使用人という立場もそんなに堅苦しく考えなくてもいいのかな……
うん、と頷くとエイダンは少し仕事を片付けてくる、と仕事部屋へ行ってしまった。
とりあえずキッチンに何があるのか確認しないとね。
エイダンは自炊とかはしなさそうだけれど一通りのものは道具も食材も揃っている。
これも私が来るから揃えておいてくれたのかな……
とりあえずクッキーかパウンドケーキ……時間はあるし両方作るか。
材料を出してボウルはどこかな、と探していると
「はい……」
とボウルを渡された。
「あぁ、ありがとう、ミア」
ん? ミア?
声のした方を見ると……いるっ
「ミア!? どうして……」
大きな声を出さないように気を付けながら聞くと
「大丈夫……」
とだけ返事をするミア…………何が?
「お菓子……一緒に作る」
まさか一緒にお菓子が作りたくてきちゃったのかな……
子供みたいで可愛……じゃなくてっ
「ここはエイダンの家だから……うちに帰ったときに一緒に作ろう?」
さすがに勝手に上がり込んでしまうのは……
「大丈夫」
…………何が?
「大丈夫よ。ハルにしか私達は見えていないのだから」
やっぱりいるよねロゼッタ、わかってた。
「そういうことじゃなくて……」
違うんだよロゼッタ……ちゃんと挨拶をして友達になったりしてから遊びにくるとかそういう……
二人は……エイダンに姿を見せる気はないのかな……
「見られて騒ぐようなら……それなりの対処をするだけよ」
ダメだ……挨拶をする気もなさそうだし帰ってもくれない気がする。
こうなったら作ってしまおう、一緒に。
「一緒に作ろう!」
なるべく早く。そして帰ってもらうしかない。
材料を量ってはミアとロゼッタと一緒に混ぜたり捏ねたり焼いたりする。
楽しそうな二人を見ていると自分の家にいるような気がして肩の力が抜ける。
気が付かないうちに緊張していたのか張り切りすぎていたのか……
なんだか嬉しくなって
「二人とも、ありがとう」
と言うと
「別にっ……こんなことくらい……」
プイッと顔を背けるロゼッタとコクリと頷くミア。
帰ったら美味しいご飯をたくさん作ろう。
思っていたよりも早く出来上がったお菓子を分けて
「帰ったらもっとたくさん作るからね」
と二人に渡す。
エイダンの家の材料を使わせてもらっているからあまりたくさんは渡せなかったけれど二人共満足げな顔をして姿を消してしまった。
……本当に帰ったのかな……
勝手に上がり込んでしまうのはよくないけれどこうなってしまうと私にもどうしようもない。
二人がいるのかいないのか気になりながらもエイダンの仕事部屋へいきノックをする。
「ハル、そろそろ休憩しようと思っていたところだ」
ドアを開けてそう微笑むエイダンの顔が近づいてくる。
「エ、エイダン?」
「いい匂いがする」
美味しそう……と耳元でささやかれた。
お菓子の匂いか……
「お口に合えばいいのだけれど」
アハハハ……と笑いながら一歩下がる。
こういう距離感で勘違いしてしまう女性が……男性もいるんだろうなぁ……罪な男だぜ、と少し早くなった鼓動を落ち着かせる。
キッチンへ戻りお湯を沸かしているとエイダンもリビングへやってきた。
「手伝うよ」
え……数少ない私の仕事……
「私の仕事だからエイダンは座っていて」
と言ったのだけれど……
「うん」
と返事をして私の隣に立つ……楽しそう。
そういう表情をされると何も言えなくなる……
結局エイダンに手伝ってもらってお茶とお菓子を持って席に着く。
「美味しい……」
エイダンがお菓子を一口食べて呟く。
「お城や街のお菓子よりも甘さは控えめにしてあるから少し物足りなくないかな?」
お菓子を作るといつも心配になるくらいみんながたくさん食べてくれるから私が作るお菓子は甘さを控えめにしている。
エイダンにはその必要はないと思うけれど今日はミアとロゼッタも一緒に作っていたからついいつも通りのレシピで作ってしまった。
「私はこのくらいの甘さが好きだな」
それは良かった。
