41 新しい服
ん…………
「……………………」
なんかいい香り……花みたいな……ゆっくりと目を開けると……
「……天国……かな」
右にロゼッタ、左にミア……ここはミアの部屋?
「寝起きで訳のわからないことを言うんじゃないわよ」
ロゼッタ……起きていたの……
ミアも起きているみたいでしっかりと私に抱きついて顔をスリスリしてくる。くすぐったい。
「あれ? そういえば私…………」
エイダンの家に……
「思い出した? 全く警戒心がな」
「迎えに来てくれたの?」
は? と首を傾げるロゼッタと頷くミア。
「いやぁ、ごめんね。帰ろうと思ったのだけれど急に眠くなっちゃって」
食べ過ぎたのかなぁ?
「エイダンもきっと驚いたよね、いい大人が子供みたいに……ねぇ……」
自分で言っていてダメージが……
ロゼッタがため息をつく
「確かに警戒心は子供並みね。それよりその服、着替えた方がいいわよ」
子供並み…………ん? 服? あ、エイダンにもらったワンピース……胸元が全開……どうりで気持ちよく眠れたわけだ。
「着替えっていっても……エイダンの家に置いてきちゃったからこれしかない」
ロゼッタが目を見開く……
「あ、あれしか持っていないの!? だって街で買い物をしていたじゃない! 私達のものもたくさん買っ……て……」
そうなんだけれどもね、とりあえずそろそろ起きようか。
ミアも離れてね。
それにしてもそうか、このよさそうな生地のワンピースしかないのは困るな……森に入る時とか……
これはいよいよ古着屋へ行かなければいけないかな?
「あーっ! もぉっ、私の服……はハルには大きいし……ミアの服……も大きいか……」
……私もそんなに小さくはないのだけれどね。
いろいろと考えてくれているロゼッタを横目に私にくっついているミアを引きずりながらベッドから出る。
コン コン コン
誰か来たみたいだよ、とミアを見るけれど出る気はなさそう。
もう一度ノックがして今度はドアが開く。
「ハル……」
ルウが私に駆け寄り抱き締める。
「うちに帰って風呂に入ろう」
えっ……昨日お風呂に入っていないから臭うのかな……
「いろいろな人の臭いがする」
そうかな?
「服も……早く脱いで」
と私の肩に手を掛けるルウ……ちょっ……ここで脱がせようとしないで。
さぁ、帰ろう、と私の肩を抱きドアへ向かう私達に
「お礼も言えないの? 貸しだからね」
とロゼッタが言う。
「あ、ごめん、迎えに来てくれてありがとう。あとベッドも使わせてもらってありがとうね」
改めてお礼を言うとクスクスと笑いだし私の頭を撫でるルウと
「ハルには言っていないわよ!」
と怒り出すロゼッタ……なぜ……
「君達も心配だったのだろう? まぁ、感謝はしているよ」
そう言って私を連れて再び歩き出すルウ。
「あ、後でおやつを作るね!」
頭を抱えるロゼッタと頷くミア。
みんなの家から私達の家へ向かう時アオが見えた。
「アオ! アオも帰って来ていたんだね」
そう言って手を振ると駆け寄ってきた。可愛い。
あれ? なんか……
「また大きくなった? 角も立派になって」
ヨシヨシと撫でると嬉しそうにスリスリしてくるところは変わらない。
「私がアオに乗せてもらうのは難しいかなぁ……」
あ、でも象に乗ってる人もいたしな……鞍があれば大きくても……でも走ったりはできないのかも……
そんなことを考えているとアオが私の脇にズボッと鼻先を突っ込んでスリスリしてから森の中へ駆けて行ってしまった。
ルウに促されて歩きだし家の中に入る。
家に入った途端、ルウが私のワンピースを脱がしにかかる。
「ルウ!? どうしたの!?」
驚いている間にワンピースが床に落ちる。
「ルウ?」
無言で下着姿の私を抱き上げてお風呂場へ向かう。
ルウも服を脱ぎ始めたから背中を向けていると後ろから私の下着に手がかかる……
……こんなのまるで……これから……す、するみたいじゃ…………
恐る恐る振り返り見上げるとルウが少し目を見開いてから優しく困ったように微笑む。
「ごめん、ハル。怖がらせちゃったかな」
私に触れる手はいつも優しいから怖くはないけれど……いつものルウにホッとする。
「大丈夫だよ、まだ何もしないから」
下着、自分で脱ぐ? と聞かれコクリと頷く。
先に入っているよと言いルウがいなくなると顔が熱くなる。
まだって言った……まだ何もしないって……
気持ちを落ち着かせてお風呂へ……
すぐにお湯をかけられて髪を洗われる。
身体は自分で洗って二人で湯船に浸かる。
後ろからルウに抱き締められるとすぐにのぼせてしまいそう。
「ルウは私を街へ送ってくれた後はどうしていたの?」
「いろいろとね、用事を済ませていた」
最近特に忙しそうだけれど……
「きっともうすぐ落ち着くから。それよりも彼の家はどうだった?」
すごく素敵な家だった。
「エイダンも馬を飼っていてね、アオとは全然違う種類みたいだったけれどすごく可愛かった」
そうか、とクスクスと私の後ろで笑うルウ。
「それからお昼を一緒に作ることになって、サイズの合っていない服で料理をするのは危ないからってエイダンがワンピースを用意してくれて」
今まで着ていた服をエイダンの家に置いてきてしまったから結局服は一枚しかないのだけれど……チラリとルウを見る。
だから買っておけば良かったじゃないか、とか言われるのかと思ったけれど意外なほど優しい顔をしていた。
「服は僕が用意したから」
え?
