40 冷たい視線
ーー エイダン ーー
ハルと魔道具で会話をしていたら途中で切れた。
何度か試したが繋がることはなかった。
もしかしたら何かあったのかもしれない……
そう思い、何度もハルの元へ行こうと森の奥へ向かったのだがなぜかたどり着けなかった。
まるで何かに邪魔をされているような……
まさかこのまま会えなくなるなんてことには……やはり一緒に連れてくるべきだった。
いや、まだ街で会う可能性もある。
そういえばハルも何か移動用の魔道具を持っているのか……ハルの家から街までは普通に歩くと何日もかかる。
何か移動方法がなければ難しいだろう。
ハルに会いたい……あの穏やかな時間を……
研究所では突然姿を消して突然帰ってきた私にメイソン様は呆れていたけれど心配はしていなかったようだ。
ただ、魔獣を連れて帰らなかったことにはガッカリしていた。
私はそんなことよりも、冬の間……いや、これからハルと一緒に過ごせるように家を建てると決めていたので早速計画を立てた。
私の家が完成して数日が経ったころ、城から知らせがきた。
こちらの進捗が芳しくないようだから国民への魔力供給を制限するというものだった。
まるで全てこちらの責任だというようなもの言いに
「どう考えてもあまりにも時間が足りないだろう! 城や貴族が贅沢な魔道具を使うことを控えれば、国全体に魔力を補給してもあと数ヶ月は持つはずだ」
とメイソン様は怒っていたが私にはどうでもいいことだった。
それから今完成しているマカラシャの複製品は城に納め、引き続き作り続けるよう言われた。
いずれ騎士団が魔獣や郊外に住んでいる魔族まで、少しでも魔力のあるものを集めて城へ連れていくらしい。
それは魔力の少ないもの達は死んでも構わないと暗に言っているようなものだった。
母上の言った通り……隠してきて良かったのだろう。
いや、いっそのこと志願して自分の作ったマカラシャで自分の人生を終わらせるのもいいかもしれない。
だが……もし私の少ない魔力が役に立つのなら……全てハルのために使いたい。
こんな気持ちに戸惑いながらも幸せを感じ、ふと郊外に住んでいる魔族達のことが気になった。
彼らはどのような生活を送っているのか……これまでは気にならなかったことが気になり出した。
少し様子を見に行こうと街の外れへ行った。
魔族の性質からか人間が彼らをここに追いやっている訳ではなく、彼らが人の多い街中よりも街から外れた静かなこの場所が好きでここに住むことを選んでいるようだった。
あまり街に来ない彼らに、時々パンや薬や肉、子供にリボンやオモチャを持ってくる人間もいるようで、魔族からは積極的な関わりはなくとも人間との関係は悪くはないらしい。
私はそのまま街へ行き買い物をしていたが……なんとなくハルを探してしまう。
どうすればもう一度会えるのだろう……
そう思って歩いていると見覚えのある後ろ姿が……
「ハル?」
思わず駆け寄り抱き締める。
ハルだ、ハル……ハル……
少し驚いた様子で……けれども優しく微笑んでくれた。
それに、私が以前よりも眠れていることにも気がついてくれた。
このまま連れて帰りたい。
このまま…………
ハルを自宅に招待したが今日は友人と約束があるから無理だと言われた。
それからハルは世間体やなんかをいろいろと考えているようだったけれど、人目につかない森の中の家だしもっと気軽に考えて欲しいというとようやく頷いてくれて翌日会う約束をすることができた。
待ち合わせの場所で本当にきてくれるのか少しだけ不安になりながら待っていると……ハルは約束よりも早く来てくれた。
ハルが持って来てくれた茶葉と手作りの菓子はどちらも美味しくて私を幸せな気持ちにしてくれた。
一息ついてから家の中を案内するとハルはとても楽しそうだった。
これから一緒に住む家だから気に入ってくれて良かった。
ハルの部屋も案内してそれからワンピースに着替えてもらった。
私が選んだ服に着替えたハルは……綺麗だった。
いつも着ている服ではわからなかった身体の線が女性らしさを強調していて私を落ち着かない気分にさせる。
「エイダン?」
ハルが私の顔を覗き込む。
「やっぱり。エイダンは魔族なの?」
…………!?