「ハル、今日くらいゆっくりしていいのだよ」
優しく私を見つめてそう言ってくれるエイダン。
「ありがとう、エイダン。十分ゆっくりさせてもらっているよ」
後で家の周りを歩いてみようかな。
「そういえば、エイダンの家の魔道具は自分で作ったものなの?」
そんな感じのお仕事だったよね。
「あぁ、買った物もあるけれどほとんどはそうかな」
このカップも……とお茶の入ったカップを手に取り私の隣に座るエイダン。
「ほら、ここに小さな魔石が嵌まっていてこのカップの飲み物が冷めないようになっているのだよ」
すごく小さな魔石でカップの柄に隠れていて気が付かなかった。
「本当だ、便利な上にデザインも素敵だねぇ」
感心しながらエイダンを見ると思っていたよりも近くで目が合う……
「ハルはこんな小さな魔道具でも褒めてくれるのだね」
……なんせ魔道具のない世界からきたからね……
「ハルと一緒にいると楽しいよ。来てくれてありがとう」
こちらとしては面倒なことに巻き込んでしまったと申し訳なく思っていたのにそんな風に言ってくれるなんて……
「こちらこそありがとう、エイダン」
そう言って微笑むとエイダンが私の頬に触れる……
「ハル……私と」
コン コン コン
誰かがドアをノックする。
「? 誰かくる予定があったの?」
お出迎えとお茶の用意……お菓子もまだあるから……
「いいや、そんな予定はないよ」
立ち上がろうとする私を止めてエイダンがリビングを出て玄関へ向かう。
私はお茶の用意をしようと立ち上がると……エイダンが一人で戻ってきた。
首をかしげる私に
「誰もいなかった」
とエイダンも不思議そうに話す。
え……私もノックの音は聞こえたけれど……
ボンヤリとうちの可愛い女子二人が頭に思い浮かぶけれど……わざわざノックなんてしなくても入ってきていたからなぁ……
結局何だったのかわからないままその後誰かが来るということもなく日が暮れた。
エイダンがどれでも好きな本を読んでもいいと言ってくれたから、先にお風呂に入ってもらっている間に書斎で本を選ぶ。
元の世界では読書好きだったけれどこちらにきてからは生きるのに必死で余裕がなくなっていた。
ルウと出会って、みんなと出会ってようやく心に余裕ができたと思う。
私とルウの家には本が少ないからアレスから借りた本を読んだりもしているけれど……
エイダンの書斎には魔道具の専門書のようなものが多いのかと思っていたけれど、図鑑や小説もあったり幅広く揃っていそう。
何となく綺麗な背表紙に目がとまった。
最近買ったのかな? タイトルは……
たぶん恋愛小説っぽい感じ。
まぁ……こっちの世界の恋愛事情に興味がないわけではないから考え方を知っておくのはいいかもしれない。
パラパラとめくってみると小説というよりも……なんだろう……アドバイス的なことなのかなぁ……
女性に対しての紳士らしい振る舞いとか男性に対しての上品な振る舞い方とか……
それから魔族にも触れている。
魔族との交わりは不幸でしかない、と。
どうしてそこまで言いきれるのか……というか本に載せて大丈夫な内容なのかな……
今のところ魔族にも人間にも悪い印象はないけれど……
魔族の国ができたことで国同士の交流を通してこういう本の内容も変わっていくのかもなぁ……
そう考えているとすぐ後ろから声がした。
「恋愛に興味があるの? 人間と? それとも魔族と?」
驚いて振り向くとバスローブ姿のエイダンの胸板……
研究職でも逞しいんですね。
チラリと見上げると髪が濡れたままのエイダンと目が合う。
家の中は暖かいとはいえ薄着すぎやしないか? 髪も濡れているし風邪を引いてしまう。
エイダンの手を引いて暖炉の前へ行く。
乾いたタオルを渡してちゃんと髪を乾かすように言ってから
「私もお風呂に入ってくるね」
と浴室へ向かう。
エイダンに恋愛に興味があるのかと聞かれたとき……
ルウの顔が……みんなの顔が浮かんだ……
長い間離れるわけではないのになんだか急に寂しい気持ちが……ホームシックかな……