43 鎖
ーー 国王 イザーク ーー
突然現れた魔族によって城は混乱していた。
父上は私に王位を譲り母上と共に城から出てしまっているから相談も出来ない。
王位を継承したときは、これで父上や母上の目を気にせずにミアを探すための人員をさくことができると思い喜んでいたが……こんな面倒なことになるとは……
そういえば、父上からも母上からも城を出てから何の知らせも無いが……どちらにしろ今さら頼ることも出来ないか。
妻のイザベルはこれまでの生活ができなくなるなんて……とずっと隣で文句を言っている。
あぁ…………ミアに会いたい。
どこかで怖い思いをしていないだろうか……
私の愛しいミア……ミア……ミア…………
「陛下」
ローガンに呼ばれ振り向くと家格に関係なく貴族の当主達が集まっていた。
集まってくれたことに礼を言うと、ローガンがことの経緯を説明した。
「我々の生活を犠牲にして平民に良い生活をさせるというのか」
ちがう、これまで通りの生活を送ってもらうのだ。
「その魔族の男は何者なのだ」
わからない……
「初めて見る魔族だそうだ。突然現れて魔力を提供すると」
ローガンが答えると
「その男を捕らえることは出来ないのですか」
捕らえてどうするのだ。
「マカラシャは無いのだぞ」
「何者なのか探ることは出来ないのか」
「そんな時間はないだろう」
「そもそもこうなったのは魔族が逃げたからだろう。同じ魔族が責任を取るのが当たり前ではないのか」
皆が思い思いのことを口に出し始めたそんな中、
「皆さん、今は魔族の男性のことよりも国民のことを考えましょう」
そう言った彼は……
「バーデット公爵……」
彼の家には私の腹違いの弟がいる。
「魔道具がなくても出来ることは案外たくさんありますよ」
「何を呑気なことをっ」
いや……
「バーデット殿の言う通りだ」
そもそも我々には選択肢がない。
皆もわかっているから悪あがきをしているのだろう。
「まずは国民の生活を守ることだ」
国民の不安や不満は国が傾く原因となる。
それに……マカラシャの複製品も作らせている。
いつまでもこの状態のままというわけではないだろう。
魔力の供給が安定したら……そうだ、この機会に弟を城に住まわせようか。
あの魔族にもミアを探させて、みつけたら今度こそ城を出てミアと一緒になろう。
腹違いだろうが王の子には違いないのだから……城も王妃ももういらない……ミアさえいれば……
それともミアはこの城に住みたがるだろうか。
その時は城に住めるように考えよう。
話し合いは結局あの魔族の男が言った通りの内容でまとまったが……納得のいっていない者達はこれから魔道具を買いに走ったり魔力を入手する裏ルートを探し、なければ作るのだろう。
そうさせない対策も考えなければならなくなり余計な仕事が増えていく。
魔族相手の交渉は何が起こるかわからない。
やはり弟がいた方が動きやすいか……
話し合いを終え、皆が部屋を出ていくときにバーデット殿には残るよう伝えて欲しいとローガンに頼んだ。
部屋には私と妻とローガンとバーデット殿が残った。
「バーデット殿、呼び止めてしまってすまない」
とんでもないと首を振るバーデット殿。
「弟の……ニコラは元気だろうか」
これまで掛けたことのない言葉を口にした私を不思議そうに見つめ少し戸惑っている様子のバーデット殿。
「はい……はい、ニコラは賢く健やかに成長しました。私達の……私達も誇りに思います」
そう言って少しだけ微笑む。
「母上の手前これまでは声を掛けることもできなかったがこれからは国のために兄弟で力を合わせていきたいと思っている」
卑しい女の子供、母上はそう言ってニコラを城には近づけたがらなかった。
恐らく私の王位を守るためでもあったのだろうが……
私は国王となり母上も城にはもういない。
「バーデット殿の屋敷では城にくる前の魔族を預かってもらっていたはずだ」
確かにそうです、と頷く。
ミアにしか興味がなかったから他にどのような魔族がいたのかはあまりよく覚えていない。
「弟のニコラにも城に滞在してもらい一緒に対策を練っていきたい。少しでも魔族を知っている者がいると助かる」
「しかしそれは……」
と渋るバーデット殿……
「素敵だわ! この難局に兄弟で立ち向かうのねっ」
