48 敵意
仮面を長い指で上げ目元を見せてくれたのは
「エイダン」
そういえば、この前はエイダンの家で寝てしまったんだった。
「エイダン、この前はごめんなさい。私、エイダンの家で……」
エイダンは私を迎えにきたロゼッタとミアに会ったのかな……
もしかしたら二人は姿を消して黙って私を連れ帰ったのかもしれない……どうなんだろう……
あまり人前には出たがらない二人ならあり得る……
「ハル、突然いなくなってしまったから驚いたよ。……無事に帰れたのならよかった」
エイダンが私の後ろに視線を走らせる。
ん? と首を傾げる私に微笑むエイダン。
やっぱり黙って帰ってしまったのか……ごめんなさい。
「ハル、可愛い仮装だね。猫かな、首輪がよく似合いそうだ」
そう言って私の首に触れるからくすぐったい。
「ありが……」
ん? なんて? 首……わ?
「エイダンも……素敵だよっ」
聞かなかったことにしよう……
「エイダン、誰かと一緒に来ているの?」
さっきから周りにいる女性達がチラチラとエイダンを見ている。
「あぁ、城までは職場の人達と一緒だったのだけれど皆挨拶回りに行ってしまったよ」
こんな格好でも仕事をするとはね、と笑うエイダンは女性達の視線に気付いているのかいないのか……
エイダンは魔族の血も受け継いでいるからかやっぱり容姿が整っている。
「ハルは……ハルが住んでいるあの辺り……」
うん、森の家ね。
「あの辺りも魔族のものになるのだが……」
これは……どこに住むのか聞かれそう……
「エイダンも森に家を建てたけれど、住み続けるよね?」
私は今のところ引っ越す予定はない……
「あの辺りもあまり人が入らないけれどハルの家がある場所よりもまだ街に近いからね。魔族が住むとしたらもっと奥の……ハルの家がある辺りだと思うよ」
話をそらそうとして失敗した……
「そうだ、エイダンは魔王様に会ったことはあるの?」
ないよ、と首を振り
「ハルは会ったことがある?」
私もない、と首を振る。
「……他には……魔族にあの森の中で会ったことはない?」
少しだけ鋭くなったエイダンの視線に戸惑っていると
「ごめん……ハル、また家に遊びにおいで。私が作った魔道具を見て欲しい」
いつものエイダンに戻ってホッとする。
エイダンが持っていた魔道具は面白そうなものが多かった。
「うん、またお邪魔させてもらうよ」
またお茶とお菓子を持って行こう。
「エイダン、最近は眠れている?」
レトにも教えてもらいながら新しい茶葉のブレンドを試してみてもいいかもしれない。
「ハルが一緒ならもっとよく眠れると思う」
そう言って私の髪に触れ頬に触れ顎に触れ……っていつもよりスキンシップが……
「私、猫じゃないのだけれど」
こんな格好だけれども思わずそう言ってしまう。
クスクスと笑いながらまた私の頭に手を伸ばそうしてきたエイダンの顔が一瞬強張り手が止まる。
「……ハル、また後でね」
そう言って微笑み行ってしまった。
どうしたのだろう? エイダンの様子が少し気になったけれど料理を選んでいたことを思い出して再びテーブルに向く。
「痛っ!」
え!?
突然すぐ後ろで声がした。
振り返ると右手を押さえてしゃがみこんでいる男性……
……睨まれた……たぶん仮面越しに。
「あの……大丈夫ですか?」
手を伸ばすと触るなっと言われた……
何か怒っているのか酔っ払いのか……関わらない方が良さそう。
その場を離れようとすると
「おいっ」
呼び止められてしまった……
男性が立ち上がり右手を擦りながら私を見下ろす。
仮面をしていてもわかる。全然知らない人だ。
「あんた、何なんだ」
なんで……お互い知らないのにケンカ腰?
「聞いているのか? さっき話していた方とはどういう関係だ」
どうもこうも……というか自己紹介もないままそんなことを話せと?
「あの……どなたですか? 挨拶も出来ないような方とはお話したくないのですが」
チッ、と舌打ちが聞こえた後に
「僕はエリオットだ。それで、さっきの方とはどういう関係だ」
清々しい程に私には全く興味無し!