驚いて目を見開く私に微笑むハル。
「なぜ…………」
フフフッと楽しそうに笑い
「時々ね、目の色が金色にかわるんだよ」
知らなかった? となぜか少し得意気に言われた。
そんなはずは…………いや、ハルと出会ってから魔力量が増えている気がする。
自分の魔道具に魔力を補充するときに明らかに補充の速度が上がっているし一度に補充できる魔道具の数も増えた。
おそらく目の色はハルのことを考えて気持ちが高ぶったときに変わるのだろう。
「怖くはないのか……」
ハルが首を傾げる。
「エイダンのこと? どうして?」
ハルのその反応を見て私のことを……半端な私の話しをしようと思った。
話を聞いたハルは
「エイダンが周りの人達に話していないことを私が話したりはしないから……」
話してくれてありがとう、と言われた。
「私は魔族のことはよくわからないけれどエイダンの曾祖母様は怖い思いをされたのだね……」
それでも……とそっと私の手に手を重ねて
「それでもいろいろなことに耐えて……頑張ってエイダンのお婆様を生んでくれた」
だから
「私がエイダンに会えたのは曾祖母様が命を繋いでくれたからだね」
たしかに……身籠った時点で腹の子とともに自害するということもできたはずだが……そうはしなかった……
なぜそうしなかったのかは知る術はないが、そうしなかったから私はハルと出会えた。
「エイダン……!?」
ハルが驚いたように慌ててハンカチを私の頬に優しく当てる。
「?」
なぜそんな事をしているのかわからなかったが、自分が泣いていることにようやく気が付いた。
初めて曾祖母に感謝の気持ちが湧いた……こんな気持ちにさせてくれたハルは
「エイダンも大変な思いをしてきたのかなぁ……」
そう呟きながら手を伸ばして一生懸命私の涙を拭いてくれる。
その姿が可愛くて愛おしくて……やはりこのままここにいて欲しいと思った。
一緒に昼食を作り……といってもほとんどハルが作ってくれたのだか……
「これから作れる料理を増やしていこうね」
とこれからの二人の事を話してくれた。
二人で楽しい時間を過ごし、日が傾いてきた頃
「そろそろ帰ろうかな」
窓の外を見てハルが呟く。
帰る? ハルの家はここなのに……
「冬の間はここで暮らすのだろう? 必要なものは用意するから取りに戻る必要はないよ」
ん? と首を傾げるハルも可愛い。
「そうじゃなくて、私の家に帰らないと」
……そうか、照れているのか。
「それなら最後の茶を一杯付き合ってくれ」
そういうと素直に頷くハル……
私のいれた茶に口をつけ
「料理はこれからだけれどお茶をいれるのは上手だね」
と笑うハル。
「今度こそ帰るね」
茶を飲み干し立ち上がるハルがよろける。
「大丈夫?」
ハルを後ろから支えると
「ごめん、なんか急に……眠く……な……」
私にもたれ掛かるハルの耳元で
「ハル……」
と名前を囁くとピクリと反応する身体……けれども目は開けられないようだった。
身体から完全に力が抜けてクタリと私に身を任せてくるハルを抱き締めてから横抱きにしてハルの寝室へ運ぶ。
ベッドへ寝かせてワンピースの首から胸元へ続いているボダンを外していく。
私の指がハルの肌に触れる……ハルの肌……
ハルの…………
「何をしているの」
突然聞こえてきた声に驚き立ち上がる。
「誰だ!?」
部屋を見回すと影が揺らめき……
「聞いているのはこちらなのだけれど」
暗闇に光る金色の目……
魔族だ……
見たことのない魔族の女二人……
「その人に何をしたの」
一人は質問をしてきてもう一人は……無言……だがまるで虫ケラを見ているかのような冷たい目で私を見ている……
冷や汗が背中を伝う。
「何も……彼女は……ハルはこれからここで暮らすから寝室へ運んだのだ」
一人が首をふる。
「いいえ、彼女は帰ると言ったはずよ」
フワリとハルの身体が浮く。
圧倒的な魔力の差……
ハルが彼女達の元へ引き寄せられていく。
整いすぎた容姿で余計に冷たく見えていた彼女達の視線がハルを見るときは優しくなる……
一体何なのだっ
「勝手な事をするなっ、お前達は何なのだ!?」
二人が顔を見合わせてため息をつく。
「勝手な事をしているのはどちらかしら。貴方はもっと誠実に彼女と向き合うべきね」
それから、
「私達のことを、貴方は知らなくていい」
そう言って魔族の女達はハルを連れて消えてしまった……
ハルの知り合いなのか……?
どちらもハルの名前を呼ばなかった……
知り合いという訳ではないのかもしれないが……
気まぐれで連れていった……いや、ハルを見るあの眼差し。
ハルがあの二人を知っているかはわからないが魔族の方はハルを知っているのだろう。
彼女達はお互いの名前も呼ぶようなこともしなかった。
用心深く……力のある魔族……
ハル……君は一体…………