早速お部屋の準備をしましょう、と無理矢理話を進める妻のイザベル。
「バーデット殿、もちろん貴方にも協力してもらいたい」
強引な妻の言葉に警戒心を持たれないようにそういうとこちらを見て口を開く。
「陛下、陛下はこの先をどの様にお考えなのですか」
もっともな質問だ。
「国民が不安なくこれまで通りの生活が送れる様に全力を尽くす」
ミアの捜索にも全力を尽くす。
「バーデット公爵家ではだいぶ前から魔道具を使わない生活方法を調べては試しているそうだな」
マカラシャをつけた魔族を預かっておきながらわざわざ不便な生活を好む変わり者と社交界で噂になっている。
魔力消費の少ない魔道具作りにも力を入れていると聞いたことがあるが、やはり魔力を贅沢に使う魔道具の方が機能は上なので、こちらも貴族の間では受け入れられることはなかったとか……
「他の貴族達にもそれを教えて欲しい。貴族の使う魔道具の制限がができればそれだけ国民に使える魔力が増えるからな」
最初は皆聞く耳を持たないかもしれない。
「大変な事だとは思うが、バーデット殿にお願いしたい。もし話を聞かないような者がいた場合、私に報告をして欲しい」
余計な仕事を増やす者には厳しく対処していこう。
とにかく今はあの魔族の男の言う通りにしておこう。
不便な生活にはなるがしばらくの辛抱だ。
魔族の男が協力している間に研究所でのマカラシャの複製を急がせよう。
「それでは明日にでもニコラを連れて参りましょう」
ようやくバーデット殿がそう言ってくれた。
そして翌日の昼過ぎにバーデット殿と共に弟のニコラも城へやってきた。
「お久しぶりです。陛下」
成長したニコラは母親に似たのか私とはあまり似ていなかった。
「よく来てくれた。部屋は用意してあるが何か不便なことがあったら遠慮なく言って欲しい」
ありがとうございます、と言って微笑むニコラ。
これまで声を掛けてこなかったが、こんな面倒な時に呼び出されて腹が立ったりはしないのだろうか。
彼の笑顔からは怒りを読み取ることはできなかったが……
バーデット殿がニコラの肩に手を置きしっかりな、と声をかけるとニコラは真剣な表情ではい、と頷く。
バーデット殿がいなくなるとニコラがこちらを見て微笑む。
嫌々ここへ来たというわけでもなさそうだが……
「本当に私でお力になれることがあるのでしょうか」
わからない……だが、どこかで役には立つだろう。
「弟が側にいてくれるだけで心強いものだよ」
再び魔族の男が来るまでの間、これまで何があったのかをニコラに詳しく話した。
とはいえ、マカラシャをつけたままのミア達がどうやっていなくなったのかもわからなかった。
「魔力が流れてこなくなったということは城にいた魔族達は亡くなっているのではないですか」
ミアは死んでなどいない。
「さぁ……どうだろうな。どちらにしろマカラシャを探さなければならない」
ミアを連れ戻さなければならない。
「そうですか……その、突然現れたという魔族の男のように魔力を提供してもいいと言う魔族が他にも数名いれば、マカラシャがなくても蓄える魔力量も安定すると思うのですが」
魔族が協力などするだろうか、ニコラは何もわかっていない。
気まぐれな魔族にはやはりマカラシャが必要だ。
「そうだな……しばらく様子をみてからそう提案をすることも考えておこう。やはりニコラに来てもらって良かったよ、ありがとう」
魔族には鎖をつけておかないと突然やめると言いかねないだろう。
ニコラの甘い考えと、使える魔道具が減り文句ばかり言いながらもニコラに色目を使う妻にうんざりしながら数日が過ぎ……
あの魔族の男が再び城に現れた。
今回はニコラとローガンにも同席してもらうことにした。
それを知った妻のイザベルもどうしても参加したいと言い張るので仕方がなく同席させることにした。
ローガンの表情は硬く、ニコラは無表情、妻は頬を染め魔族の男を見つめている。
皆と話し合った結果、我々はこの男の言う通り国民のために使用する魔道具を減らしたと話したが……
彼は更に我々に要求をしてきた。
「もちろん見返りはいただきますよ。それがなければ僕が魔力を提供する意味がありませんから」
そう言って微笑むこの男……
やはり魔族には鎖が必要だ。
魔族は信用できない……