「ま……まさか、盗ん……」
私がさっさと買わないからルウが手を汚してしまったの……
「違うよ、作ったんだよ」
作った……ルウが?
「作ったと言っても人間のように時間をかけてではなく魔力を使ってだけれどね」
ルウが女性の服を……
「……ドレスとかじゃないよね……?」
使わないよ……ドレスなんて……
「大丈夫、わかっているよ。動きやすいものを何着か作った。ただ……好みがわからなかったから……」
そろそろ出ようか、と
「風呂から出たら服を見せるよ」
そう言って立ち上がるルウに私も続く。
いつものように暖炉の前で髪を乾かしてからルウが私を寝室へ連れていく。
「わぁ……何着あるのかな」
「とりあえず十着くらいかな。寝巻きもあるからね」
とりあえず……?
「今日はどれにする?」
うーん……確かにドレスではない……けれど、やっぱりよさそうな生地。
あ、でもこれなら……
「これにする」
紺色のシンプルなワンピース。
濃い色が安心する。
「うん、それじゃぁ着替えて」
リビングで待っているね、と部屋を出ていくルウ。
よくわからない……下着まで脱がせようとしたかと思うと紳士的に部屋を出たり……
とにかく着替えてリビングへ行く。
「ルウ、ありがとう。サイズはピッタリで動きやすいし着心地もいい」
良かった、と微笑み
「これも使って」
と渡されたのはエプロン。
「エプロンだ! 嬉しい!」
新しいワンピースを着て料理をするのは少し気が引けていたからありがたい。
「僕のも作った」
とルウが色違いのエプロンを着ける。
私のは白でルウのは黒。
それがまたルウに似合っていて格好いい。
「このままみんなのおやつを作ろうかな」
エイダンからもらったワンピースをしまいながらそう言うと、ルウも手伝うと言いそのまま一緒にみんなの家へ向かった。
「ハル、とても似合っているよ」
アレスはさらっと褒め言葉が出てくる。
「す、すごくい、いいよ!」
レトは一生懸命伝えようとしてくれる。
「いいんじゃね?」
ライオスはどこを見ているのかな……
「可愛い」
グレンみたいに真っ直ぐこちらを見て言われるのも照れるなぁ。
「まぁまぁね」
ロゼッタからは及第点。
「好き」
ミア?
…………まぁ、みんな誉めてくれたのだと思う。
「ありがとう。さて! おやつを作るよ」
作りながらルウやみんなに街での事を話して肉を薫製にしてからファルのお店に売りに行こうかと思っていること、パウンドケーキを作ってララのお店に置いてもらおうかと考えていることを話した。
作る時になるべく魔道具を使わないようにしたらいいのではないかと思った、と。
「でも……それではハルの手間が増えるし、店で売るとなるとかなりの量を作らなければならなくなるよ」
でも……
「ハル、大丈夫だよ。もう少ししたら街の人達の生活は元に戻るから」
そうなの? それならいいのだけれど……
「皆とても不安そうだったから……早くいつも通りの生活に戻るといいな……」
そう言ってルウを見上げると、そうだね、と優しく微笑む。
「でもそのためにルウが……ルウ達が他の魔族が無理をしたり犠牲になるような事をするのは違うからね」
言っていることが真逆で……やっぱりこの世界の事をよくわかっていない私が口を出していいことではないのだと思い恥ずかしくなる。
「ま、魔道具を使わない生活を教えることもできるし……慣れるまでは大変かも知れないけれど……」
街の人達ならきっとすぐに慣れるよ……
声がどんどん小さくなってしまう……
「私…………ごめんなさい……勝手なことを言って」
みんなが私を見て微笑む。
「ハル、大丈夫だから」
そう言ってくれた日から二週間程が経ったある日、ルウが街の方へ行くけれどハルも行くかと誘ってくれた。
ちょうど街の様子も気になっていたから私も連れていってもらうことにした。
ルウは私と街で別れてまたどこかへ行ってしまったけれど、帰りは迎えにくるからと言っていた。
街を歩いていると前回来たときに閉まっていたお店も再開して活気が戻っていた。
ルウ達の言う通り、魔道具の価格の高騰も解消されて……
街は以前と変わらない様子に戻っていた。