55 行ったり来たり
ララとミリアの側にいくと何だかホッとして……
パーティーが始まる前から疲れていたことに気が付いた。
あの王妃様……王様の隣にいる……
本物だったんだ……疑っていたわけではないけれども。
「ハル? 聞いている?」
ララが心配そうにこちらを見ながら
「ミリアがここのお酒を気に入っちゃって……」
と、今度は困った子をなだめるようにミリアの頭を撫でる。
「少し休めるような場所はあるかしら」
会場を出てすぐ近くに休めるようにソファーのある部屋も用意していたはず。
周りを見るとお城から手伝いに来てくれているメイドさんが数名見えた。
魔王城は人手が少ないから、と連れてきてくれたみたい。
その中の一人に話しかけると
「休憩室のことも聞いておりますのでご案内いたします」
と言ってくれたから二人をお任せして私は少し風に当たってからいくと言い庭へ向かった。
お酒や食べ物、たくさんの種類の香水の匂いに少し酔ってしまったみたい。
外に出ると息が白いほど寒いのだけれど今はそれが心地いい。
中はあんなに人がいて賑やかなのに雪が積もっている外はとても静かで……
魔王城でのパーティーなのに圧倒的に人間が多い。
魔族はルウ達とエイダン以外にも来ているのかな……
異世界から……迷い込んできたのは私だけなのかな……
突然孤独を感じて不安になる。
靴を脱いで雪の上を歩いてみると……冷たい……
私……ちゃんとここにいるよね……
「ハルッ!」
名前を呼ばれると同時に身体が少し浮き暖かい空気が流れる。
ルウ……
「何をしているんだっ……また熱が出たら……」
ものすごく心配そうな顔で私の側へ来るルウ……優しいなぁ……
「フフフッ……大袈裟だなぁ、これくらいで風邪なんかひかないよ」
なんだか嬉しくて笑う私とは反対に顔をしかめるルウ。
「ハル……」
そうだ……
「ルウ、あの……ミアと人間の国王様は愛し合っている……の?」
話しながら聞いてもよかったことなのか不安になる。
「……誰がそんなことを?」
ルウの表情が変わらないことに少しホッとしたけれど……
「廊下でね、偶然王妃様にお会いして少しお話をしたのだけれど……」
うん、と変わらず優しい表情のルウ。
「……王妃様は魔王様と結婚して魔王城に住むから、そうすれば国王様と愛し合っているミアが結婚をして向こうのお城で暮らせるようになるって……」
私、何も知らなかったから……
「ミアがそうしたいのならもちろん私も嬉しいけれどいきなりいなくなったりはしないで欲しい……かな」
いつでも会えるのかもしれないけれどやっぱり一緒に住んで……家族だと思っている人が出ていくとなると心の準備が……
それにミアが出ていくとロゼッタも付いていってしまいそう。
「……あいつの考えそうなことだな」
ルウが口元を手で覆い何かを呟く……
首を傾げる私に
「ハル」
とルウがこちらを見て微笑む。
「王妃がなぜ会ったこともない魔王と結婚ができると思っているのかはわからないけれど、放っておけばいいよ」
ハルは気にしなくても大丈夫だよ、と……
「ミアのことも、彼女はここを離れないと思うよ。魔王が動かない限り」
そうなんだ……
「ミアが幸せなら……それでいいのだけれど……」
ルウ達には……みんなにはどこか私が踏み込めない一線のようなものを感じるときがある。
「さぁ、中へ入ろう。疲れたのなら僕の部屋で休むといい」
一緒にいるから、と言ってくれたけれど本当は忙しいはず……
「ララとミリアが待っているから戻るよ」
そう言うとルウは二人が休んでいる休憩室の前まで一緒に来てくれた。
また後で、とルウと別れてから部屋へ入ると二人とも何か食べたいというので皆でパーティー会場へ戻った。
「この甘いの、おいしいわ」
うちでも作れるかしら、とララがパウンドケーキを食べながら材料を考えている……後でレシピを教えてもいいよね。
「お酒を浸してもおいしいかも」
ミリアが大人のスイーツを思い付く。
「おっと……失礼」
私の背中に誰かがぶつかる。
「ハル、大丈夫?」
ララとミリアが心配してくれる。
「うん、平気」
ちょっとぶつかっただけだし、と思っていると肩を捕まれた。
「すまない、酒がかかってしまったようだ。新しいドレスを用意させよう」
一緒に来てくれ、って……いらないいらないっ
「あのっ、大丈夫ですから」
と言っている間に強引に会場の外へ連れていかれる。
廊下でようやく私を連れ出した男性を見上げ顔を見るけれど……
仮面を着けていて……たぶん着けていなくても誰かわからない。
でもこの人……
「君、イザベルと話したらしいね」
イザベル…………誰?