「初めまして、エリオット。私はハルです、どうぞよろしく」
大人げないかと思ったけれど、わざと少しゆっくり話すと……
「様をつけろ」
すっっごい睨まれた気がする……腕組みをして指をトントンするの止めてくれるかな。
で? と言われため息をつく。
「エイダンのこと?」
男性の頬がピクリと動く。
「だから様をつけろ。そんなに親しいのか?」
本当に……何なの?
「友達……」
だよね……?
「ハッ、お前みたいな奴と?」
さすがにムッとする。
「ハル? 大丈夫か?」
仮装しているのにバレるのはどうしてだろう。
「イーライ様……」
エリオットは舌打ちをしてどこかへ行ってしまった。
何だったんだ……
「ハル、彼と知り合いなのか?」
いえ、初対面です、と首を振るとフフッとイーライ様が笑う。
「その格好、可愛いな」
普通に褒められて私も微笑む。
「ありがとう、イーライ様も素敵だよ」
ありがとう、と微笑むイーライ様は騎士の格好も似合っていたけれどピシッとしたタキシード姿も鍛えられた身体のラインが出てまたしても周りの女性どころ男性にもチラチラと見られている。
「ハルはエイダンと知り合いなのか?」
うん、
「イーライ様も?」
あぁ、と頷き
「私達は幼馴染みだからな。最近は会う機会も減っていたが……」
そうなんだ。
「ハル、私のこともエイダンのように敬称なしで呼んでほしいのだが……友達……だろ?」
こ……このギャップよっ……
どこから見ても自信に溢れているように見えるのに少し遠慮がちに話しちゃうところがまたっ……
女性達がグイグイ行く訳だ。
「イーライ……がいいならそうさせてもらおうかな」
うん、と嬉しそうに微笑んでから
「さっきの彼だが……」
私に突っかかってきた彼か……知り合いなのかな……?
「ハル!」
ララが戻ってきた。
「ハル! ごめんね、話が長くなっちゃって。あら、イーライ様」
イーライがため息をつき
「ララ、そのふざけた呼び方はやめろ。ファルもマネをするだろう?」
フフフッと笑いごめんね、イーライと謝るけれど
「でもやっぱりこういう場では気を遣うわよ」
と小声で話すララ。
気にするな、とイーライは言うけれどそうか……本人達はよくても周りがよく思わないこともあるのか……
いつも通りエイダンの名前を言っただけで面と向かって言われてしまったし……「様」をつけろと。
「それにしても……」
とララがイーライの全身を見る。
「立派になったわね、街で迷子になって泣いていたあの頃の可愛いイーライはどこにいっちゃったの……」
わざとらしく涙を拭う振りをするララ。
いつの話しだ、と少し恥ずかしそうに呆れるイーライ。
「そろそろ婚約者を……せめて恋人を作らないと周りがうるさいんじゃない?」
今度は気の毒そうにイーライを見るララ。
「あぁ……」
チラリとこちらを見るイーライと一瞬目が合う。
ララに視線を戻して
「まぁ……こればかりはどうなるかわからないからな」
と少し困ったように笑う。
こういうのってタイミングとかもあるみたいだし……周りに女性がたくさんいても本人にその気がなければどうしようもない。
そんなことを思っている間にもイーライの後ろからジリジリとにじりよってくる女性達。
後ずさりをするララと私に首を傾げるイーライ……そして女性達に囲まれたイーライを置き去りにする私とララ。
「庭に行ってみようかっ」
気持ちを切り替えて外に行ってみよう。
普段はお茶会とか開く場所なのかな、東屋もあるけれどお城の中と同じようにテーブルがあり料理が並んでいる。
所々にベンチや椅子もあり皆楽しくお喋りをしたりしている。
何かしらの魔道具を使っているのか中よりは涼しいけれど寒いと言うほどではないくらい。
ララが街の知り合いと会うと私に紹介をしてくれるから行ってみたいお店が増えた。
そうしてしばらく庭にいたけれど私がお手洗いに行くと言うと中に戻ろうということになった。
ララは先に会場に戻って私はメイドさんに案内をされて用を済ませてから会場に戻った。
会場にはなんだか益々人が増えているみたいでララを探すのは難しいかもしれない……ルウ達もどこにいるのか全然見かけない。
こんなにたくさん人がいるのになぜか一人ぼっちになった気分になって少しだけ泣きそうになる……
「可愛い猫さん、私と踊っていただけますか?」
周りがざわつき……
突然かけられた声に驚いて見上げると……