52 制服
「ハル、これを」
魔王城に着くと、制服だよとルウに手渡された。
働くときに着る制服、正式に採用されたみたいで嬉しい。
魔王城へはあれから何度かルウに連れていってもらっているけれど、魔王様には会うことはないし、掃除も料理も魔道具が全てやってくれるから私の仕事はほとんど無い。
みんなが料理だけは私が作ったものがいいと言ってくれるから食事とおやつは作っているけれど……本当に家にいるのと変わらない。
そう思っていた矢先の制服、少し身が引き締まる。
シンプルなワンピースに胸元の大きめなリボンが素敵。
メイドさんというよりも家庭教師感があるような……
春先生と言う昔のあだ名を思い出す。
サイズもぴったりで上半身は身体にフィットしているけれども動きにくいこともない。
「ハル、とても似合っているよ」
制服を着てルウにみてもらうと誉めてくれた。
くるりと回りありがとう、と微笑むとルウも笑う。
「ルウ、ここでパーティーが開かれるんだよね。私は何をすればいいのかな」
掃除でも料理でも何でもするよ、とは言ったもののパーティー用の料理は作ったことがない。
やっぱり料理は……と口を開きかけると
「ハルもパーティーを楽しんで欲しい。街の人達も招待しているからきっと友達もくるよ」
と微笑まれてしまった。
それなら、
「主催者の魔王様にはパーティーでお会いできるのかな」
さすがにそろそろご挨拶くらいはしておいたほうがいいのではないかと思うのだけれど……
「魔王は……どうだろうね、一応魔王国主催のパーティーではあるけれど……」
と困ったように少しだけ考えるルウ。
「この前は人間の国王主催のパーティーに招待されたからこちらも同じようにパーティーを開いた方がいいのではないかということで開かれることになったから……」
魔王様が言い出したことではないのか。
「これから隣国同士、円滑に付き合っていきたいからね。あちらには魔王主催とは伝えてあるけれど」
それなら尚更
「魔王様はお顔を出された方がいいんじゃ……」
ルウが眉を下げて微笑む。
「魔王は自由な方だから。あちらも魔族がどのようなものかある程度理解はあるだろうから大丈夫だよ」
そっか……今度は会えるかと思ったけれどどうなるかわからないみたい。
それから今日は温室にレトがいるから行ってみるといいよ、と教えてくれたから行ってみることにした。
「ハ、ハル……」
レトが私の気配を感じて振り向く。
「レトがここにいるってルウが教えてくれたんだ。少しお邪魔してもいいかな」
うん、と少しだけ微笑むレトの近くにいく。
レトは……
みんなとお酒を飲んだあの夜から何となく本当に少しだけ私と二人で話しをする事を怖がっているような……いないような……
何かしたのかな!?……私……
いやっそんなはずはっ……ないとも言いきれないところが悲しい。
覚えていないけれど謝るなら今かな……
「レトあのね、みんなでお酒を飲んだとき、もしかして私何かしちゃったかな……もしそうならごめんなさい」
お酒を飲んだ後のことを覚えていなくて……と言うと驚いたような顔をするレト。
「ハ、ハルは何もしていないよっ……お酒はお、美味しかったしまたハルとの、飲みたい」
そうなの? 何もしていないのなら良かったけれど……
そういえば……
「どうしてあの時レトは嫌わないで、なんて言ったの?」
急にそんなことを言われて驚いたことを思い出した。
「あ……あまりよ、よく覚えていないけれど……僕は……ハルにき、嫌われたくない」
うん
「あの時も言ったけれど嫌いになんてならないよ」
なれる訳がない。
もうみんな家族のように大切な存在だ。と、勝手に思っている。
不安そうなレトの頭を、つい子供の姿だったときのように撫でようとしたけれどちょっと届かなかった。
少しだけ微笑んでそっと私を抱き締めるレトの背中を大丈夫だよ、とさする。
「僕は……も、もし僕が……」
私を抱き締めるレトの腕に力が入る。
「レト。やぁ、ハル」
後ろからアレスの声。
レトの腕が緩む。
「ハル、そろそろお茶にしようか。ロゼッタとミアも来ているよ」
少し早い気もするけれど二人も来ているなら……
でもレトとの話が途中だから少し待ってもらおうか……
「ハル、い、行って」
いいの? とレトを見上げると少し微笑んで頷く。
「……そう……? それじゃぁまた後で話そうね」
そう言うとうん、と言い
「ハル、せ、制服似合っている」
と言ってくれた。
「私達もすぐに行くから。制服姿も素敵だよ、ハル」