「彼女は名前も名乗らなかったのか」
ハァ……、とため息をつく男性……
貴方も名乗っていませんけど……
「私の妻だよ」
妻……今日話をした名前も知らない既婚者は王妃様だけ……
やっぱりこの人……
「妻からきいたよ。君、魔族の知り合いがいるのかな」
単刀直入……王妃様には魔族の知り合いがいるとは言っていないのに……ミアのことを聞きたいのかな。
「あぁ、警戒しないで。君も人間だろう? これからも魔族とは仲良くしていきたいからね。君も知っている通り、人前に姿を現している魔族は少ないから魔族と交流のある人は貴重なのだよ」
どうなんだろう……、と考えている私をみて警戒されていると思ったらしい仮面をつけた……たぶん国王様。
「……私には魔族の知り合いはいませんよ」
嘘をついてしまった……
「……そうか……噂で聞いたのだかこの森に住んでいるらしいね」
噂……そういえば私のような狩人は珍しいとファル達も言っていた……
「はい」
余計なことは言わずに返事だけをしよう。
「冬も森にいるわけではないだろう? 街に家があるのか? それとも宿を取っているか……友人に部屋を借りているのだろうか?」
……なんかすごい聞いてくる……たぶん疑われているな……
街に家はないし宿も取っていない、部屋を借りているなんて嘘を言って調べられでもしたら……
「冬も……森で過ごします」
結局本当のことを言うと、それは……、と少し驚く王様。
それから少し考えて
「冬の間は私の城に来るといい。部屋も用意するから今夜私達と城に帰れるよう手配しよう」
っ!?
「いえ、あのっ、とても有難いし光栄なことなのですが冬の備えはしっかりとしていますのでっ」
お城に行ったりしたらそれこそ尋問されそう……
「いや、女性を一人で森に置いていくわけにはいかない。それとも……他に誰かいるのかな」
そうだった……一人暮らしの設定だった……
そんなことよりもう探りを入れられている……
「いえ……その……」
何か言わないとっ……何か……
「そうだ、一度君の家を見に行こう。本当に安全ならば森で冬を越すといい」
それって……この人の基準で言われても……
あと普通に家には来て欲しくない。
「実は……エイダン……様のところでお手伝いをしようかと……」
とっさに思い付いて考える間もなく口に出してしまった……
「おや、君はエイダンと知り合いだったのか? ……そういえば彼が最近森に家を建てたと聞いたような気もするな」
前から変わり者だとは思っていたが森に家を建てるとはね……と呟いてから
「エイダンの家で手伝いとは……メイドとして働くのだな。彼のことは私も知っているから大丈夫だろう」
……何が?
「それに時々城へも呼ぶからそのときは一緒に来るといい」
美味しい茶と菓子を用意する、……といわれましても……
これは……エイダンに悪いことをしてしまったかも……
たぶん彼もいろいろと聞かれることになるのかもしれない。
会場から数名の男女が出てきて笑い声が響く。
戻ろうか、と言われ会場に戻りようやく国王様から解放される。
エイダンに謝らないと……
それから話しも合わせてもらわなきゃ……
会場を見回すけれども人が多すぎて見つけられない。
私に手を振るララとミリアが見えた。
とりあえず二人の元に戻ると
「着替えてこなかったの?」
と……そういえばそんな話しもしていたような……
「う、うん。そんなに汚れていないから断ってきた」
ほら、とクルリと回って見せながらもエイダンを探す。
エリオットも見つけられない…………エリオットに知られたらなんだか面倒そうだからやっぱりエイダンだけ探そう。
会場に視線を走らせていると……見つけたっ! けれども……
「……国王様と話している……」
何か言った? というララの言葉に首を振り
「知り合いを見かけた気がしたから……ちょっと行ってくるね」
そう言って国王様が離れたタイミングでエイダンの元へ急ぐ。
エイダンも私を見つけて嬉しそうに微笑みながらこちらへ歩いてくる。
「あの……エイダン」
「ハル、嬉しいよ。私の家に来ることを考えてくれていたのだね」
エイダン……嬉しそう……
さて、どう話したものか…………