と微笑むアレス。
二人にありがとう、また後でね、と言い温室からキッチンへ向かう。
「ハル……」
廊下を歩いていると小さな声で名前を呼ばれた気がした。
足を止めて周りを見るけれども誰もいない……気のせいかと前をみて歩きだそうとすると抱き締められた。
柔らかい。
「ミア……?」
ギュッと力を入れられて少し苦しい。
「そんなに力を入れるとハルが苦しいわよ」
ロゼッタがそう言うとミアの腕が緩む。
「二人とも、お菓子も用意するからお茶にしよう」
コクリと頷くミア。
「私も手伝うわ」
ロゼッタが私から顔を背けながらそう言う……
可愛いんだから……
「ありがとう」
と言うとフンッと鼻を鳴らす。
「ハル、新しい服」
ミアが私の袖をつまむ。
「制服でしょ? まぁまぁ似合っているじゃない」
ロゼッタがサッと私の全身に視線を走らせる。
ミアはじっくりと眺めてから可愛い、と抱き締めてくれた。
く、苦しい……
ロゼッタが私からミアを引き剥がして三人でキッチンに向かう。
歩きながらそういえば、と聞いてみる。
「このお城でパーティーを開くみたいだね」
二人がこちらを見る。
「お城と街の人達も招待しているらしいからきっとたくさん人が来るね」
ロゼッタの眉間にグッとシワがよる。
ミアは無表情……
ライオスもそうだったけれどあまり楽しくはなさそう。
「新しいリボンを用意するよ。あ……髪飾りの方がいいかな? 二人とも素敵な大人の女性だものね」
髪のセットは任せてもらえる? と二人を見るとロゼッタは少し怒っているようにも見える表情で私を見ながら……
「好きにすればっ」
と頬を染めている……甘え下手が可愛い……
「ハルからもらったリボンが好き」
ミアも可愛いことを言う。
少しでもパーティーを楽しめそうかな?
「後で二人がパーティーで着る服を見せてくれる?」
それに合わせて髪型を考えよう。
今度はロゼッタも素直に頷く。
キッチンでお茶の準備をしているとみんなが揃う。
テーブルにお茶とお菓子をみんなでセットして席に着く。
みんなはこういう時間以外は忙しいのかあまりお城の中では会わない。
こんなに大きなお城なのに……やっぱり人手不足なのかな。
「みんなはいつもどこで仕事をしているの?」
少し心配になって聞いてみるけれど
「いろいろだよ」
「あちこちだな」
こんな感じで曖昧に答えられてしまう。
「無理はしないでね」
というと
「無理はしていない」
「ハルとお茶をする時間はある」
こんな感じである。
「ハルこそ無理はしないでね」
と隣に座っているルウが私の髪に触れる。
「それが……全く疲れないんだよ。家にいる時と変わらない感じの職場……私、ちゃんと役に立てているのかなぁ」
ずっと思っていたことをみんなの前でつい口に出してしまう。
「この城には人間はハルしかいない。今回のように人間を招待するようなことがある時はハルの意見も参考にさせてもらうしとても助かるよ」
ルウの褒め上手が発動。
でもそう言ってもらえるとやっぱり嬉しい。
「そっか、ありがとう」
そう言って笑うとみんなも微笑む。
「ところで今回のパーティーでハルが着るドレスなのだけれど」
またルウが用意してくれるらしいけれど……
「前回ルウが用意してくれたドレスもあるし、今回は何かあったときにすぐに動けるように今着ている制服で参加するつもりだよ」
そう言うとルウがうーん……と少し困ったように
「僕達はハルがいてくれて助かっているけれど、ここは魔王城だからね。この城に来る人間達は魔道具や魔法に期待していると思う」
なるほど、私の出番はないのか。
「それに何かあったときは僕がハルを守りたいしね」
と私を見て小首を傾げるルウの髪がサラリと揺れる。
突然そんなことを言われて顔が熱くなってくる……
「何か起こすのはハルかもしれないぜ」
ハハッと笑うライオスの声のお陰で顔の熱が引いていく。
ルウがライオスを睨んでから私に微笑む。
「今回はウサギの格好にしようと思うのだけれど」
街の人達も気軽に参加できるように今回も仮装パーティーにするとは聞いていたけれど……
なぜ動物シリーズ……まぁ可愛いからいいのだけれど。
「前回ルウが用意してくれたドレスも仮面も可愛かったし、今回もルウにお任せするよ」
ありがとう、と微笑むとルウも微笑んで頷く。
それからパーティー当日までは本当に何も変わらない毎日を過ごした。
お料理の準備とか模様替えとか誰もいないのにいつの間にか整っている。
改めて魔法って凄いなぁ、と驚きながら迎えたパーティー当日……